244話 勇者アベルは、白竜と語る

◇勇者アベルの視点◇



「私は何千年と生きてきて、闇と光が入れ替わる瞬間に幾度となく立ち会ってきた……」

 白竜様の語りは、そんな言葉から始まった。

 一体、何の話だろう?


「一体、何の話だ? という顔をしているな」

「い、いえ!」

 慌てて表情を引き締める。

 白竜様には、すぐ表情が読まれてしまう。


「わかりやすく言おうか。魔王たちが支配する暗黒時代は千年以上続いてきた。そろそろ世界の体制を転覆させる『救世の英雄』が現れる頃合いだと思っていた」

「救世の……?」

 僕は意味がわからず、聞き返した。


「魔族と人族。片方の支配が長く続くと、もう一方から世界の支配者を倒す者が現れるのだ。そうやって、人族と魔族の支配は、長い年月をかけて入れ替わりを繰り返してきた。おおよそ千年くらいの周期でな」

「…………」

 たかだか百年の寿命しかない人族には理解できない話だ。

 正確には、僕は人族と天翼族との混血ではあるが、僕の寿命は人族と大差無い。


「精霊使いくんと相対した時、私はこやつが『救世の英雄』だと思った」

「!?」

 僕は、慌ててマコトさんの寝顔に視線を向けた。

 マコトさんが!?

 凄い!

 伝説の白竜様にそんな風に思われるなんて!


「だが、どうも一緒に行動してきて……精霊使いくんは生き急いでいる印象を受けた」

「生き急いでいる……ですか?」

「焦っている、というのかな。どうにも危うく見える」

 そう言われて、僕も思い当たる節があった。

 

 初めて出会った時から、マコトさんは魔王を倒す、大魔王を倒すと、大言を吐いてきた。

 最初は、皆驚き、呆れていた。

 けど、マコトさんは確かな実力を見せつけてきた。

 魔王の側近を倒し、魔王カインを撃退し、白竜様に力を認めてもらった。

 だから、いつしか気にしなくなっていた。


 でも、たしかにマコトさんはいつもせわしない。

 モモちゃんの話だと、寝る間を惜しんで修行しているらしい。

 よく疲れた表情をしている。

 どうしてそこまで頑張るのだろうか。

 もうこんなに強いのに。

 

「そんなに修行しなくてもいいんじゃないですか?」と僕が言うと「1足りないんで」と返事が来た。 

 どういう意味ですか? と聞くと熟練度をあと一つ上げたいらしい。

 たったそれだけのために?

 魔法の熟練度なんて、詠唱破棄ができる50を超えればたいした意味はないのに。


 出会ってからずっと、取り憑かれたかのように魔法の修行をしているマコトさん……。

 それを見慣れてしまっていたけど、あれは焦っていたから、なのだろうか?


「正直に言うと、昨日に大迷宮で伝えた『聖剣』の話。あれは時間稼ぎだ」

「え?」

 白竜様の言葉に驚いた。


「どういう事ですか?」

「おそらく、今の精霊使いくんなら

「なっ!?」

 衝撃を受けた。

 魔王が倒せるだって!?

 僕が固まっていると、白竜様がため息を吐いた。


「君は正直過ぎるな。人間の勇者くん」

「え?」

「一つ言っておくが、私は長生きをしているだけで魔王と呼ばれるほどの力は無い。つまり、私は魔王より弱く、精霊使いくんより弱い。そんな私の見立てをあまり真に受けるなよ」

「は、はい……」

 そうは言っても僕にとって、みんな遥か上位の存在だ。

 信じてしまうよ……。


「その程度の実力しかない私の予想ではあるが……魔王に勝てる精霊使いくんでも、魔族の神イヴリースには到底及ばない」

 その言葉に身体が強張るのを感じた。

 この世界を支配する、魔族たちの主。

 魔王を従える存在。


「……魔族の神イヴリースに会ったことが、あるのですか?」

「ある。一度だけな」

「どんな奴なんですか……?」

 魔王と戦う勇気すら怪しい僕には、想像もつかない。


「思い出すだけでおぞましい。あんなものは地上に居てよいものでは無い。私は金輪際、『アレ』と関わりたくない……と思っていた」

 白竜様の声が震えていた。

 そんなに恐ろしいのですか、魔族の神イヴリースは。


「だからな……私は焦らずに力をつけて欲しいのだ。君は、このパーティーで唯一の勇者だろう?」

「僕は……」

 確かに『雷の勇者』スキルを所持している。

 そして、これはマコトさんにもまだ言っていないが、僕は『太陽の巫女』のスキルも所持している。

 それを言うと女性であることがバレてしまうのでずっと隠していた秘密。


 そのことから、僕は特別な存在として育てられた。

 両親は勇者と巫女のスキルを持って生まれた僕のことを大切にしてくれた。

 だが、僕が物心ついてすぐに両親は魔王の手先によって命を奪われた。

 次に僕を目をかけてくれたのが、育ての親だった『火の勇者ししょう』だ。

 僕がいずれ世界を救う存在になる、と言って期待してくれた。

 その師匠は、魔王に殺されてしまった。


 僕の心は折れていた。

 火の勇者ししょうが殺された時も、僕は逃げる事しかできなかった。

 仇である黒騎士が、大迷宮に現れた時も僕は役立たずだった。

 弱い。

 僕は、弱い。


「僕は……マコトさんのようにはなれません。あんな強くは……なれないです」

「当り前だ」

「え?」

 僕の悩みを、白竜様は一蹴した。


「そこで寝ている精霊使いくんが使役している『水の大精霊ウンディーネ』。アレは一体で国を亡ぼせる。大迷宮に現れた五体の大精霊。あいつらが本気を出すと、

「ま、まさかぁ……はは」

 僕の口から乾いた笑いがでた。

 いくらなんでも、大げさに言ってるだけ、ですよね?


「まぁ……大陸が沈むは言い過ぎたか。だが、それくらい恐ろしい力なのだ。精霊使いくんの魔法は」

「……」

 白竜様の声色からは、冗談とは思えなかった。


「私も神話の中で聞いただけで、実物を目にするのは初めてだ。精霊を操る術は、エルフ族やドワーフ族の中で、細々と受け継がれていることは知っているが、大精霊を使役するなど私の生きてきた限り……いや、私の親ですら会ったことはないだろう」

「……」

 一万年の時を過ごした白竜様が……。

 

「マコトさんは、一体何者なんですか……?」

「……」

 急に白竜様が無口になった。


「白竜様?」

「……口止めされている」

「え?」

「嫌な視線を感じる。水の大精霊ウンディーネがこっちを視ているな。出てくればいいものを……忌々しい」 




 ――あら気づきましたか。我が王のことをべらべらと話してはいけませんよ?




 ふっと、何も無い所から水の大精霊ディーアさんが現れた。

 その姿はうっすら透けており、いつものような魔力は感じない。


「存在を抑えているな。精霊使いくんに怒られたのだろう?」

 白竜様が意趣返しするように言った。


「……勝手に力を使うことを禁止されました。我が王のためを思ってやったのに」

 水の大精霊さんは、唇を尖らせている。

 マコトさんに叱られたらしい。


「勇者くん。精霊使いくんの正体は、本人から聞け」

「はぁ……」

 正体ってどういう意味だろうか?


「こっちは言ってもよいだろう」

 白竜様が、言葉を選ぶようにゆっくり口を開いた。


水の大精霊ウンディーネの力を、人族が使えば魂が削られる。寿命を縮める技だ」

「寿命がっ!?」

 白竜様の言葉に、僕は思わず叫んでいた。


「国を滅ぼせる力だぞ。何の代償も無しに扱えると思ったのか?」

「し、しかし、マコトさんはそんなこと一言も」

「言っておらぬな……。だが、私にはわかる。あれは命を削る技だ」

「我が王はそのようなことを気にしませんよ」

「…………っ!」 

 水の大精霊ディーアさんの言葉に、僕は絶句していた。

 マコトさん一人に、そんな負荷がかかっていたのか。

 それに気づかずに、僕はのん気に……。


「気にしないのが問題なんだ……。なぁ。勇者くん?」

「は、はい」

「精霊使いくんが戦うこの現状を良しとするか?」

「それは……」

 良いはずがない。

 マコトさんが命を削って僕やモモちゃんを守ってくれているなら、それに甘え続けることが良いはずがない。


「僕がマコトさんを助けます。今は力がなくても、支えることができる力を手に入れます」

「それがいい。精霊使いくんが焦っていれば、それをいさめてやれ。それが仲間だろう?」

 白竜さんが優しく微笑んだ。

 よし、今度からマコトさんが無鉄砲になったら僕が止めるんだ!

 ……できるかなぁ。

 大迷宮では、マコトさんの魔法で僕は瀕死になっちゃったんだけど。

 一人だと不安が……。


「あ、あの……僕だけじゃなくて白竜様や水の大精霊ディーアさんもお願いしますね」

「私は駄目だ」

 僕の申し出に、白竜様はきっぱりと拒否した。

 な、なんで!?


古竜エンシェントドラゴンは負けを認めた相手に逆らわない。私は精霊使いくんに負けた。だから私は精霊使いくんに従う」

 白竜様は真剣な目で言った。

 聞いたことがある。

 古竜に負けを認めさせることができれば、古竜を従えられると。


「だから、白竜様はマコトさんの言う事を聞いてくださるのですね」

「ただの自負プライドだ。長く生きると頑固でな」 

 白竜様がふっと、自嘲げに微笑んだ。


「我が王には、水の大精霊わたしがいれば十分でしょう! 私が我が王を支えますから、他は不要です」

 ディーアさんが会話に割り込んできた。


「水の大精霊と、ちびっこ吸血鬼は駄目だ。精霊使いくんを妄信している。むしろけしかけてしまう」

「別にいいでしょう」

「これだから精霊は能天気で、思慮に欠けるのだ」

「なんですって!」

 ディーアさんが、プンプン怒っているが白竜様は無視した。

 僕のほうに意味ありげな視線を向けた。


「精霊使いくんは、……君に『』を払っているようだ。少し他人行儀ではあるが……君の言う事なら聞いてくれるだろう。君が精霊使いくんの『引き止め役』になるんだ」

「僕の言うことを、マコトさんが……?」

 確かに、マコトさんはいつも僕に気遣ってくれていると感じていた。

 それは僕が頼りないからだと思っていた。

 マコトさんが僕に敬意を持っている……?


「それに、私の予想だともとは別の『引き止め役』が居たと思うんだがな……。あの性格で、長生きができたとは思えん」

「誰かが……マコトさんを支えていた、と?」

「こんな世の中だ。別れは多い。もしかすると魔王を倒すと焦っているのは、大切な誰かを失った『復讐』なのかもな……」

 僕と同じようにマコトさんも誰か大切な人を失った?

 いや、違う。


「マコトさんは『女神様の神託』を受けたと言っていました」

「だが、精霊使いくんは聖神族の信者じゃない。それどころか、どの神も信仰していない」

「それは……」

 その通りだ。

 マコトさんは、神託を受けたと言っていたけど、アルテナ様を信仰していない。

 鑑定スキルを持っている僕は、それを知っている。

 マコトさんのことはわからないことばかりだ。 


「君は、精霊使いくんのことをもっと知るべきだ。そして支えてやれ。私のように敗北して従っているわけでもなく、ここの大精霊のように使役されているわけでもなく、そっちのちびっ子のように弟子なわけでもない。君だけが精霊使いくんの対等な仲間なんだ」

「……はい」

 白竜様の言葉が、ずしりと心にのしかかった。

 マコトさんのことを知った気になっていた。

 マコトさんの強さを信じていた。

 信じているから、それでよいと思っていた。


 寿命を削りながら、僕を守ってくれていたなんて……知らなかった。


 マコトさんが僕を護ってくれるのは『神託』のためなのか。

 それとも、他に何か目的があるのかわからない。


 僕はマコトさんの顔を見た。

 

 静かな寝息。

 穏やかな表情。

 ピクリともしない寝相。


 その寝顔を眺めていると、なんだか少しだけ…………ドキドキした。

 

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