274話 高月マコトは、魔大陸を探索する


 魔大陸を一言で表現するならば『灰色の世界』だった。

 土も、森も、川も、空も全てが暗い。


「昔はこんな景色ではなかったのだがな……」

「そうなんですか?」

 白竜メルさんの苦々しげな言葉に、俺は尋ねた。


「あの魔族の神イブリースを名乗る存在が現れて以来、この大地は光のない大地になってしまった」

「へぇ……」

 どうやら魔大陸は大魔王イブリースの影響で、このような景色になってしまったらしい。

 その時、ジョニィさんが首を動かし、遠くを睨んだ。


「見られているな」

「はい、視線を感じます」

 緊張を含んだ声の主は、ジョニィさんと光の勇者アンナさんだ。

 大賢者様モモも同様なのか、表情は硬い。


 俺の『索敵』スキルはちっとも反応しないんだけど……。

 キョロキョロと『千里眼』スキルで見回すが、どこから見られているのか全くわからない。

 困ったな、と思っていた時。


「心配要らぬ。この大地を長く支配してきたのは、我々古竜族だ。私と一緒にいれば魔族に襲われることはない」

「流石は白竜さん」

 頼もしすぎる。


「さて、これからどうする精霊使いくん。大魔王城エデンは、所在が一箇所に留まらないだ。やみくもに探しても見つからぬぞ」

「ちょっと待ってくださいね」

 絵本『アベルの伝説』によれば、大魔王城エデンは、魔大陸の上空を不規則に漂っている。

 無計画に飛び回っては、こっちの体力を消耗してしまう。

 

運命の女神イラ様ぁ~、聞こえます? 大魔王城の場所を教えて欲しいんですけど)

 困った時の神頼み!

 どんどん頼っていこう、とあてにしていたのだが……


(…………月……コト…………そこは……、…………で…………さい)


 あれ?

 電波、じゃなくて念話の調子が悪い。

 おーい、イラさま~、声聞こえてますか?


(………………ッ、………………。…………)


 駄目だ。

 声が遠くなった。

 

「精霊使いくん? どうした?」

「魔大陸に入ってから、運命の女神イラ様の声が聞こえづらくなりました」

「えぇ! 大変じゃないですか、師匠!」

 慌てる大賢者様モモだが、これは想定内だ。


 魔大陸は、大魔王のお膝元。

 大陸を覆うように、結界が張られているという話を運命の女神イラ様から聞かされている。

 今頃、運命の女神イラ様は頑張って念話の周波数(比喩)を調整チューニングしていることだろう。


「どこか適当な場所に降りましょう。いくつか確認したいことがありますので」

「わかった」

 白竜さんは、手近なひらけた場所に着地した。

 俺たちは、白竜さんの背中から灰色の大地に降り立つ。


「ここが……」

 魔大陸か。

 改めて、見渡す限りの灰色の世界。

 目が色彩感覚を失ってしまったような錯覚を覚える。

 しかし、一番重要なのは……。


水の大精霊ディーア

 俺は水の大精霊ウンディーネである彼女を呼び出した。


「はい、我が王」

「ここは……どうだ?」 

 俺にとって一番の鍵となるのは、俺の『精霊使い』スキルに影響しないかという点。


「悪くないですよ。水の精霊たちも元気です」

「そうか」

 ほっと一息つく。


 

 ――とかいうふざけた結界が張ってあった『海底神殿』とは異なるようだ。



 魔大陸において、精霊使いは問題ない。

 さて、他の人たちはどうか。


「風の精霊、土の精霊、火の精霊たちも問題なさそうだ」

 ジョニィさんが、長い髪をたなびかせながら言った。

 彼は四精霊全てを扱える。

 羨ましい……。


「私はいつもより力が湧いてきます!」

 大賢者様モモが腕をブンブン振っている。

 この子は半吸血鬼ハーフヴァンパイアだから、魔大陸の空気が合うというのは理解できる。

 

 白竜メルさんに至っては、もともと魔大陸に住んでいたということなので全く問題あるまい。

 というわけで、一番の問題は……。


「僕はあまりここは好きになれません……」

 やはり光の勇者アンナさんは、魔大陸との相性が悪かった。

 顔色がよくない。


「一旦、手近な場所で休憩しますか。ある程度魔大陸の環境に慣れておいたほうが良いでしょう」

 俺は提案した。

 メイン火力である光の勇者アンナさんには、万全の体調で挑んでもらわねばならない。


「では、どこか野営に適した場所を……」

 野営キャンプ名人のジョニィさんが、周りを見回していた時。




白竜ヘルエムメルク様!!」




 白竜メルさんを呼ぶ大声が響いた。


「「「「!?」」」」

 全員が慌てて声のほうを振り向く。

 そこに立っていたのは。


幽霊ゴースト……?)

 身体が透けている少年だった。

「敵か!?」と身構えたが、彼の表情を見る限り害意は無さそうだ。


「君は……どこかで会ったことがあったか?」

 白竜メルさんが首をかしげる。

 覚えていないらしい。

 幽霊ゴーストの少年は、寂しげな表情を浮かべた。


「はは……そうですよね。もう200年前になります。生前に妹と共に命を助けていただきました。魔人族の僕ら家族は、居場所がなくて魔物に襲われても誰も助けてくれませんでした。それを白竜ヘルエムメルク様が助けてくださいました。あのご恩は忘れません!」

「そ、そうか……」

 白竜メルさんが気まずそうにしている。

 200年前なら覚えてなくても仕方ないんじゃないかなぁ。


「僕の村にいらっしゃいませんか? によって世界を支配して頂いて以来、この大陸は平和です。弱い幽霊ゴースト族の僕たちでも安全に過ごせます。歓迎いたしますよ」

「ほう……」

 白竜メルさんが、こちらに目配せする。

「どうする?」と目が語っていた。 


 その時、ふわりと宙に文字が浮かんだ。

『RPGプレイヤー』スキルだ。




『魔大陸の村へ立ち寄りますか?」

 はい

 いいえ




(……うーん、どうしようかなぁ)


『罠』の可能性はある。

 なんせ魔族の村だ。

 幽霊ゴースト族は弱いと言われているが、それでも大勢に襲われれば危険だ。

 だけど……。


「行きましょうか、白竜メルさん」

「精霊使いくんがいいなら、向かおう」

 ジョニィさん、光の勇者アンナさん、大賢者様モモは戸惑っている様子だった。

 

 が、最終的には俺に同意してくれた。

 いざとなれば、白竜メルさんに乗って逃げればいいからね。


「そちらの方々は、白竜様のお仲間ですね。どうぞこちらへ」

 俺たちは、幽霊の少年に案内され、薄暗い森の奥へと進んでいった。




 ◇




「こちらです、白竜様」

 やってきたのは、簡易な柵で囲まれた質素な村だった。


 てっきり幽霊ゴーストたちの村だと思っていたのだが、住人の種族は様々だった。

 オークや、ゴブリン、スケルトン、そしてその他の魔族たち。

 ただ、特徴があった。


「ここに居るものは非戦闘員だな」

 ジョニィさんのつぶやきに、俺は小さく頷く。


 村に居るのは、幼いもの、年老いたもの、あとは女性たちだった。

 強そうな魔族は居ない。

 どうやら罠ではなかったらしい。


 俺は村を見て回ろうと歩き始めた時。


「ま、マコトさん」

 服を掴まれた。

 光の勇者アンナさんだ。


「どうしました?」

「どうしましたって…………」

 ここは魔族の村ですよ? 不用意です! と小声で怒られた。

 大賢者様モモも、こちらを不安げに見つめている。


 が、戸惑っているのはその二人だけだ。


 白竜メルさんは、村長らしき魔族に挨拶されている。

 村の住人たちは、白竜メルさんを畏怖の表情で眺めていることからやはり古竜族が特別な存在であることが伺える。


 ジョニィさんは、危険な村ではないと判断したのかすでにふらりと散歩に行ってしまった。


 俺にとっては初の魔大陸なので、やはり探索したい。

 やっぱり新しい大陸ってワクワクするよなぁ。


(…………トッ!! …………よっ!!)


 その時、頭の中で雑音ノイズが響いた。


 おそらく運命の女神イラ様だが、音声は聞き取れない。

 まだ調整チューニングがうまくいってないようだ。 

 がんばれー、イラ様。


(…………ねぇっ!! …………のっ!!)


 イラ様が、怒ってる気がする。

 しかし、聞こえないのだから仕方がない。

 だって、聞こえないからね。


「アンナさん、モモ。今から気を張っても疲れるだけだから、まずは身体と気持ちを休ませよう」

「……はぁ、マコトさんはのん気過ぎます」

「……どんな神経してるんですか、師匠」

 俺としては最大限配慮したつもりだったが、二人には冷たい視線を返された。

 悲しい。


 俺はゆっくりと村を見て回った。

 白竜メルさんの仲間ということで、村の魔族たちからは概ね好意的だった。

 古竜族は偉大だ。


 食べるものか、武器、防具はないかなと探したのだが、外から来る人向けの店はなかった。

 貧しい村で、全て自給自足でやっているらしい。


 やれることは情報収集くらいということで、俺たちに話しかけてきた魔族の若者と雑談をした。


 といってもここは、魔大陸の端っこにある小さな村。


「最近どうですか?」

 と聞いても、他の集落との交流もあまりないそうで、変化のない毎日だと聞かされた。


 気になった点。

 会話の端々に、大魔王様のおかげで平和です、という言葉があった。


 どうやら大魔王が現れる前は、魔族の力が強いといっても魔王同士での争いなどもあり弱い魔族は住みづらい世界であったらしい。

 それを100年ほど前に、大魔王が現れ、全ての魔王を従え世界を統一した。


 それを機に、魔族たちにとって平和な世の中になったそうだ。


 ふと隣を見ると、光の勇者アンナさん、大賢者様モモが何ともいえない表情をしている。

 これから俺たちは大魔王を倒しにいく。

 彼らにとって俺たちは、世界に混乱を招く極悪人だろう。

 根が真面目な二人は、それを気にしている。


 が、俺には他に気になることがあった。

 この村の住人たちと会話している時に感じた、わずかな違和感。


 微弱な反応だったので、最初は気づかなかった。

 しかし、よく見れば確かに『それ』だった。 

 



 彼らは――――――




 月の巫女フリアエさんの守護騎士として与えられた『魅了』スキルのおかげで気づくことができた。

 魅了とは、前の世界で言うところの『洗脳』のようなものだ。


 だから住人たちの言葉が真実とは限らない。

 何より村の住人が魅了されているようなら、この村が本当に平和かも怪しい。


 一泊くらいしたかったが、ここでの休憩は危険だろう。

 月の国ラフィロイグでの経験もある。


 そういえば、月の国ラフィロイグで出会ったあの女王様はどうしているだろうか?

 まさか、こんな小さな村の住人を彼女が魅了したとは考えづらいが……。

 しかし、月の巫女の代名詞である『魅了』だ。

 関連があるのか、気になる。

 あとで、白竜メルさんの意見を聞きたい。


(とにかく、長居はやめておこう……)


 そう判断した。

 そろそろ出発しよう。


 最後に何気なく、俺は質問した。


「ところで、この村には若い男性が少ないですね。子供や老人が多い。何か理由があるんですか?」

 貧しい村なので、出稼ぎにでも行ってるのだろうと思っての質問だった。


「ええ……、それが大変なんです。なんでも西の大陸で魔王様が勇者とやらに倒されてしまったようで……」

「………………」

 返ってきた答えは、自分たちに関連する事象だった。


 頬を汗が伝う。

 こんな大陸の端にある小さな村にも、それくらいは伝達はいっているようだ。

 アンナさんが勇者とばれないようにしないと。


 が、次のセリフでそんなのん気な考えが吹き飛んだ。


「おかげで大陸中の戦士が、竜王様に呼ばれ集まっています。で、不死の王ビフロンス様の領地に居る人族を根絶やしにするそうです」

「「え!?」」

 光の勇者さんと大賢者様の口が大きく開いた。


 二人が固まっている中、俺の頭に浮かんだのは、絵本『勇者アベルの伝説』の一節だった。




 ――魔大陸より百万の魔王軍が襲来し、それを救世主様が打ち倒した。その勝利の地こそ太陽の国ハイランドの王都シンフォニアである。




 救世主アベルの中でもとびきり有名な伝承サーガだ。

 

(次から次へと……)

 頭を抱えたくなる。

 ゆっくりさせてはくれないらしい。



 既に、次の歴史イベントが動いていた。

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