277話 五人の魔王

光の勇者アンナの視点◇


 怪しい笑みを浮かべる『堕天の王』エリーニュス


 忌々しそうにこちらを見下ろす『蟲の王』ヴァラク


 興味深げな視線を向けてくる『悪魔の王』バルバトス


 何を考えているのかわからない表情の『巨人の王』ゴリアテ


 獲物を狙うような鋭い目つきで、こちらを睨む『獣の王』ザガン




 ーー僕たちは、世界を支配する五人の魔王に取り囲まれている。


 


「ま、マコトさん……」

「落ち着いて」

 僕が震える声で、マコトさんの手をにぎる。


 マコトさんの声から、動揺している様子はなかった。 

 何かを考えるように、顎に手を当てて魔王たちを見つめている。


 そうだ、落ち着かなきゃ。

 僕は小さく息を吸った。


 空気が張り詰める。


 しばしの沈黙を破ったのは、よく通る低い声だった。

 

「不死ノ王ヲ破ッタトイウ勇者共、ココデ朽チ果テヨ」


 先程まで喋っていたのと異なる声に、一瞬戸惑った。

 それが、獣の王の声と気づくのと同時だった。



 ーーグオオオオオオオオオオオオオオ!!!!



 巨人の王が、雄叫びを上げる。

 地面がひっくり返るほど、大きな地震が起きる。

 それは、巨人の王がこちらに突っ込んでくる地響きだった。


水の大精霊ディーア

「はい、我が王」

「巨人の王の足を止めてくれ」

「かしこまりました」

 そう言うや、ディーアさんは他数名の水の大精霊ウンディーネと共に、巨人の王へ襲いかかった。


 ――千の氷の刃

 ――水龍の群れ


 嵐の如く氷の刃が降り注ぎ、津波のように水の龍が暴れ狂う。

 まるでこの世の終わりのような光景が出現した。

 それが巨人の王へと向かう。



 ーーオオオオオオオオオオオオオオ!!!!



 再び、巨人の王の雄叫びが上がるが今度は少し苦しげな声が混じる。


「す、凄い……」

「アンナさん、長くは持ちません。『光の剣』お願いしますね」

「は、はい……」

 僕は火の勇者ししょうの形見である、聖剣バルムンクを握りしめる。

 

 太陽の光を闘気に変え、それを魔法剣として使用する。

 光がある限り無限に扱える魔力マナ

 その能力を使い、敵の攻撃に備えた。


「何だ、あいつは。大精霊を完璧に使役しているだと?」

「ふぅむ、興味深い。私はこの世界には疎いのだが、こちらの人間はこうもたやすく精霊魔法を使うのですなぁ。私の配下に加えられないものか」

 蟲の王と悪魔の王がのんきに会話している。


 こっちに攻撃してこないのだろうか?

 その時、真っ赤な光が辺りを覆った。

 身体中を針で刺されたような熱気が襲ってきた。


「っ!」

 獣の王の口から巨大な炎の塊が吐き出される。

 あれはっ! 王級火魔法クラスの大きさだ。

 

「はっ!」

 僕は、その炎塊を光の剣で両断する。

 マコトさんの魔法は火に弱い。

 そう判断してだった。


「へぇ……、これならどう?」

 堕天の王が、背中に生える黒い翼を羽ばたかせた。

 それによって巨大な竜巻が発生する。

 


「氷の結界」

 マコトさんが放った魔法が竜巻とぶつかり霧散させた。


「……何よあれ、ズルいわねー」

 堕天の王が唇を尖らせるが、周りの景色はとんでもないことになっている。

 巨大な岩が吹き飛んでいき、地面がえぐられている。


「闇魔法・黒刃」

 悪魔の王が放った魔法で、空一面が黒い剣で埋め尽くされる。

 あ、あれが降ってきたら……。


「アンナさん、結界を」

「は、はい!」

 慌てて僕は太陽魔法を発動させる。




 ーー太陽魔法・聖域結界




 僕の身体を中心に、光の球体が弾け飛ぶ。

 一瞬、目もくらみそうな光に包まれる。

 光がなくなった時、悪魔の王の魔法も消え去っていた。



「あれが光の勇者か、私の天敵だな」

 自分の魔法が掻き消されたというのに、悪魔の王は楽しげに笑っている。


「おい堕天の小娘。貴様は天界の出身だろう。あれを何とかしろ」

「えぇ~、今の私は堕天使だから太陽属性が苦手なのー、あーダルぅ~」

 魔王たちは好き勝手に喋っている。

 連携が取れているとは言い難い。


 巨人の王と獣の王は、水の大精霊を警戒してか距離を詰めてこない。


「マコトさん、どう思います?」

「手を抜かれてますね」

「本気じゃないと……?」

「おそらく」

 僕にとっては、一つ一つの攻撃を凌ぐので必死なのに。

 何とか逃げたほうがいいんじゃ……。


「大丈夫ですよ、アンナさん」

 マコトさんの声で冷静さを取り戻す。

 聖剣を構え、息を整えた。


「我が王……、大丈夫ですか?」

 気がつくと隣に水の大精霊ディーアさんが控えていた。

 そして、その後には他の水の大精霊ウンディーネまで。

 そ、そうだ。

 彼女たちだって居るんだ。



「貴様ラ、イツマデ遊ンデイル?」

 獣の王の殺気が高まる。

 魔王の身体を覆う魔力と瘴気が、湯気のように湧き上がっている。


「仕方ないですねぇ」

「もう終わらせるのですか? 勿体ない」

「おい、ザガン殿の命令だ。従うぞ」

「…………」

 獣の王の言葉に合わせて、四人の魔王の周りに瘴気が集まる。


 地面が揺れ。

 暴風が吹きすさび。

 炎が荒れ狂っている。

 

(……本気だ)

 五人の魔王の本気の攻撃が来る。


 駄目だ、こんなの防ぎようが……。



(……え?)

 その時、僕の身体に熱いくらいの光が降り注ぐのを感じた。

 こ、これは……?


「アンナさん、光を集めました。これで足りますか?」

 顔色一つ変えていないマコトさんが、空を指差した。


 雲ひとつない空。

 そこに透明な巨大な丸い何かが浮かんでいた。


 光が集まっている。

 こんな方法が、あったのか……。


「アンナさん、女神様に祈ってください」

「は、はい……太陽の女神アルテナ様、どうか僕に力をお貸し……」

「アンナさん、ストップ」

 僕が祈りを捧げていると、マコトさんに止められた。


「どうして止めるんですか?」

「そんな遠回りな祈り方はやめましょう」

「え?」

 マコトさんが、急に僕の腕を掴んだ。



 ーー太陽魔法・同調シンクロ



 

「ま、マコトさん一体何を?」

「どうせ負けたら死ぬんですから、祈るならこうですよ」

 ずっと無表情だったマコトさんが、久しぶりにニヤリと笑った。


(あんたっ! 何する気!?)

 えっ?

 突然、頭の中に知らない女の人の声が響いた。

 だ、誰!?


太陽の女神アルテナ様、寿命を捧げる代償にどうか我々に勝利をもたらしてください」

 マコトさんがそう言った途端、全身が燃え上がるように熱くなった。

 

 それだけじゃなく、僕の身体が七色に輝く。

 こ、これは……。


「アンナさん、前を見て。魔王の攻撃が来ます」

「は、はい!」

 僕は訳がわからないまま、剣を構えた。



「……いかんぞ、あれは神級の光」

「あの精霊使いの男、躊躇なく生贄術を使ったぞ。狂っているんじゃないか」

「何あのスキル。神界規定違反じゃないの?」

 それまで余裕ぶっていた堕天の王が、初めて不機嫌な顔になった。


「先ニ奴ラヲ押シ潰セ!」

 獣の王の合図と共に、魔王たちが一斉に攻撃をしかけた。



 四方から、津波が押し寄せるような攻撃。

 逃げ場は無い。

 黒い壁が僕らを押しつぶそうと迫ってくるようだった。



「水の大精霊」

「はい!」

 マコトさんが、聖級魔法を発動する。

 


 ーー氷の絶域



 続いて僕も、ありったけの力を込めて魔法剣を発動させた。




 ーー『炎の熾天使ミカエル』の剣



 聖剣バルムンクの刀身が、七色の炎を纏った。


(で、できた……)

 魔王たちの攻撃はすぐそこまで迫っている。


「光の剣!」

 僕は無心で聖剣を振るった。





 ◇





 自分の放った攻撃で、気を失いかけた。


「けほ……」

 爆風が収まり、辺りを見回すと僕らの居る場所がきれいな更地になっていた。

 一瞬、呆けてしまいすぐに気づく。


「マコトさん!?」

「……アンナさん、流石ですね」

 少し服がボロボロになっているが、マコトさんは無事だった。

 よ、よかった。



「お二方、まだですよ」

 水の大精霊ディーアさんからの叱責が飛ぶ。

 慌てて周りを見回すと、の姿があった。



「倒せたのは『巨人の王』だけか……」

 マコトさんの言葉の通り、巨人の王の姿がない。

 僕の剣で倒した……のか?

 しかし、まだ四人の魔王が残っている。


 僕は肩で息をしながら、剣を構えた。


 魔王は攻撃をしてこない。

 代わりに彼らの会話の声が聞こえてきた。


「どーすんのこれ……? 勝てなくない?」

 堕天の王が、黒い羽についたホコリをぱたぱたと払っている。


「光の勇者は既に半神の域に達しているな。もっと早く殺しておくべきだったのだ」

 蟲の王に忌々しげに睨まれた。

 半神……僕が?


「そう悲観しなくてもいいでしょう。あんなもの先程の一撃で打ち止めだ。次の攻撃は耐えられない」

 冷静な悪魔の王の言う通りだった。

 必死で顔に出さないようにしているが、僕の体力も魔力も限界だった。

 

 ちらっと、マコトさんの横顔を見ると平静を保っているけど疲れが見える。

 きっと僕と同じような状態だろう。

 どうすれば……?

  

 

「ほらぁ、私たちがもたもたしているからが来ちゃったわよ」



 堕天の王の言葉で、僕とマコトさんは慌ててそっちを振り向いた。


 こちらに向かっているのは、一匹の黒竜だ。

 

 獣の王よりさらに巨体。

 翼が羽ばたくたびに、嵐のような風がこちらまで届いている。



「あれは」

「古竜の王……ですね」

 マコトさんの言葉に息を呑む。



 古竜の王アシュタロト。

 九人の魔王の中で、いや地上の生き物の中で最強と言われている存在。



 遠目でもわかる。

 別格だ。


 さっきまで戦っていた魔王たちが、可愛らしく思えるほどの威圧感を放っている。

 


「竜王様ガ直々ニトハ……」

「よかったぁ、これで終われるわね」


 魔王たちは、すでに勝負はついたとばかりの雰囲気になっている。


 でも、……この状況はでもある。


 先程、100万の魔王軍と戦っている時に僕は作戦を聞いていた。


 この状況、古竜の王アシュタロトが戦場に現れたら「あとは任せてください」とマコトさんに言われている。


「マコトさん」

 僕が名前を呼ぶと、煌々と七色に輝く瞳がこちらを見ていた。


 既に発動している。

 僕の喉が大きく鳴った。


「アンナさん、少しだけ離れてください。そして結界を張って自分の身を守ってください」

「……わかりました」

 これからマコトさんが使う魔法の名前は聞いている。

 ここから僕にできることはない。


 事前に聞いていて、なお信じられなかった。


 本当にそんなことが可能なんだろうか?



「待って! あいつ何かをする気よ!」

 堕天の王が焦った声で言った。

 

「ふん、何を今更……」

「いや、あれは……魔力マナ? 違う、霊気エーテルでも無い……」

「嘘……人間が神気アニマを纏っている……?」

 気づかれた。

 でも、もう遅い。

 

 マコトさんは、短剣で自分の身体にゆっくりと傷をつけた。


 血が刃を伝い、赤く染まる。




運命の女神イラ様……、愚かな人族に一時ひとときの奇跡を……」




(ぐっ……)

 い、息が、止まりそうに。


 身体中を悪寒が駆け巡り、心臓が早鐘のように鳴り響く。


 寒い。

 こんなに晴れているのに、凍え死にそうなくらい寒い。


 僕は必死で結界魔法を張り続けた。 


 魔王たちがーー特に堕天の王が真っ青な顔をしている。


 マコトさんは、青く変化した精霊の右腕を前に突き出し、静かにその奇跡まほうの名を告げた。




水魔法・地獄の世界コキュートス


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