242話 高月マコトは、中層に戻る

「……大迷宮ラビュリントスの最深層に行ってきた、と?」

 ジョニィさんは、頭痛がするかのように頭を抱えている。


 場所は、中層の地底湖前。

 迷宮街の住人が集まっている。

 そこは見晴らしがよく、本来は魔物を警戒しないといけない場所だ。

 が、現在近辺の魔物は一匹残らず姿を消している。

 その理由は……


「えっと、そちらの女性が……大迷宮の主さん?」

 遠慮がちに木の勇者ジュリエッタさんが、白竜メルさんのほうを見ながら言った。

 そう、本来なら最深層に居る白竜メルさんが、中層にやってきたことで魔物は逃げてしまったのだ。

 そのため中層は平和だ。

 魔物にとっては、たまったものではないだろうが。


「その通りだ、人間。私が最深層に住まう古竜の長ヘルエムメルクだ。もっとも地上に出るのは数百年ぶりであるが、私の名は知られているようだな」

 ふふんと、胸を張るのは竜の姿から人族の女性に『変化』した白竜メルさんだ。

 もっとも、身長が2メートルくらいあるスタイル抜群のモデルみたいな体型でかなり目立つが。


「そりゃ知ってるよ……」

「伝説の古竜じゃねーか……」

「嘘だろ……、なんでここに居るんだよ……」

 そんな声が聞こえてきた。

 白竜メルさんは、有名竜だった。


「マコト、少し探索に行くとだけ聞いたのだがな……」

「ええ、そうですよ。一泊二日の小探索です」

 ジョニィさんの言葉に、俺は頷く。


「「「「「…………」」」」」

 が、周りの人々からは一様に「何言ってんだコイツ」という視線を向けられた。

 なぜだ?

 すぐ帰って来たやん。


「ま、マコト様、お休みになられては? 最深層に行ってお疲れでしょう」

 そう言ってきたのは、ルーシー似のエルフだ。

 少し声が震えているのは、白竜メルさんに怯えているようだ。


「そうですね、確かに疲れたので休みます。で、明日か明後日あたりに魔王ビフロンスを討伐に行きたいので、ジョニィさんも一緒に行きませんか?」

「「「「「!?」」」」」

 俺がそう言うと、周りの人々の表情が変わった。

 伝説のパーティーが全員そろったし、魔王相手でも勝てるはずだ。

 そう思ってのお誘いだった。


「ま、マコト様!? 一体何を言ってるんです!?」

「マコト殿。無茶を言うな!」

「き、気でも狂ったか!」

 ざわめきが一気に大きくなる。

 ルーシー似の女の子や、鉄の勇者さん、他にも獣人族の男たちが口々に反対する。


 白竜さん、アベル、大賢者様は、特に何も言わない。

 若干、諦めたような顔をしているが。

 今回は、大魔王じゃなくて魔王を倒そうと言ったんだけどなぁ……。

 歴史的には、最初に倒す魔王はビフロンスなんだから、そんな変な事は言ってないはずなんだけど。



「なんです、我が王に反対するのですか」



 その時、水の精霊ディーアが、何も無い所から現れた。

 皆――特に勇者たちが緊張した面持ちで、剣に手をかけた。

 見知らぬ登場人物に、警戒しているようだ。

 

「ああ、皆さん。大丈夫です、こいつは俺の仲間なので……」

 俺は、水の精霊ディーアを紹介しようとしたのだが。


「我が王の力を知らしめてやりましょう」

 水の精霊ディーアが、右手を掲げた。

 おい、馬鹿やめろ。


 ディーアの手に、膨大な魔力マナが集まる。

 水の精霊ウンディーネは、魔力を加減することを知らない。

 結果、俺たちが立っている一帯が、濃密な魔力マナに囲まれた。

 その魔力マナに呼応するように、大気と地面が震える。


 次の瞬間、中層の地底湖が

 地底湖を取り囲む大瀑布まで氷と変わり、中層を静寂が支配した。

「ひぃっ!」と腰を抜かしている人も居る。 


「アホかー!」

 俺は、水の精霊ディーアの頭を引っ叩いた。


「す、すいません! 我が王!」

「とっとと、元に戻せ!」

「はい、ただいま!」

 水の精霊ディーアが、魔法で凍った地底湖を元に戻した。

 再び轟轟という滝の音が響く。


 魔法の影響か、空気が冷たい。

 そして、誰も喋らず気まずいことこの上ない。


「我々の竜族かぞくも、精霊使いくんの魔法で一撃で全滅しかけたからな」

「「「「……」」」」

 迷宮街の人たちの視線が痛くなってきた。


 ルーシー似の女の子が俺とも距離を取り始めた。

 なんか、フラグが折れた!?

 まあ、それは問題ないが……。

 俺は皆が黙っているので、ジョニィさんに向き直った。


「というわけで、魔王を倒しに行きたいんですが、どうですか? ジョニィさん」

 今度は、反対意見は出てこない。

 が、ジョニィさんは、悩んでいるようだ。

 代わりに声をかけてきたのは、白竜さんだった。


「ところでマコト。魔王と戦うなら『聖剣』は持ってるのか?」

「聖剣?」

 俺は首を傾げる。


「魔王は悪神の加護で護られている。対になる聖神族の武器『聖剣』が無ければ倒せんぞ」

「へぇー、そうなんですね」

「なぜ知らぬのだ……」

 いや、だって俺勇者ちゃうし……。


 でも、確か千年後の世界でも『勇者と聖剣』セットは必要だと言われていた……気がする。


 氷雪の勇者レオナード王子と聖剣アスカロン。

 風樹の勇者マキシミリアンさんと聖剣クラレント。

 灼熱の勇者オルガと聖剣バルムンク

 稲妻の勇者ジェラルドと聖剣カリバーン。

 そして、光の勇者桜井くんと聖剣アロンダイト……いや、あれって聖剣だっけ?

 最後のは、若干記憶に自信が無い。

 

 うん、ほぼ持ってたな。

 なるほど、聖剣は必須アイテムなのか。

 でも、まあ。

 問題ないだろ。

 ここにはいっぱい勇者がいるし。


「誰か持ってますよね?」

 俺は土の勇者さん、木の勇者さん、鉄の勇者さんのほうに視線を向けた。

 が、みなさん悲しそうに目を逸らされた。

 あ、あれ……? 


「ここに聖剣は無いぞ」

 ジョニィさんが、代表して答えてくれた。

 え、マジで?


「マコトさん、僕の師匠である火の勇者は聖剣を所持していましたが、魔王カインとの戦いで失いました……」

「そんなっ!?」

 なんてこった。

 じゃあ、魔王を倒せないじゃないか。


白竜メルさん、聖剣がどこにあるか知りませんか?」

「知らん」

 むぅ、困った。

 俺が悩んでいると、ジョニィさんが口を開いた。


「マコト……さっきの返事だが、魔王と戦うということは協力しよう。ただ、少し時間が欲しい。現在、中層に新たな街を築こうとしているが、出来上がっていない。中層の魔物たちが強いために、手こずっているのだ。だから、少し時間が欲しい」

 なるほど、ジョニィさんが悩んでいたのは中層の街の住人のことか。

 この人は、族長だもんな。


「エルフ族の長よ。私の竜族かぞくを一人ここに住まわせようか? 古竜がいれば、魔物どもも襲ってくるまい」

「……いいのか? そこまでしてもらって」

 ジョニィさんが驚いた顔をした。

 おお、白竜さん、ナイスな提案!


「というか、間違ってここの住人を私の竜族かぞくが襲ったりしたら、マコトが怒るだろう……?」

 白竜さんがちらりとこちらを見て言った。


「確かに、あの赤竜くんとか俺を怨んでそうですもんね」

「いや、あの子はマコトを見るだけで身体の震えが止まらないと言ってたから、大丈夫だと思うぞ」

「あれ? そんな酷いことしましたっけ?」

「師匠……」

 大賢者様からツッコみが入った。

 なんだよ。


「ちょっと凍らせただけだろ?」

「そのあと生贄にしようとしましたよね!?」

「ああ……」

 そうだったわ。


「30日もあれば、街は完成するだろう。その後であれば、マコトと共に魔王と戦いに行こう」

 ジョニィさんが、承諾してくれた。

 よし、じゃあ魔王戦は30日後だな。

 

 だけど……。

 それまで、暇だな。

 うーむ、どうしよう?

 海底神殿にでも、挑戦に行こうか。

 水の大精霊ディーアがいれば、案外簡単に攻略できるんじゃなかろうか。


 なにより……正直な所、ノア様の声が恋しい。

 水の神殿を出てから、ずっと導いてくれたノア様。

 この時代だと、俺のことは知らないはずだけど、逢いに行けば歓迎してくれるだろうか?

 俺がしんみりしている時だった。


「あそこなら、聖剣があるんじゃないかしら」

 木の勇者ジュリエッタさんが、ぽつりと言った。

 そういえば、聖剣の話が解決してなかった。

 しんみりしている場合じゃない。


木の勇者ジュリエッタさん、どこに行けばいいですか?」

「コルネット。月の国ラフィロイグの王都よ」

 月の国!

 フリアエさんの故郷。

 しかも、この時代では滅んでいない。

 それどころか、全盛期だ。

 けど……


「どうして、そこに行けば聖剣があるとわかるんですか?」

 モモが不思議そうに言った。

 そう、そんな噂があるなら魔王軍が放置しておかないのでは?


「それは、コルネットが月の女王様が治める聖都だからです。魔王軍が手出しできない聖地と呼ばれています。そこには魔王軍にも負けない戦士、伝説の武具が数多くあると言われています」

 教えてくれたのは、ルーシー似のエルフの女の子だった。

 魔王軍が手出しできない聖地か……。

 この時代では、そーいう扱いなんだな。

 のちの歴史を知っていると複雑な気持ちになるけど。


「だがなぁ、迷宮の街から聖都に助けを求めに何人か旅立った奴は、誰も戻ってこなかったぞ?」

「え? 戻ってこなかったんですか?」 

 土の勇者ヴォルフさんが渋い顔をして言う言葉に、俺は驚いた。

 というか、助けを求めにいっていたのか。

 そりゃそうか。


「そうなの……まあ、月の国の王都が安全って話も流れの商人から聞いた噂話に過ぎないんだけど……」

「商人っているんですか?」

 商売なんてやっていけるんだろうか。


「いるわよ。私たちみたいに、迷宮に住居を作ったり地下に街を作ったりして隠れ住んでるところを点々と移動してるの」

「なんで、マコトくんは、何も知らないの?」

 不思議そうな顔で質問された。


「あ」

 やべ、千年前の常識が無いことが露呈してしまった。 


古竜われらを一撃で倒すようなやつがコソコソ隠れたりすると思うか?」

「「「「「あ~」」」」」

 白竜さんの言葉に、みんなが納得したように頷いた。

 そーいうわけではないのだが……。

 まあ、都合よく解釈してくれたから誤解は解かないでおこう。


 話が脱線した。

 決めるべきは、今後の方針だ。


「ジョニィさん、30日後に魔王退治でいいんですよね?」

「うむ……。魔王と戦うのは決定なんだな。仕方ない、協力しよう」

「では、その間月の国に行って聖剣を探してきますね。白竜さん、場所わかります?」

「大体の場所はわかる。仕方ない、運んでやろう」

 白竜さんが了承してくれた。


「じゃあ、お願いしますね」

 よし、次の目的地が決まった。



 目指すは、滅びる前の月の国ラフィロイグの王都コルネット。 


 

 伝説によれば――のちに『厄災の魔女』と呼ばれる者が治める魔都である。

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