279話 勇者 VS 古竜の王


 地獄の世界コキュートスの影響によって、空が、地面が、空気が白く染まっていく。

 神級魔法は、世界そのものを変質させる。

 いや、世界そのものは言いすぎだ。

 今回の魔法の効果範囲は、なのだから。


(これはせいぜいかな……)


 いくら運命の女神イラ様の神気を借りても、所詮人族の俺では完全な『神の奇跡』は再現できない。


 人族は神族と並べない。

 そこには永遠に届かない格差がある。


 とはいえーー魔王を倒すには十分な力だ。


「アンナさん、動けますか?」

「……何とか戦えそうです、マコトさん」

 俺が尋ねると、苦しそうではあるがしっかりとした返事が返ってきた。


 流石は光の勇者。

 俺のような裏技ズルではなく、正真正銘の準神級。

 既に身体が対応している。


 比べて魔王たちは、古竜の王アシュタロトを除いて俺の放った魔法『地獄の世界コキュートス』の影響で動けないはずだ。

 

 



「最悪の気分だわ」



 

 気だるげな声の主は、堕天の魔王エリーニュス。

 黒い翼を羽ばたかせ俺たちを見下ろす表情は、余裕を取り戻していた。


堕天の魔王エリーは、もともと天界の天使長よ。聖神族の魔法に耐性があるの。気をつけなさい」

「なるほど……」

 イラ様の言葉に納得する。

 厄介だな。



 古竜の王アシュタロトだけでなく、堕天の王エリーニュスまで相手にしないといけない。

 いけるだろうか……?

 その時だった。



「この声……まさか女神見習いのイラちゃん? あなた何してるのよ、勝手に地上へ干渉したら怖いお姉さんに叱られるわよ」

 俺とイラ様の会話に、魔王エリーニュスが割り込んできた。

 え、知り合い?


「はぁ!? 誰が見習いよ! 私は運命の女神よ!」

「イラちゃんが? よりによって運命属性なんてブラックな職場とこに入ったの? 大丈夫? ちゃんとやれてる?」

「う、うるさいわね! 私は優秀なの! できる子なの!」

「ポカミスばっかりしてたじゃん」

「あれはたまたまよ!」

「女神見習いで始末書枚数No1のイラちゃんが……」

「あんたそろそろ口を閉じなさい。奈落タルタロスにぶち込むわよ」

「あ~ん、あの可愛かったイラちゃんが怖い女神様になっちゃったぁ」


 シリアスな空気が霧散する。

 うしろではアンナさんが、戸惑っている。


「あ、あの、お二人は知り合いなんですか?」

「みたいですね」

 女神と魔王が旧知とは。

 世も末だな。


「私が天界で天使長やってた時に、女神見習いの教育もやってたからね。イラちゃんの面倒も見てたわ。あのミスばっかりしてたイラちゃんが運命の女神かぁ」

「だまりなさい、この堕天使! 魔王なんかになって恥ずかしくないの!?」

「結構楽しいわよ? ノルマは無いし、一日中ゴロゴロしてて良いし」

 天界って、ノルマあるんだ。

 夢が無いなぁ。


「どうせイラちゃんのことだから、全部自分で抱え込んで睡眠時間を削ってるんでしょ?」

「その通りですね。イラ様の働き過ぎには心配してます」

「高月マコト!? 余計なこと言うんじゃないわよ!」

 気を使ったはずの俺が怒られた。

 理不尽な。


「イラちゃんも地上に堕ちちゃえば? 楽しいわよ」

「もういいわ! 高月マコト! 魔王共を叩きのめしなさい!」

 口では勝てないと悟ったのか、イラ様から攻撃命令が下される。  


 とはいえ、俺は神級水魔法・地獄の世界コキュートスの制御で手一杯だ。

 

 俺が足止め → 光の勇者アンナさんが攻撃、しか方法がない。


 俺と光の勇者アンナさんが顔を見合わせ、どうしたものかと思案していると。

 




「いつまで無駄口を叩いている」




 空から威圧的な声が降ってきた。

 気がつくと、俺たちを見下ろす巨大な黒い影がある。


 古竜の王アシュタロト。

 竜神族の血を引く最強の古竜。

 当然のように、『地獄の世界コキュートス』の中で活動している。


「我が友、不死の王ビフロンスに続き巨人の王ゴリアテまで破れたか……」

 古竜の王の声には、仲間を憂う響きがあった。

 魔王同士はそれほど親しくないと聞いたが。


「楽に死ねると思うな。勇者共」

「くっ!」

 こちらを睨むその眼力だけで、アンナさんが小さくうめいた。

  

「アシュタロト様、まさか地獄の世界コキュートスの使い手と正面から戦う気?」 

 堕天の王は、古竜の王の肩にちょこんと座る。


「戦うなというのか?」

 ギロリと睨まれた堕天の王エリーニュスは、小さく肩をすくめた。


「私の見立てではこの魔法は一回限り。しかも命を削りながら使用している。一度引いてから戦うほうが安全よ?」

「ほう……」

 エリーニュスの言葉に、古竜の王アシュタロトがこちらを見下ろす。


 流石は魔王。

 憎たらしいほど冷静だ。

 俺が使える神級魔法は1回だけ。

 だからこそ、絶対に成功させないといけない。


「逃がすとでも?」

 既に俺の地獄の世界コキュートスは発動し、その範囲内に古竜の王アシュタロト堕天の王エリーニュスは入っている。

 この魔法は結界であり、檻だ。

 外からも内からも出入りはできない。

 そして、地獄の世界コキュートスの監獄主は魔法の使い手。


 魔法の範囲内に居る相手は自由を奪われ、力を封じられ、監獄主に逆らえない。

 そして一番恐ろしい点は、地獄の世界コキュートスの中に居る者は苦しみを与えられ続ける。

 罪人を罰するための魔法だからだ。


 残念というか幸いというか、俺は発動させるだけで精一杯なので『苦しみを与える』なんてことまで手が回らない。

 が、効果は出ているのだろう。


 悪魔の王、蟲の王、獣の王は口を開くことすらできていないのだから。

 恐怖に目を見開き震えている者、倒れているもの、呆然と立っているもの様々だ。

 魔王ですらこれだ。

 

 これ……水の女神エイル様の魔法なんだよね? 

 何という怖い魔法。

 というか、怖い女神様だ。


「エイル姉様は、問答無用で殺さないから優しいでしょ☆ って言ってたわ」

「……はぁ、そうですか」

 そう言って微笑んでいる水の女神エイル様の姿が容易に想像できた。


「水の腹黒女神の魔法……、厄介だけど即死性が低いのが救いね。ただし、この檻に囚われているだけで力が奪われていく。今の私は平時の四分の一というところかしらね」

 唯一余裕の態度を保っている堕天の王エリーニュスの周りにふわふわと黒い人影が集まる。

 闇魔法だろうか?

 あの黒い人影に捕まるとまずそうだ。


「我は力半分と言ったところか」

 古竜の王アシュタロトの周辺に、黒い瘴気が集まり立ち昇る。

 神級魔法を使っていなければ、その瘴気に当てられて倒れてしまいそうだ。

 これで半分の力?


 さっきまで戦っていた五人の魔王を超える魔力が残っている。

 これは……、レベルが違い過ぎる。


 これ、まともに勝てるやついるんだろうか?

 勝てるとしたら唯一……。 



太陽の女神アルテナ様……僕に力を」



 後から優しい声が聞こえ、温かい七色の光が俺とアンナさんを包む。

 古竜の王の瘴気を押し返すような慈愛の光。

 しかし、アンナさんの顔色は悪かった


「アンナさん、生贄術使いましたね?」

「マコトさんの真似です……、どのみちここで負けたら命はありません」

「そりゃそうですね」

 違いない。

 俺とアンナさんは、前を向き二体の魔王に向き直った。


 戦いをあまり長引かせたくはない。

 それは向こうも同じだろう。


「アシュタロト様、先手をお願いできますか?」

「よかろう」

 堕天の王エリーニュスの声に、古竜の王アシュタロトが応えた。

 なにをする? という疑問は沸かなかった。

 すぐに理解する。


「……ォォォォオオオ……」

 古竜の王の低い唸り声とともに、その口元に膨大な魔力マナが収束される。




竜の咆哮ドラゴンロア……)

 



 古竜の王の咆哮。

 山が一つ消し飛ぶくらいでは済まないだろう。

 それに対抗するには……




 ーー『炎の熾天使ミカエル』の剣




 アンナさんの周りを白い炎が包み込む。

 そして、七色に輝く刀身。

 先ほどを凌ぐ、凄まじい魔力マナが集約されている。


「マコトさん、僕のうしろに」

「わかりました」

 俺は神級魔法を維持したまま、アンナさんのうしろに下がる。

 両チーム、最大威力の技。



 大地が揺れる。

 地面が裂け、暴風が吹き荒れる。 

 この世の終わりのような光景が広がる。

 

 

 古竜の王の周囲に集まる瘴気が、黒い太陽のようだ。


 対する光の勇者アンナさんの周囲には、白い太陽のように輝きを放っている。

 

 どちらが勝つか……。


(勝てるはずだ……)

 救世主である光の勇者の力は絶対。

 ですよね、運命の女神様?


「…………あ、当たり前よ」

 声震えてますよ。

 実はギリギリなのだろうか?


(ノア様、水の女神エイル様、運命の女神イラ様……どうかお力添えください)

 俺は祈るくらいしかやることがなかった。


 古竜の王アシュタロトが『竜の咆哮ドラゴンロア』を放とうと大きく口を開き、

 光の勇者アンナさんが、『炎の熾天使ミカエルの剣』を振りかぶった。

 その時。





 ーー皆さん、この場を収めてください





 場違いな穏やかな声が響く。

 魔王の黒い瘴気と、光の勇者さんの白い光がしぼんでいった。


「……」

「……」

 先程までの一触即発の空気が、かき消える。



 アンナさんの表情がきょとんとしたものになり、古竜の王ですら穏やかな顔をしている。

 堕天の王エリーニュスだけは、苦々しい表情をしていた。

 

「アンナさん」

「……マコトさん……、僕は一体」

 一瞬、寝ぼけたような顔だったアンナさんがはっとして、真剣な表情に戻る。


 さっきの表情。

 まさか……。

 見覚えはある。

 でもあり得ない。


 たった一瞬とはいえーーアンナさんがされていた。


 光の勇者は、どんな呪いも受け付けない。

 完璧な『状態異常無効』体質。

 それがどうして……。


 俺は先程聞こえた声の主を探す。

 すぐに見つかった。


 バサバサと翼が羽ばたく音が聞こえ、俺たちと魔王の間に巨大な生物が降り立った。

 それは一見すると竜だが、口が三つ、腕が五本、翼が七枚で、無数の目が体中を覆っている醜悪な生き物だった。


「あの竜は……」

「忌まわしき竜ですね」

 アンナさんの疑問に、俺は短く答えた。


 冒涜的な姿をした忌まわしき魔物は、大魔王が生み出している生物だ。

 魔大陸なら、姿を現しても不思議ではない。

 それよりも気になるのは、忌まわしき竜の上に乗っている人物だ。


 長く艷やかな黒髪。

 黒いドレス越しにもわかる抜群の体型プロポーション。 

 そして、見る者全てを魅了するような美しい顔。


 彼女は、俺が千年後に守護騎士をやっている月の巫女フリアエさんに、とても似ていた。


 似ているが別人だ。

 会うのは二度目。

 彼女の名前は知っている。


「お久しぶりね、勇者様」


 忌まわしき竜の上で優雅に微笑むのは、月の国ラフィロイグのネヴィア女王だった。

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