275話 高月マコトは、選択する

「百万の魔王軍が、我々の住む大陸を蹂躙する……だと?」

 俺から話を聞いたジョニィさんが、驚きの声を上げた。


 現在、俺たちは魔族の村を出て白竜メルさんの背に乗って移動している。


「マコトさん、どこに向かうんですか?」

マコト様ししょう、これからどうしましょう!?」

 光の勇者アンナさんと大賢者様モモが、俺の服を引っ張る。


 もっとも、俺も確たる考えがあったわけじゃない。

 ただ、百万の魔王軍と聞いてのんびりしている場合じゃないと慌てて出発した。

 運命の女神イラ様を頼りたいところだが、未だに声は届かない。

 これからどうすべきか……? 


「精霊使いくん、百万の軍勢が集まるとしたら恐らく『獣の王』の領地だ」

 迷う俺に声をかけてくれたのは、白竜メルさんだった。 


「なぜ、わかるんです?」

「それほどの規模の大軍が集まれる場所は限られている。この大陸を支配するのは古竜族だが、その住処は高地にある。大軍が集まるには向かぬ」

「なるほど」

 魔大陸の地理に詳しい白竜メルが言うなら間違いない。


「では、そこに向かうのか? マコト殿」

「いやいや! 何を言ってるんですか、ジョニィさん!」

 ジョニィさんの言葉に反応したのは、光の勇者アンナさんだった。


「し、師匠。大迷宮に戻って街のみんなに避難を」

「避難する場所などないだろう? むしろ大迷宮の街が一番安全だ」

「……うぅ」

 大賢者様の言葉に、ジョニィさんが冷静にツッコむ。

 確かに、大迷宮の街は天然の要塞になっている。

 そのまま留まったほうが安全だろう。


 むしろ問題は俺たちだ。

 百万の魔王軍が集まる大陸で、たった五人のパーティーでうろうろしている。

 見つかれば、あっと言う間に捻り潰される。


白竜メルさん、魔王軍が集まっている場所を遠くから観察できますか?」

「それは、できるが。……本当に行くのか?」

 白竜メルさんすら、気乗りしない様子だった。

 

 しかし、聞いてしまった以上は放置するわけにもいかない。

 俺たちは、魔王軍の集まる地へと向かった。




 ◇




「な、なんですか……あれは」

「……こんなの、どうしようも無いんじゃ……」

「………………これ程とは」

 光の勇者アンナさんと大賢者様モモの声が震えている。

 敵情視察はいくさの基本だ、と言っていたジョニィさんですら固まっている。


『獣の王』の領地となっているだだっ広い平原。

 そこを遠目から見下ろせる小山へ登り、俺達はを目にした。 




 ――見渡す限り一面の魔王の軍勢




 かつて目にした魔物の暴走スタンピードや、『獣の王』の軍勢が比較にならなかった。

 人は、理解できない規模のものを見ると脳が現実を受け入れないのだと気づいた。


 これは……、何というか、……絶望的だな。

 

「いかんな……、これはだ。精霊使いくん」

 白竜メルさんが唸る。

 その姿はもちろん、人族の姿へと変化している。


「連合軍?」

 ぱっと見ただけで、様々な魔族や魔物がいることがわかる。


 それは不死の王ビフロンスの配下でも言えたことだ。

 何が「いかん」のだろう?

 どういう意味なのかを白竜メルさんに聞いた。


「本来、この大陸を領地としているのは『竜の王』『獣の王』『海魔の王』の三魔王だ。知っているな?」

「勿論知ってます」

 それは千年後でも変わらない。

 魔大陸を治める三魔王の話は、散々習った。


「しかし、ここにいるのは『巨人の王』『蟲の王』『堕天の王』『悪魔の王』の配下の姿が見える。『不死の王』の残党もこちらに流れていたようだ」

「それはつまり……」

 連合軍の意味がわかった。

 そして、それが良くない状況だということも。

 

「世界中に散らばっていたしている可能性がある」

「目的は、不死の王ビフロンスの敵討ちか」

「どうでしょう……、魔王同士はさほど横の連携はとっていないらしいですよ。それほど仲良く無いみたいで」

 ジョニィさんの言葉に、俺は運命の女神イラ様に教えてもらった情報を伝えた。

 だから、不死の王を倒したからといって、すぐに報復されると思っていなかったのだが……。


「ひ、退きましょう、マコトさん……」

「師匠、見つかっちゃいますよ……」

 光の勇者アンナさんと大賢者様モモは完全に、及び腰になっている。


「マコト殿、我らの目的は敵の本丸。大魔王の居城だ。ここを離れよう」

 いつもは恐れを知らないジョニィさんですら、撤退を提案してきた。


「ほら、行くぞ。精霊使いくん」

 白竜さんが、俺の呼ぶ。

 光の勇者アンナさんと大賢者様モモが「早くしましょう!」という目で訴える。


 誰がどう考えたってここを離れるべきだ。

 それは、俺だってわかる。

 わかってるんだが……。







『百万の魔王軍と戦いますか?」

 はい

 いいえ






(これさえ無ければなぁ……)


 俺は空中で、チカチカと浮かぶ文字を横目で眺めた。



 ――『RPGプレイヤー』スキル



 幾度となく、冒険の重要な分岐点において、忠言を与えてくれたスキル。

 こいつが、俺に問いかけている。

 本当にこのまま去ってもいいのか? と。 



 四人の視線を感じながら、俺が悩んでいる時だった。



(……コト! …………高月マコト!!)


 頭の中に、鈴のような声が響いた。


 運命の女神イラ様?

 どうやら、念話の調整チューニングが完了したらしい。

 よかった。


(なっ……! なっ……! あんたっ…………!)

 イラ様? 

 あれ、やっぱり念話の調子がまだ悪いのかな?




(わざわざ魔王軍に自分から近づくなんて、何考えてるのよ、あんたはー!!!!!!)




 キーーーン、と頭の奥まで運命の女神イラ様の美声が響いた。


「……声でか」

 思わず顔をしかめる。


「師匠? どうしました?」

 俺の表情を見て、大賢者様モモが心配そうに聞いてきた。


「イラ様の声が届くようになった」

「それは何よりだ。女神様に大魔王の居場所を教えて頂き、すぐに出発しよう」

 白竜メルさんが、俺を急かす。


「そうしましょう、マコトさん」

「そうだな、今なら敵の主力がここに集中している。頭を叩くには絶好の機会だ」

 光の勇者アンナさん、ジョニィさんも同じ意見のようだ。


 が、俺は先に、運命の女神イラ様に聞いておかないといけないことがあった。


「イラ様、お聞きしたいことがあります」

 俺はあえて、質問内容を口にした。

 他の四人にも伝わるように。


(わかってるわ。大魔王の居場所ね、任せなさい。念話を調整している間に調べておいたから大魔王城の位置は、ばっちりよ! ここから北に……)

「違います。質問は大魔王の居場所じゃありません」


(え?)

「「「「え?」」」」

 5人の驚く声が響くが、俺は構わず続けた。



「ここに居る魔王軍は、西の大陸で?」



 その言葉に、四人の目が大きく見開く。


 俺の予想では、見つかる可能性は高いと思っている。

 そして、それこそが『RPGプレイヤー』スキルが選択肢を表示した理由ではないだろうか。


 あれほどの規模の街だ。 

 魔王ビフロンスを倒したことで、更に住人が増えていっている。

 百万人の魔王軍が虱潰しに探せば、隠れ続けることは難しい。


 そして、見つかったら最後――誰も生き残れない。

 相手は、魔王軍の全主力だ。

 蟻のように潰される。


(……………………)

 運命の女神イラ様からの返事はない。

 それが答えだろう。


「マコト殿、女神様は何と……?」

 大迷宮の街について、最も憂慮しているジョニィさんが尋ねてきた。


運命の女神イラ様、大迷宮の街は魔王軍に見つかる? そうですね?」 

 俺は断言するように、改めて質問した。


「…………くっ」

 その言葉に、ジョニィさんの表情が苦悶に歪む。


「そんな……マコト様ししょう

「マコトさん、戻って大迷宮の街の人に知らせましょう!」

「だが、どこに逃げる? あの人数が身を隠す場所など」

「我ら古竜族が力を貸そう、しかし全員は無理だな」

「大迷宮のさらに下層へ移動すれば」

「下層以下の環境は過酷だ。住人によっては、生活することすらままならないだろう」

「そう、ですか……」

「時間が無い、早く戻らねば」

「そうだな、マコト殿。戻ろう」

「マコトさん!」

マコト様ししょう!」

 皆の声が耳に入る。


 俺は、絵本『勇者アベルの伝説』の文章をもう一度思い出した。



 ――魔大陸より百万の魔王軍が襲来し、それを救世主様が打ち倒した。



 小さくため息を吐く。

 どうやら運命は収束してしまうらしい。

 結局の所、遅いか早いかだ。



(ちょっと、待って高月マコト。あんた何を考えて………………まさか)

 運命の女神イラ様に、さっそく考えを読まれた。

 その通りです、女神様。


(待って待って待って、言う事を聞きなさい! それは駄目、本当に駄目)

 なおも頭の中に、運命の女神イラ様の声が響く。


 運命の女神イラ様の導きはきっと正しい。

 安全に行くなら、大迷宮の街を見捨てたほうが良い。

 でも、それは……。


(ねぇ、……高月マコト。考え直して……)

 すがるような運命の女神イラ様の声が心苦しい。



 でも、どうかーーーー力を貸して貰えませんか? 



(……………………呆れた馬鹿だわ。終わったら24時間の説教よ)

 ありがとうございます。


 女神様の同意は得られた。

 条件せっきょう付きだが。


(…………バカ)


「みんな、聞いてくれ」

 俺は四人に声をかけた。



 


光の勇者アンナの視点◇



「え?」

 僕は耳を疑った。

 今、マコトさんは何と言った?





 ――百万の魔王軍、やっつけましょうか





「ま、マコトさん……」

「アンナさん? どうしました?」

 震える僕の声とは正反対に、いつも通りの落ち着いた声。

 


「あ、あれと……本気で戦う、んですか? ……怖く、無いんですか?」

 自分の足が震えている。

 僕は怖い。


 いくら大迷宮の街でお世話になった人たちや、土の勇者さんたちが危険だからと言って。

 あの大軍に挑むなんて、自殺行為以外の何だと言うのか。


「マコトさん、どうか考え直してください」という前に、先に返事が返ってきた。



「そりゃ怖いですけど……」

「だったら!」

 止めておきましょう! という言葉を僕は言えなかった。




「勇者は相手を選べないのが辛いところですね」



 

 仕方がない、とでも言いたげな口調。

 マコトさんの顔から、怯えや恐れは一切感じられなかった。


 

 ――相手がどんなに強くても、勇者は相手を選べないからさ。


 

 それは、火の勇者ししょうの言葉だった。

 僕もそうありたかった。

 火の勇者ししょうのようになりたかった。


 なぜ、同じことをマコトさんが言うんですか……?


 なんで、マコトさんの声を聞くと身体の震えが止まるんだろう……?



「何すか、イラ様。別にちょっとくらい格好つけたって……、あーはいはい、わかってますよ」

 マコトさんが、少し困った顔をする。


「あの……女神様が何か……?」

「ちょっとだけ、運命の女神イラ様に怒られました」

「……っ」

 そう言いながら悪戯っぽく笑う彼を見て、僕は言葉にできない奇妙な想いが胸に広がった。


 僕は、がしっとマコトさんの手を掴み、何かを伝えようとして

「僕も一緒に……」 

 としか言えなかった。

 

「一緒にがんばりましょっか」

 マコトさんが、優しく僕の手を握り返してくれた。

 

 眼下に広がるのは、地上を埋め尽くす百万の魔王軍。


 それでも、この人マコトさんのそばにいるだけで、少しだけ恐怖を忘れることができた。

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