281話 高月マコトは、魔都へ到着する

「どうぞ、ごゆっくり。明日の昼頃に迎えに参ります」

 高級そうな宿屋まで案内され、月の国の女王ネヴィアは去ってしまった。


 魔大陸の大都市リース。

 そこは無数の魔族たちの住処が、どこまでも広がっていた。

  

 最大の特徴はこと。


 千年後の街は勿論のこと、月の国ラフィロイグにだって城壁はあった。

 だが、この都市にはそれがない。

 つまり外部から敵に襲われる心配をしていないということだ。


 宿の中は美しい調度品が揃っており、案内をしてくれる魔族たちは礼儀正しかった。

 部屋を借りている人は、俺たち以外居ない。

 貸し切りのようだ。


 しばらくの間は敵の襲撃を警戒していたが、全く何も起きなかった。

 次第に弛緩した空気が流れる。

 ただ、待っているのも時間の無駄だ。


「明日、どうします?」

 俺は皆を見回して聞いた。

 月の国の女王ネヴィアが俺たちを大魔王イヴリースと会わせるという話。

 100%罠だろう。


「逃げましょう! マコト様ししょう!」

 大賢者様モモの意見は当然だった。

 今なら魔大陸を離れるのも容易だ。


「だが、大魔王を倒す好機ではないのか? 退却はいつでもできる」

 ジョニィさんの言葉ももっともだった。


 俺たちの目的は『大魔王の打倒』。 

 最終目標がわざわざ迎え入れてくれるという。

 そのチャンスを、むざむざ逃して良いのだろうか。


「一体、敵の狙いは何なのでしょうか? もともと魔王たちは……『光の勇者ぼく』の命を狙っていたのですよね?」

 アンナさんが不安げに俺を見つめる。

 確かに千年前に来てすぐの頃、魔王軍の魔族たちは執拗に『光の勇者』を付け狙っていた。

 つまり狙われるなら、彼女である。


「そんなに深く考える必要はないと思うぞ。おそらくはだ」

 真剣に悩む俺たちをよそに、白竜メルさんはわかりきったことを言うなという口調だった。


「勧誘? 何のです?」

 俺が聞くと、白竜さんは当たり前のように言った。


「西の大陸を支配する不死の王ビフロンスを倒した者……、そいつに西の大陸のにならないか? という勧誘だろう」

「僕は魔王になんてなりません!」

「違うぞ、勇者くん」

「え?」

 憤慨するアンナさんを白竜さんが手で制す。

 そして、まっすぐ俺が指さされた。



「精霊使いくん、おそらく君が魔王にならないかと誘われる」



 白竜さんの目がまっすぐ俺を見つめる。

 俺?


「なぜです? 不死の王ビフロンスを倒したのはアンナさんですよ?」

「その算段をつけたのは精霊使いくんだ。しかも『神級魔法』の使い手。敵対するより味方に引き入れたいのだろう。それに大魔王が魔王を増やしていくことは、これまでも多くあったからな。珍しいことじゃない。最近だと黒騎士の魔王だな」

 ギリ、とうしろから歯ぎしりが聞こえた。

 

 黒騎士カイン……。

 俺と同じ女神ノア様と信奉する使徒であり、アンナさんの師匠の仇。

 そう言えば、あいつは新人魔王だっけ。


「もう、白竜師匠ってば! マコト様ししょうが魔王になんてなるわけが……」

「精霊使いくんが魔王として西の大陸を支配できるなら、平和が訪れるぞ。大迷宮の街の民も安全に過ごすことができる」

「……そ、それは」

 モモが大きく目を見開いて押し黙った。


「存外良い案かもしれんな」

「ジョニィさん!?」

 アンナさんが信じられないというふうに、長髪の美形エルフを睨む。


「仮に魔王になったとして、味方になったと油断させて不意打ちで大魔王を倒せるやもしれん。どうだ、マコト殿?」

「騙し討ちですか……」

「戦の常套手段だろう?」

「ジョニィさんも悪い人ですね」

 苦笑する。

 流石にそれは……案外悪くないかもしれない。

 うしろで俺たちを睨むアンナさんが居なければ。


運命の女神イラ様、どう思います?」

 俺はここまで無言の女神様に質問した。

 他の三人には、イラ様の声は聞こえないはずだが皆口を閉じた。


(私には大魔王に絡む運命の糸が視えない。悪神族の使徒としての力で私の『未来視』が防がれているから……)

 わからんってことか。

 これは前から聞いてたことだ。


(でも、ジョニィちゃんの言う通りチャンスだと思うの。それにいざとなれば私の『神気』が高月マコトの中に残っているから、逃げるだけならどうにかなるはずよ)

 なるほど。

 

 先日、中途半端に発動させた神級魔法・地獄の世界コキュートス

 完成させること無く中断したため、未だに俺の身体には僅かな『神気』が残っている。


「だったら倒せません? 大魔王を」

(だといいのだけど……、恐らく大魔王は高月マコトに『神気』があることを知ってる。流石に無策じゃないと思うわ)

「悩ましいですね」

(まったくね)

 ふぅ、という物憂げなため息が聞こえた。


「結局、イラ様は大魔王に会うことに賛成ですか? 反対ですか?」

(…………)

「イラ様?」  

(…………大魔王を倒すチャンスではあると思うわ)

 珍しく煮え切らない返事だ。

 何か心配事があるのだろうか。


「おい、精霊使いくん。女神様は何とおっしゃっている?」

 ぶつぶつ独り言をつぶやいている俺に、しびれを切らした白竜さんに詰め寄られた。


「折角の機会なので大魔王に会ってみていいんじゃないかと。いざとなれば、『神気』を使ってでも逃げましょう」

「そうか」

「ぅぅ……怖いです」

「女神様の言葉なら従おう」

 ジョニィさん、大賢者様モモ、白竜さんの言葉は三様だった。


「マコトさん」

 そして最も真剣な目をしたアンナさんが、俺の腕を掴んだ。


「何でしょう? アンナさん」

「マコトさんは魔王になったりしませんよね?」

「え?」

 真剣に聞くから何かと思ったら。

 きっと鏡があれば、豆でっぽうでもくらった鳩のような顔をしていたことだろう。


「なるわけないでしょう」

 俺の返事にアンナさんは、心底ほっとした顔になった。


「そうなのか? 勿体ないな」

 ジョニィさんは、どうやら俺に魔王になって欲しいらしい。

 まぁ、戦わずして西の大陸に平和が訪れるなら、という考えも賛同はできる。

 でもなぁ。


「俺は人族だから、魔王になってもせいぜい百年弱しか平和になりませんよ。でも、そうしたら西の大陸の魔王はどうするんでしょうね?」

「そもそも不死の王ビフロンスは完全に滅んでおらん。光の勇者くんの攻撃で力の大半を失ったが数千年後には復活するんじゃないか? 精霊使いくんをつなぎの魔王にしたいのだろう」

 光の勇者アンナさんが倒したと思っていた不死の王だが、白竜さん曰くいずれ復活するらしい。


 まぁ、復活することは確認している。

 そこは疑わない。


「じゃあ、明日はついに大魔王と対決です。いいですね」

 俺はみんなを見回して言うと、皆小さく頷いた。


「ふむ……、では方針は決まったな」

 そう言ってジョニィさんが、置いてあった刀を腰に差しマントを羽織った。


「どこかに行くんですか?」

「ああ、初めての街だ。色々と見回ってみよう」

「ほ、本気ですか!?」

「魔族の街ですよ!」

 大賢者様モモ光の勇者アンナさんが大きな声で驚く。


「マコト殿。この街の魔族たちは月の国の女王ネヴィアの呪いによって我々には手出しできぬのだな?」

(間違いないわよ!)

 脳内に女神様の声が響く。


「ええ、運命の女神イラ様がそう言ってます」

「ならば問題ないだろう」

 そう言い残して、ジョニィさんは出かけてしまった。

 度胸があるなぁ。


 アンナさんやモモは、流石に出かける気はしないようで部屋のベッドに腰掛けたり窓から外を見たりしている。


(でも、たしかに待っているだけは暇だな)

 修業でもするか、と思っていると白竜メルさんが言いづらそうに話しかけてきた。


「なぁ、精霊使いくん。少し時間はあるか?」

「見ての通り時間を持て余してますよ」

 明日の昼まで、宿で待つだけだ。


「一緒に来てほしい場所があるのだ」

「別にいいですけど、どこです?」

 何度も助けられている白竜さんのお願いは断れない。

 しかし、一体どこなのだろう?


「僕も行きます」

「白竜師匠、私も!」

 アンナさんや、モモが同行を申し出るが白竜さんは首を横に振った。


「少し危険な……、いや危険はないのだが二人を連れて行くことはできぬのだ……、すまぬ、それほど長い時間ではないからしばし精霊使いくんを貸してもらいたい」

「……わかりました」

「えぇ~、留守番ですかぁ」

 アンナさんがわずかに、モモが思いっきり不満を表情に浮かべる。


 俺としては白竜さんが最初に危険と言いかけたところがとても気になったのだけど。

 どこに連れて行かれるんだろう?


 アンナさんとモモを置いて、俺は白竜さんと外に出た。




 ◇




「歩きなんですね」

「宿から近いからな」

 てっきり白竜さんに乗っていくのだと思っていたら、移動は徒歩だった。


 魔族の都の大通りを、俺たちはのんびり歩く。


 様々な種族の魔族で通りは賑わっている。

 大通りには露店が多く、ひっきりなしに客引きが行われている。

 活気のある街だ。

 

 ただ、気になったのは


「皆ますね」

「ああ、住人はそれを気にしてなさそうだが」

 これがすべて月の国の女王の力なのだろうか?

 だとしたら、とてつもない。


「民の数が多いな」

 白竜さんがポツリと言った。


「ええ、沢山いますね」

「建物に比べて住民が多すぎる。全員この都に住んでいるんだろうか」

 確かに家も多いが、それ以上に人混みでごった返している。

 

「出稼ぎにきているのかもしれませんよ」

「そうだな。あとは……幽霊ゴースト不死人アンデッドが多い」

「確かに、そうですね」

 道行く魔族は、身体が透き通っている幽霊や、ゾンビ、スケルトンなどの不死人アンデッドが多い。

 そして彼らは武装していないので近くを通ってもあまり緊張しない。


 途中露天で客引きにもあったが、俺たちは寄り道することなく進んだ。 


 しばらく歩き、白竜さんは巨大な屋敷の前で止まった。



 大きさはハイランド城よりも大きいのではないだろうか。

 権力者が住んでいるんだろうということは予想できる。


 巨大な屋敷の門は、これまた巨大だった。

 少なくとも人間では開くことすらできなさそうな大きさだ。

 ただ、門が巨大な理由は明白だった。


「ようこそ、いらっしゃいませ」

 白竜さんの姿を見て、門番のが門を開いた。


 この屋敷の主は、竜なのだろうか。

 そりゃ門も屋敷も巨大なはずだ。


「いくぞ、精霊使いくん」

「はぁ……」

 門番の竜からは、ジロジロと不躾な視線を送られる。


「あの……、白竜さん。そろそろここに来た目的を……」

古竜の王アシュタロトに会いに来た」

「……」

 門番の竜を見て嫌な予感がしたのだ。


「あの……なぜ最強の魔王に会いに?」

「あとで会いに来いと言われた。精霊使いくんも聞いていただろう?」

「聞いてましたけど……、何で俺まで一緒に来る必要が?」

「私が君たちに力を貸しているのは、大迷宮で私が精霊使いくんに負けたからだ。古竜族は力の強い者に従う。理由を説明するには君に同席してもらうのが一番早い」


「相手は魔王ですよ? 話すだけで終わりますかね」

「私のだ。それにネヴィア女王の呪いで、我々には攻撃できぬはずだろう」

 白竜メルさんは古竜族なので、古竜の王とは当然知り合いだ。

 それは知っているが……。


「竜神族の血を引く古竜の王アシュタロトは、呪いが効かない可能性はないですか?」

「そんなことをよく知っているな」

「イラ様に聞きました」

「心配するな、きっと大丈夫だ。さぁ、行こう。一人だと気が進まなくてな」

 要するに怖いから一緒に来てくれと。


「…………はぁ」

 正直、帰りたい。

 が、逃げられる空気でもない。


 巨人でもゆうに通れそうな巨大な扉が開く。

 白竜さんはずんずん進んでいく。

 俺はおそるおそるそのうしろに続いた。


 ズン…………


 重そうな音とともに、後ろから扉が閉まる音がした。

 逃げられなくなってしまった。


「どうした精霊使いくん?」

「ビビってるんですよ」

「ふっ、君でも恐れることがあるのだな」

 白竜さんが面白いものを見るような目で笑った。


 人を何だと思っているのか。

 ここまで来たのだ、行くしか無い。

『明鏡止水』スキル99%……。

 

 俺は覚悟を決め、正面の階段を上がった。

 その正面の扉をくぐると、そこはホールのような巨大な部屋だった。

 そして、真正面にあるのは。




 ーー玉座だ。




 そこには黒い衣服に身を包んだ男が腰掛けている。

 

 身長は三メートルを超えるのではなかろうか。

 巨人族程ではないが、人族ではあり得ないほどの巨体。

 鋭い眼光で、こちらを見下ろしている。


「あれは……」

「古竜の王だ」

 俺のつぶやきに、白竜さんが答えた。

 

 外見こそ違うが発する瘴気は、確かに俺たちを威圧してきたあの魔王だった。

 白竜さんと同じく、人型の形態をとっているのだろう。


 玉座への道筋には、血のように赤い絨毯が引かれておりその上を俺たちはゆっくりと進んだ。


 両側にずらりと、巨大な戦士が並んでいる。

 うっすら肌に鱗のような模様が見える。

 彼らも竜なのだろうか。

 

 俺たちは、古竜の王と数メートルの距離までやってきた。

 しばし、静寂が訪れる。

 

(白竜さん、何か言って!)

 俺はちらっと彼女の横顔を見たが、思いの外緊張しているようで顔が強張っている。

 

 口を開いたのは、古竜の王だった。




「よく来たな、ヘルエムメルク」 




「……ご無沙汰しております、父様」

 白竜さんがしぶしぶと言った感じで、返事をした。


 運命の女神イラ様に事前に聞いていたので、二人の関係性は知っていた。

 それでも思う。


 千年前の聖竜様もとい、白竜メルさん。

 よく救世主アベルパーティの仲間になってくれたな、と。

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