252話 高月マコトは、修行する


 ――太陽の神殿に来て三日目


 ここには泉があるので、水に困らない。

 水辺の周りに様々な果物や野菜が生っている。

 ついでに小麦まで実っていた。

 どうやら、魔法によって育っているらしい。 

 魔物が居ないため、平和だ。



「ここは楽園ですか……?」

 勇者アベル……ではなく、女性姿の聖女アンナが呟いた。

 なんで女性姿でいるんだろう?


「至れりつくせりですね」

 俺は湧き水から汲んできた水をちびりと飲んだ。

 美味しい。

 山頂から水って湧くんだっけ?

 ……異世界だからな。

 深く考えるのはよそう。


 俺たちは、白竜メルさんが土魔法で作った石のテーブルと椅子で食事をしている。

 食卓には、パンと果物と肉料理が並んでいる。

 パンは、白竜メルさんが『調理魔法』とかいうので、小麦をパンに変えた。

 流石はメルさん、何でもできる。


 肉は、下山した白竜メルさんが狩ってきた獣の肉だ。

 それをモモとアンナさんが調理してくれた。


 俺は……果物の皮を神器ナイフで剥きました。


「あの……師匠」

「ああ、いつものか」

 大賢者様モモがもじもじしているので、俺はさっと右手を差し出した。

 そこにモモがかぷりと噛み付く。


「はぁ……、やっぱり師匠の血は甘いです……」

「ほんとに?」

 試しに大賢者様モモに噛まれた傷口をぺろりと舐めたら、しょっぱかった。

 というか、血の味だ。

 吸血鬼ヴァンパイアの味覚はわからん。


「あ、あの……師匠、それは私が口をっ!?」

 モモが赤くなった。


「ん?」

 そういえば、さっきまでモモが噛んでいた場所か。

 これは、間接キス……なのか?


「マコトさん……破廉恥です」

 アンナさんが、こっちを軽く睨んでいる。

 いや、睨まれてもな……。

 自分の傷を舐めただけだし。


「で、これからどうするのだ? 精霊使いくん」

 白竜メルさんに今後の予定を聞かれた。


「モモは、メルさんが考えた修行メニューをこなすこと。アンナさんは、太陽の女神様と話してください。あとここは雲の上ですから、太陽が出ています。光の勇者スキルが修行できますね」

「おかげで私は昼間の光が辛いです……」

 モモが悲しそうに呟いた。

 俺たちがいるのは神殿の屋根で陰になっている場所だ。

 直射日光が当たると、吸血鬼のモモが倒れてしまう。

 俺はモモの頭を撫でた。

 吸血鬼には辛い環境かもしれないが、安全なのは間違いない。

 我慢してもらおう。


「……僕は毎日お祈りをしていますが太陽の女神アルテナ様の声が聞こえません……」

 アンナさんの声に元気がない。

 うーむ、この時代のアルテナ様は信仰心が集まらず地上への干渉力が相当弱まっていると聞いたけど……、巫女にすら話しかけられないのだろうか。

 

「俺はこれから大迷宮に向かいます。ジョニィさんに、今後の予定を説明しないといけないので。あと、運命の女神の巫女さんから貰った武器も渡しにいきます。メルさん、移動をお願いしていいですか?」

 イラ様から、ジョニィさん用の武器も貰っておいたのだ。


「竜使いの荒いやつめ。だが、迷宮に残してきた家族が気になる。いいだろう」

 メルさんは、大迷宮への移動を快諾してくれた。


「マコトさん……気をつけてくださいね」

「師匠、寂しいです」

「数日で戻りますよ」

 俺はアンナさんと大賢者様へ安心してもらえるよう笑いかけた。



 白竜メルさんの背に乗って大迷宮を目指す旅は、順調だった。


 ニ日ほどで、大迷宮に到着した。


 途中、魔物の群れに何度か絡まれたので神器を使って、水の女神エイル様に『生贄術』で捧げておいた。

 失った寿命を回収♪回収♪

 千年前の魔物は強いから、イイね。

 簡単に寿命が百年近く溜まった。


「…………」

 鼻歌交じりに魂書ソウルブックを眺めている俺を、白竜さんがドン引きした目で見ていた


「メルさん? 何か?」

「…………何でも無い」

 生贄術を楽しそうに使う奴は、頭おかしいと言われた。

 やり過ぎに気をつけよう……。



 大迷宮に到着後は、中層まで移動。

 そこには、驚愕の景色が広がっていた。



「こ、これは……」

「ほう、これはなかなかだな」

 大迷宮の中層に立派な街が出来上がっていた。

 規模は大きくないが、以前のように洞穴に隠れるようにでなく中層の地底湖のほとりまで建物がひろがっている。

 魔物に襲われたりはしないのだろうか?

 

「大母竜様! 戻られたのですね!」

 赤毛の青年が白竜さんのほうへ、走ってきた。

 そして、俺の姿を見て後ずさった。


「お、おまえはっ!」

「…………誰?」

 見覚えが無い。


「精霊使いくんに最初に氷漬けにされた赤竜だ。忘れたのか?」

「あー、お久しぶりです」

「くっ! いつかお前を倒すからな! でも、今じゃないぞ! 今は無理だからな!」

「……はぁ」

 彼はどんどん後ろに下がっていった。

 怯えられてしまったらしい。


 申し訳ないので、俺は一人でジョニィさんの所に向かうことにした。

 中層の街には、古竜が常駐してくれているおかげで魔物は寄り付かないようだ。


 ジョニィさんの居場所を聞こうとキョロキョロしていると、「あっ!」という女性の声が聞こえた。

 そして、ぱたぱたとこちらに駆け寄ってくる足音。


「マコトくん! あれ? モモちゃんとアベルは? ま、まさか……」 

「二人は安全なところで修行中ですよ、木の勇者ジュリエッタさん。ところでジョニィさんは居ます?」

「うーん、食料を取りに狩りに出かけてるけどすぐ戻ると思うわ」

「そうですか」

 どうやら留守らしい。

 ジョニィさんを待つ間、土の勇者ヴォルフさんや鉄の勇者さんにも挨拶をしつつ、これまでの話を共有した。


「月の国に魔王カインが居る、だと……?」

「民が魅了されてるですって……」

 内容については、ショックを受けているようだった。 


 しばらくしてジョニィさんが戻ってきたので、挨拶をすると俺と白竜さんの帰還祝いだと言って、宴になった。


「なぜ宴を?」

 木の勇者ジュリエッタさんに耳打ちすると。


「だって月の国に行って戻ってきたのは、マコトくんが初だもの」

 あー、そういえばそんなことも……。

 白竜さんに乗せてもらった楽な旅だったので、実感がなかった。


 俺は宴の主催の、ジョニィさんの近くに座った。

 そして、これからの計画について説明した。


「……というわけで、運命の女神様の助言で魔王と戦うには半年ほど修行したほうが良いそうです。申し訳ないのですが、しばらく待っていただけますか?」

 俺がジョニィさんに言うと、赤銅色の髪を無造作に後ろで束ねた美形のエルフは、眉間に皺を寄せた。

 あ、あれ……?

 不機嫌になった?


「聖剣の手がかりを探しに月の国へ行ったはずが、運命の女神の巫女と出会い、魔王カインと再戦してきた……だと? そして、霊峰アスクレウスに隠された太陽の神殿で修行をしている……と。どうなっているんだ、マコト殿は」

「は、はぁ……」

 怒っているわけではなさそうだ。

 よし、じゃあこれを渡してしまおう。


運命の女神イラ様がジョニィさんにはこの武器がぴったりだろうと。是非使ってください」

 俺は、一本の刀と弓をジョニィさんに渡した。

 

「これは……?」

「月の国にあった、運命の女神の巫女の隠れ家で貰いました。なんでもなかなか手に入らない武器だそうで」

 もっとも俺には違いはよくわからない。

 魔法武器であることがわかるくらいだ。

 ジョニィさんは、受け取った武器をまじまじと見ている。


「製法がこの大陸のものとは違う……他大陸のものか」

「はい、東の大陸から流れてきたものらしいです」

 ジョニィさんクラスになると、見れば違いがわかるようだ。 


「……複製品レプリカではなく、職人が作った原物オリジナルだ。懐かしいな……」

「ジョニィさんは、東の大陸の出身なんですか?」

 伝説の魔弓士ジョニィ・ウォーカーの出自の記録は残っていない。

 わかっているのは、勇者アベルや大賢者様より年上であったということくらいだ。


「俺はこの大陸から出たことはない。いつか他の大陸を巡ってみたいと思っているが……。その話は、今度にしよう。マコトの話はわかった。魔王を倒すために時間がかかるということであれば、別に構わん。気長に待とう」

「では、準備ができたら呼びにいきますね」

「うむ」 

 話はついた。


 それから、月の国のことを色々と質問攻めにあった。

 大迷宮の最奥から、白竜さんの家族も顔を出して宴は盛り上がった。


 中層の魔物は、一匹残らず逃げ出してしまったそうだけど……。




 ◇翌日◇




「じゃあ、帰りますか。白竜さん」

「うむ、アベルやちびっ子が待っている」

 俺は白竜さんの背中に乗り、太陽の神殿を目指した。




 行きと同じく、空の旅は順調だった。




 ――黒竜に乗った、魔王カインが現れるまでは。

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