268話 高月マコトが目覚めた時は……


 俺はゆっくりとまぶたを開いた。

 薄暗い天井が見える。

 

 身体が重い。

 記憶がはっきりしない。

 俺は何かと戦っていて、それで危機ピンチに陥って……



「目を覚ましましたね。高月マコトさん」



 名前を呼ばれた。

 そちらを見ると小柄な身体に、灰色の髪の少女が立っている。 

 彼女は運命の巫女であり、つまりは……


「……運命の女神イラ様?」

「いいえ、違います。今の私はです」

「……エステルさん?」

 俺はそう名乗る少女の顔をまじまじと見つめた。

 いつもイラ様が降臨していたから運命の巫女エステルさんとは直接会話をしたことがなかった。

 

「そういえばお話をするのは初めてでしたね、高月マコトさん。魔王との戦い、お疲れさまでした」

 その言葉を聞き、俺は「はっ!」として、慌てて起き上がった。

 が、身体がやけに重い。


「ぐっ……」

「駄目ですよ、無理をしてはいけません。あなたは心臓を貫かれ、腕を切られたのですから」

 段々と思い出してきた。


 俺たちは魔王ビフロンスに、戦いを挑んだ。

 自分たちに有利な昼間に戦うはずが、相手の魔法で窮地に陥り、そして……


(……確か、俺は魔王の鎌で心臓と腕を斬られたはずだけど)


 自分の身体を確認するが、心臓は動いているし腕も両方つながっている。

 ほっとするや、次々に気になることが頭に浮かんだ。


「……エステルさん、俺が意識を失った後どうなりましたか? ここはどこです? それから運命の女神イラ様はどちらに?」

 俺の矢継ぎ早な質問に、運命の巫女エステルさんはにっこりと微笑んだ。

 表情が穏やかだ。

 イラ様とは随分異なる。


「一つづつお答えしますね。まず、あなたの活躍で太陽の光を取り戻した『光の勇者』によって、無事魔王ビフロンスは。本来の史実通りにです」


 その言葉の意味を、一瞬理解できずゆっくりと咀嚼する。

 魔王を……倒した?


「……そう、ですか」

 たはー、と息を吐き、力が抜けるのを感じた。

 どうやら無事に、神託を果たせたらしい。

 よかった……。


(でも、どうせならその貴重な場面に立ち会いたかったな)

 伝説の救世主様が魔王を倒す話は、水の神殿で何度も聞かされた。

 折角、現場に居たというのに惜しいことをした。

 ルーシーやさーさんへの、いい土産話になったのに。


「随分とのん気なことを考えていませんか? あなたは瀕死になって三日も目を覚まさなかったのですよ?」

 エステルさんに呆れた声で、ツッコまれた。


「三日!?」

 そんなに経っていたのか。

 どうりで身体が鈍っているはずだ。


「次の質問に答えますね。ここは大迷宮の街です。白竜様率いる古竜たちが、みんなをここまで運びました。魔王を倒したことで、住人たちはお祭り騒ぎですよ」

「へぇ……」

 言われてみると遠くから、喧騒が聞こえてくることに気づいた。

 なんだよ……、俺は寝てたのにみんなは宴会か。

 一抹の寂しさを覚えていたが、魔王を倒して騒がないのも変だろう。

 俺も顔を出しに行こうかな。


「三つ目の質問ですが、現在の運命の女神イラ様は……」



 ――ガシャン



 と何かが砕ける音がした。


「し、師匠……?」

「マコトさん……?」

 大賢者様モモ光の勇者アンナさんが、大きく口を開けて立っていた。


 水を運んでくれていたらしい。

 もっとも水をいれてあった陶器のコップは砕け散っているが。

 二人は俺の看病をしてくれていたようだ。


「アンナさん、モモ、心配をかけ……」

「わああああっ!」

「マコトさん! 良かった! 目を覚まして」

 俺の言葉が終わるより前に、二人に飛びつかれそのままベッドに押し倒された。


 二人分の体重は、弱った身体に重かったが文句は言えなかった。

 この二人の表情をみれば、目覚めない俺をずっと心配してくれていたのがわかった。


 にしても美少女と言って過言でないモモと、ノエル王女そっくりの美人であるアンナさんに長時間抱きつかれていると落ち着かない。

 二人共やけに顔が近いし……。


 俺はしばらく抱きつかれてたまま、二人が落ち着くのを待った。


「はぁ……、すみません。取り乱しました。白竜様やジョニィさんも呼んできます。みんな心配していましたから」

 そう言ってアンナさんは、部屋を出ていった。

 大賢者様モモは、抱きついたままだ。


「うぅ……、良かったです。師匠が生きていて……」

 俺は大賢者様モモの頭をなでた。


「話の続きは、今度にしましょうか」

 エステルさんが俺たちの様子を見ながら言った。


「いえ、俺が気を失ったあと何があったか……」

 詳しく聞きたい。

 しかし、その言葉を最後まで続けることはできなかった。


「マコトくん!」

「精霊使いくん!」

「マコト殿!」

 どかどかと、迷宮の街の住人たちが入ってきた。

 ジョニィさんや、白竜さんもいる。


「みなさん、心配をしていたんですよ? 声をかけてあげてください」

 エステルさんが微笑む。

 どうやら、先に心配をかけたみなさんと話さないといけないようだ。


 フラフラとはするが、身体の傷は全快しているということなので俺はリハビリも兼ねて部屋の外へ出た。


 大迷宮・中層の街に俺が出ていくと歓声が聞こえた。


「勇者様のお目覚めだ!」

「救世主様!」

「魔王を倒した御方だ!」


(いや、俺は倒してないんだけど……)


 ちらっと振り返ると、光の勇者アンナさんがニコニコしている。

 俺は勇者ですらないんだけどな。

 手柄を奪ったような気がするけど、いいんだろうか?


「今回の戦いの最大の功労者は高月マコトさんです。それはこの街にいる全員の意見ですよ」

 俺の耳元で囁いたのは、エステルさんだった。

 俺の考えを読まれたのだろうか。


「やれることをやっただけなんですけどね」

「ですが、ここにいる人達の命が救われたのは、あなたの行動のおかげです」

 どうやら思った以上に、みなさんからは感謝されているらしい。


 俺の周りにどんどん人が集まってくる。

 三日ぶりに起きて腹が減ったというと、山のように食料を持ってこられた。

 貴重な食べ物のはずだけど……。

 

 さらに酒までじゃんじゃん、運ばれる。

 あっという間に宴会の中心に居ることになった。


 聞かれるのは、魔王に対抗して使った運命魔法についてだ。

 とはいえ、運命の女神イラ様と同調シンクロしました、なんていうと頭がおかしいと思われそうなので「覚えてない」と言ってごまかした。

 一箇所に居ると質問攻めに合うので、俺は仲間たちに挨拶に回った。


 最初に、この街の長であるジョニィさんの所に向かった。

 彼はエルフや獣人族の戦士や美女たちに囲まれている。


「マコト殿! この街の若い娘は皆、君に夢中だ。好きな娘を嫁にしてくれていいぞ」

「ははは……」

 ジョニィさんが珍しく口数が多い。

 言っていることが本気か冗談かよくわからないので、曖昧に笑っておいた。


 次に向かったのは白竜さんの席だ。


「精霊使いくん、君はとんでもない男だな! 一万年生きてきて、一番興奮したよ!」

「それは光栄です」

 白竜さんは、他の古竜たちと食事をしている。

 彼女もテンションが高い。


「なぁ、おまえたちも精霊使いくんのようになれ!」

「無茶言わんでくださいよ、大母様……」

「ありゃあ、神級魔法でしたぜ……」

 古竜たちが、呆れた顔で白竜さんの無茶振りを流している。

 メルさんも酔っ払っているのかもしれない。


 三番目に向かったのは、勇者たちが集まっている席。

 モモも、一緒に居るようだ。


「マコト殿のおかげで戦友との約束を果たせた。ありがとう」

火の勇者オルガさんと一緒に祝いたかったな……」

 土の勇者ヴォルフさん、木の勇者ジュリエッタさんに挨拶に行ったら、意外にもしんみりとしていた。


「駄目ですよ、二人共。折角の祝いの場なんですから」

 アンナさんは明るい。

 出会った時とは、正反対だ。


「はぁ、……私はまだ信じられません」

 大賢者様モモは、ぼんやり椅子に座っている。

 ずっと俺の看病をしてくれていて、俺が目を覚ましたら気が抜けたらしい。

 悪いことしたなと思っていると、すっと誰かが隣に座った。


「マコトさん……あの、あとでお時間があるときに話したいことが……」

 アンナさんが、耳元で小さな声で話しかけてきた。


「いいですよ」

 何だろう?

 大方、魔王を倒した御礼だろうと思うけど。

 意味ありげにこちらを見つめる表情からは、何も読み取れなかった。



 一通り挨拶を終えた俺は、少し疲れたので席を立った。

 周りはまだまだ盛り上がっている。

『隠密』スキルを使って、その場を離れる。


 人の少ない地底湖のほうへゆっくり歩いている時だった。




 ――バシャン、と水が跳ねる音がして、「きゃあ!」という悲鳴が響いた。




(あれ? 人が落ちた?) 

 誰かが酔っ払って足を滑らせたのかもしれない。

 俺はすぐに、誰かを呼ぼうと振り返ったがみんな宴会中だ。

 なにより、地底湖――水に落ちて溺れているなら俺が助ければ問題ない。


 急いで地底湖に向かって走った。

 暗くてよく見えない。


「ディーア」

 水の大精霊を呼ぶ。


「はい、我が王。お目覚めをお待ちしておりました」

 すぐに嬉しそうな顔をした、水の大精霊が姿を現した。


「誰かが地底湖に落ちた! すぐに探してくれ」

「はい! …………あら? 視た所、中に誰もいませんよ?」

 水の大精霊にとって、地底湖の様子など一瞬で把握できるらしい。

 しかし、確かに誰かが落ちる音が……。 

 

 その時だった。

 ふらふらした足どりで、やってくる人影があった。


「ん……飲み過ぎちゃったなぁ~」


 ルーシー似のエルフの女の子だ。

 確かジョニィさんの娘さんだったか。

 そんなにお酒が強くないのに、飲みすぎてしまうルーシーを思い出した。

 心配だったので、声をかけようかと近づいた時。


「きゃあ!」

 エルフの女の子が足を滑らせた。


「水魔法・水面歩行!」

 俺はすぐに彼女に魔法をかけ、水の中に落ちるのを防いだ。


「大丈夫?」

「えっ? あ、あれ……マコト様? やだ、私ったら、みっともないところを……」

「危ないですよ、気をつけて」

 そう言って俺は地底湖の探索をしようとした。


「……マコト様」

 が、エルフの女の子は俺の腕を掴み身体(主に胸)を押し付けてきた。


「あの……、私の部屋まで送ってくださいませんか……?」

「えっと……」

 お誘いを受けた。

 俺を見つめる潤んだ目が、実にルーシーに似ている。

 

(ホームシックなのかな……)

 前よりも心が揺れる自分が居た。

 ノア様あたりなら「据え膳食わぬは男の恥よ!」とか言ってきそうだ。


「私では、嫌……ですか?」

 その目で見つめられると、弱い。

 つい「そんなこと無いですよ」と言ってしまうと、嬉しそうに頬を染めている。


「では、どうぞこちらに……」

 腕を絡められ、そのまま連れて行かれそうに成った時


「マコトさ~ん?」

「ししょう~?」

 気がつくとアンナさんとモモがすぐそばに立っていた。

 空間転移か?


「あ、あら。勇者様とモモ様、こ、これはですね……」

「酔って地底湖に落ちそうになったから、部屋まで送っていくところだよ」

 ウソにならないように事情を説明した。


「じゃあ、僕が連れていきますね」

「あぁ、私はマコト様と一緒に……」

「駄目です! マコトさんは、疲れているんです!」

 エルフの女の子とアンナさんは行ってしまった。


「師匠って、流されやすいんですか?」

 モモがジト目で俺を睨んでいる。

 どうやら、会話内容は筒抜けだったらしい。


「それより、地底湖に誰かが落ちたかもしれないんだ」

「えっ!? 大変じゃないですか」

 話を変えようと、俺はさっきの音の話をモモに説明した。

 そこへ、水の大精霊ディーアが現れた。


「我が王、地底湖内をくまなく探しましたが誰も居ませんでした。間違いありません」

「……そうか。ありがとう、ディーア」

 俺は水の大精霊ディーアに御礼を言った。


 地底湖に落ちた人は居なかった。

 なら、俺が聞いたあの音と声は?

 考えられるのは一つ。



 ――地底湖に落ちる、エルフの女の子のものだ。



(運命魔法……未来予知……)


 フリアエさんから聞いたことがある。

 未来予知は、自分の意志とは関係なく突然発動すると。


 だけど、俺が使える運命魔法・初級ではそんな力はないはずだ。

 俺の身体に何かが起きたのだろうか?


「あの……師匠?」

「モモ、今日は疲れたから部屋で休むよ」

「ご一緒します!」

 俺とモモは、久しぶりに大迷宮の部屋で一泊した。


 以前のように床で寝ようとしたら、モモに猛反対された。 

 病み上がりだから、ベッドを使えということだった。

 しかし、少女を床で寝かせて俺だけがベッドというのも忍びない。


 面倒なので、二人で小さなベッドを使った。

 窮屈だったが、すぐに睡魔が襲ってきた。


 

 

 ◇



 目が覚めた。


(いや……、まだ目を覚ましてない。ここは……夢の中だ)


 でも、ただの夢ではない。

 そして、ノア様の居る空間では無い。 

 見覚えのない場所だった。

 

 高級そうな絨毯がどこまでも広がる巨大な空間。

 だだっ広い場所に、ぽつぽつと扉と本棚が乱立している奇妙な空間だった。

 足元には、沢山の本が散らばっている。

 お世辞にも、片付いた場所とは言えない。


 しかし、一番目を引くのはそれではなかった。


 様々な可愛らしい『ヌイグルミ』が至る所で

 クマ、ウサギ、ネコ、イヌなどのファンシーなヌイグルミだ。

 それが、まるで生きているかのように忙しなく動き回っている。


 俺は、しばらくぼんやりとその様子を眺めていた。


 その時、一匹の白いウサギのヌイグルミが俺の前にやってきた。

 一礼をすると、「こちらへどうぞ」と言いたげな仕草で案内をしてきた。


 少し悩んだ末、俺はウサギのヌイグルミのあとを追った。

 沢山のヌイグルミたちが忙しなく働く横を歩いていく。



 やがて目的地が見えてきた。 



 やってきた場所に在ったのは、立派な机と椅子だった。

 この場所に、この空間の主が居るようだ。

 そこには小柄な少女が突っ伏している。

 小さく寝息が聞こえた。


 そして、少女の足元には沢山の小瓶が転がっている。

 それを一本拾い、観察した。


 瓶のラベルには『ユ○ケル』と描かれている。


 要は地球産だ。

 というか、飲みすぎだ。

 どこのブラック企業に働くリーマンだよ。


 案内を終えたウサギのヌイグルミは、去ってしまった。

 仕方なく俺は、寝息を立てている少女に話しかけた。


「あの……イラ様?」

「はっ!? 違うわ! 私は寝てないの! だからアルテナ姉さまには言いつけないで! ……って高月マコト?」

 勢いよく運命の女神イラ様が起き上がり、キョロキョロと周りを見回したのち、俺の顔をみて大きくため息をついた。

 が、すぐに表情を引き締める。


「よ、よく来たわね。魔王討伐、大儀だったわ。貴方に話があって呼んだのよ」

 イラ様が、優雅に足を組み俺を見下ろすようにふわりと宙に浮かんだ。


 一応、女神様の御前なので、俺は膝をつき頭を垂れた。

 そして、少し悩む。



 口元のよだれは、指摘したほうがいいのだろうか?

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