254話 高月マコトは、魔王を惑わす


 ーーカインハルト・ウィーラック。



 ノア様から教えてもらった魔王カインの本名である。

 

 カインハルトの生まれは南の大陸近くに浮かぶ、数百の島々の中の一つ。

 そこは魔族に住処を追われた人族や獣人族たちが隠れ住んでいる貧しい地域だった。

 その地域では、僅かな資源を巡って多くの民が争っていた。


 カインハルトは、とある島に居を構える小さな集落の幼子だった。


 ある時、カインハルトの一族は他の島の一族と争って負けた。

 どの島も貧困で、そういったことは珍しくなかったらしい。

 通常、負けた集落の民は殺されるのだが、カインハルトは非力で、非常に美しかった。

 男ではあったが、まだ幼いカインハルトを気に入った他所の島の一族の長が、彼を『娼夫』として生き残らせた。

  

 自分の家族を殺した者に慰み者にされる地獄のような日々。

 もともとカインハルトの住んでいた島には土着の信仰があったが、その時の彼は自分を救ってくれない神を呪った。

 家族を奪った者に復讐できるなら、悪魔にでも魂を売る。

 毎夜、そう願ったらしい。


 そこへ声をかけたのが――古い神族であり、海底神殿に囚われている女神ノア様である。


 

(ぼっち専門の女神……)



 手口が俺の時と似てるなぁ。

 何にせよ、夢の中で女神ノア様と出会ったカインハルトは、信者になることを誓った。 

 夢から覚めた時、カインハルトの枕元には神器が転がっていたらしい。


 こうして全ての攻撃を防ぐ鎧に、全てを切り裂く剣を所持した狂戦士が誕生した。

 

 神器を使いカインハルトは復讐を果たした。

 自分の一族の仇を滅ぼしたのだ。

 彼は女神様に感謝した。

 女神様のために、何でもすると誓った。

 

 しかし、自分を救ってくれた女神様のお言葉は「好きにしなさい」だった。

 そこで、カインハルトは信仰する女神様の信者を増やすことにした。


 故郷を離れ、カインハルトは南の大陸をさまよった。

 大陸は、魔王が支配する魔族たちの土地であったが神器で武装したカインハルトの敵となる者はいなかった。

 虐げられている人族を助けたりしたが、なぜか彼らは女神ノア様を信仰しようとはしなかった。

 カインハルトの仲間は増えなかった。

 

 そこに現れたのが、南の大陸を支配している魔王だった。

 魔王は、カインハルトに興味を持った。

 そしてカインハルトが聖神族とは異なる神を信仰していることを知った。


 魔王は、カインハルトを勧誘した。

 あなたの信じる女神は、かつて神界戦争に敗れた古い神族。

 聖神族は、共通の敵であると説明した。


 一緒に世界を支配しようと、提案した。

 カインハルトは、その誘いに乗った。

 敬愛する女神様もその話に賛同してくれた。

 


 ――こうして魔王カインは誕生した。


 

 この時代において、数年前の出来事である。




 ◇




「なぜ……私の名前を知ってる?」

 魔王が戸惑っている。

 ここで言うべきは……。


「ノア様から教えて貰ったからね」

 俺は手短に答えた。

 魔王がぴくりと反応する。


たばかるか……、ノア様の声を聞けるのは使徒である私だけだ。貴様がノア様から話を聞けるはずがない」

 カインの声は硬い。

 当然のことながら、俺の言葉が信じられないようだ。


「じゃあ、こんな話をしようか」

 俺は笑顔のまま、魔王カインの過去の話について語った。


 小さな島の不幸な少年の話だ。

 不幸な少年が、やがて魔王となった話。


 効果はてきめんだった。

 動揺で大剣を落としそうなほど、狼狽えている。

 カインハルトは、自分の過去を誰にも話していない。

 信仰する女神ノア様を除いて。


「なぜ……私の過去を……まさか、本当に? そ、そんなはずが……」

「ノア様に聞いた、と言っただろう。あんたと二人で話したかったんだ、カインハルト」

 ノア様は、魔王カインを本名で呼んでいたらしい。

 だから話をするなら同じように呼んであげなさい、というのが女神ノア様のアドバイスだった。

 大迷宮では、勇者アベルが居たからできなかった。


「おまえは……私の味方だというのか? 証拠はあるのかっ!」

「うーん……」

 証拠ときたか。

 難しいな。

 俺は短剣を抜き、その刃を見せた。


「この短剣は、ノア様から賜った。お前の神器と同じ素材でできてる。まあ、証明にはならないと思うけどね」

「確かに私の剣と同じ神気を感じる。だが……」

「我が王、こんな男の力を借りずともいいのでは? 我々だけでも十分ですよ」

 隣の水の大精霊ディーアが、つまらなそうに髪をいじっている。

 もっとも、さっきまでの戦いで俺の生命じゅみょうが減っているので、これ以上は戦闘を重ねたくない。

 ディーアには、なるべく余裕ぶった態度をとるように伝えている。


「お前の目的は……なんだ? なぜ、勇者の味方をしている」

「それがノア様の望みだから」

「ノア様の……望み? 勇者を助けることが……? そんなはずは無い……、ノア様は勇者を殺す度に、私を褒めて下さった!」

 おっと、この時代のノア様は勇者殺しを認めているんだった。

 

「勇者をいくら殺したところで、ノア様のためにはならない。むしろ邪神と扱われて、この先千年、ノア様はとても苦労することになる」

「何……だと……?」

 信じられないという風に、かぶりを振る魔王カイン。


「本当だよ。あんたの行動はノア様にとって不利益となる」

「騙されるものか! それ以上口を開くな、叩き斬ってくれる!」

 魔王カインが怒鳴った。


 余裕がなくなっている。

 水の大精霊が、カインの攻撃を防ぐために構える。

 俺はそれを手で制した。


 魔王カインは、ノア様の信者を欲している。

 しかし、『神界規定』によってノア様は信者を増やすことはできない。

 、頑張って信者を増やそうとして、決して仲間を増やせず、孤独を感じているのが魔王カインだ。


 魔王となっても、仲間は居ない。

 恐れられはしても、慕われはしない。

 女神ノア様の信者は、世界で彼一人……

 だから、ここで俺が言うべきセリフは――  




「この世界で、信者が争っちゃノア様が悲しむだろう?」




「……っ!?」

 俺の言葉に、魔王カインが構えた剣をだらりと下ろした。


「おまえは……ノア様の信者だというのか?」

「そうだよ。あんたと同じ」

「そう、か……私以外のノア様の信者と初めて出会った」

 魔王カインはぽつりと呟き、兜を脱いだ。

 その下からは、女性と見紛うほどの美形の男の顔が現れた。

 もっとも本人は、自分の美しい顔を嫌っているそうなので顔を褒めない方が良いそうだが。


「お前の名前は?」

「……高月マコト」

 少し迷ったが、俺は自分の名前を答えた。

 このあとカインは、ノア様に俺のことを話すだろうから本名を告げたほうがいいだろう。

 もっともノア様は千年後の未来を見ることはできないので、どこまで理解をしてくれるかわからないが……。

 

「高月マコト、勇者殺しがノア様のためにならないなら、私は何をすればいい?」

 真剣な目で見つめられ、俺は言葉を考えた。


「海底神殿にノア様を助けに行くのは、どうかな?」

 その言葉に、魔王カインが目を細めた。

 

「ノア様が封印されている海底神殿、か。だが、場所がわからなければ目指すことすらできぬだろう……」

 返ってきたのは意外な言葉だった。

 魔王カインは海底神殿を知らないのか?


「海底神殿の場所なら俺が知ってるけど?」

「なにっ!?」

 千年後なら、大抵の冒険者地図マップに載っている。

 載ってても誰も目指さない最終迷宮ラストダンジョンであるが。


「ノア様に聞かなかったのか?」

「教えてくれないのだ……。私では海底神殿に辿り着かないだろうとノア様はおっしゃられた」

 そういえば、俺にも海底神殿の攻略は否定的な態度だった気がする。


「大魔王は勇者を全て殺せば、海底神殿の攻略を手助けすると約束した。しかし、いくら勇者を殺しても新しい勇者が現れるため、きりが無い……。いつになるのか……」

「そんな約束をしたのか」

 勇者が死ぬと、次の勇者を女神様が認定するから多分永遠に終わらないんじゃないかな。

 多分それ、騙されてるよ。


 にしても、この情報は使える。

 魔王カインは、海底神殿の場所を知らない。


「高月マコト! 私に海底神殿の場所を教えろ。そうすればお前を信用してやってもよい」

 真剣な表情の魔王カインに俺は告げた。


「じゃあ、一緒に行こう」

「は?」

 予想外の答えだったのか、カインが目を丸くする。


「一緒に、だと?」

「ああ、ノア様の信者同士。目的は同じだろ?」

「いや……だが……」

「あんたの神器と、俺の精霊魔法。二人で力を合わせれば海底神殿を攻略できるんじゃないか?」

「……」

 魔王カインの息を呑む音が聞こえた。


「日程は、色々準備するから七日後あたりかな。待ち合わせ場所は『ここ』にしよう。」

「な、七日後!? そんなにすぐかっ!?」

「早いほうがいいだろ?」

「そ、それは……」

「水魔法の水中呼吸は使えるよな? 半日くらいは水に潜りっぱなしだからな。まさか鎧を着たまま泳げないなんてことは無いだろうな」

「い、一応、泳げる……」

 何か言い方が不安だな。


「海底神殿を守っているのは、神獣リヴァイアサンだ。大魔王より強いらしいから、最初は観察から始めよう。何か質問ある?」

「…………本気なのか?」

 訝しげに俺を睨む、魔王カイン。


「どのみち俺は一人でも行くつもりだったからなぁ。あんたはノア様を助けたくないのか?」

「一人で、だと……?」

「ああ、あんたはどうする?」

「…………」

 しばらくの無言のあと、魔王カインは答えた。


「…………わかった、私も一緒に行こう」

「決まりだな」

 俺はにっと笑うと、右手を差し出した。

 魔王カインは、気味悪げに俺を見ている。



(……あんた、本気?) 



 頭の中で声が響いた。

 運命の女神イラ様? 

 聞いてたんですか。


(勇者アベルの仲間をしながら、魔王を仲間にするの?)

 このまま敵対を続けるよりは、良くないですか?

 どうせノア様の神器がある限り、カインには勝てないんだし。


(勇者アベルが『光の勇者』スキルを使いこなせるようになれば、魔王カインでも倒せるわよ)

 ……それは、……そうなんですけど。


(何よ?)

 ノア様の信者である彼を、できれば死なせたくないんですよ。


 俺がそう言うと「……わかったわ」と言って、運命の女神イラ様のため息が聞こえた。


(ただし、アベルにはバレないようにしなさい。アベルにとって、育ての親を殺された最も憎い相手が魔王カインよ)

 ……気をつけます。

 俺はイラ様の言葉に頷きつつ、魔王カインのほうを見つめた。


「よろしく、カインハルト」

「高月マコト。もし、お前の言葉に偽りがあれば命で支払ってもらう」

 魔王カインが俺を睨みつけ、言い放った。


「女神ノア様と命に誓うよ。一緒に、海底神殿を攻略しよう」

 魔王カインが俺の右手を握った。

 多くの勇者を屠ったその手は、綺麗だった。



 こうして、俺は魔王カインと海底神殿攻略に挑むことになった。

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