270話 高月マコトは、決断する

「高月マコト…………大魔王を倒しに行かない?」


 運命の女神イラ様の口から飛び出したのは、予想外の一言だった。


「大魔王を倒す……ですか? 魔王相手ですらあのだったんですけど……」

 千年前に来た直後は、俺だって救世主アベルに出会い次第、大魔王とすぐに戦うつもりだった。

 ルーシーやさーさんの居る時代に戻る方法を探さないと、という焦りもあった。


 だけど今は……、正直自信が無い。


 不死の王ビフロンスは恐ろしい相手だった。

 そんな魔王を九人も配下にもつ大魔王に、今の戦力で勝てるとは到底思えない。 

 俺の内心を読んでか、運命の女神イラ様が優しく微笑んだ。


「その気持ちはわかるわ、高月マコト。でも違うの。今が『最善』なのよ」

「……おっしゃる意味が」

 わからない、と続ける前に運命の女神イラ様の手が俺の頬に添えられた。

 暖かい。 




 ――運命の奇跡・共鳴

 



 美しい声が響く。

 運命の女神イラ様と俺の身体が七色に輝いた。

 これは?


「この反応は、神気を持った者にしかできない。つまり高月マコトに『神の力』が宿っているということなの」

「えっ!?」

 俺に神気が?

 そんな気配は全くしないが。


「言ったでしょ。本来なら女神と人間が同調シンクロなんてすれば、普通は発狂か廃人よ。少なくとも精神か肉体に不調は出るはず……。なのに高月マコトには、一切の兆候が見られなかった」

「それはノア様の紋章のおかげで……」

「そう、ノアの仕業ね。そして、ノアのかけた奇跡まほうの『後遺症』で高月マコトに神気が残っている状態なの」

「……それって大丈夫なんですか?」

 さっきから後遺症とか廃人とか、ロクでもないワードばっかりなんですが。


「大丈夫。悔しいけど流石はノアの奇跡まほうね。一切高月マコトに悪影響を及ぼさない形で神気を内包させているわ」

 ほうほう。

 ノア様も、抜かりが無い。


「俺が神気を持っていることは理解しました。でも、それだけで大魔王を倒せますか?」

 神気と聞くとなんとなく強そうだけど、俺が桜井くんやアンナさんのようになったとは思えない。


「はぁ……」

 運命の女神イラ様がやれやれと言いたげな顔で首を振る。


「神気が宿っているってことは、今の高月マコトは『無限の命』と『無限の肉体』を持っていると思いなさい」

 無限の命? 

 無限の肉体?

 言葉は凄そうですけど。


「……いまいちイメージが」

 掴めず、首を捻った。 


「あんたの仲間のアヤちゃんの『無敵時間』がずっと続いてると思いなさい。今なら『太陽の勇者』アレク相手でもいい勝負できるわよ」

「めっちゃ強くないですか!?」

 灼熱の勇者オルガさんを一撃KOした『無敵時間』のさーさん。

 光の勇者桜井くんをぶっ飛ばした『太陽の勇者』アレクサンドル。

 あれと同じ!?


「信じられないのも無理がないわ。本人には無自覚で『神気』を宿らせているもの……。何故、ノアはこんな真似を……。聖神族や悪神族から隠すため……かしら? でもそれなら誰にも気づかれない恐れが……、私だけが気づくことも計算して……? そんなまさか……」

 眉間にしわを寄せる運命の女神イラ様の声を聞きながら、俺は自分の両手を見つめた。

 とてもそんなに強くなったようには思えないが……。


 ふと気になった俺は、自分の『魂書ソウルブック』を取り出した。

 俺のステータスは、全て『不明』となっていた。

 な、何だ、こりゃ!?


魂書ソウルブックは、地上の民の力を測るものだから神気は測れないわ」

 イラ様が教えてくれた。

 な、なるほど。

 どうやら本当に俺の身体は、変化しているらしい。


「これなら」

 本当に大魔王を倒せる……のか?

 ありがとう、ノア様!


「勿論、注意点もあるわ」

 浮かれてそうになっている俺に、運命の女神イラ様が釘を刺す。


「この状態はずっとは続かない。本来は『神気』が人族に宿るなんて異常事態だから、徐々に力は弱まっていくはずよ」

「なるほど……、そして追加の『神気』を補充しようにもイラ様はもう」

「降臨できない」

「理解しました」

 大魔王と戦うなら今が一番タイミングが良いということがわかった。

 

「勝てますかね……?」

「一人で突っ込んじゃ駄目よ? 少なくとも光の勇者アンナとは一緒に行くこと」 

「だからさっきの助言ですか……」

 俺がアンナさんを振ってはいけないわけだ。


「魔王ビフロンスの城で聖剣『バルムンク』も回収しておいたわ。もともとは火の勇者の武器ね。それを光の勇者アンナに持たせて、『神気』を持つ高月マコトと一緒に戦えばきっと勝てるわ!」

 びしっと俺を指差す運命の女神イラ様。


 たった今知ったが、どうやら魔王城で聖剣をゲットしていたらしい。

 にしても、聖剣『バルムンク』……ねぇ。


「さーさんにへし折られた聖剣ですよね?」

 火の国グレイトキースでの、武闘大会のことを思い出す。

 あまり強そうな印象がない。


「あ、あれはあんたの仲間がおかしいのよ! 何よ『無敵時間スーパースター』って!」

「まぁ、あのスキルは俺も反則バグってると思いますけど……」

「と、とにかく! 偶然にも高月マコトに『神気』が宿った。これを利用しない手はないわ!」

「なるほど……」

 運命の女神イラ様の作戦は理解できた。




 その時、俺の脳裏にとある考えアイディアが閃いた。




「もし、この状態の俺が『海底神殿』に挑めばどうなります?」

「え?」

 俺がぽつりと言った言葉で、運命の女神イラ様の目が大きく見開いた。


「どう思います? イラ様」 

「た、確かに高月マコトが『神気』を宿している状態なら『海底神殿』を攻略できる可能性が……。はっ! まさか、ノアの狙いはそれ!?」

 これは千載一遇の機会チャンスなのでは。 


 魔王カインと二人がかりで手も足も出なかった海底神殿。

 しかし、覚醒した光の勇者アンナさんと一緒ならもしかしたら……


「ね、ねぇ……、高月マコト。本気なの? 大魔王とは戦ってくれないの……? もし、これで失敗したら……」

 運命の女神イラ様が泣きそうな顔で俺の服の袖を掴む。

 この世のものとは思えないほどの美幼女の瞳と涙。

 その目は反則ですよ……。


 ノア様に逢いに行くか、大魔王と戦うか。

 俺が悩んでいた時。




『どうしますか?』

 海底神殿へ挑む

 大魔王へ挑む




 空中に文字が浮かんだ。

『RPGプレイヤー』スキルだ。

 イラ様からはちょうど視えない位置。

 どうしたものかな……。

 毎度のことながら、悩ましい選択肢を投げかけてくる。


 運命の女神イラ様は、捨てられた子犬のような目でこちらを見つめている。

 あざとい。


 少しだけ悩んだ結果、俺は『大魔王へ挑む』を選択した。


「イラ様に教えて貰えなければ『神気』のことは知らなかったわけですし。神託に従って、大魔王と戦いますよ。海底神殿はゆっくり攻略します」

 はっきりと答えた。


 俺一人の希望を優先するわけにはいかない。

 この世界の命運がかかっている状況だ。


 俺の決断に運命の女神イラ様も喜ぶだろうと思ったのだが、当の女神様はこちらを見て怪訝な表情を浮かべていた。


「あんた……今、何をしたの?」

 おかしな質問をされた。


「何、と言いますと?」

「えっと……あら? ううん、何でも無いわ。一瞬『未来』が視えなくなったと思ったんだけど……、気のせいだったみたい。そう! 大魔王と戦ってくれるのね! よかったぁ……」

 すぐに安堵の表情に変わり、俺の肩に手を置きこちらに体重を預けてきた。

 

 ふわりと、鼻孔にすごくいい匂いが届いた。

 ……運命の女神イラ様から花のような香りがする。

 この女神様ひと、パーソナルスペースが近くない?


 俺の心を読んだのか、運命の女神イラ様とぱっと目が合った。


「あんた女に飢えてるの……? いっぱい可愛い子に言い寄られてるじゃない」

「俺は硬派なんです」

「その割には、私の胸元に視線を感じるんですけどぉ~」

「その平原のような胸にですか?」


「は?」


 イラ様が低い声で威圧してきた。

 ベッドの近くにいるヌイグルミたちの目がギラリと光った。

 ガチャガチャと巨大なはさみを鳴らす音がする。

 地雷を踏んだらしい。


「嘘です、イラ様の美肌に見惚れてました」

「よろしい」

 ふふん、と胸を張る運命の女神イラ様。


 自意識が高いなぁ……。

 いや、女神様だしこれが普通なんだろうか。

 ノア様も『自分が一番可愛い』だったし。


 そんな会話をしていると景色がぼやけてきた。

 そろそろ目覚めの時間だ。

 今回の話も、情報が多かった。

 頭を整理しないと。


「じゃあ、任せたわよ。高月マコト」

「はい、イラ様」


 こうして、俺は運命の女神イラ様からの神託おねがいを受け取った。




 ◇




 目を覚ますと大賢者様モモの姿はなかった。

 大迷宮の中なので、時刻が分かりづらいがおそらく昼過ぎだろう。


「寝坊だな……」

 俺はひとりごちると、顔でも洗おうと地底湖に向かった。

 途中、住人にご飯を奢ると誘われたがリハビリも兼ねて自分で魚を獲りますと伝えた。

 ついでに、運命の女神イラ様に教えてもらった『神気』がどんなものか確認したい。


 あまり人に見られるのもどうかと思うので、俺は地底湖に落ちる大きな滝の裏にやってきた。


 滝の裏は、轟々と水が落ちる音が響くのみでひとけは全く無い。

 見回すと、多くの精霊たちが遊んでいる。

 さて、何の魔法を使おうかと考えていると。

 


「マコトさん」



 名前を呼ばれた。

 よく知っている声――光の勇者アンナさんの声だ。




 ――高月マコトは、聖女アンナに告白されるわ




 運命の女神イラ様の言葉が蘇った。

 流石は女神様の未来予知。

 避けられそうにない。


(わかってるわよね! 高月マコト! OKするのよ!)

 頭の中で声が響いた。

 ついさっきまで会話していた御方だ。

 運命の女神イラ様、視てるのかよ……。

 やりづらいことこの上ない。


(つーか、任せたって言うなら視ないでくださいよ)

(だ、だって。上手くやってくれてるか不安だし!)

 この女神様は……。

 何でもかんでも自分でチェックしないと気がすまないらしい。

 仕事を人に任せられないのは駄目ですよ?


(う、うるさいわね! いいから、目の前のアンナに集中しなさい!)

 はぁ……、わかりました。

 心の中でため息を吐いた。


「は、話があります!」

 顔を赤くする聖女アンナさん

 可愛い……が、その顔はどうしてもノエル王女を思い出す。

 今からこの子に告白される、……らしい。


「は、はい……」

 やや緊張気味に、俺は答えた。


(さぁ、勇者高月マコト! アンナを口説き落としなさい!)

 頭の中が、うるせぇ。

 集中できん!



 こうして運命の女神イラ様に監視された中での、告白イベント相成あいなった。

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