267話 光の勇者は、託される


運命の女神イラ様と同調シンクロしますか?』

 はい

 いいえ



『RPGプレイヤー』スキルが提示してきた選択肢である。


(これは……、本当にやっていいのか……?)


 かつて火魔法を扱えないのに、ルーシーと同調シンクロして全身火傷を負った苦い記憶が蘇る。

 あの時はギリギリ生き延びたが、相当な綱渡りだった。


 今回は、運命魔法・初級を覚えているとはいえ相手は女神様。

 一体どんなペナルティがあるのか想像もつかない。

 だけど……。


 俺は氷の結界魔法が壊される音と俺達を取り囲む魔物の群れを眺めた。

 結界が保つ時間は、殆ど残されていない。


「構えろ!」

「「「「「「「はっ!」」」」」」」

 ジョニィさんの声に、大迷宮の戦士たちが応える。

 土の勇者ヴォルフさん、木の勇者ジュリエッタさんたちも臨戦態勢だ。

 白竜メルさんや古竜たちも逃げる様子は無い。


(他に手は無い……か)


 俺は運命の女神イラ様の手を掴もうとした時、再び文字が浮かび上がった。



『明鏡止水スキルは100%になっていますか?』

 はい

 いいえ


 今の明鏡止水スキル……99%だ。

 随分と指示が細かい。

 ノア様から明鏡止水100%の使い過ぎは良くないと注意をされていたが……。


 ここはやっておこう。

 俺は『RPGプレイヤー』スキルを信頼している。

 小さく深呼吸をした。


 目の前の景色が灰色になる。

 耳に入る雑音が消えた。

 焦りや恐怖心などの、感情の起伏の一切が失われる。


『明鏡止水』スキル――100%。


 今度こそ俺は、運命の女神イラ様の腕を掴み同調シンクロした。




光の勇者アンナの視点◇




 突然、マコトさんが運命の巫女エステルさんの腕を掴んだ。


「マコトさん、どうし……」

 ました? とは続けられなかった。


 ぞわりと、背中を悪寒が走り僕はマコトさんと距離を取った。


「し、師匠……」

 僕と同じく近くに居たモモちゃんが、腰を抜かしている。

 それでも、這うようにマコトさんの所に向かおうとしている。


「あ、!」

 その言葉が自然に口から飛び出した。

 なぜそう思ったのかは、わからない。

 本能的に、マコトさんに近づいてはいけないと感じた。


「た、高月マコト!? 何をしているの!」

 腕を掴まれた運命の巫女さんが、慌てたように叫んでいる。

 

 マコトさんは、何も言わない。


「XXXXXX……」

 いや、小さな声で。

 喧騒の中、かき消されそうな小さな声で何かを呟いていた。

 僕がそれを聞き取ろうとした時。


(え?)


 一瞬、マコトさんの身体を七色の光が覆った。


 瞬きする間もなく、光は消えた。

 一体何が……、その要因を探るよりも早く次の事態が襲ってきた。




 ――ガシャン!




 頭上で、何かが砕ける。

 見ると魔王ビフロンスが、大きな鎌でマコトさんの結界魔法を切り裂いている。

 結界魔法の裂け目から、魔物の群れとそれを従える魔王が侵入してきた。


「中々の強度だったが、我々を止めるには不足であったな。さて次は……む?」

 余裕の笑みを浮かべていた魔王が、マコトさんの様子を見て表情を変えた。


「奇妙な魔力マナ……いや霊気エーテルか……? 先程までは感じなかった力だ……」

 魔王が不審げな視線を、マコトさんに向ける。


「私の眷族たち、あの仮面の少年を狙え」

 魔王の指示で、数百の魔物たちが一斉にマコトさんに襲いかかった。

 マコトさんは、エステルさんの腕を掴んでぼんやりと立ったままだ。


 それを見ている僕やジョニィさん、土の勇者ヴォルフさんは、


 ――マコトさん!


 僕は叫ぼうとして、気づいた。

 こ、声が出ない!?


 それだけじゃなかった。

 身体が動かせない。


(何が起きているんだ!?)

 僕は焦り、なんとか指先だけでも動かそうとしたが固定されたかのように動かなかった。


 ……いや、指先がゆっくり動く。


 まるで砂の中に埋められたかのように、動きが遅い。


「死ね! 勇者!」

「キャキャキャキャキャ!!」

 魔物の中でも速いやつが数体、マコトさんに攻撃を仕掛けた。

 あとほんの数歩の距離で、魔物の鋭い牙と爪が届くという時、……ピタリと空中で魔物の動きが止まった。


 …………そして、襲いかかる魔物たちが次々に止まっていく。


 空中に固定されるかのように。


 僕と同じだった。

 いや、僕たちと同じだった。

 僕も、ジョニィさんも土の勇者さんも誰も口を開かない。

 この異常な状況に、誰一人として騒がない。

 気がつくと、あれほど騒がしかったのが嘘のように静まり返っていた。


「た、高月マコト……、駄目よ。離しなさい、これ以上は……」

 マコトさんの近くで、運命の巫女エステルさんだけが、普通に喋れている。


「驚いた……、君は精霊使いではなかったのか?」

 魔王ビフロンスが口を開いた。

 魔王とその周りの魔物は、マコトさんを警戒して近づかない。


「時の結界魔法……、近づくほどに時間の歩みが遅くなるという古代の希少魔法だな。私ですら初めてみるよ」

 魔王はゆっくりと、大きな鎌を振りかぶった。


「だが、その魔法には弱点がある」

 次の瞬間、魔王の斬撃がマコトさんの胸を

 空間転移テレポート

 そうだ、魔王は斬撃を距離を無視して飛ばしてくる!


(マコトさん!!!)

「高月マコト!?」

 僕の声にならない叫びと、運命の巫女さんの悲鳴が重なった。


「かふっ……」

 マコトさんの口と胸から真っ赤な血が溢れる。


(マコトさん……そんなっ!)

 動け! 

 僕の身体はどうして動かない!

 このままだとマコトさんが!


「やけにあっさりと終わったな。私の武器には死の呪いがかかっている。その刃を心臓に受ければ、間違いなく死ぬだろう。最後だ、君の素顔を見ておこうか」

 魔王の言葉と同時に、カランと2つに割れたマコトさんの仮面が外れて落ちた。

 さっきの斬撃が、仮面も切り裂いていたらしい。

 

 無表情のマコトさんの素顔が現れる。


「平凡な人族だな。仮面の下に何か面白い秘密でもあるのかと思ったが。では、首を刎ねて終いとし……」




同調シンクロできたよ」




 マコトさんが口を開いた。


(え?)

 それは普段、 僕と会話する時と同じ口調だった。


 、いつものマコトさんだった。


 マコトさんは、無事だ!

 なのに……、どうしてこんなに心がざわつくんだろう?

 いつも心を落ち着かせてくれるマコトさんの声なのに。

 

「まだ、しゃべれるとは……。人族にしてはしぶといな」

「ん? これのこと?」

 マコトさんは穴の開いた自分の胸を指差す。

 見ているだけでも痛々しいそこには、ざっくりと大きな傷が開いていた。


「私の死の鎌で受けた傷は如何なる生物も死を逃れられぬ」

 魔王の言葉を受けても、マコトさんは平然としている。


「大丈夫、この傷は『時を止めて』あるから。死ぬことはないよ」

 マコトさんは、口元の血を拭いながら淡々と話す。

 まるで他人事のように。


「……馬鹿なことを。いかに時の進みを遅くしようと、その傷では助からぬ」

 マコトさんの言葉を一笑に付す魔王。

 しかし、その表情はさきほどまでの余裕のあるものではなくなっていた。


 なにより、マコトさんの態度だ。

 死を宣告されているというのに、のん気に周りを見回している。


(っ!)

 一瞬、僕と目があった。


 なのに、まるで僕など存在しないかのように視線は通り過ぎていった。

 マコトさんの瞳の奥。

 そこが、一瞬虹色に輝き僕の全身に鳥肌が立った。 


「この大陸の昼夜を逆転させているのか……、大した魔法だね、魔王ビフロンス」

 マコトさんが、穏やかな口調で話す。 

 

 おかしい。

 僕らは絶対絶命のはずだ。

 なのに、マコトさんの口ぶりからはそれが一切感じられない。


 今は魔王よりもマコトさんのことが


「……あの御方からお借りした奇跡だ。何度も使えるものではない。……お前は何故、喋れる? 何故、死なない。本当に人間か?」

 魔王が気味が悪いものを見るような目になった。

 確かに、どう見ても致命傷の傷を心臓に受けながら世間話をしてくるマコトさんは異常だった。


「時を止めてある。そう言ったろ?」

「……」

 マコトさんの言葉に、魔王が大きく目を見開く。


「馬鹿な……、本当に時を止めているのか? 完全な時の停止など……できるはずが……」

「さてと……」

 マコトさんがゆっくりと右手を掲げる。

 そして、言った。




 ――時の精霊さん




「あああああぁっ! 駄目よ、それは神界規定千二十一条違反で……」

 悲鳴を上げたのはエステルさんだった。

 マコトさんは、薄く微笑むだけだ。


「でも、貴女には俺と同じ未来が視えてますよね? なら、俺の手を振り払えないはずだ」

「そうだけど! そうだけど! そうだけど!」

「貴様たちは何を……」

 マコトさんとエステルさんの会話に、魔王が戸惑っている。

 僕もだ。

 全く二人の会話についていけない。


「時の精霊さん、時空の歪みを正してくれ」

 マコトさんが、ゆっくりと西の方向を指差した。

 一体、何を……


「なっ!」

 魔王が、驚きの声を上げた。


 

 ――太陽が姿を見せた。



 夜空がゆっくりと白む。

 太陽の光だ……。

 僕は太陽の光を浴び、力が湧いてくるのを感じた。

 

「マ……コトさん!」

 やっと声を出すことが出来た。

 僕の呼びかけに、マコトさんが振り向いた。


「流石は光の勇者アンナさん。時の結界魔法の中でも動けるみたいですね」

「そ、それより、その傷を癒やさないと……」

 マコトさんの胸には、大きな傷ができている。

 しかし、僕の声は無視された。


 その間にも、ぐんぐんと、有り得ない速度で太陽が昇っていく。



 ギャアアアアアアアアア!!!!!!!



 至るところで絶叫が響いた。

 魔王配下の不死者アンデッドたちだ。

 奴らにとって、太陽の光は猛毒だ。

 日の光を浴びれば、不死者アンデッドは存在できない。


「やめろ!!!!」

 魔王がマコトさんの目の前に現れ、マコトさんが掲げた右腕を斬り飛ばした。


「マコトさん!」

 僕は何度目になるかわからない悲鳴をあげるが、当のマコトさんは表情一つ変えない。


「生憎、時間を戻す奇跡まほうは『時の精霊』にお願いしている。俺をいくら切り刻もうと、無駄だよ。むしろ、精霊使いを傷つけられてやる気を出しているみたいだ」

 胸に穴を開け、片腕を失いながら淡々と話すマコトさんを見て僕は言葉を失った。


「……貴様、狂っているのか」

 魔王の顔にははっきりと、恐れの感情が浮かんでいる。


「高月マコト!! もう、これ以上は貴方の身体と精神が保たない!」

 エステルさんが叫ぶ。


「……、ああ、確かに……、そろそろ……限界……みたいです……」

 マコトさんの口調が、ふいに弱々しくなった。



 ――太陽が僕たちの真上に到達した。



「これで完了ですね。同調シンクロを解きます」

 マコトさんが、エステルさんの腕を離す。

 その瞬間、マコトさんの胸から血が吹き出す。



 ――マコトさんが、ゆっくりと倒れた。




「し、師匠!」

「マコトさん!」

 僕よりも速く、モモちゃんが飛び出してきた。

 その顔は涙で、ぐちゃぐちゃだった。


「モモ……、太陽の光は身体に悪いぞ……」

 呆れたことに、マコトさんは自分よりモモちゃんの心配をしていた。


「師匠っ! 駄目です……、死なないで、死なないでください!!」

 モモちゃんが、マコトさんの側で泣きじゃくる。

 

 生気の無いマコトさんの目が、こちらを向いた。

 僕はビクリと震える。


「マ……コト……さん?」

「アンナさん……、後は任せました。………………してくださいね」

 そう言って、マコトさんは目を閉じて動かなくなった。


「師匠ーー!!!」

 モモちゃんの絶叫が響き渡る。

 そ、そんな……。


「回復魔法・蘇生!」

 隣にいたエステルさんが、すぐにマコトさんに回復魔法を使った。

 血が止まり、ゆっくりと傷が癒えていく。


「大丈夫! まだ生きてるわ! マコトのことは私に任せて! あなたは自分の役目を果たしなさい」

 エステルさんの言葉に、はっとする。




 ――魔王……倒してくださいね




 マコトさんの言葉が蘇る。

 空から燦燦と輝く太陽の光が降り注いでいる。


(やらなきゃ……)

 マコトさんが、瀕死になってまで作ってくれたこの機会を無駄にしてはいけない。


 周りを確認する。

 魔王を含め、配下の魔物たちは撤退を始めている。


(こいつらのせいで、マコトさんが……!)

 僕は剣を握りしめた。

 

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