251話 高月マコトは、厄災の魔女と出会う


 ――厄災の魔女ネヴィア



 西の大陸の歴史において、人類の裏切り者と呼ばれている人物。

 そして、千年前の時代においての月の巫女である。


「囲まれているぞ、精霊使いくん」

「そのようですね」

 俺たちがいる広場の周りの建物の影から、漆黒の鎧を身に着けた騎士たちがぞろぞろと姿を現した。

 黒い鎧を身に着けているのは、月の国の神殿騎士……だったはずだ。


 一体なぜ待ち構えていたかのように、取り囲まれたのか?

 宿屋の店主が俺たちが出ていくのを見ていて密告したのかもしれない。

 今更気にしても、過ぎたことではあるが。

 ふと、イラ様との密談もバレていたのではないかと心配になった。

 俺は首から掛けてあるネックレスの銀細工を軽く握った。


(イラ様~、もしもし、聞こえますか?) 

(…………どうしたのよ、高月マコト。こんな時間に? 王都からは抜け出したの?)

 眠そうな声が聞こえてきた。

 寝てたのだろうか?

 のん気な女神様ひとだな。


(今、月の女王の配下の騎士に包囲されています)

(なっ!? それは大丈夫なの!? どうするのよ!)

(こっちでなんとかしますね。イラ様もお気をつけて)

(ちょ、ちょっと、待ちなさい! ほんとだいじょ……)

 俺は念話を打ち切った。


「それで、あなたたちの名前を教えてもらえないかしら?」

 そう言って女王ネヴィアの瞳が金色に輝いた。

 マズイ!


「モモ、見るな! メルさん!」

「わかっている!」

 俺は慌ててモモの目を塞ぎ、白竜さんは勇者アベルの目を手で覆った。


「メルさんは、平気ですか?」

「いや……私ですらあの女の瞳力に抵抗するのがやっとだ……まさか人族の魅了がこれほどとは……」

 白竜さんの顔には、汗がびっしりと浮かんでいる。

 恐ろしい魅了の使い手だ。


「精霊使いくん、君こそこの魅了は人族が抗えるレベルでは……」

「俺は魅了は、一切無効なので大丈夫です」

「……相変わらず、君には謎が多いな」

 白竜メルさんに苦笑いされた。


「わたくしの目が効かない……?」

 月の女王は、少しだけ驚いたように目を大きくした。

 その瞳は、煌々と黄金色に輝いている。

 

「女王様、実は急ぎの用事がありまして。このような時間に街を去ることをお許しください」

 黙って逃してくれるとは思えないが、ダメ元で俺は言ってみた。


「わたくしの目をずっと見ていてその反応……。あなたに興味があります。ゆっくりお話がしたいですね。歓迎しますよ」

 その言葉と同時に、黒騎士たちが一気にこちらへ走ってきた。


「メルさん! 逃げましょう!」

「精霊使いくん! 10秒稼げ!」

「了解」

 俺と白竜さんは短いやり取りを交わす。



 ――時魔法・精神加速マインドアクセル


 

 俺は思考を加速化する。


「えっ、えっ?」

「あの!? 何が?」

「二人とも、大人しくしてて」

 目を塞がれたままの大賢者様モモと勇者アベルさんは、混乱しているが説明している暇は無い。


水の大精霊ディーア!」

「はい、我が王!」

 水の大精霊を呼び出す間にも、黒騎士たちが迫ってくる。


「水魔法・ミスト

 俺が叫ぶと、50cm先すら見通せないほどの濃霧に包まれる。

『暗視』スキルで、黒騎士たちが戸惑い、立ち止まるのがわかった。



 ――これで3秒



「XXXXXXXX(消し去れ、風の精霊)」

 精霊語が聞こえたかと思うと、一瞬で俺の作った霧が吹き飛んだ。

 それを唱えたのは、黒騎士たちの中でもひときわ目立つ黒い鎧。


(げっ! 魔王カイン!)

 ノア様の使徒が、混じっている。

 とんでもないやつがいた。

 


「水魔法・豪雨スコール

 次に俺が唱えた魔法によって、バケツを引っくり返したような大雨が降り注いだ。

 黒騎士たちは戸惑っているが、魔王カインはこちらに突っ込んできている。

 ふと見ると、月の女王は落ち着いた目でこちらを見つめていた。

 女王の身体の周りは淡く光っており、雨は当たっていない。

 結界魔法だろう。




 ――これで6秒




「死ね! 邪教徒!」

「ちょっと、殺しちゃ駄目ですよ、カインさん。話ができないじゃないですか」

「む」

 魔王カインが剣を振りかぶった時、月の女王が止めた。

 お、ラッキー。

 水の大精霊ディーアに防いでもらう手間が省けた。



「水魔法・ストーム

 3つ目の魔法で雷鳴が轟き、に数十の雷が落ちた。

 月の女王の顔色が変わった。


「いけません、民家に被害が出ていないか確認を!」

 女王が命令を出している。

 カインの動きも止まった。




 ――これで10秒




「逃げるぞ!」

 白竜さんが竜形態に戻っている。

 モモとアベルは、目をつぶったまま白竜さんの背中にしがみついた。

 やべ、俺が出遅れ……ると思ったのが、白竜さんが俺だけ手で掴んだ。

 サンキュー、白竜メルさん。


「ちっ!」

 魔王カインが、再びこちらに斬りかかる。


「ディーア! 頼む」

「はーい」

 ゆるい返事と共に水の大精霊が、魔王カインの前に数十枚の氷の結界を展開した。

 これでこちらには届かない。

 

「女王陛下、雷は全て街の外に落としましたよ!」

 白竜さんが空に飛び上がる直前に、俺は叫んだ。


「……」

 一瞬だけ、月の女王の「やってくれましたね」という表情が見えた気がしたがあっという間に上空へ飛び上がり、街は小さくなった。




 そのまま凄いスピードで、白竜メルさんは月の国の王都を離れた。




 ◇




「逃げ切ったか……追手はいないようだ」

 白竜メルさんが、ため息を付いた。

 俺も白竜さんの背中に移動している。



「どういうことでしょうか……月の女王と一緒にいたのは、魔王カインですよね?」

 大賢者様が、不安そうに言った。

 目をつぶっていたが、月の女王がカインと呼びかけていたからわかったのだろう。


「なぜ……、人族の国の女王と魔王が一緒に……そんな、馬鹿な……」

 勇者アベルに至っては、声が震えている。

 それは不安や恐怖というより、怒りが含まれているような声だった。


 俺も、驚いた。

 魔王カインは、月の国を拠点にしているのだろうか?

 もう近づかないほうがいいな。


(イラ様、脱出しましたよ。そちらは無事ですか?)

(ええ、平気よ。まったくハラハラさせないでよね)

(さっき魔王カインと会いました。魔王が月の国ラフィロイグに居るって知ってました?)

(はっ!? 嘘でしょ?)

 イラ様も、魔王カインの存在には気付いてなかったらしい。

 まぁ、知ってりゃ教えてくれるわな。

 魔王カインは、俺と同じく敬虔なノア様の信者なのでイラ様の『未来視』から逃れているんだろう。


(……私も、すぐ逃げるわ)

(そうしてください)

 運命の女神の巫女が殺されては洒落にならない。

 


 その後、丸一日かけて白竜さんの背中で空の旅は続いた。



 月の国を抜け、太陽の国の端にある巨大な山脈が見えてくる。 

 その山脈の中央にあるのが、霊峰アスクレウスだ。


 太陽の神殿は、結界魔法により目には見えない術が施されているらしい。

 だが、俺たちはイラ様に場所の見つけ方を教わっている。

 

「七つの峰が並ぶ場所。それを特定の順番で回ったときのみ、神殿へたどり着くことができる……厄介な結界だが、それ故に安全だな」

 白竜さんのつぶやきが聞こえた。


 その言葉通り、白竜さんが複雑な動きで飛んだあとにぱっと景色が変わった。

 

 山の山頂に、まるでオアシスのように泉と緑が茂っている。

 そして、神殿がひっそりと立っていた。


 俺たちは隠された『太陽の神殿』に到着した。

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