271話 聖女アンナは、想いを伝える

◇アンナの視点◇


 ――数年前。


 母の故郷である浮遊大陸の村が魔王軍に襲われたので、西の大陸にある父の故郷の小さな村で過ごしていた時の話だ。

 既に両親は他界していて、僕の面倒を見てくれているのは母の友人である火の勇者のオルガ師匠だった。


「アベル、鍛錬もほどほどにな。少し休め。疲れが見えるぞ」

 女性としてはがっしりとした身体付きの師匠が、僕に気遣うように声をかけた。

 

 確かに剣の素振りをしている僕は、フラフラしていた。

 一緒に剣の修業をしている師匠は汗一つかいていない。


「……駄目です。僕も師匠のように強い勇者になって両親の仇を討つんです! だからもっと鍛錬しないと」

「真面目だなぁ、アベルは。母さんにそっくりだ」

 オルガ師匠が優しく僕の頭をなでた。

 その手に安心すると同時に、子供扱いされているので不服にも感じた。


 自分の腕を見つめる。

 師匠とは違い、あまりにか細い腕だ。

 頼りない。


「あまり思い詰めるな。そもそもアベルには女性のみの種族である『天翼族』の血が流れている。私は獣人族との混血だから身体が大きいし力が強い。ただの種族差だよ」

「……でも」

「焦らずに修行するんだ。君はきっと存在になる」

 特別な、というのは僕の体質のせいだろう。


 僕は勇者と巫女、両方の才能スキルを持っている。

 そんな者はこれまで誰一人いなかったらしい。

 だから師匠は、僕に期待をかけてくれている。


「師匠を守れるくらい、強くなります!」

「ふふっ、そうか。それは頼もしいな。私を守ってくれるか」

 寂しげに笑う師匠の横顔を見て、僕は悲しくなった。


 師匠は、かつて魔王軍に恋人を殺された。

 戦いの最中、師匠を庇って命を落としたらしい。

 それ以来、オルガ師匠はずっと独り身だ。


 他の勇者と共に行動せず、独りで戦ってきた勇者。

 僕を弟子にしてくれたのは、母と親交があり、僕が孤児になってしまったからだ。

 

 いつか、オルガ師匠と肩を並べて戦いたい。

 それが僕の目標だった。

 僕は、休まずに剣を振り続けた。


「私はずっと独りだが……、アベルには心を許せる仲間か……、恋人ができるといいな」

 師匠がぽつりとつぶやくのが聞こえた。

 随分と唐突な話だ。


「恋人なんて、僕は無理ですよ。こんな体質ですから」

 僕は苦笑する。

 天翼族(女性)と人族(男性)の両方の性別を持つ特殊な体質。


 その影響か、僕はこれまで誰かを好きになるということが一度もなかった。

 きっとこれからも無いだろう。

 強いて言えば好意を持っている相手は、オルガ師匠だけだ。

 それは家族愛に近いものであるが。


「わからんぞ? 君の母親は情熱的で、種族を超えて君の父と結婚をした。天翼族は、他種族との結婚は反対されているのにな。あの母の血を引く君なら、きっと運命の人と出会えるよ」

「はぁ……、そうでしょうか」

 僕は気のない返事をしながら、剣の素振りを続けた。

 

「ちなみに、アベルが結婚相手に求める条件は何だい?」

 からかうような口調で、僕に質問する師匠。

 意外に、こういう話が好きな一面があった。


 にしても、結婚なんて。

 想像もできない。


「師匠より強い人であることが第一条件ですね」

「それは大変だな」

 師匠は笑った。


「だけど、もしも気になる人が現れたらきちんと気持ちを伝えるんだぞ? こんな時代だから、いつ会えなくなるかわからないぞ」

「師匠より強い人なら、どんな敵が出てきても大丈夫ですよ」

 その時の僕は、そんな軽口をたたいていた。



 でも――あんなに強い師匠だって魔王相手には敵わなかった。



 だから、僕は……。




 ◇




「あ、あの……」

 僕は声を上擦らせながらマコトさんへ話しかけた。


「は、はい。何でしょう? アンナさん」

 いつも冷静なマコトさんが、珍しく動揺している。


(ふぅ……、落ち着いて。自分の気持を伝えるだけだから……)


「マコトさん……僕は、その……貴方のことが……す……す……」

「アンナさん?」

 い、言えない!

 何で『好きです』の四文字が言葉にできないの!?


 マコトさんは、僕の言葉を待つようにこちらを見つめてくる。

 その目で見られると、カァーと身体が熱くなった。 


 何が人を好きになれないだ。

 こんなにも心臓がバクバクいっている。

 

 落ち着け。

 そもそも、マコトさんには故郷で帰りを待っている『大切な人』が居るんだ。

 だから、僕の気持ちに応えてくれることは無い。

 そうモモちゃんから聞いている。


 それを思い出して、僕の頭が冷静になった。

 うん、返事はわかってるんだ。

 ただ、僕は自分の気持を伝えるだけだ。


 よし、言おう!



 

「ぼ、僕としてください!」




「へ?」

 マコトさんの目が丸くなった。

 これまで見てきた中で、一番驚いている顔をしている。 


「あ」

 そして、僕は自分が馬鹿なことを言ってしまったことに気づいた。


 何を言ってるんだー! 

 違う、言いたかったのはこれじゃない!

 師匠との会話を思い出していたから、おかしな言葉が飛び出してしまった。



「けっこん……、結婚かぁ……、それは予想外な……、うーむ……」

 あ、あれ?

 マコトさんが、悩んでいる。

 も、もしかして……脈あり?


「……、ちょっと、うるさいですよ、イラ様……、今返事を考えているところで」

「マコトさん?」

 ブツブツ何かを言っているマコトさんに一歩近づく。


「アンナさん」

「はい!」

 僕はバクバクする胸に手を当てて、次の言葉を待った。



「俺には……帰りを待っている人が居ます。だから結婚できません」

「……はい」

 その言葉に、胸がきゅうっと痛んだ。

 そうだ。

 マコトさんには想い人がいる。


 僕と結ばれるはずが……無い。


 何を期待してたんだ……。


「ちょっと、イラ様、マジで黙って……、一回通信切りますよ」

 失恋で頭がぼんやりしていた僕に、何か聞こえてきた気がしたが記憶には残らなかった。


 あぁ……、師匠。

 想いは伝えましたが、断られるのは辛いです……。

 泣きそう……。


「アンナさん」

「は、はい」

 マコトさんが僕の肩に手を置いた。

 好きな人の顔が目の前にあった。 


「でも、アンナさんのことは大切に思ってます」

「え?」

 再び心臓が凄いスピードで動く。

 

「だから……、アンナさんのことを守るよ。どんな敵が相手でも」

「っ!?」

 う、嬉しい。

 そんな言葉をかけてもらったのは初めてだった。


「マコトさん……」

 気がつくと、僕の腕がマコトさんの首の後に回っていた。

 マコトさんは少し驚いた顔をしたが、すぐにこちらを見て微笑んだ。


 い、いいのかな……?

 僕はゆっくりと顔を近づけ……


「ちょっとぉ! アンナさん!! 何をやってるんですか!」

「え?」

「わっ!」 

 目の前からマコトさんの姿がかき消えた。

 今のは、モモちゃんの空間転移テレポートだ。

 

「アンナさん!! 抜け駆けましたね! そこまでするとは聞いてませんよ!」

「も、モモちゃん……見てたの!?」

 シャー! と猫のように威嚇してくるモモちゃん。

 が、すぐにしょんぼりと肩を落とす。


「し、師匠……そうなんですか……故郷に恋人が居るから私の気持ちには応えてくれないと思ってたのに……アンナさんなら良いんですか? 私じゃ駄目ですか……」

「ち、違うって。モモだって同じくらい大切だから!」

「本当ですか?」

 モモちゃんが疑わしそうな視線をマコトさんと僕に向ける。


 モモちゃんと同じ……か。

 そうなんだろうか?

 さっきはキスをさせてくれそうだったけど……。


 実は、マコトさんって身持ちは軽い?

 いやいや、そんなことない。

 マコトさんは真面目な人だ。


 ……あぁ、頭がぐるぐるする。

 僕が混乱している間に、モモちゃんがマコトさんに詰め寄っていた。


「ちなみに、師匠の恋人ってどんな人なんですか? 今まで怖くて聞けなかったんですけど」

「俺の? いや、それは……」

「僕も興味あります! マコトさん!」

「アンナさんまで!?」

 確かにマコトさんの恋人は気になる。

 一体、どんな人なんだろう。

 きっと素敵な人だと思うけど。


「えぇ……」

 詰め寄る僕とモモちゃんに、マコトさんは言いづらそうにしている。


「師匠!」

「マコトさん!」

 モモちゃんはいつも通り押しが強い。

 今日は僕も同じように詰め寄った。

 その勢いに、マコトさんは観念したように口を開いた。



 

 ◇マコトの視点◇




 妙なことになった。


 アンナさんに告白されることは、運命の女神イラ様から予言されていたので心の準備はできていたが、モモが乱入してきて、さらに俺の女性関係を問い詰められるとは思ってもいなかった。


(どうするの? バカ正直にのろけ話なんて言うんじゃないわよ。アンナおまえのほうが可愛いよ、くらいは言いなさい)


 言わねーよ!

 運命の女神イラ様がアホな忠告をしてくる。

 とはいえ、アンナさんも十分美人なわけで、可愛いのは間違いない。


「「……」」

 大賢者様モモ光の勇者アンナさんが、俺をじっと見つめてくる。

 話すまで逃してくれそうにない。

 仕方ないかぁ。


「えーと、俺の恋人は赤毛のエルフの魔法使いで……」

 俺はルーシーのことを語った。


 魔物に襲われているところを助けたこと。

 一緒に、グリフォンや忌まわしき魔物と戦ったこと。

 千年後の冒険のことなので、千年前の状況と比べると矛盾が多いような気がするが、大賢者様モモ光の勇者アンナさんが気づく様子はなかった。

 

「エルフの魔法使いですか……」

「師匠はその方の話をすると楽しそうですね……」

 二人がしょんぼりと項垂れている。

 いかん、説明しすぎたか!


 もっと端折るべきだった。

 なんか色々聞かれたから、正直に答えてしまった。

 つ、次に移ろう!


「次に、二人目はね……」

「えっ!?」

「ふ、二人目!?」


(はぁ!? 高月マコト! あんた何言ってるのよ、バカじゃないの!)

(でも、ルーシーの話だけをするのはさーさんに悪いですし)


 というわけで、俺はさーさんのことも説明した。


「学校の友人……ですか?」

「師匠は……一体、どこの国に居たんです?」

(ほらぁ! あんたよりによって転移前の話なんてするから、二人が混乱してるじゃない!)


「で、三人目だけど」

「……………………は?」

「…………あの……マコトさん?」


 続けて、俺はソフィア王女の説明をした。

 その頃には、大賢者様モモ光の勇者アンナの表情がこちらを疑うようなものになっていた。

 なんだよ?

 嘘は言ってないぞ。


「最後の四人目だけど……」

 フリアエさんの説明は難しいな、と少し考えていたら。


「あ、師匠。もう言わなくて大丈夫です」

「マコトさん、聞いてられません……」

 二人からストップがかかった。


「四人目の説明はいいのか?」

 それはそれで助かるが、なんとなくここまできたらきちんと話してしまいたい気もする。


(あんたさぁ……こんな馬鹿だっけ?)

 運命の女神イラ様からの罵倒が、頭の中に響いた。

 馬鹿とは失礼な。

 俺は別に変なことは言って無……。


「師匠、は駄目ですよ」

「四人は言い過ぎです。見栄を張るにも二人くらいにしておくのがよいと思いますよ」

 同情的な視線を向けてくる、大賢者様モモ光の勇者アンナさん。


「ちょっと待て! 俺は嘘はついて無……」

 俺は慌てて、それを否定した。 

 

「はぁ……、師匠も可愛いですね。故郷に恋人がいるってことにしてたんですね」

「安心しました。大丈夫ですよ、僕たちはマコトさんのことが……す、好きですから」

「あー! アンナさん、どさくさに紛れて告白しましたね!! 私のほうがマコト様ししょうのことを愛してますから!」

「あ、愛!? モモちゃんは過激だね……」

「抜け駆けしてキスをしようとしてたアンナさんに言われたくありません!」

 大賢者様モモ光の勇者アンナさんが、二人で盛り上がっている。


「って。二人共、何で俺の話が嘘だって決めつけるんだよ!」

 思わず大きな声を上げてしまった。


 すると、二人はきょとんとした顔でこちらを向いて言った。




「だって師匠、童貞ですよね?」


「マコトさん、女性経験ありませんよね?」




「……」

 そう言えば、二人にはそれがバレてましたね。

 

(あーはっはっはっはっはっはっ!!!)


 俺が無言になっていると、イラ様の笑い声だけが頭の中に響いた。

 うるせぇ。


「恋人が四人も居る人が、童貞はありえませんよ」

「いや、待てモモ……」

 そうだけど!

 確かに、言われてみるとそうだけど!!

 

「駄目だよ、モモちゃん。マコトさんにだって言い分はあるんだから。ね? マコトさん」

「アンナさん! なんか凄い慈愛に満ちた視線を送るのやめて貰えますか!?」

 その聖女みたいな優しさは要らない!

 いや、貴女は聖女だけど!


(よかったわね、高月マコト。あんたの恋人は『妄想』扱いになったわよ。おかげでアンナの機嫌は良いし、上手くやったわね)

 くそー、納得いかん!



 その後、色々説明をしたが大賢者様モモ光の勇者アンナさんには、最後まで信じてもらえなかった。


 しまいには――。


「師匠、これからは私とアンナさんが恋人になりますからね」

「マコトさんが求めてくれたら僕はいつでも……」

「アンナさんって結構、尻軽……」

「なっ! モモちゃんこそ昨日はマコトさんと同じベッドで寝てたくせに!」

「部屋の中を見てたんですか!」

「僕の目は、壁一枚くらいなら透視できるんだよ」

「なにそれ怖い!」


 なし崩し的に、二人と俺は『恋人』になったらしい。


(あははははははははっ! 結果オーライよ、高月マコト! あー、笑い過ぎてお腹痛い)

 イラ様、ずっと笑ってるし。

 



 ――こうして、光の勇者との『絆』が深まり、俺たちは大魔王討伐への懸念を一つクリアした。


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