282話 古竜の王の述懐

◇古竜の王の視点◇


 

 数百年ぶりに末の娘が帰ってきた。

 てっきり一人でくるかと思ったが、隣に人族の男を侍らせている。


 一見、微力な魔力マナしか持たぬ脆弱な者。

 しかし、その存在は魔王軍で知れ渡っている。


 数万年ぶりとなる水の大精霊ウンディーネの使い手。


 人族でこれほどの精霊使いに出会ったことがない。

 当初、あの御方から知らされていた要注意者は『光の勇者』だった。


 しかし、今やそれを超える危険な存在として認知されている。

 神級魔法すら扱うその存在は、到底無視できるものではない。

 よりにもよって、そやつを連れてくるとは……。


「久しいな、我が娘」

 我の声が広間に響く。


 実際に最後にあってからかなりの時間が経っている。

 我があの御方に従うと決めたのを不服として、娘はどこかへ姿を隠した。

 まさかこのような形で再会するとは思っていなかった。


「父様におかれましても、ご壮健そうで」

 娘は、やや不貞腐れたような態度だった。

 落ち着いたと思っていたが、まだまだ若いな。


 それにしても我の城に、人族を連れてくるとは。

 隣の男は、物珍しそうに城内を見回している。


(何を考えている……?)


 魔王を前にし、魔王城へ乗り込むなら少しくらいは緊張した様子を見せれば可愛げがあるものを。

 何事にも動じていない様子で、こちらを見つめてくる。

 我は苛つきを抑え、娘に問うた。


「なぜ人間へ味方する?」

「父様と同じ理由ですよ。強き者に従っているだけです」

「……隣の男が我が娘を誑かしたということか」

 嫌味を込めて言った。


「強者へ敬意を払うことが古竜族の誇りでしょう」

「明日にはあの御方が、この都へいらっしゃる。そうなれば終わりだぞ?」

 語気を強めた。

 そう、あの御方には誰も敵わない。


「わからないでしょう。今日だって父様を含めた魔王たちと渡り合っていた」

「我らとあの御方を同列に語るなど……愚かな」

「いつからそのような弱腰になったのですか」

 駄目だ。

 娘は、精霊使いの男を盲信している。

 言葉が届いていない。

 

 ならば、隣の男に尋ねるしか無い。


「貴様の名は?」

 我は、娘の隣に居る男の名前を聞いた。

 人族の名前を知ろうとするなど、初めてのことだった。

 しかし、その男はきょとんとした顔でこちらを見つめるのみだった。


「高月マコトです。父様」

 代わりに答えたのは娘だった。

 なぜ、おまえが答える。


「高月マコト、我が友ビフロンスを倒したのは貴様か」

 どうしても硬い口調となる。


 不死の王ビフロンスとは長い付き合いだった。

 完全に滅んだわけではないと聞いているが、人族に倒されるなど考えられない。


「運が良かったので」

「……ほう」

 運が良かったと言うのか。

 そんなことで、不死の王を倒せるはずがない。

 ふざけた男だ。 


 私は玉座を立ち、ゆっくりと精霊使いの男に近づいた。

 少し怯んだ様子を見せるが、逃げも隠れもしない。


 どのみち月の巫女ネヴィアの呪いで、我はこの男を攻撃できない。

 それにしても、魔王城で歴戦の古竜たちに囲まれ、私を目の前にしてこの落ち着きよう。

 どんな神経をしているのか。

 もしくは、先に放った『神級魔法』を扱えるという自信からだろうか。


「貴様の身体に宿る神気。それを用いてもあの御方には通じぬぞ」

 あの御方は、我々魔王とは次元レベルが違う。

 あのような半端な魔法で倒すつもりでいるなら、片腹痛い。


「やってみなければわからないでしょう」

「無駄だ。愚かな選択はやめよ。我々に降れ」

「父様、無駄ですよ。精霊使いくんは、天界におられる女神様の使徒として動いている。止まりませんよ」

 女神の使徒か。

 やっかいだな。


 神の姿を目にした使徒は、例外なく狂っている。

 あの邪神を信じる黒騎士の魔王カインもそうだった。

 どれ程強くとも、狂っていては駄目だ。

 まず会話ができない。


(いかん……、このままでは娘があの御方と敵対してしまう)

 それは防がないといけない。

 いっそ、呪いを無視してでも力ずくで止めるか?

 

 我の心情が伝わったのだろうか。

 精霊使いの男が口を開いた。


「古竜の王、心配しなくても無理そうなら逃げるだけですから」

「なんだと……?」

 精霊使いの言葉に戸惑う。


 ついさっき、魔王に囲まれる死地をくぐり抜けたのはあの御方に挑戦するためではなかったのか。

 なぜ簡単に逃げるなどと言える。 

 

「貴様、あの御方にお目通りしてただで帰れると思っているのか!」

 思わず怒鳴り声が口から出てきた。


 我ですら、あの御方をひと目見て服従するしか無いと悟った。

 それほど、生物として次元がかけ離れていた。


 あの時の畏怖を思い出し、それが怒りに変わる。

 意図せず、我の身体から瘴気が溢れ、相手を威圧してしまった。


 部下たちが一斉に首をすくめる。

 いかん、人族に向けるような覇気ではなかった。

 反省し、精霊使いを見た。



「折角会ってくれるなら、一度挨拶をしておかないと」



 精霊使いの男は穏やかに言った。

 その瞳は、決して狂人のそれではなかった。


(この男……)

 なぜ、我を前にしてそのような目ができる?

 

 なるほど、娘が惚れ込むわけだ。

 惜しいな。

 これほどの胆力を持つもの、できれば手合わせしたかった。


「あの御方に逆らって無事で済むとは思えぬ。だが、もしも生き延びられたなら、月の巫女の呪いが晴れた暁には、我と勝負をせよ。勝てば全ての竜族が従う『竜王』の称号を与えよう」


「……父様? 本気ですか」

「竜王?」

 娘と精霊使いの男が驚いた顔をした。

 

 

「我の古い友を下し、娘を誑かした男だ。戦ってみたくなるのは、古竜の性だ」

 気がつけば、苛つく気持ちは無くなっていた。

 さて、我の言葉にどう答えるかと待っていた時。





『………………………………』

 ………

 ………



 

 精霊使いの男の近くに、うっすらと文字のようなものが視える。

 だがすぐに視えなくなった。 


 奇妙な感覚だった。

 


「わかった、約束するよ。いつか勝負しよう」



 精霊使いの男は、あっさりと答えた。

 部下の古竜たちがざわつく。

 

 面白い。

 この男は、きっと我の前に再び現れるだろう。

 そう確信した。


 我は上機嫌で、精霊使いの男を城外まで見送るよう部下へ伝えた。


 一緒に帰ろうとした娘は引き止めた。

 それから私は、娘がどのような旅をしてきたのかゆっくり話を聞いた。




光の勇者アンナの視点◇




(マコトさん遅いなぁ……)

 

 僕とモモちゃんは帰りを待っていたが、彼は一向に戻ってこない。


「ま、まさか白竜師匠も、マコト様のことを狙ってて二人でしっぽり……!?」

「いやいや、まさかぁ」

 僕は笑って否定した。


「わかりませんよ! 最近のマコト様を見つめる眼は、アンナさんと同じ女の目でしたから」

「ちょ、ちょっと、モモちゃん!?」

 僕はそんな目はしてないよ!

 ……してないはず。


「にしても暇ですねー。少し外に行きませんか」

「うん、そうしようか」

 僕はモモちゃんの誘いに同意した。


 ジョニィさんもマコトさんもでかけてしまった。

 僕らだけ宿で待っているだけというのもつまらない。


 宿の外は、繁華街だった。

 こんなに発展した街を見るのは月の国ラフィロイグ以来だ。

 いや、あの街よりも遥かに栄えている。

 世界で一番賑わっているんじゃないかと思った。


 僕とモモちゃんは、大通りの露店を見て回った。

 大陸が異なるからか、見たことのない食べ物や衣装が多い。

 そして、店主は皆魔族だ。

 でも、人族の僕を見ても何も言ってこない。


 火の勇者ししょうから、魔族は敵だと教わってきた僕にとって衝撃だった。

 この街の魔族たちは、誰もが笑顔で挨拶をしてくる。

 マコトさんに、彼らは『魅惑』されて操られてるんだと教わったけど。

 正直、毒気が抜かれてしまう。 


(なんで、北の大陸と他の大陸はこんなに違うんだろう……)

 ずるい、と思う。

 西の大陸だと、人族は全然幸せじゃないのに。


「あなた初めて見る顔ね」

「え?」

 さっと、僕のうしろにモモちゃんが隠れた。

 見ると三人の少女が、モモちゃんに声をかけている。


 一見、人間のようだがよく見ると口から小さな牙が見える。

 彼女たちも吸血鬼ヴァンパイアだ。

 危険なのでは? と思ったが彼女達から害意は感じ取れなかった。

 単純にモモちゃんに興味があるようだ。


「もしかして、外から来たの? お話が聞きたいわ」

「強い力を持っているのね。さぞ、高貴な方の血をいただいたのね」

「え~と……」

 モモちゃんは最初戸惑っていたようだが、徐々に打ち解けていった。

 僕の知る限り同世代の子と話す機会はなかった。

 だからうれしいのかもしれない。

 

 僕は少し離れた場所で、店を見回ったけど一人だとあまり楽しくない。


(マコトさんが居たらなぁ……)


 そんなことを考えていると、見知った顔が通りかかった。


「ジョニィさん?」

「アンナ殿か」

 赤髪長髪の美形のエルフの剣士だった。

 

「いくら呪いで守られているとはいえ、一人は不用心だろう」

 人のこと言えないでしょう、と指摘しようとしてジョニィさんの隣に誰か居ることに気づいた。


 こちらは知り合いではない。

 初めて見る人だった。


「ねぇ、この子があなたのお仲間? 美人な子」

 ジョニィさんにしなだれかかるように身体を寄せているのは、褐色肌のダークエルフの女性だった。


「先程話したうちのパーティーリーダーの連れ人だ」

「へぇ、水の大精霊を操るって人ね。私も会ってみたいわ」

「あ、あの……ジョニィさん。この方は?」

 ダークエルフは初めて会ったけど、れっきとした魔族のはずだ。

 なのに随分親しげに話している。

 昔からの知り合いに偶然会ったのだろうか。

 

「ご友人ですか?」

「いや、さっき知り合ったばかりだ」

「え?」

 どうやら街を散策していて、声をかけられたらしい。

 それでこんなに親しそうに!?


「ねぇ、早く行きましょうよぉ~」

「ああ、悪い。待たせたな」

 ダークエルフの女性は、ジョニィさんの腕を掴んで引っ張っていく。 


「あの……ジョニィさん、宿には……?」

「明日の朝までには戻る」

「えぇ……」

 朝帰り確定!?

 ここ敵地なんだけど。


「明日は最終決戦だ。アンナ殿も英気を養うと良い。マコト殿にもらうのがいいだろう」

「なっ!?」

 最後にとんでもないことを言われ、ジョニィさんは女性と一緒に去っていった。


 だ、抱いてって……。

 はぁ、もう何を言ってるんだか。

 


 熱を持った顔をぱたぱたと扇ぐ。


 モモちゃんは、吸血鬼の女の子たちと話している。


 うーん、そろそろ宿に戻ろうかな、と思っていた時だった。



(あっ! マコトさん!)



 彼の顔を見つけた。

 マコトさんは、きょろきょろと周りを気にしながらどこかへ向かっている。

 宿とは反対方向だから、帰ってきたわけではないようだ。 


 一体どこに……?

 ま、まさかジョニィさんのように、女性と知り合って?

 それともモモちゃんが心配してたように、白竜様と密会!?


 ……いや、まさか。

 そんなこと、ないって。


 でも、気になる。

 気がつくと、僕は気配を消してマコトさんを追っていた。



 街の奥へ奥へ、人気のないところへ進んでいく。


 マコトさん、この街は初めてなんじゃ……。


 何かに導かれるように、迷いなくマコトさんは歩いていく。



 やってきたのは、街外れだった。

 寂れた場所だ。

 

 建物はどれもボロボロで、人の気配は無い。

 こんな所には誰も来ないだろうと思われた。


 しかし、マコトさんは腕組みをして水魔法の修行をしながら、明らかに誰かを待っている。

 僕はマコトさんの視界に入らないように、その様子を観察した。


 数刻経って、何も変化がない。

 もう帰ろうかな……、と思っていた時。


 誰かがやってきた。


 女性ではない。

 その事に、少しほっとする。

 良かった、マコトさんは逢引なんてしていない。


 それにしても、こんなに人目を避けて会う相手は誰だろう?


 僕は目を凝らして、マコトさんと話す相手を見た。




 (え?)




 息が止まりそうになる。

 動悸が早まる。

 手が震えるのを抑えられない。


 ……なんで、あいつが?


 その顔は、大迷宮で見た顔だ。


 忘れるはずがない。


 普段は、全身鎧で身を包み一切の素顔を見せない男。

 黒騎士の魔王。

 邪神の使徒。



 そして、火の勇者を殺した男。



「魔王カイン……」



 マコトさんが会っていたのは、僕の師の仇だった。

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