283話 高月マコトは、全てを話す

「あー、疲れた」

 俺は古竜の王アシュタロトの城を一人であとにした。


 白竜メルさんは残るらしい。

 親娘間でわだかまりは残っているようだが、久しぶりに会ったようだし積もる話はあるのだろう。

 これを機会に是非仲良くしていただきたい。


 できれば今の時点の古竜の王とは、敵対したくない。

 そのうち戦うって約束はしちゃったけど。


 多くの魔族たちでひしめく魔都をのんびり歩く。

 宿までの帰り道は『地図』スキルで把握している。

 やってきた当初は少し怖かったものだが、こうして通りを散歩していると少し寄り道してみようかなという気がしてきた。


(あんたねぇ……、明日は大魔王と戦うのよ? 休んでおきなさいよ)

 運命の女神イラ様が話しかけてきた。

 その通りなのだが、気になることがあった。


 イラ様、なんで魔大陸はこんなに平和なんですかね?

 この都や、その前に着いた村でも俺たちは襲われなかった。


(それは……、あの厄災の魔女が『魅了』してるからよ)

 それはわかる。

 だからこそ、俺はこう思わずにはいられなかった。  


 


 ――全ての人が同じように、世界は平和になるのでは?




(そ、そんなの駄目よ! 絶対に駄目!)

 焦った運命の女神様の声が響く。


(冗談ですよ、イラ様)

(え……? 本当? あんたの思考から本気さを感じたんだけど)

 千年前にわざわざやってきて、ここで方針を変えるようなことはしない。

 けど、どうしてもあの月の国の女王ネヴィアが、歴史で習ったような悪人にも見えなかった。

 

(馬鹿、自分に従わない者を『魅了』で従えてる女が善人ないわけないでしょ)

 うーん、でも月の国の女王に魅了された人たちはみんな幸せそうに過ごしてるんですよねぇ。

  

 もやもやした気持ちを抱えながら歩いていた時だった。


(……ん?)

(どうしたの、高月マコト?)


「XXXXXXX(こっちに来て)」

 精霊語で呼ばれた。


 水の精霊だ。

 が、やけに愛想が悪い。 


(イラ様、精霊に呼ばれました)

(大丈夫? ……罠じゃないの?)

(いえ、多分これはですね)

 大魔王との戦いが終わるまで顔を出さない約束をしていたが、何か不測の事態だろうか?


「XXXXXXX(こっちよ、早くして)」


 普段俺が会話をしている水の精霊や、水の大精霊ディーアでは考えられないくらい冷淡な声の水の精霊だ。

 この精霊の使い手は、全く精霊と仲良くできてない。

 あっという間に、先へと進んでしまう。

 俺は見失わないように、早足でその後を追った。


 どんどん町外れへと案内され、誰も居ない廃墟のような場所に連れてこられた。

 目的地はここでいいのだろうか?


(これから来るのってあの黒騎士の魔王よね?)

(ええ、おそらく)

 この世界で精霊を使うのは、カインとジョニィさんくらいしか会ったことがない。

 ジョニィさんは、こんな回りくどいことはしないだろう。


 だから、アイツだと思うのだが。

 待てども待てども誰も来ない。

 おーい、呼んだならちゃんと待っててくれよ。

 

(来ないわね、仕事に戻るわ。何かあったら呼びなさい)

 はーい、と返事をすると通信が切れた。

 魔王カインはノア様の信者なので、イラ様にはいつ来るのか未来が視えない。


(気長に待つか……)

 

 それからさらに一時間ほどした時だった。


「マコト! よくぞ生きていた!」

 全身黒鎧の男がやってきた。


 予想通り、魔王カインだ。

 目立たないようにか、いつものフルフェイスの兜はしていない。

 それでも、全身の黒鎧は十分な威圧感を放っていた。


「何かあった?」

「何かあっただと? 神級魔法『地獄の世界コキュートス』が発動したのだ。無事だったのか!?」

 あー、まさかの俺を心配して駆けつけてくれたらしい。


「無事だよ。そもそもその魔法は俺が使ったんだ」

「な、なに……?」

 カインが驚いている。


 まあ、『地獄の世界コキュートス』は聖神族の魔法だ。

 驚くのも無理はないだろう。

 さて、どうやって説明しようかと思っていたら。




「マコトさん!!!!」




 殺気を孕んだ怒鳴り声が響いた。

 ギクリとする。


「え?」

 慌てて振り向き、俺は硬直した。

 

「む」

 カインが素早く俺の前に立ち、剣を構えた。

 その先に居たのは……。


「アンナさん……」

 いつもの彼女ではない。

 目を見開き、荒い息をしながら剣を構えている。

 

(まずい)

 

 油断した。

 どうして気づかなかった?

『RPGプレイヤー』スキルで後方の確認はしていたはずなのに。

 


「マコトさん……説明してください。何故、あなたが魔王カインと親しげに会話しているのですか……?」

「…………」

「何か言って下さい!!!!」

 アンナさんの声は、今にも怒りが爆発しそうな気配があった。

 いや、とっくに怒りは頂点に達しているのかもしれない。


 彼女の歯ぎしりをした音がここまで聞こえてきた。


「そいつは、僕の師である火の勇者の仇です」

 そう言ってアンナさんの構える聖剣に、凄まじい勢いで魔力マナが収束される。

 魔王を斬り伏せた時に匹敵するほどだった。


 空気が震え、地面が振動している。

 次の瞬間にも、斬りかかってきそうな雰囲気だ。


 対する魔王カインは、剣を構えてはいるものの全く闘気オーラを発していない。

 

「マコトさん! ……どうして、何も言わないのですか?」

「……」

 なんて言えばいい?

 どうすれば切り抜けられる?


「……マコトさん。僕を騙していたんですか?」

 彼女の目は真っ赤で、涙で溢れている。

 その瞳に見つめられると、言葉に詰まった。


「取り合えず落ち着いて」とか「明日は大魔王が相手なんだから、ここで魔力を無駄にしちゃいけない」などと言える空気ではない。

 だけど、何か言わないと。

 俺が口を開きかけた時。



「そうか、君が『光の勇者』か」

 魔王カインは、構えた剣を腰に戻した。

 


 そして、穏やかな顔で次の言葉を放った。



「その聖剣で、私の首を刎ねてくれ」




 ◇アンナの視点◇




「え?」


 僕の口から間抜けな声が飛び出した。


「カイン……おまえ」

 マコトさんが複雑な表情で魔王カインに話しかけた。


「いいんだ、マコト。私のような出来の悪い使徒は、こうして命を差し出すことでしかノア様のためにできることはない。ここで光の勇者に討たれることで、本来の歴史に近づくだろう」

 こいつは一体、何を言ってるんだ?

 怒りと戸惑いの感情が、頭の中でごちゃまぜになる。

 

「さぁ、光の勇者。私を斬れ。そして世界を救え」

 穏やかな表情の魔王カインが、僕に近づいてきた。


「っ……!」

 その異常な光景に、僕は思わずうしろに下がってしまった。

 弱気になった自身の心を鼓舞した。


 やつを殺せ!

 相手は師の仇だ!

 

 歯を食いしばる。 

 柄を強く握りしめ、剣を振りかぶった。


 魔王カインは動かない。

 穏やかな表情だ。


 ちらと、マコトさんのほうに視線を向ける。

 こちらは難しい顔をしたままだ。

 

 止めないのか?

 魔王カインの仲間なんじゃないのか?


 わからない……。

 一体、何が正しいのか。


「うわあああああ!」

 僕はわけのわからないまま、魔王カインに斬りかかった。


 相手は僕の剣を避けなかった。


 斬撃が、魔王カインの首元を切り裂く。

 血が吹き出し、カインが膝をついて倒れた。


 地面が真っ赤に染まる。


「あ……あぁ……、僕は……」


 ついに師の仇を……。

 悲願だったはずだ。


 師匠が死んだあの日、僕は復讐を誓った。

 復讐は果たされた。

 なのに、達成感は皆無だった。


 カランという音と共に、剣が地面に転がった。


「カイン……」

 マコトさんが悲しげな顔で、黒騎士の魔王に近づく。

 どうしてそんな顔をするんですか。


 やっぱり仲間だったのか。

 僕のことを裏切ってたんですか?

 でも、僕がカインを斬るのを止めはしなかった。


「どうした、マコト」

「ん?」

「え?」

 むくりと魔王カインが


 よく見ると僕が斬った傷は完全に塞がっている。


「なっ……、なっ……」

 何で!?

 確かに斬った。

 僕の全力で。

 何で、何事もなかったように立ち上がれるんだ。


「カイン、生きてたのか?」

 マコトさんがほっとした顔で、カインに尋ねた。


「ノア様の鎧のおかげだ。死ねなかったな」

「そういえば完全回復の魔法がかかってるんだっけ?」

「その通りだ。流石はノア様のご加護だ」

「いいよなぁ、その鎧。俺も使徒になった時、欲しかったよ」

「私が死ねばマコトに譲ろう」

「サイズが合わないだろ」 

「安心しろ、ノア様が造った神器だぞ。着ればたちどころに持ち主の身体に合った大きさに変わる」

「へぇ……、でもどうせ俺は短剣より重いものは装備できないからさ」

「それは言い過ぎだろう?」

「マジなんだよなぁ」

「もう少し身体を鍛えたほうがいいぞ」

「鍛えても全然身体能力ステータスが上がらないんだよ」

 マコトさんと魔王カインが、呑気な会話を続けている。


(何なの!? こいつらは!!)


 ああ、もう頭が真っ白になる。

 怒りの心はどこかに消え去ってしまった。


「説明してください!」

 僕はマコトさんに詰め寄った。

 すぐ近くに困った顔のマコトさんの顔がある。

 いつものマコトさんの顔だ。


「マコトさん!」   

「…………実はですね」

 言いづらそうに彼は語り始めた。





 ――こうして、僕はマコトさんの正体を知ることになった。





「マコトさんが、千年後の未来からやってきた……?」

 僕はくらくらする頭をかかえ、近くにあった樽のようなものに腰掛けた。

 事実を聞いて、とても立っていられなかった。


「というわけで、太陽の女神アルテナ様の神託で救世主であるアベ……アンナさんの手伝いに来たって訳です」

 マコトさんは「やっと言えた~」と大きく伸びをしている。

 

 いや、そんな一人だけすっきりした顔をされても。


「……」

 明後日の方向を向いて、ぼんやりとしているのは魔王カインだ。

 大迷宮で襲ってきた時のような威圧感は一切感じない。

 僕らの会話が終わるのを待っている。


「それでマコトさんと魔王カインの関係は……」

「古い神族である女神ノア様の使徒。カインはこの時代で、俺は千年後かな」

「その女神は邪神……なんですよね?」

「神界戦争に負けた神族だから邪神扱いになってるけど、実際は海底神殿に閉じ込められて信者を一人しか作ることができないか弱い女神様だよ」

 マコトさんが肩をすくめて言った。


 改めて僕は、マコトさんと魔王カインを見比べた。

 二人は共通の神様を信仰する信者だけど、決して僕を裏切っていたわけじゃなかった。


 こんな事情だなんて、想像を遥かに超えていた。


「それで私はどうすればいい? ノア様のためならば喜んでこの命を差し出そう」

 カインの言葉に、ビクリとした。

 何でそんな簡単に……。

 怒りよりも、気味の悪さが勝った。


「マコトさんは、どうしてほしいですか?」

 僕の言葉に、マコトさんがきょとんとした顔になった。


 少し言葉に詰まったあと、ぽつりと呟いた。


「唯一の信者を失えば、ノア様は悲しむだろうなぁ」

 寂しそうに言った。


 それだけだった。

 仇を討つな、とは言わなかった。

 カインを殺すな、とは言われなかった。


 つまり僕に任せるということだ。

 好きにしろということだ。


 さっきもそうだった。

 きっと僕がカインを斬るのを止めなかった。


 なぜなら、マコトさんは僕のためだけにここに居るから。

 それは太陽の女神アルテナ様の神託だから。

 マコトさんは、絶対に僕の味方してくれる。


 そのために、千年後の未来からやってきた。

 たった一人だけで。


「マコトさんは、いずれ千年後に帰るんですか?」

 気になった僕は聞いた。


「そうしたいけど、帰る方法を見つけないと」

 イラ様の魔法は一方通行だから、と笑った。


 僕は笑えなかった。


(この人は誰も知り合いの居ない過去の世界で、たった一人で戦い続けていたんだ……)


 僕は何も知らなかった。

 何も知らずに頼り続けていた。

 ずっと助けてもらってきた。


 そして、僕が魔王カインを斬れば、マコトさんは初めて出会ったという信者の仲間を失う。


 今でも師匠の仇は憎い。

 それでも、マコトさんが自らの全てを犠牲にして世界を救いにやってきたという行動を聞いて、個人的な復讐を行う気になれなかった。



(……あぁ、師匠。お許しください)



「魔王カイン、おまえがマコトさんの味方だと言うなら明日の大魔王との戦いで、僕らを助けてくれ」

 僕は復讐を諦めた。


「……良いのか?」

「アンナさん、いいんですか?」

 魔王とマコトさんが、不思議そうな顔でこちらを見てきた。 


「いいから! 他の皆にも説明しますよ!」

 僕は気が変わらないうちに、マコトさんの手を引っ張って宿へと戻った。 




 ◇




 宿に戻り、魔王カインが仲間になったことを皆に説明した。

 白竜様とモモちゃんは、顎が落ちるほど口を大きく開けて驚いていた。


 さらにマコトさんが千年後の未来から来たことを伝えると、二人共卒倒しそうになっていた。


「それは……、想定外だったな」

 白竜様の声が震えている。


「マコト様は、千年後に帰ってしまわれるんですか!?」

 モモちゃんは、僕と同じ質問をしている。


 そして、「帰りたいけど方法が無いんだよね」という返事を聞いて複雑な顔をしていた。 


 それから僕らはマコトさんの居た時代の話を色々と聞かせてもらった。

 魔王カインは「席を外そう」と言って空いている部屋に消えていった。

 

 マコトさんは異世界人で、そもそもこの世界の人間じゃなかった話。

 水の国というところで、勇者をしていたという話。

 仲間と一緒に、千年後の世界で魔王と戦った話。

 未来に残してきたという恋人の話。


 ――そして、帰る方法の無い一方通行の過去転移の話。


 それを聞いて、僕らはため息を吐いた。

 

 なんて凄まじいんだろう。

 もっと話が聞きたい。

 けど、明日に備えて早く寝ることにした。


 ちなみにジョニィさんは、居ない。

 彼の言う通り朝帰りだった。


 翌朝に状況を伝えると、ジョニィさんは「マコト殿らしい」と笑った。

 この人は落ち着きすぎだ。

 流石に魔王カインの姿を見た時だけ、少し動揺しているようだったが。

 

 僕とマコトさん、モモちゃん、白竜様、ジョニィさん……そして魔王カイン。

 この奇妙な面々で、迎えを待った。



 昼過ぎになり。



「皆様、お迎えに上がりました。それではあの御方の許へご案内いたします」

 

 ずらりと月の国ラフィロイグの騎士たちが宿の前に並んでいる。


 その中を割って月の国の女王ネヴィアが、慈愛の笑みを浮かべながら姿を現した。

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