272話 伝説のパーティー

勇者くんアンナちびっ子モモが精霊使いくんの恋人になった、だと?」

「そうなんですよ、白竜。我が王が急に色事いろごとに目覚めてしまいました……」

「いいじゃないか。『英雄色を好む』という言葉もある。彼は魔王討伐の立役者だ。好きなだけ女を抱けばいい。ついでに私の娘も貰ってくれんかな」

「これ以上増えるのは勘弁ですよ! エルフの長!」


 大魔王と戦う話を、白竜メルさんとジョニィさんに相談に行ったら、何故か水の大精霊ディーアが一緒に居た。

 三人とも飲んでいるようで、酒瓶がそこらに転がっている。

 水の大精霊ウンディーネって酒が飲めたのか?

 

「おや、女たらしの精霊使いくんじゃないか」

「我が王~、私は寂しいです……」

 白竜メルさんがニヤニヤとして、水の大精霊ディーアがふてくされた顔をしている。


「お邪魔しますね」

「よく来た、マコト殿! 共に飲もう!」

 俺が三人の近くに座ると、最初に話しかけてきたのはジョニィさんだった。

 普段の寡黙な様子がなく、随分と陽気だ。


 しきりに俺に酒を勧めてくる。

 ついでに、娘さんの婿にならないかと熱く口説かれた。

 ジョニィさんにはお世話になっているが、ここでOKするとアンナさんとモモに何を言われるかわからないので、丁重にお断りしておいた。

 ジョニィさんは残念そうだが、無理強いはしてこなかった。

 

「我が王~、私も構ってくださいまし……」

 水の大精霊ディーアがしなだれかかってくる。


「悪い悪い」

 と言いながら、俺はその美しい蒼い髪をなでた。

 実際、水の大精霊ディーアには何度も助けてもらっている。

 彼女無しでは生き残れなかった。


 これは予想だが、千年後の太陽の国ハイランドが魔物の群れに襲われた時、俺を助けてくれたのも水の大精霊ディーアのような気がする。

 今の時点で彼女に聞いてもわからないことではあるが。

 精霊には歳を重ねるという概念は無いらしい。

 千年後に帰ったら、是非確認してみよう。


 やがて酔いつぶれた水の大精霊ディーアは、俺の膝ですやすやと眠ってしまった。


「考えられんな……、生きた天災である大精霊をそのように従えるとは……」

 白竜メルさんが、恐ろしいものを見る目でこちらを眺めている。


「やはり私の目に狂いはなかった。精霊使いくんは、魔王を倒せる逸材だった」

「俺じゃなくて倒したのは、光の勇者アンナさんですよ」

「時の神級魔法を使っておいてよく言う。魔王は精霊使いくんに完全にビビっておったぞ」

「そうでしたっけ?」

 その辺は、記憶が曖昧だ。

『明鏡止水』スキルの100%のせいかもしれない。


 そんな雑談をしていた時だった。


「マコト殿、我々に話があってきたんだろう?」

 ジョニィさんが断言しながら、酒をぐいと飲み干した。

 俺にも注がれたものだが、日本酒のようにきついお酒でとても一気には飲めなかった。

 ジョニィさんは、酒が強い。


「そうなのか? 精霊使いくん」

「ええ……、まぁ」

「しばらくは、ゆっくり身体を休めたらどうだ? 魔王を倒したばかりだぞ?」

 呆れた口調で白竜メルさんは、赤ワインのようなお酒をまったり楽しんでいる。 

 その姿がとても絵になる。


(さて……、どう切り出そうかな)

 

 光の勇者アンナさんと大賢者様モモには、大魔王討伐のことは伝えてある。

 若干、顔を引きつらせていたが一応の同意は取れた。


 あとは、白竜メルとジョニィさんの二人の返事を聞かなければならないわけだが……、正直魔王を倒したばかりでさらなる困難へ連れ出すのは気が引ける。

 もっとも俺自身、太陽の女神アルテナ様に無理難題しんたくを押し付けられて、はるばる千年前に来た身ではあるが……。




「これから行くのだろう? 私は付き合うぞ」




 ジョニィさんは、大きな盃に酒を注ぎながらこともなげに言った。


「え?」

「何?」

 俺と白竜メルさんは、驚きの声をあげた。

 先に反応したのは、白竜メルさんだった。


「馬鹿なことを! まずはこの大陸で戦力を整えるべきだ。魔王を倒し各地に隠れていた戦士たちが集まってくる。それに他にも魔王は居る! 大魔王はもっとあとにすべきだ!」

 白竜メルさんの言葉は、真っ当だ。

 俺だって運命の女神イラ様と話す前は、そう考えていた。


いくさは勢いだ。地力では向こうが勝っている。流れに乗ってしまったほうがいい」

 ジョニィさんは、さらに酒を飲み干す。

 ……飲み過ぎでは?


「やれやれだ……、族長殿は短慮過ぎる。精霊使いくんも、何か言ってやれ」

 白竜メルさんが、俺に会話を振る。

 当然、反対してくれるだろうという口調だった。

 少し申し訳ない気持ちになった。

 

運命の女神イラ様から、直ちに大魔王討伐に向かうよう神託がありました」

「なん……と……」

「流石は運命の女神様だ。いくさをわかっている」

 ジョニィさんは、本当に楽しそうだ。

 反対に、白竜メルさんは心底嫌そうな顔をしている。


白竜メルさん……、気乗りしないのであれば……」

「いいさ、力を貸そう。そういう約束だからな」

「……いいんですか?」

「何度も言わすな」

「ありがとうございます」

 俺は二人に頭を下げた。


「うーん……、我が王は無敵……です……」

 水の大精霊ディーアの寝言が聞こえる。

 この子にも、もうひと働きしてもらわないといけない。


 俺はジョニィさんに注いでもらった酒を、ぐいっと飲み干した。

 少しむせた。


(なんとか全員の同意は得た……か)




 ――こうして、大魔王へ挑む面々との約束を取り付けることができた。




 ◇翌日の早朝◇




「もう旅立つのか……」

 白竜メルさんがげんなりした顔をしている。


「すいません、メルさん。夢の中で運命の女神イラ様に散々急かされまして。おかげで寝不足ですよ。文句言ってやりましたよ」

「……よく女神様に文句など言えるな、精霊使いくんは」

 白竜メルさんは、小さくため息を吐いた。


「遂に大将首か。腕が鳴る」

 ジョニィさんは、愛刀を腰に携えて不敵な表情を浮かべている。

 というかジョニィさんって、ちょくちょく発言が日本人っぽいんだよなぁ。

 転生人?

 まさかな。


「ジョニィさん、街の皆に挨拶はしなくても本当にいいんですか? 黙っていくと皆さん寂しがりますよ」

 なんと彼は、黙って出ていくらしい。


「構わん、書き置きを残してきた。今まで一族が滅びないことだけを考えてきたが、この街はもう私が居なくても大丈夫だ。大魔王を倒したあと、私は世界中を旅したい」

「そう、ですか」

 これは歴史で習った通りだ。

 大魔王を倒したジョニィさんは、世界中を巡る。


 ついでに、各地に子供を残していくらしい。

 なるほど、今までは一族のために自分のやりたいことを我慢していたのか。

 そう考えると奔放なのは、流石ロザリーさんの祖父って感じだ。

 

「師匠……」

 大賢者様モモは、相変わらず不安そうだ。

 しかし魔法の腕は大きく上がっている。


「大丈夫だよ、モモ」

「は、はい」

 本当なら戦いに巻き込むのは気が引けるが、ついてくるなと言っても無理だろう。

 だから、俺が守らないと。


「ほ、本当に行くんですね……マコトさん」

 光の勇者アンナさんは、モモよりさらに青い顔をしている。

 彼女の腰には聖剣バルムンクが携えられている。




 ――マコトさんが大魔王と戦うというなら、僕もついて行きます。 



 

 昨夜震えながらも、そう言わせてしまったことが心苦しい。

 だけど、大魔王を倒すには、彼女の力が不可欠だ。

 

(それにしても……)

 俺はあらためて、パーティーメンバーを見回した。


 伝説の聖なる古竜様。

 太陽の国ハイランドを建国時から見守る守護者、大賢者様。

 木の国スプリングローグの英雄ジョニィさん。

 そして、救世主――光の勇者のアンナさん。


(伝説のメンバーが揃ってる……)

 もっともアベルとアンナさんが同一人物であることは、想定外だったが。

 俺が一緒に行ってもいいのだろうか? という気すらしてくる。


(あんたが居なきゃ、始まらないのよ!!)

 頭の中で、キンキンと声が響いた。

 声色は美しいんですけどね……、もちっと穏やかな声を出せませんか?


(こっちは神界規定違反の罰則で、てんてこ舞いなのよ!)

 声だけでなく、目の下にくまができている運命の女神イラ様の顔が浮かんできた。


 24時間、働き詰めらしい。

 女神稼業ってブラックなんやな……。

 運命の女神イラ様は仕事のやり方にも問題がある気がするが。


(いいわね、絶対に勝つのよ……、負けたら私は女神剥奪なんだから……)

 運命の女神イラ様の声のトーンが本気過ぎる。


 さて、街の住人に見つかると騒がれてしまうので旅立とうかという時、誰かの足音に気がついた。


「皆様、お見送りに来ました」

 その穏やかな声の主は運命の巫女エステルさんだ。

 てっきり一緒に来てくれるかと思ったが、彼女自身の戦闘能力は低いらしく足手まといになってしまいます、と言われた。


「では、行ってきますね。エステルさん」

「はい、お気をつけて。ですが、旅立ちの前に皆様の勝利を祈らせてください」

 運命の巫女エステルさんはそう言うと、両手を組み小さく頭を下げた。




 ――運命魔法・女神の祝福




 運命の巫女エステルさんの身体を、美しい光が包む。

 そして、アンナさんに近づくと、手の甲にキスをした。


 キスされた場所がぽわっと小さく輝いた。


「これは……?」

 アンナさんが尋ねると、運命の巫女エステルさんがにっこりと微笑んだ。


「幸運を授ける運命魔法です。これで敵からの矢や遠距離魔法が当たらなくなります」

 おお! 

 それは助かる。

 巫女様の強化バフ魔法か。


 ワクワクして待っていたが、モモ、ジョニィさんと来て俺はスルーされた。

 あ、あれ……?


「あの……エステルさん?」

「ふふふ、マコト様には運命の女神イラ様の神気がついています。私の取るに足らない魔法など不要ですよ。むしろ邪魔になってしまいます」

 えぇ~、俺も運命の巫女エステルさんの強化バフが欲しかった……。


(あんたにはねぇ! 世界一の幸運がついてるのよ!)

 運命の女神イラ様のキンキン声が響く。

 本当かなぁ……。

 こっちに来てから大変なことばっかりなんですけど。


「まぁ、特に意味はありませんが、勝利を願ってキスくらいならいくらでも……」

 そう言ってニコニコしながら、運命の巫女エステルさんが近づいてくる。

 ん?

 手の甲じゃなくて、なぜ首に手を回すんです?


「師匠! 早く出発しますよ!」

「エステルさん! 幸運の魔法をありがとうございました! マコトさん、行きましょう!」

 大賢者様と光の勇者さんに、すごい力で服の襟を引っ張られた。

 く、首が苦しい!


 運命の巫女エステルさんは、にこやかに手を振っている。

 どうやら、からかわれたらしい。


「やれやれだ……、では向かうぞ」

 白竜さんが、竜の姿に成った。

 俺たちはその背に乗る。


 俺たちは大迷宮の街を離れ、黒い雲が覆う空へ飛び立った。


 こうして、ついに大魔王との決戦の地へ向かうこととなった。

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