250話 高月マコトは、月の国を出る

 ――霊峰アスクレウス。


 その山頂に位置する『太陽の神殿』

 名前は聞いたことがある。

 太陽の国ハイランドにある女神信仰の聖地のひとつ。

 初代教皇である聖女アンナが、世界が平和となったのちに、その平和が千年続くよう女神様へ祈ったと言われる場所。

 確かノエル王女もその場所で修練をつみ聖女に成ったとか、なんとか。 

 

(……でも、本来の歴史だとこのタイミングで行く場所では無いはずだ)


 絵本『勇者アベルの伝説』には書いていないし、昔水の神殿で聞いた話とも違う。

 つまりこれは、運命の女神様のオリジナルストーリーだ。

 ……大丈夫か?

 少し不安になったが、仲間たちのほうを見ると。


「わかりました、運命の女神の巫女様!」

「それが運命の女神様のお導きならば……」

「霊峰……すごそうな場所ですね、師匠!」

 三人とも目を輝かせている。

 みんなのやる気が出たなら、いっか。


「そこで少なくとも、個々の力を高めなさい。特に勇者くんと賢者ちゃんはもっと強くなるわ」

「半年間!?」

 そんなに!

 俺の驚きの声に、運命の女神イラ様がこちらを向いた。


「あんたは慌て過ぎなのよ。そこのモモちゃんなんて、賢者になったばかりよ? ちゃんと育成しなさい」

「……わかりました」

 運命の女神イラ様に言われ、流石に納得した。

 たしかに大賢者様モモは、修行が足りない。

 もっと学ぶべきことは多いだろう。


「モモ、俺と一緒にしばらく魔法を鍛えるか?」

「わかりました!」

 大賢者様モモは異論ないようだ。


「アベルさん、白竜メルさん。予定が変わっちゃいましたけど、いいですか?」

「僕はマコトさんの言う通りにします」

「半年など、待つほどの時間とも呼べぬ」

 二人共問題ないようだ。

 あとは、……ジョニィさんに連絡に行かないと。

 一ヶ月後って、約束しちゃったし。


 さて、今後の予定がきまったところで、さっきから気になっている件を……。


「俺もここにある魔道具と魔法武器を見てもいいですか?」

「ええ、好きなの持っていきなさい」

 よっし!

 選ぶぞー!!

 魔道具は、まだまだ大量に並んでいる。

 俺が目を輝かせて物色していると、運命の女神の巫女――に降臨したイラ様が近づいてきた。


「これはどう? 蒼羽のマントよ」

「マントですか……、動きづらくなりそうなんで要らないかなぁ……」

「まぁ、そう言わずに着けてみなさいよ?」

 運命の女神イラ様が俺の身体に手を回し、さっとマントを羽織らせた。

 重さをまったく感じない?

 それどころか、俺自身の身体まで軽くなった気がした。


「こ、これは……?」

「重力魔法がかかっているの。ある程度なら空が飛べて、矢とか遠距離魔法を逸らしてくれる加護もかかっているわ。あと身体が軽くなって長旅の疲労を軽減してくれる、良いでしょ?」

「凄いですね」

 お得だ。

 確かにここにある魔道具は運命の女神イラ様が集めたわけで。

 だったら、色々教えてもらおう。


「他にお勧めはありますか?」

「んー、このイヤリングなんてどう? 似合うんじゃない?」

「ちょっと女子っぽくないですか? 可愛いですけど」

「でしょ? これ私がデザインしたの。魔力の軽減効果があってね」

「へぇ~」

「ほら、つけてあげる」

「自分でできますよ」

 そんな会話をしていると、ふと視線を感じた。


「あの……、巫女様と師匠の距離が近くないですか?」

「精霊使いくん、巫女様とは知り合いなのか?」

 俺と運命の女神イラ様の会話を聞いて、モモが不審な目を向けて、白竜さんが興味深そうに尋ねた。


「ち、違うわ!」

「初対面ですよ!」

 俺と運命の女神イラ様は慌てて、首を横に振る。

 

「本当ですか? ……マコトさん」

 勇者アベルにまで、疑いの目を向けられた。

 やや気まずい空気の中、俺は運命の女神イラ様に勧められた魔道具を幾つか選んだ。




 ◇




「では、お世話になりました」

「ありがとうございました!」

運命の女神の巫女エステル様、ありがとうございました」

運命の女神イラ様によろしくお伝えください、巫女様」

 俺たちはイラ様の隠れ家を後にした。


 見送る運命の女神イラ様から「最後に一つ言っておくわ」と言葉をかけられた。


月の国ラフィロイグの王都で、毎朝開かれる月の女王の集会だけど……、そこに行くとあなたたちは『魅了』されるわ。参加しちゃ駄目よ?」

 運命の女神イラ様が真剣な目をして言った。

 その言葉を聞いて、俺たちは顔を見合わせた。


「マコトさん、それって確か……」

「宿屋の店主から、朝に王城前に集まるように言われた件ですね」

 昼頃にした会話を思い出した。

 王都では毎朝、女王様の演説があるとか。


「ふーむ、そうやって民を『魅了』していたわけか……」

「え? み、魅了って一体何の話ですか!? 白竜師匠!」

「マコトさん、どういうこと……ですか?」

 感心したようにつぶやく白竜メルさんに、事情がわかっていない大賢者様モモと勇者アベルが不安そうな顔になった。

 俺と白竜メルさんは、王都の民が魅了されていることを説明した。


「……なぜ、そんなことを?」

「気づきませんでした……」

 二人が青い顔をしている。


「それと、王都に新しく入ってきた人間は全て女王が把握しているから集会に不参加なら、密告されるわ。あまり長居をせずに早めに、ここを離れなさい。私たちもタイミングを見て、脱出するつもりだから」

「……俺たちのことはバレているってことですか?」

 少し背筋が寒くなった。


「あなたたちが何者なのかまでは、バレていないと思うけど……、少なくとも魅了にかかっていないことは把握されているわ。ここの住民は、みんな愛想がいいでしょ? 友好的に話しかけてきてよそ者のあなたたちは探られているから」

「「「「…………」」」」

 みんな無言になった。

 想像以上の監視社会だった。


 俺たちは運命の女神イラ様にお礼を言って、その場所を離れ自分たちの宿に向かった。

 イラ様の隠れ家を出た時には、時刻が深夜になっていた。

 街の明かりもほとんど消えていて、人通りは少ない。



 しかし、どこからか見られているような気配を感じた。



 宿に戻ると、まだ明かりがついていた。 


「やぁ、おかえり。遅かったね」

 店主が笑顔で迎えてくれた。


「ええ、すいません。遅くなって」

「いやいや、初めて王都コルネットに来たんだ。はしゃいでしまうのも無理はないよ。ただ……こんな時間までやっているお店は無いはずだけど、どこにいたんだい?」

 ニコニコと店主に質問された。


「……えっと」

 さっきのイラ様との会話が脳裏によぎった。

 うかつなことは言えない。

 その時、白竜メルさんがさっと会話に入ってくれた。


「この子が、疲れて眠ってしまってね。休ませていたんだ」

「あ……、はい。寝ちゃいましたぁ」

 大賢者様モモが子供っぽい口調で、相槌を打った。


「なるほど、今日はお疲れでしょう。ゆっくりお休みください。ただ……明日の朝に女王様の演説がございますから、その時間に呼びにうかがいますね」

「わ、わかりました」

 ずっと笑顔の店主に、俺はぎこちない笑顔で答えた。

 後ろに店主の視線を感じながら、俺たちは部屋に向かった。



 宿の二階にある自分たちの部屋に着いた時、大きく息を吐いた。



「明日の朝までにここを出よう」

 俺は皆に告げた。

 イラ様の言葉を聞いた後だと、店主の丁寧な接客が恐ろしい。 


「そうだな、集会に出てしまうのは良くない。巫女様の言う通りにしよう」

 俺の言葉に、白竜さんが頷いた。


「……なぜ、こんなことをするのでしょう? 民衆を統率するためとはいえ魅了するのはやり過ぎではないでしょうか?」

 アベルが疑問を口にした。


「まあ、それで街の平和が保たれるなら……そこまでする必要は私も感じぬが」

 白竜さんの口調も重い。


「……怖いです」

「大丈夫だから」

 大賢者様モモが怖がっていたので、頭を撫でておいた。


「でも、どうやって街からでるんですか?」

 みんなで荷物をまとめている時、アベルが質問した。


「今の時間は、宿の店主が起きていたので夜が明ける前にこっそり抜け出そう。門から出るのは危険だと思うので、メルさんは俺たちを背中に乗せて飛んでいけませんか?」

「うむ、それなら昼間に行った大通りの途中にあった広場がいいだろう。あそこなら竜の姿に戻っても、問題あるまい」

 それは俺と白竜メルさんが、ベンチに座って串焼きを食べた近くだ。

 たしかに、あそこなら広さ的にも十分だろう。

 方針は決まった。



 俺たちは順番で仮眠を取り、夜明け前に宿をこっそり出た。



 宿代は、前払いしている。

 店主の姿はなかった。


 ゆっくりと暗い街中を歩く。

 夜明けには、まだ少し時間があるはずだ。

 人影は無い。


 ほどなくして、広場に到着した。

 よし、ではここで白竜メルさんに竜の姿に戻ってもらい空から脱出しよう。

 その時だった。





「あら、旅の方々。もう去ってしまわれるのですか?」




 

 美しい声だった。

 その声を聞くだけで、心を揺さぶられるような気がした。

 何かを考えるより早く、俺はその声のした方へ振り向いた。

 そこは一人の女性が立っていた。


 長い艷やかな黒髪に、深紫の瞳。 

 黒いドレスに身を包んだ、この世のものとは思えないほどの美貌。

 その姿は、一瞬知り合いの姿を思い起こさせた。


 そして、彼女の後ろに控える数百の黒い鎧の騎士たち。 

 この女性の高い地位の人物であることがわかる。

 もっとも、それ以前に俺はその女性が誰であるかはすぐに気付いた。


「どちら様でしょうか?」

 他の三人のために、俺はあえて尋ねた。

 答えてもらえないことも予想したが、女性はあっさりと口を開いた。


月の国ラフィロイグを治めているネヴィアと申します。お見知りおきを」

 優雅に微笑み、彼女は名乗った。


 


 月の国ラフィロイグの女王ネヴィア――別名『厄災の魔女』が姿を現した。

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