285話 高月マコトは、大魔王と出会う
塔内の中央に居る
(何だこりゃ?)
最初にそんな言葉が、心に浮かんだ。
俺が立っている場所より高く位置するそこは、玉座にあたるのだろうか。
隣には美貌を振りまく月の国の女王――厄災の魔女ネヴィアが控えている。
「みなさん、偉大なるイヴリース様の御前ですよ」
彼女はそう告げた。
――大魔王イヴリース
世界を支配する魔王たちの親玉。
全ての魔法を操るとか。
どんな攻撃も通らない不死身の化け物だとか。
死者すら生き返らせる冒涜者だとか。
見た者全てを恐怖させる恐ろしい外見をしているとか。
様々言われているが、詳細は誰も知らない。
実は決まった姿は持たない無形の者だという話も聞いたことがあった。
しかし……
「あなたが大魔王?」
厄災の魔女の言葉を聞いてなお、半信半疑の俺は『それに』尋ねた。
人の形ではない。
というより、生物の形ですらない。
一言で言うなら宙に浮かぶ巨大な
生き物というより芸術家のオブジェと言ったほうがしっくりくる。
しかし、その肉塊はどくどくと脈打っており確かに生きているようだ。
肉塊の色は、赤や青や黄色のペンキをむちゃくちゃにぶちまけたような、けばけばしい色をしており見ているだけで目が疲れる。
肉塊にくっついている手は、常にウヨウヨ触手のように動き嫌悪感を引き立てた。
そして、肉塊に張り付く多くの口からは「キィ……キィ……」という不快な声を発し続けている。
そして、何よりも目を引くのは肉塊のいたる所に貼り付いている、大小様々な目だった。
その瞳は七色に輝き、絶えずギョロギョロと視線をめぐらせている。
いくつかの目がこちらを見ており、目線を合わせると鳥肌がたった気がした。
(なんか……忌まわしき魔物っぽい……)
浮遊城エデンの外にいた魔物たちも十分気味が悪かったが、目の前の存在に比べれば可愛いものだった。
皮肉にも、今なら月の国の女王が言っていた「可愛い」にも一定の同意ができそうだ。
こいつと会話ができるのだろうか?
俺が先ほどの質問の答えを待っていると。
「まぁ!」
月の国の女王が、嬉しそうな声を上げた。
「素晴らしいですわ! 貴方
「え?」
その言葉に違和感を覚え、俺は振り返った。
「げ」
仲間たちが、倒れている。
アンナさんを始め、
おい! なんでカインまで倒れてるんだよ!
唯一、膝をついて意識を保っているのはジョニィさんだけだった。
直接見なかったことが功を奏したようだ。
「アンナさん! しっかり。ジョニィさん、大丈夫ですか!?」
俺は慌ててアンナさんを抱き上げ、ジョニィさんに声をかける。
「ああ、瘴気に当てられただけだ……」
ジョニィさんから、返事が返ってきた。
モモや白竜さんを、起こしている。
あっちは任せよう。
この機に襲われるかと身構えたが、大魔王と厄災の魔女は何もしてこなかった。
こちらを余裕の笑みを浮かべ見下ろしている。
「マ……コト……さん」
真っ青な顔をしたアンナさんが、たどたどしく口を開く。
その目には光がなく、焦点も定かではない。
俺はそっと彼女の額に手を当てつぶやく。
――太陽魔法・
俺は太陽魔法・初級を用い『回復』の魔法を使った。
練度の低い術だが、光の勇者である彼女に同調しながらかけることで徐々に目に光が戻ってきた。
「アンナさん、意識が戻ったら太陽魔法で自分を回復して下さい」
「は、はい……、マコトさんはどうす……?」
アンナさんに聞かれる前に、俺は右手を前に突き出し「水魔法・
バスケットボールほどの水弾が、寝ている黒騎士の顔面に激突した。
「はっ!?」
水をぶっかけられたカインが、飛び起きる。
「私は気を失っていたのか!?」
「……いたのか、じゃないんだけど?」
お前は何度も会ってたんじゃなかったんかい。
冷めた目で見下ろす俺に、焦った顔で弁明する魔王カイン。
「違う! あれは……あんなものは見たことがない!」
「……、そうだ。私の知っている大魔王はあのような姿ではない……」
カインの叫びに、白竜さんのつぶやきが続いた。
おや?
なんだ、大魔王違いか?
改めて俺は、厄災の魔女と大魔王のほうを眺める。
見ると先程、虹色に輝いていた沢山の目が閉じ、大魔王の周りを黒い靄が覆っていた。
さっきよりも少し気持ち悪さは消えたかもしれない。
「嘆かわしいことです。イヴリース様の神聖な御姿を見られるのは高月さんだけなのですね」
厄災の魔女は大きくため息を吐いた。
「どういうことです?」
俺は尋ねたが、さっきのアンナさんや白竜さんの様子に一つ心当たりがあった。
似たような状況を知っている。
あれは千年後の太陽の国の大聖堂で、皆が
「なんで……おまえのようなヤツがここに居る!」
塔内に女の美しい声が響いた。
「だ、誰ですか?」
「何者だ?」
モモや、カインがぱっと顔を上げキョロキョロと辺りを見回した。
が、俺は特に驚かなかった。
もはや聞き慣れた声だ。
「
普段、念話でしか話さない女神様の御声だった。
「あら、天界の女神様が地上に介入をしてもよろしいのですか? 罰せられますよ?」
厄災の魔女が、からかうような口調で尋ねる。
「
「ふふふ、月の女神様は地上に不干渉ですよ。ご存知でしょう、運命の女神様」
運命の女神様の怒鳴り声に、アンナさんがビクリと肩を震わせる。
俺は落ち着くように、その背中を軽くさすった。
「イラ様、何をそんなに慌てているんです?」
「高月マコト……」
イラ様の声には、言うのを躊躇うような雰囲気があった。
いや、そもそもイラ様の声が届いているのがおかしい。
天界からの声は、地上に届かない。
だから、俺は
「この塔内には、神級魔法に匹敵するような結界が張られている。だから
「この塔が神級の結界……」
入った瞬間に違和感はあった。
が、侵入者に対する害意はなかった。
事実、
「何のための結界ですか?」
「それは……」
「この御方が、この
イラ様の言葉を、厄災の魔女が遮る。
その表情が悲しそうなものに変わった。
「それは……どういう意味?」
アンナさんが俺の隣に立ち、剣を構えた。
まだ顔色はよくない。
「イラ様、教えて下さい」
俺は女神様の言葉を待った。
「……
「神族……?」
俺は改めて、宙に浮かぶ醜い肉塊を眺める。
ウネウネと手の形をした触手がうごめくそれが、神聖な存在とは思えなかった。
どう見ても気色の悪い化物だ。
そもそも、さきほどから一言も口を開かないし、まともな知性を持っているのだろうか?
「……失礼な男だね」
ふわりと肉塊の前に、幽霊のような半透明の美しい少年がこつ然と現れた。
「あんたは?」
「イヴリースだ。
「ん?」
話すのは初めてだろう、と言いかけて気づいた。
もしや、ずっとキィキィと不快な声を上げているのは、実は俺たちに話しかけていたのか?
「言葉は通じなかったようだね。おかげでこの魂だけの不便な状態にならないといけない」
大魔王を名乗る少年は、残念そうに言った。
「それから運命の女神、一点だけ訂正をしておくよ。僕は悪神王に命じられてここにいるわけじゃない。単に魔界から逃げてきただけの廃神だ。この塔の外で生きられないのは合っているけどね。地上の空気は魔力濃度が薄すぎて僕には毒だ。この塔内でギリギリ生きていける」
「へぇ……」
とするとこの塔を壊せば大魔王を倒せる……?
「この塔を壊すのはやめてもらいたいな。その時は、本気で攻撃させてもらおう」
心を読まれた。
ノア様や水の女神様と同じ。
しかし、自分から弱点をばらすとは何を考えているのか。
俺はいつでも『神級魔法』を放てるよう準備する。
俺の心の内は伝わっているだろうに、少年姿の大魔王は余裕の笑みを俺に向ける。
「千年後の
「何か?」
隣のアンナさんや、後ろの仲間たちが動揺するのを感じたが俺は驚かなかった。
相手は神様だ。
俺の事情など、とっくにわかっているだろう。
「そうでもないよ。千年後に復活できたから過去に干渉して、光の勇者を始末しようと思ったんだけど……。まさか、未来から刺客を送り込んでくるとはね。しかも異世界人の精霊使いとは……」
想定外だったよ、と大魔王は残念そうに呟いた。
「千年後に復活したんだから、そっちで頑張ればよかったのに」
過去干渉なんぞするから、俺が時間旅行をするはめになってしまった。
「知っているだろう? 千年後の地上の覇者は人族たちだ。魔族は北の大陸に追いやられ、戦力の柱である魔王も残り僅か。僕たちに勝ち目は薄い」
「……」
悲しそうに言っているが、どうも嘘くさい。
以前、
大魔王との戦いに勝てるかどうかは、五分五分だと。
「マコト様……」
「高月マコト」
俺が大魔王と
一応、仲間の無事は確認できた。
しかし、困ったな。
大魔王が例の化物の姿になると、再び気を失われては困る。
「高月マコト、神級魔法を使って塔を破壊しなさい。そうすれば大魔王は、自分の真の姿を晒すことも、本来の力を発揮することもできないわ。あとは光の勇者ちゃんに任せればいいわ」
運命の女神様の助言に小さく頷いた。
同じことを考えていた。
やはり、それしかなさそうだ。
ーー俺は首に下げてある
「折角の神気をそんな
止めたのは大魔王だった。
「勿体ない?」
引っかかる言い方だ。
もっと良い使い方があると?
「勿論だよ。こんな塔を壊すくらいなら、『神気』を使って君自身を強くすればいい。無敵の戦士でも、最強の大魔法使いでも思うがままだ。なんせ神級魔法はどんな『奇跡』だって起こせるんだから」
「そんな使い方もできるんですか? イラ様」
「……」
大魔王の言葉を鵜呑みにはできず、俺は女神様に尋ねたが返事はなかった。
「そもそも君自身が不老不死を願えば、
「!?」
はっとした。
今まで、時間転移をして千年後にやってきたから、戻りも時間転移が必須だと思っていた。
でも、自分自身が不老になることで千年後に戻る。
神級魔法ならそれができる……。
「た、高月マコト……それは……」
イラ様の声が震えている。
「運命の女神は、その使い方は望んでないみたいだね。なんせ自分の失敗で分け与えてしまった『神気』だ。それを使って半神のような存在が生まれては、都合が悪いんだろう」
「……」
大魔王の言葉に反論はなかった。
図星なのだろうか。
(千年後に戻る方法……)
期せずして手に入れてしまった。
ここで『神気』を使い果たしては、再び振り出しに戻る。
俺の逡巡を察してか、大魔王が更に続ける。
「どうだい? 無理難題ばっかり吹っ掛けてくる女神共を見限り、僕の仲間にならないか?」
「今なら西の大陸を治める魔王の地位が空いていますよ」
大魔王と一緒に厄災の魔女も、ニコニコと俺を勧誘する。
さっきから攻撃してこず、会話ばかりなのはこれが本題らしい。
「マコトさん……」
アンナさんが俺の腕をギュッと掴む。
うしろを振り返ると、カインや白竜さんも不安げな顔をしている。
答えは決まっている。
「生憎、魔王になるわけにはいかなくてね」
俺はその誘いを断った。
「そうですか……」と厄災の魔女が残念な顔をする。
少年姿の大魔王は、表情を変えない。
「だろうね。本来の歴史で僕を倒した光の勇者を従え、運命の女神の神気を宿している。魔王の席では物足りないだろうね」
大魔王は、俺の目の前までふわふわと浮かびながらやってきた。
玉座に居る肉塊と異なり、全く威圧感は感じない。
人形のように整った容姿の少年は、にこやかに言った。
「高月マコト。僕の仲間になれば、
「なっ!? 本気ですか、イヴリース様!」
隣の厄災の魔女が驚きの声を上げた。
「「「え?」」」
アンナさんや仲間たちがポカンと口を開く。
俺も少し驚いた。
「随分と気前がいいな」
「君にはその価値がある。千年後に帰還して弱小国の国家認定勇者になんて戻る必要はない。君こそがこの世界の支配者だ」
魔王の美声が甘く耳に届く。
「さぁ、僕の手をとってくれ。そして一緒に世界を支配しよう」
ニッコリと微笑む大魔王の隣に、ふわりと文字が浮かび上がった。
『世界の半分を大魔王から受け取りますか?」
はい
いいえ
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