263話 魔王戦 その3

◇高月マコトの視点◇


 ――ズキン、と精霊化した腕が痛んだ。


 表情にださないよう『明鏡止水』スキルを使ったが、よく考えると今はお面を被っていた。

 これなら無理しているのをバレる心配は無い。

 密かに安堵をしていると。


「こら」

 コツンと、誰かに頭を叩かれた。

 俺を睨むように見上げている小柄な少女は、運命の女神の巫女エステル様――に降臨している運命の女神イラ様だ。


「どうしましたか? 女神エステル様」

「平気なふりをするんじゃないの。寿命をほとんど使

「「「「え?」」」」

 近くにいたアンナさんや大賢者様モモだけでなく、周りの人たちにまで聞かれ、ぎょっとした顔をされた。


「精霊魔法は大雑把過ぎて、乱戦になると使えませんからね。やるなら先制攻撃しかないんで」

「にしても限度ってもんが……、まぁ、いいわ。あんたはもう休んでなさい」

 ふん、と腕組みをした運命の女神イラ様から優しいお言葉をもらったが、勿論そんな訳にはいかない。

 本番はこれからだ。



「そもそも、魔王はまだ生きているのか……?」

「あれを食らっては無事じゃないだろう……」

「マコト殿の魔法で倒したのでは?」

 そんなざわめきが聞こえた。

 皆、随分と楽観的だな。



「魔王は

 運命の女神イラ様の声で、皆が静かになった。



「彗星ぶつけたくらいじゃ倒せませんよ」

 かつて見た獣の王ザガンはとんでもない怪物だった。

 光の勇者である桜井くんでなければ、倒せなかった。

 伝承によると、不死の王ビフロンスはさらに高位の魔王らしい。 


「そうね、た……マコトの言う通りよ。ここからが本当の戦いよ。みんな、気を引き締めなさい」

 運命の女神の巫女の言葉に、全員の表情が引き締まる。


「あの……、マコト様ししょう。私はどうすれば?」

 大賢者様モモに、くいくいと袖を引っ張られた。


「モモはここに待機。白竜メルさんたちも、残るから一緒に行動してくれ」

「私は一緒に行かなくていいのか?」

 俺が白竜メルさんに大賢者様モモをお願いすると、逆に質問を返された。


白竜メルさんの立場的に、表立って魔王と敵対するのは良くないでしょう?」

「うむ……、しかし」

「色々助けてもらってますから。十分です」

 悩む様子を見せる白竜メルさんに、俺はいい切った。


 運命の女神イラ様に教わったことだが、古竜種である白竜さんは、竜王アシュタロトとは親族にあたる。

 勿論、白竜メルさんは魔王側に属さない中立の立場だ。

 が、ここで不死の王ビフロンスと戦えば完全に魔王側と敵対することになる。

 それを俺が強いるのは気が引けた。


 もっとも、本来の歴史の白竜メルさんは、魔王カインに仲間を殺されたせいで、完全に大魔王と敵対するわけで……。

 勇者アベルを覚醒させるのもカインだし、あいつホンマに戦犯だな……。

 って、ノア様一派みうちだった。


「マコト殿、魔王城には全員で乗り込むのか?」

 ジョニィさんに問われた。

 俺は予め、イラ様と話し合っておいた計画を伝えた。


「現在の魔王軍は、水攻めで出払っています。しかし、先程の彗星落としまほうで異常事態に気づき戻ってくる最中でしょう。そいつらを魔王と合流させないようにしてください。その間に、アベ……アンナさんたちと、魔王を倒します」

「魔王軍の大半は、不死者アンデッド。そいつらにとっては、暗闇の雲が晴れて太陽の光が出ている最悪の状況。こっちが有利よ」

 俺の言葉に、イラ様が補足してくれた。

 そう、魔王軍を分断した上で太陽の光で弱体化させる。

 この作戦に抜かりは無いはずだ。


「わかった。仲間には指示を出しておく。が、私はマコト殿についていくぞ。長年、一族の者たちを苦しめてきた魔王に一太刀浴びせねば気が済まん」

 どうやら、ジョニィさんは俺たちに同行するつもりのようだ。

 ……彼も勇者アベルの『真の仲間』だから、問題ないか。


 土の勇者ヴォルフさん、木の勇者ジュリエッタさんら勇者は俺たちと一緒に魔王城へ乗り込む。

 大迷宮の街の戦士たちは、こちらに戻ってくる魔王軍の足止め。

 怪我人がでたら、白竜さんや大賢者様たちが空間転移テレポートで退避してもらう。

 運命の女神の巫女エステル様は、白竜さんと一緒に行動予定だ。


 大雑把な配置フォーメーションは、こんなところだろう。


「あんた本当に行く気?」

 イラ様は、俺が魔王城へ乗り込むのは反対のようだ。


水の大精霊ディーアが居ますから。露払いくらいには力になれますよ」

「そ、そうです! 私が王を守ります!」

「僕も居ます! 魔王からマコトさんを守りますから!」

 俺の言葉に、ディーアとアンナさんが続ける。

 事前準備は、万全にしてある。

 問題ないはずだ。

 なにより――


(救世主アベルが魔王を倒す瞬間……、見逃せるはずがない!) 


「聞こえてんのよ」

 ぽかりと叩かれた。

 心を読まれたらしい。

 女神様にブラフは通じない。


「……死ぬんじゃないわよ」

 あんたの未来は視えないんだから、とイラ様の呟きが聞こえた。

 俺はそれに小さくうなずく。

 

「幸運を祈ってください。では、皆行きましょう」

 俺の言葉に、アンナさんを始めジョニィさん、勇者たちが頷いた。


 こうして、魔王討伐隊が移動を開始した。




 ◇




 魔王城の周辺は水没しているため、俺たちは飛行魔法で近づいた。

 飛行魔法が使えない俺は、アンナさんに運んでもらっている……。


「マコトさん、落ちないように気をつけてくださいね」

「そんなにひっつかなくても落ちませんよ」

「駄目です! ほら、もっとしっかり僕に掴まって!」

 アンナさんは過保護だ。


「近くで見ると更にボロボロね~」

「魔王軍の魔物は見当たらんな」

 木の勇者ジュリエッタさんと土の勇者ヴォルフさんの会話の通り、俺の彗星落としコメットフォールで魔王城は半壊、魔物の姿は見えない。

 ただし、水没している城の一階部分だけは形を保っていた。

 

「どこから侵入しますか、マコトさん?」

「入り口からにしましょう」

「でも、入り口は水没して……」

 アンナさんの言葉が終わる前に、俺は水の大精霊ディーアに目配せした。


「わかりました、我が王」

 水の大精霊ディーアが、水没した魔王城の巨大な入り口に近づく。

 すると、水が二手に分かれゆっくりと道ができた。


「アンナさん、行きましょうか」

「は、はい……」

 俺たちに続いて、ジョニィさんや土の勇者さんたちも城の入口前に降り立った。


 竜族でも通れそうな巨大な金属製の扉だ。

 それがしっかりと閉ざされている。

 さて、どうやって開いたものかと考えていると。




 …………ギギギギギギ




 巨大な扉がゆっくりと開く。


「入れということのようだな」

 ジョニィさんが、迷わずに足を踏み入れる。

 俺もそれに続いた。


「ま、待ってください!」

 後ろからアンナさんたちが追いかけてくる。 


 

 城内の通路は薄暗く、地面にぽつぽつと蝋燭の光だけが灯っていた。

 

 カツカツという俺たちの足音だけが、不気味に響く。


「マコト殿の魔法が直撃しているにしては、内部は整っているな」

 ジョニィさんがぽつりと呟いた。


「結界が張ってあったんですかね?」

『暗視』スキルを使って確認すると、床や壁には破壊の跡は見られない。

 よく見ると磨かれた大理石によって、見事な装飾が施されている建築物だった。


 荘厳な建物の通路を、慎重に進む。


 通路の途中に、石像に擬態したガーゴイルが居たり、動く鉄鎧の魔物が襲ってきたが、ジョニィさんや土の勇者さんたちが全て切り捨てた。

 

 魔物の軍勢に囲まれるような場面を想定していたが、そんなことはなかった。

 魔王城を守る魔物にしては、随分とあっけない。

 

 長い通路の突き当りには、巨大なホールのような広間になっている。


 最奥には、階段になっている高座がありその中央に『玉座』があった。


 誰も座っていない、からの玉座だ。


「誰もいませんね……」

「油断をするな」

 俺たちは、注意深くその広間を観察する。


「もしや、魔王は不在なのでは……?」

運命の女神の巫女エステル様のお言葉では、ここに居るはずなのだが……」

「ならば、間違いないな。探そう」

 間違いないかなぁ。

 あの女神イラ様のことだから、うっかりミスをしてそうな……。


(私のことが信じきれないの!)

 聞かれていたらしい。

 玉座っぽい所につきましたけど、魔王が居ませんよ?


(よく探しなさい! 今日は絶対に居るはずなんだから)

 仕方ない。

 この怪しい広間を探索するか、と考えていたその時だった。




「……騒がしいな」




 その声は決して大きくないにもかかわらず、確かに耳に届いた。

 声のしたほうへ視線を向ける。

 俺たちが見上げた先。

 さきほどまでからだった玉座に、長身痩躯の一人の男が座りこちらを冷たい目で見下ろしていた。


 誰かの息を呑む声が聞こえた。

 ズシンと、空気が重くなる。

 何者、とは誰も聞かなかった。


 そして、俺は会うのは二度目だ。

 かつて木の国スプリングローグにあった『魔王の墓』。

 千年後の世界で、俺はその男と会話した。




 ――不死の王ビフロンス




 西の大陸を統べる、魔王が玉座に腰かけていた。

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