253話 高月マコトは、魔王カインと戦う

「勇者は別行動か……。場所を吐いてもらうぞ」

 漆黒の鎧を纏った男は、巨大な両手剣を軽々と構えた。




 ――ノア様の使徒、魔王カイン




 会うのは三度目だ。

 

 初回は、殺されないように必死だった。

 二回目は、脱兎のごとく逃げた。

 そして、今回。



(ここに居るのは俺と白竜メルさんだけ……)



 普通に考えれば逃げの一手だろう。

 だけど。




 ――一応、マコトに伝えておくわ。あまりお勧めはしないけど……




 ノア様との会話が蘇った。

 白竜メルさんが居なくなれば、魔王カインと一対一サシになれるこの状況。

 もしもするなら、今しかないのでは?


「精霊使いくん、時間を稼いで逃げ……」

白竜メルさん、俺が囮になるので太陽の神殿に行ってアベルさんを連れてきてください」

「なにっ! まさか犠牲になる気では……」

「違いますよ」

 俺の言葉にぎょっとした顔を見せた白竜さんだが、俺の表情を見て思い直したようだ。


「何か企んでいるようだな」

「少し」

「無理はするなよ……。半日で戻る」

 本来は一日かかる距離だ。 


「十分です」

 俺はそう言うと、白竜さんの背中から飛び降りた。

 運命の女神イラ様から頂いた『蒼羽のマント』によって、飛ぶことができる。


 魔王カインが、二手に分かれた俺と白竜さんを見比べる。

 どちらを追うか迷ったようだが、どうやら俺に狙いを定めたらしい。

 こちらに迫ってきた。


「ディーア、いけるか?」

「はい、我が王」

 俺の隣には、水の大精霊ディーアが現れる。


「自ら騎竜を捨てるとは、命が惜しくないようだな!」

 蔑むように笑いながら全身黒鎧の魔王は、俺に切りかかってきた。

 俺は氷で結界を張りつつ、視界を防ぐ魔法を発動した。

 

「水魔法・吹雪ブリザード

 まずは視界を邪魔する。

 蒼羽のマントの飛行は、それほど速くない。

 つーか、遅い。

 スピード勝負をしては、一瞬で追いつかれる。  


「ふははははっ! 無駄な足掻きを!!」

 魔王が吠えるが、その声は無視した。

 カインを指差し、呟いた。


「水魔法・氷塊」

 数十個の巨大な氷の塊が、魔王カインに突っ込む。


「ええい! 鬱陶しい!」

 魔王の剣が氷塊をバターのように切り裂くが、いくつかは激突する。

 しかし、魔王の鎧によってダメージは無効化される。


 それでも、延々と氷の塊をぶつけられるのは苛つくらしい。


「XXXXXXXXXXXXXXXXXXX!(火の精霊! 風の精霊! 吹きとばせ!)」

 精霊語で、叫ぶのが聞こえた。

 魔王を中心に、巨大な炎の竜巻が発生する。

 一瞬、その熱気を感じた。



「ははははははははっ! 貴様の魔法など俺には効か……」

 その嘲笑は、最後までもたなかった。


 巨大な炎の竜巻は、消えかけたロウソクの炎のようにゆっくりと細まりやがて消えていった。


「……」

 頭まで覆った全身鎧のせいで、表情は見えないが何となく動揺している様子が伺えた。

 再び、こちらに突っ込んでくるが俺は荒れ狂う吹雪と、氷塊をぶつける。


「無駄だとわからんのか!」

 魔王が叫びながら、氷塊を切り裂く。

 が、その次の瞬間には別の氷塊が魔王カインの鎧に激突する。


「XXXXXXXXXXXXXXXXXXX!(火の精霊! 風の精霊!)」

 再び、精霊語で叫ぶ魔王カイン。

 が、何も起きない。

 え? 不発? 


「…………」

「…………」

「み、見るな!」

 俺と水の大精霊ディーアが呆れた顔で見つめると、魔王カインが動揺したように叫んだ。 

 それにしても、事前に水の大精霊ディーアに聞いていた通りだ。




 ――魔王カインは、精霊の扱いがらしい。





 ◇数日前◇



 太陽の神殿にて。

 勇者アベルに聞かれないよう、精霊語を使って会話している。


「なぁ、ディーア。もしも今後魔王カインに襲われた時、あいつはノア様を信仰してるんだけど、水の大精霊ディーアは戦えるのかな?」

 ちょっと心配になって確認をした。

 ノア様は精霊の親玉のような存在だ。

 ならば、この時代におけるノア様の使徒である魔王カインと水の大精霊は敵対できるのだろうか?


「ふっ、何を言うかと思えば。その質問はナンセンスですよ、我が王」

「そうなの?」

 俺の心配に対して、水の大精霊ディーアはクスリと笑った。


「ああいう乱暴な男を、精霊は嫌いなんです」

「乱暴?」

「そうですよ。言葉使いや魔法使い、精霊使い全てが粗雑です。あれでは、精霊には好かれません」

「そう、なのか?」

 俺と違って水以外の精霊も自由に扱っているように見えた魔王カイン。

 しかし、水の大精霊ディーアからするとイケてないらしい。


「精霊は優しく構ってくれる人が好きなんです。そして、ノア様は自由を愛する御方。苦手な奴の言うことを無理に聞く必要などありませんね! 私は好きな人に仕えます」

「なるほど」

 ノア様は、細かいことを気にしない。

 基本スタンスは「好きにしなさい」だ。

 どうやら、眷属の精霊たちも同じ性格らしい。


「魔王カインは、精霊使いとしてはいまいちなのか」

「はい、あれに従っている精霊は可哀想ですね」

 他ならぬ水の大精霊本人が言うのだから、間違いないだろう。


「ちなみに、俺は?」

「我が王は……お上手ですよ」

 水の大精霊ディーアは意味ありげな視線を送った。

 なぜ、頬を染める?


「我が王に触られると、その甘美な快感に身体が震えて……」

「待て待て」

 当然のことながら、俺は精霊魔法を使う時にいちいち水の大精霊ディーアに触れたりしない。

 そんなエロゲーのようなことはしない。


「例えですよ、例え。我が王はそれくらいお上手ということです」

「そりゃ、良かったよ」

 そんな会話だった。




 ◇




 かれこれ数時間、魔王カインの攻撃を俺と水の大精霊ディーアで受け流している。


 こっちの攻撃は無効化されているが、あちらの攻撃も届かない。


 均衡状態が続いている。


「ちぃっ! 埒が明かん! くそっ!」

 魔王カインが大剣を振り回す。

 黒い剣撃が、俺に迫るが氷の結界魔法であっさり防がれた。

 雑な攻撃だ。

 集中力を欠いている。


 そろそろかな。

 このままだと、短気な魔王は帰ってしまうかもしれない。

 声をかけるなら、頃合いだろう。


 魔王カインの攻撃の手が弱まった。

 やる気が削がれたらしい。

 俺は吹雪を止め、氷塊をぶつけるのをやめた。


「貴様、ついに魔力が尽きたか?」

 魔王が的外れなことを言ってきた。 


「水魔法・氷塊」

 俺たちの周りを取り囲むように、巨大な氷塊が現れる。


「ちぃっ!」

 忌々しそうに、舌打ちをされた。 

 そもそも精霊使いが魔力切れなど起こすはずがないんだけど。


「あんたと話がしたい」

 俺は切り出した。

 

「命乞いか? 勇者の居場所を大人しく吐けば、貴様には興味は無……」

 魔王カインの言葉を、俺は遮るように言った。




「カインハルト・ウィーラック」





 俺がそう口にすると魔王カインが小さくビクリと震えた。

  



「……なぜ、貴様が……その名を知っている」


 釣れたようだ。 

 俺はその問いに答えず、ニヤリとした。

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