269話 高月マコトは、運命の女神から神託を受ける
「よだれのことは忘れなさい」
そういえば、女神様は心を読めるのだった。
俺の気遣いは、無駄だったようだ。
「それでお話とは?」
俺は
顔を上げると目の前には、宙に浮かぶ
この角度なら絶対にスカートの中が見えると思うのだが、残念ながら神秘的な力によって女神様の下着は見えなかった。
ノア様と同じ仕組みらしい。
「あんたどこ見てるのよ!?」
顔を赤くしたイラ様が、組んでいた足を戻しスカートの裾を掴んだ。
「
てっきりわざと見せてきたのだと思った。
「んな訳ないでしょ!? 待ってなさい、座る場所を創るわ!」
パチンと、イラ様が指を鳴らすと「ドン!!」と大きな音と振動が起き、天蓋付きの巨大なベッドが落ちてきた。
「おおっ!?」
す、凄い。
イラ様はベッドに腰掛け、ポンポンと隣の位置を叩いた。
「ほら、ここに貴方も座りなさい!」
「…………えっと」
この
ベッドの隣に座れと?
絶世の美少女である
「はぁっ!? あんた私に手を出す気? そんなことしたら、この子たちに処刑されるわよ!」
「この子たち?」
ふと見ると、ベッドの近くに大きなハサミを持ったヌイグルミの集団が立っている。
光のない瞳が、俺のほうをじぃっと見ていた。
こ、怖い……。
元より手を出す勇気など無いが、俺は大人しく少し距離を置いてイラ様の隣に座った。
「さて、高月マコト」
イラ様がぞくりとするような笑みを浮かべ、水晶のような瞳が俺を見つめる。
間近で見ると、やはり人間離れした美貌だ。
「は、はい。イラ様」
「魔王の討伐、よくやったわ」
「予想外のことが沢山起きましたけどね」
「………………ええ、そうね」
俺の言葉に、イラ様がたちまち渋面になる。
「イラ様は未来が視えるんですよね? 予知できなかったんですか?」
事前にわかっていれば、他に手の打ちようもあったのだが。
「わ、悪かったわ。でもね、……魔王の使ったあの
「……悪神族ですか?」
大魔王イブリースは、悪神王ティフォンの使徒だと聞いたことがある。
ならば、配下の魔王に力を貸したのは悪神族だろう。
「……悪神族は、時間を操って敵を罠に嵌めるなんてまどろっこしい真似はあまりしないの。全てを薙ぎ払う暴力こそを至上としている。らしくないのよ。もしかしたら他の神族が絡んでいる可能性が……」
「まぁ、結果は俺たちの勝利ですから、気にしなくてよいのでは?」
「はぁっ!?」
俺の言葉に、イラ様が「信じられない」という顔をした。
「昼夜が逆転したあの時、私は『数千パターン』の未来を確認したの。その全てが『光の勇者が敗れる』未来だったわ。終わったと思った……」
「でも、俺とイラ様が
「あんたねぇ……」
俺の言葉に、
「
「どういうことですか?」
廃人とは物騒な言葉が飛び出した。
「脆弱な地上の民と、永遠の肉体と命を持つ神族じゃ、存在レベルに差がありすぎるの。高月マコトの肉体や精神にも間違いなく、悪影響を及ぼしてるわ。ほら、チェックしてあげる」
そう言って、
「ちょ、くすぐったいんですけど」
「我慢しなさい」
こ、この
何度も言うが、
そんな子が、俺の身体を無遠慮に弄ってくる。
明鏡止水、明鏡止水……。
「あら…………?」
イラ様が、眉をひそめた。
「どうしました?」
「……変ね、特に異常が見当たらないわ。ねぇ、高月マコト。貴方、身体に不調は感じない? もしくは記憶の一部が欠如してたりしないかしら?」
「うーん……」
俺は首を捻るが、三日ぶりに起きて身体が重かったくらいで特に身体面に異常はなかった。
記憶に関しても、今ははっきりしている。
「あ、そういえば」
地底湖での出来事を思い出した俺は、『未来の音が聞こえた』話をした。
「え、未来が? 貴方にあげたのは『運命魔法・初級』だから未来視なんてできないはずよ?」
「そうなんですよ。おかしな話なんです」
「ん~、
俺の身体をまさぐっていた運命の女神様の目が見開いた。
「どうしましたか、イラ様?」
「あんた……どうして
俺の質問には答えてもらえなかった。
険しい顔をして、俺の身体を観察している。
「ここか!」
「痛い」
突然、
乱暴に袖を捲られる。
そこには、青く光る紋章が浮かんでいた。
「それは……」
たしか
「ノアの描いた紋章……?」
「そうです」
かつて右腕を精霊化させるのに失敗した俺は、魔法を暴走させた。
それを防ぐためにノア様がかけてくださった魔法だ。
「
「
不安になってきた。
ノア様が裏で何か企んでいるのはいつものことだが、俺の身体に変な魔法を仕込んだのだろうか?
俺の問に、イラ様がゆっくり口を開いた。
「
イラ様の言葉を、頭の中で反芻する。
つまり今回起きた事象だ。
よく女神様と
「別に問題ないのでは?」
まさにそれに救われた。
流石はノア様。
「何言ってるの!? 有り得ないでしょ! 今回は
「俺ならやりかねないと思ったのでは?」
ノア様との付き合いは長い。
俺の行動を予想して、仕込んでおくくらいは平気でやりそうだ。
「あんたの突飛な行動を見てるとそれも考えられるけど……、でもそれならどうしてそれを隠蔽するの……? まさか、今の状況をノアは読み切っていた? そんなはずは……」
イラ様は納得がいかないように、ぶつぶつと言っているが俺に湧いた感情は一つだった。
「ノア様……、ありがとうございます」
今の俺は信者ではないが、俺は短剣を胸の前に構え祈りを捧げた。
「あんた、ここは天界にある
「あ……、スミマセン」
俺が謝るとイラ様がため息をついた。
「まぁ、いいわ。ノアの助けがあった点は気に入らないけど、私と同調して魔王を退けた。高月マコトの身体と精神には異常は無い。結果的には上手くいっているわ。これからの計画を話すわよ」
「はい、イラ様」
俺は姿勢を正す。
「まず、悪いニュースよ。巫女への
「あ……」
俺が目覚めた時、エステルさん本人だったのを意外に思ったのだ。
どうして、
イラ様が降臨禁止になったからだった。
理由は明白だろう。
「俺のせい……、ですよね?」
「高月マコトが使った『時の
思いの外イラ様の言葉は軽かった。
「すみません……」
「かまわないわ。歴史改変を見落とした上に、勇者アベルに死なれたら私の
意外だ。
降臨が禁止になったことは、そこまでお怒りじゃないらしい。
というか、女神剥奪とかあるのか。
神様の世界も大変だ。
「それにあんたに渡しているネックレス。あれを通して会話ができるから伝達手段はこれまで通りよ」
「わかりました」
俺は頷いた。
「さて、次ね」
イラ様が、腕組みをして俺を意味ありげに見つめた。
「何でしょう?」
「…………」
俺が尋ねると、逡巡するような気配があった。
他にも悪いニュースがあるのだろうか?
「悪い……かどうかは、受け取り方次第ね。高月マコトに関係あることよ」
俺は姿勢を正してイラ様の言葉を待った。
「勇者アベル……、いえ聖女アンナかしら。あの子は、高月マコトに惚れてるわ」
「…………………………え?」
まさかの恋バナ?
いやいや、なにか深い意味があるに違いない。
俺は次の言葉を待った。
「本来の歴史では、勇者アベルが覚醒するきっかけは『
「それは……知っています」
有名な伝承だ。
しかし、現在の状況は……。
「しかし、今の
「……それは」
「気づいてると思うけど、今のアベルの心の支えは『高月マコト』よ」
「…………」
そう断言されると言葉に困る。
光栄ではあるのだが。
相手は伝説の救世主様なんだけど?
「アンナに、後で話があると言われてるわね?」
「はい。……どうして知ってるんですか?」
「アンナの未来を見たの。細かい指示は出さないけど、彼女の気持ちになるべく応えなさい」
「そもそも何の話なのかわからないと……」
「告白されるわ」
「え?」
それは言っちゃ駄目なやつでは!?
「イラ様……」
「何よ、その顔は。心の準備ができていないまま告白されるよりマシでしょ。いい? 間違ってもアンナを
「で、でも俺は」
動揺が隠せない。
「わかってるわよ。高月マコトは千年後に恋人を待たせているし、この時代に留まる気は無い。でも、嘘でもいいから、アンナの気持ちに応えてあげて。
「…………」
言葉に詰まった。
そうだ。
千年前にやってきたのは『世界を救う』ためだ。
手段を選ぶ余裕は無い。
けど…………、そのためにアンナさんを騙すのか?
パーティーの仲間にそんなことをして、本当に許されるのだろうか。
心を弄ぶような……。
「高月マコト、心苦しいのはわかるけど……、あなたにしかできないの。お願い」
そんな真剣な目で見つめられ、俺の両手を小さな手で掴まれた。
「ずるいですね」
小さく息を吐いた。
なにか対策を考えよう。
なるべく誠実に、アンナさんを傷つけないように。
「ありがとう、高月マコト。助かるわ」
ホッと息を吐く声が、耳に届いた。
にしても、イラ様って真面目だな。
ノア様や
「うぐ」
俺の心の声を聞いてか、イラ様が何とも言えない顔をする。
「やっぱり私って真面目過ぎるのかしら。女神になる前も、姉さまたちに肩の力を抜けっていっぱい言われたし……」
「いっぱい言われたんですか……」
まあ、巫女に伝えれば済むことまでいちいち降臨して自分の口で言ってるあたりそんな気がしてた。
逆に
「ちょっと! そんなこと言わないで! 私だって頑張ってるんだから」
「勿論、頼りにしてますよ。イラ様。で、次はどうしましょうか?」
大分、話が脱線してしまったので本題に移す。
魔王を倒したとはいえ、まだまだ先は長い。
俺は未だに、大魔王の影すら見ていないのだ。
「……」
「イラ様?」
俺の質問にイラ様はすぐには答えず、視線を彷徨わせた。
言いづらいことなのだろうか?
さっきのアンナさんへの対応より重い内容だったら嫌だなぁ……。
「えっと、魔王ビフロンス戦でやらかした私の言うことを聞いてくれるかしら……?」
上目遣いで質問された。
「聞きますよ。何でも」
「本当?」
俺が言うと、イラ様の顔がぱっと笑顔になった。
反則級に可愛い。
その可愛さにやられた……わけではなく、なんだかんだ俺はイラ様のことは信頼している。
魔王を倒せたのは、イラ様のおかげだし、助言だってまめにくれる。
だから、千年前の難局を一緒に乗り越えていきたいと思った。
口には出していないが、俺の心のうちは伝わっている。
イラ様が意を決したように、口を開いた。
「高月マコト…………大魔王を倒しに行かない?」
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