249話 高月マコトは、願う

「ノア様に、会えませんか……?」

 思わず口から出てきたのは、そんな言葉だった。

 

 千年前に来て以来、ずっと感じる孤独感。

 ノア様とひと目でも会えれば……。


「やっぱり、そうよね……」

 運命の女神イラ様が同情するような視線を向けた。


 このお願いが難しいものかどうか、俺には判断がつかなかった。

 水の女神エイル様の様子を見る限りだと、簡単にノア様の所に出入りができるみたいだけど。


「……高月マコト。あなたの願いだけど」

 腕組みをして、運命の女神イラ様は難しい表情をしている。

 どうなる……?

 俺は心臓の音が高鳴るのを感じながら、運命の女神イラ様の返事を待った。





「…………この時代のノアは」





「え?」

 予想外の返事が返ってきた。

 あの優しいノア様が、怖い?


「いや、優しいのは信者のあなたにだけだから……。特に千年後のノアは信じられないくらい丸くなってるし、エイル姉様は気軽に遊びに行ってるけど……。私は用事がなければ海底神殿なんて絶対に行かないし……。この前は、嫌々行ったけど……」

「そういえば、運命の女神イラ様ってノア様と仲が悪いんでしたっけ?」

 そんなことをエイル様から聞いた記憶がある。

 それを言うと、イラ様が微妙な表情をした。


「面と向かって言ってくれるわね……。そーよ、私は聖神オリュンポス族の末っ子で、みんなに可愛がられてるのにノアが居るとみんなそっちに行っちゃうし……。あんな外面だけが良くて性格が最悪の女神の癖に……」

「あの~……イラ様?」

 ぶつぶつと黒い発言をしている女神様を制止する。


「……独り言よ、忘れなさい」

「はぁ……」 

「まぁ仲が悪いっていっても、私とノアじゃ神格が全然違うから。ノアはアルテナお姉さまと同格だから私じゃ相手にならないから」

「はぁ……」

 ピンとこないが、ノア様のほうが強い、ということだろうか?


「そーゆーこと。この時代のノアは悪神族側についてるから、私がうかつにコンタクトすると、下手したら魔王カインを差し向けられてこっちが全滅しちゃうかもしれないし」

「……それは勘弁願いたいですね」

「ノアと話したいなら、使徒である魔王カインを仲間に引き入れたほうがいいと思うけど……、勇者アベルが許さないでしょうね……」

「詰んでますね……」

 やっぱりノア様とは、簡単に連絡できないかぁ……。

 いっそ直接海底神殿に出向くしかないのかなぁ。

 俺がしょんぼりと肩を落としたその時。




 ――運命の女神イラ様が俺に近づき、優しく頬を撫でた。



 

「高月マコト……もしあなたが望むなら『運命の女神の勇者』の称号を授けましょうか? それだけじゃなくて、運命の女神わたしの使徒として全霊で愛でてあげる」

「い、イラ様……?」

 さっきまでと違うその声色に戸惑い、俺は後ろに下がろうとした。

 が、女神の手が俺の腰に巻き付き、引き寄せられた。

 耳元に温かい息が当たる。


「この時代は寂しいでしょ? あなたのことを理解できるのは運命の女神わたしだけよ?」

「それは……」

 そうかもしれない。


 俺はこの時代では異物だ。

 千年後の平和な世界からやってきた異端者イレギュラー

 まず、価値観が異なる。

 大魔王を倒そうと言っても、ほとんどの人は本気に受け取ってくれない。

 だからいつも、孤立感を感じていた。


「たった一人であなたはよくやってるわ。でも、そろそろ限界じゃない? 誰かに頼ったほうが良いと思わない?」

「…………それは」

 これまでは、ノア様がいて、ルーシーがいて、さーさんがいた。

 助けてくれる仲間が、支えてくれる友人がいた。

 千年前いまは、……少し寂しい。

 

「ねぇ、高月マコト……、ノアから運命の女神わたし?」

 その言葉は甘い蜜のようで……




「だ、駄目です! 我が王!!!」




 焦った声が響いた。

 突然の乱入者は、水の大精霊ディーアだった。


「あら、水の大精霊ウンディーネ。居たのね」

「は、離れなさい、女神! わ、我が王……まさか、私たちを見捨てたりは……」

「しないって。イラ様は、俺をからかっているだけだよ」

 俺がそういうと、イラ様は腰に回してる手を解き、俺から一歩離れた。


「全く私がここまで誘惑してあげているのに少しは動揺しなさいよ」

「生憎、ノア様一筋なので」

「……くっ、この女神がっ」

 やはりイラ様の態度は、冗句だったらしい。

 それにしても、いつもは尊大な水の大精霊ディーア運命の女神イラ様の前ではおとなしい。 

 俺の心の内を読んだのか、イラ様が口を開いた。


「かつての神界戦争の時の記憶でしょ。精霊は聖神族が苦手なの」

「へぇ~」

「こ、怖くなんて無いから! 我が王、こんな女神の甘言に耳を貸してはいけませんよ!」 

 そう言って水の大精霊ディーアは、姿を消した。

 本当に、運命の女神イラ様が苦手らしい。


「あまり水の大精霊ディーアをイジメないでくださいね」

「わかってるわ。まあ、運命の女神わたしに改宗してくれればてっとり早かったのだけど、代わりにこれを身につけておきなさい」

 そう言って手渡されたのは、銀細工のようなものでできたネックレスだった。

 よく見ると飾りは時計のような……てか、時計じゃん。


「これは、何ですか? もしや、身につけることで時間が止められたり……」

「残念ながら、そんなこと無理ね。そのネックレスは運命の女神わたしとの通信機よ」

「通信機……?」

 異世界らしからぬ、その言葉に一瞬首をかしげた。

 通信機……か。

 つまり。


「これがあれば、いつでも運命の女神イラ様と会話できると?」

「そうよ。私は一緒についていけないから。困ったことがあれば、これを通して私に相談しなさい」

「おお!」

 それは心強い。

 なんせ、未来が見通せる運命の女神様のサポートだ。

 

「これからよろしくおねがいしますね」

「ええ、よろしくね。高月マコト。そろそろあなたの仲間の所に戻りましょうか」

「わかりました」

 俺と運命の女神イラ様は連れ立って、大賢者様が居る礼拝堂へと戻った。




 ◇




「師匠ー! 見てください」

「……おお」

 パタパタと走ってくる大賢者様モモは、ごついローブにジャラジャラと魔道具を身に着けていた。


「それ、動きづらくないか?」

「そうですかね……?」

 しょぼんとするモモが可愛かったので、頭をくしゃくしゃしておいた。 


「マコトさん、話は終わりましたか?」

「長かったな、精霊使いくん」

 勇者アベルと白竜さんもやってきた。

 こちらは、ほどほどに装備を整えている。


「話し終わりました。アベルさんは、いい聖剣は見つかりました?」

 そもそもの目的である武器の調達状況について尋ねた。


「それは……」

 が、勇者アベルは言葉を濁した。

 あれ?

 イラ様が用意した中に魔法の武器も色々あったようだけど。


「精霊使いくん、ここにある魔法武器は逸品揃いだったが、聖剣は無かった」

「こちらのミスリル製の魔法剣をいただきました。今、僕が持っている武器よりはずっと良いものですが、白竜様曰く聖剣では無いそうです」

「そう、ですか」

 勇者アベルの持つ剣を眺めた。

 俺からすれば、相当強力な魔法剣に見えるが……、勇者には物足りないらしい。


 なるほど困った。

 が、今の俺たちには心強い助言者がいる。


「どうしましょう?」

「ふっ、任せなさい」

 巫女エステル――に降臨した運命の女神イラ様が、得意げに胸を張った。


「霊峰アスクレウスを目指しなさい。暗闇の雲よりも高いアスクレウスの山頂、そこには天に最も近い太陽の神殿があります。その場所で、太陽の女神アルテナお姉さ……アルテナ様の声を聞くのです。そうすれば、魔王を倒す助力が得られるでしょう」

 荘厳に告げた。

 勇者アベル、白竜さん、大賢者様は真剣に聞いている。

 が、俺は少々心配になった。

 いまお姉様って言いそうになってませんでした?


(……イラ様、素が出てますよ)

 俺が半眼でイラ様の目を見た。


(スルーしなさいよ)

 と言いたげな目で、睨まれた。


 大丈夫だろうか? 

 この天然女神様の言葉を信じて。

 俺は、小さく嘆息した。

 

 まあ、それでも。……たった一人で千年前に放り出された時よりずっと気が楽になった。

 どうやら、次の目的地が決まったようだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る