262話 魔王戦 その2

◇アンナの視点◇


「え……?」

 僕は呆然と、そのおかしな光景を見つめるしかなかった。


 なんだろう、これは……。

 魔王城は、盆地に建っていたわけではなく平野に在ったはずだ。

 それが、どうして城下町は水に沈み、魔王城の下層も水没してしまっているんだろう……。


「おや、皆さんおそろいですね!」

 シュインと、軽やかな音を立てて空中に小さな女の子が現れた。

 モモちゃんだ。

 すっかり、空間転移テレポートをマスターしている。


「こ、これってマコトくんがやったの?」

「なかなか面白いことをしているじゃないか。これは精霊使いくんの仕業だろう?」

 木の勇者ジュリエッタさんと白竜様の質問に、モモちゃんが笑顔になった。


「凄いですよね! マコト様ししょうが川の氾濫に見せかけて、魔王城を水浸しにしたんです! おかげで、街の魔族たちは避難して、河川の修繕に出かけています」

「「「「「……」」」」」

 モモちゃんの言葉に、僕らは絶句する。

 たった二人で、魔王軍を分断したというのだ。


「水を以て攻を佐くる者は強なり……か。水攻めが不死者どもへ効果があるのか疑問に思っていたが……、敵の戦力分散が狙いなら納得だ」

 ジョニィさんだけは、冷静に状況を分析しているみたいだ。


 彼だけは落ち着いている。

 魔法の名手にして剣の達人。

 しかも、戦略にまで通じている……ジョニィさんも不思議な人だ。


「これならば……」

 土の勇者ヴォルフさんの声が興奮している。

 僕も同じだ。

 今回こそは……。


「待って! 前回も魔王城の近くまで来た時、魔王カインに強襲されたわ……。油断しちゃ駄目」

 木の勇者ジュリエッタさんの言葉に僕は、はっとなる。

 そうだ……、あの時はそれで僕らは壊滅した。

 あの黒い鎧を纏った魔王は、神出鬼没だ。

 この状況なら、いつ現れてもおかしくない。


「それなら、心配いらないわ」

 誰かの声が響き、皆が振り向く。


「エステル様?」 

 それは大迷宮の街から同行してきた、運命の女神の巫女様だった。

 白竜様は、「危険です!」と反対していたが、「問題ないわ」とエステル様はついてきた。

 彼女はきっぱりと「魔王カインは現れないわ」と告げた。 

 未来予知によって、それがわかるということだった。


「それだけじゃない。『石化の魔眼』を持つ魔王の側近セテカーも不在よ。勿論、他にも魔王配下の強力な魔族は居るけど、この二人がいないのは大きいでしょう?」

「「「「「おおっ!」」」」」

 その声に、僕たちは湧いた。

 す、凄い!

 本当に、こんなにうまくことが運んで良いのだろうか?

 

「あの……そこまで断言してしまってよいのですか……?」

「な、なによ。白竜ちゃん、私を疑ってるの!?」

「い、いえ! そんなことは無いのですが……。未来予知で『100%は有り得ない』というのが運命魔法の常識ですよね? かつて、運命の女神イラ様自身がおっしゃられた言葉ですが……」

 白竜様とエステル様が、こそこそ会話しているのが聞こえた。


 運命の女神の巫女エステル様も謎な御方だ。

 最初に会ったのは、月の国の王都。

 そして、次は大迷宮にやってきていた。

 僕らと会うのは二度目……のはずなのに、マコトさんとは仲が良い。


「まぁ、信用しなさい。この情報は確かよ……、てかあいつが約束させたからだし……」

「何かおっしゃられましたか?」

 運命の女神の巫女エステル様の小さな呟きは、一部聞き取れなかった。


「な、なんでもないわ! それより、高月マコトはどこかしら?」

 確かに、マコトさんの姿がまだ視えない。




「ここですよ」




「わっ!?」

 僕は思わず、尻もちをつきそうになった。


 突然、霧の中から僕の隣に人が現れた。

 いや、


「マコトさん! 驚かせないでください!」

「あぁ、ごめん。アンナさん」

 本当に驚いた。

 マコトさんは、悪びれた様子もなく僕に笑いかけた。

 元気そうだ。

 たった数日ぶりなのに、彼の顔を見るとほっとした。


「精霊使いくん、ずいぶん変わった魔法だな? どうやったんだ?」

「水魔法で身体を霧に『変化へんげ』して移動するんですよ。モモの空間転移テレポートほどじゃないですが、なかなか使い勝手がいいですよ」

「あんた、それ吸血鬼ヴァンパイアが得意な移動手段じゃない……。なにもそんな魔法使わなくてもいいでしょ……」

 興味深そうに話す白竜様と、呆れ気味な運命の女神の巫女エステル様。

 

「待ってる間、暇だったのでモモに教えてもらったんですよ。それにしても随分、大勢が来てくれたんですね。ジョニィさん、協力ありがとうございます」

「かまわん。ここに居るのは、全員魔王と戦う覚悟はできている。……マコト殿の合図で、突撃する。君に命を預けよう」

 ジョニィさんの言葉に、場の空気が変わる。


 僕たちは大きく頷いた。

 これからいよいよ、魔王軍との戦いだ。

 どうしたって、緊張感が走る。


「ええ、その前にいくつかやることがあるので……。木の勇者ジュリエッタさん、頼んでおいたものはありますか?」

「えっと、マコトくん。こんなのでよかったの?」

 木の勇者ジュリエッタさんが、マコトさんに木でできた何かを手渡した。

 あれは……木のお面?


「お、格好いいですね。ありがとうございます」

「もっと時間があれば、良いものができたと思うのだけど……」

「十分です。顔が隠せれば」

 マコトさんは、動物の顔の形に彫られた仮面をつけた。

 

「どうだ、モモ? 水の大精霊ディーア?」

「わー、格好いいです! マコト様ししょう!」

「あぁ……、素敵ですわ、我が王」

 マコトさんの言葉に、1秒とせず答える二人。


(ええ……)

 正直、僕には微妙に映った。

 お面なんかつけずに、そのままのほうが格好良いのに……。

 モモちゃんと、ディーアさんの目、曇ってない?


「うわ、だっさ。何よそれ、高月マコト」

 遠慮の無い声は、エステル様のものだった。

 言い過ぎでは……?


「あのですね、イラ様。これから挑むのは魔王ビフロンスですよ? てことは、俺の顔が魔王に見られるとまずいんじゃないんですか。一応、イラ様に配慮した結果なんですけど?」

「私はエステルよ! ……あー、確かにね。そういう理由なら仕方ないわね」

「それに、狐面ってかっこよくないですか?」

「ダサいって言ってるでしょ。それに狐面を使った儀式は、豊穣を願うものだから木の女神フレイヤ姉さまの管轄なのよ」

「あぁ、やっかみですか」

「違うわよ!」

「蹴らないでくださいよ。下着見えましたよ!」

「見るなら、金払いなさい!」

「理不尽だ!」

 エステル様とマコトさんが、またイチャイチャしてる……。

 会話の内容も二人にしかわからないもののようだ。

 ずるい。


「それで、そのお面をつけるのがやること……なのか?」

 さすがのジョニィさんも、少し気が抜けた様子で会話に入ってきた。 


「いえ、違います。折角なのでもう少し魔王軍の戦力を減らしておこうと思いまして。……そろそろ来ますよ」

「精霊使いくん……、君はもう少し説明をだな……、ん?」

 会話の途中で白竜様が何かに気づいたように、上空を見た。

 つられて何人かが上を見上げる。

 

「え?」

 そして、僕の目に飛び込んできたものは




 ――小山程の大きさの氷塊が、黒雲を突き破り姿を表した




「なななななっ、あ、あれは何ですか!? マコトさん!」

彗星落としコメットフォール。我が王の魔法ですよ、勇者」

 うろたえた僕の質問に答えてくれたのは、水の大精霊ディーアさんだった。


 ま、魔法!?

 この世界の終わりのような光景が、マコトさんの魔法!?

 まるで空が落ちてきたかのような錯覚を覚えた。


「なんという巨大さだ……、こんな魔法は見たことがない……」

「ま、無理もないわね、白竜ちゃん。彗星落としコメットフォールは都市破壊用の大量虐殺魔法。聖神族が禁呪指定している魔法の一つよ。発動したら辺り一帯を更地に変える非人道的な魔法。……高月マコト、あんた大丈夫なんでしょうね?」

 エステル様の言葉に、僕たちはぎょっとする。

 確かに、魔王城と距離は離れているとは言えあの大きさなら、破壊の余波はここまで届きそうだ。


「まぁ、見ててくださいよ。火の国に落ちそうになったやつよりは、ずっと小ぶりですからね。あれくらいなら制御コントロールできます」

 涼しい声でマコトさんは答え、その右手を前に突き出した。


変化へんげ

 マコトさんがつぶやいた途端、ズシンと空気が重くなった。


(い、息がっ……苦しい!)

 呼吸が止まりそうになるほどの威圧感を持った魔力マナが、マコトさんの右手に集まる。

 見ると大迷宮の戦士たちですら、何人も腰を抜かしている。




 ――精霊の右手



 

 マコトさんの声が響き、彼の右腕全体が青く光り、透き通っている。


「自分の体を霊体化している……のか?」

「あれも禁呪なんだけど……、私は見なかったことにするわ」

 白竜様とエステル様の声だけは、なんとか聞き取れた。


 僕らの周りには、濁流のように魔力マナが淀んでいる。

 くらくらする……。

 魔力酔いしないように、なんとか意識を保ち、僕は眼前の光景を見つめた。

 

 魔王城には今まさに巨大な氷塊――彗星と呼んでいた魔法がぶつかろうとしている。


 ぐしゃりと、魔王城がまるで卵が割れるように潰されていく。


 続けて、彗星自身も砕けようとしている。



「衝撃波が来るぞ! 備えろ!」

 ジョニィさんの声に、皆慌てて身体を低くする。

 僕もそれに倣った。


「大丈夫です、ジョニィさん。衝撃は来ませんよ」

 マコトさんが軽く笑い、青く光る腕をすっと、上に上げた。




 ――水魔法・行雲流水



 

 次の瞬間、彗星の爆発は空に向かって広がった。

 

「「「「「「「え?」」」」」」」

 その場にいた、全員――エステル様を除く全員があっけにとられた。

 白竜様やジョニィさんですら驚愕している。


 空一面を覆う、大爆発だ。

 空が真っ赤に染まり、鼓膜が破れるほどの爆音が響く。

 目の前が真っ白になり、すぐに暗転した。


 それが、僕が目を閉じてしまったからだと気づく。


 小さく深呼吸をして、僕はおそるおそる目を開いた。 



(あ……)


 僕は夢を見ているような心地で、その光景を眺めた。


 魔王城は、潰されている。


 場違いに、爽やかな風が吹いている。


 空は『快晴』。


 地上から青空を見るのは、生まれて初めてだった。



「彗星爆発の余波を利用して、暗闇の雲を吹き飛ばす。悪くない手ね」

 言葉を失っている僕らをよそに、腕組みをした運命の女神の巫女エステル様が、マコトさんに声をかけた。


「うまくいきましたね。ところで未来予報はいかがですか? 運命の女神イラ様」

 お面をつけたマコトさんの表情はわからないが、その声色は実に楽しそうだった。


「天気予報みたいに言うんじゃないの、高月マコト。ん~……、暗闇の雲は、半径数百キロ範囲まで消え去っているようね。もとに戻るのは半日以上先。さすがの私も魔王に同情するわ。街を水没させられ、城は彗星で破壊されて、不死者の軍団にとって最悪の太陽の光が降り注ぐ下で、勇者たちに襲われるなんて」

 マコトさんとエステル様の会話が、僕の耳を通り抜けていった。


「じゃあ、準備は終わったので魔王を倒しに行きましょうか、アンナさん?」

「は、はい……」

 僕は、ぎこちなくうなずくことしかできない。 



 ……もうマコトさん一人でよくない?

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