241話 高月マコトは、〇〇〇と出会う
「僕が……アベルです」
ノエル王女にそっくりなその女性は、気まずそうに告げた。
「アベルさんは女の人……だったんですか?」
俺は呆然と呟いた。
「いえ……それは」
アベルが何か言いかけた時。
――そなた『天翼族』の血を引いているな
俺たちの会話に割り込んできたのは、白竜さんだった。
というか、知らない単語が出てきた。
天翼族?
「
ーーおまえ……メルさんというのは私のことか……。まあいい。我々は敗北したのだから、好きに呼べ。『天翼族』は天界の神に仕える種族の一つだ
「天界に仕える種族……」
へぇ……、初めて知った。
だが勇者アベルが天翼族、というのは本当だろうか。
そんな話は、聞いたことが無いし、絵本にも載っていなかった。
俺は彼女のほうを見た。
――ばさり、と勇者アベル(女)の背中から白い美しい翼が現れた
「おお!」
天使だ。
天使がいる。
「白竜様の言う通り、僕は『天翼族』の血を引いています。そして、それが僕の『性別』と関係あるんです」
アベルの言葉を補足するように、白竜さんが続けた。
――天翼族は、女だけの種族だ。だが、先ほどまでの勇者くんは人族の男だった。つまり、君は『
「はい。僕は男性の姿でいる時は、勇者アベルを名乗っています。この名前は人族である父に付けられました。ですが不定期に『天翼族』の血が強くなる時期があって、その時の僕は女性の姿になります。今の僕には天翼族の母がつけてくれた『
「アンナっ!?」
今日、何度目かになる衝撃を受けた。
(勇者アベルと……聖女アンナは同一人物、だった……?)
そんなことがあるのか?
伝説では、勇者アベルと聖女アンナは幼馴染で恋人同士だったと伝えられている。
書物で、絵画で、教会で教わる物語で、そのように描かれ、述べられている。
だけど、目の前のアベル本人が言っているのだ。
これ以上の証拠はない。
本当のことなんだろう。
「マコトさんが、そんなに驚くなんて珍しいですね……。隠していたことは、申し訳なく思っています。このことを知っていたのは、亡くなった両親を除けば、僕の師匠だけでした」
――神の使いである天翼族は、本来『浮遊大陸』にしか住んでいないはずだ。そして、魔族たちは神の召使である天翼族を忌み嫌っている。今の地上で天翼族であることがバレれば、間違いなく命を狙われるであろうな。
「はい……その通りです。僕は天翼族であることを隠すしかなかった……母と同じように」
アベルは悲し気に目を伏せた。
俺は勇者アベルと
初めて聞くことばかりだ。
天翼族の話。
勇者アベルの両親のこと。
そして、聖女アンナについて。
(だけど、一つはっきりしたことがある)
・光の勇者アベル
・聖女アンナ
・大賢者様
・ジョニィさん
・聖竜ヘルエムメルク
伝説のパーティーが揃った!
よかった……、俺は成し遂げましたよ、ノア様、アルテナ様……。
俺が、じーんと感傷に浸っていると、トントンと肩を叩かれた。
「あの……マコトさん?」
おっといかん、一人の世界に入っていた。
「状況は、理解しました。じゃあ、大魔王はいつ倒しに行きますか?」
「はぁっ!?」
――はぁっ!?
俺の言葉に、勇者アベルと白竜さんがポカーンとした顔になった。
竜でもそんな顔するんだな。
「マコトさん、いきなり何を言ってるんですか!?」
――そなた、気が狂ったか!?
狂人扱いされた。
いかん、浮かれてた。
いくら伝説のパーティーが揃ったとはいえ、いきなり大魔王を倒すは順序がおかしい。
「そうですね、まずは魔王ビフロンスからですね」
「いや、あの……そんな簡単に」
――おぬし、『不死の王』は、九魔王の中でも上位の魔王だぞ……。
まずは魔王から倒そう、という俺の提案にも二人からは怪訝な顔をされただけだった。
なんでだよ。
「……んー、なんかうるさいです……」
アベルと
のそのそとベッドから這ってくる。
「師匠ー、アベル様は起き……誰ですか!? この女は!」
「あー、モモちゃん。僕は……」
「モモちゃん!? この人初対面なのに馴れ馴れしいです!」
「いえ、僕は初対面では無……」
――ところで、精霊使い殿。私は君たちの名前すら知らない。教えてもらえないか。
一気に、騒がしくなった。
そして
たしかに、ちゃんと自己紹介をしてなかった。
俺は混乱しているモモをなだめ、白竜さんが手伝ってくれること、アベルの身体のことを説明した。
そしてそれぞれが自己紹介をした。
◇
――ふむ……精霊使いのマコト。勇者アベル。半吸血鬼の娘がモモか。よろしく頼む
といっても、向こうが巨体過ぎて自然と見下ろす形になるだけだが。
「よろしくお願いします、白竜様……」
「……よ、よろしくお願いします、ヘルエムメルク様」
勇者アベルと、モモはまだ少し
おっと、仲間といえばもう一人大事な子がいた。
「ディーア」
「はい、我が王」
何もない所から、「しゅるん」と
「見張りありがとう。おかげで休めたよ」
「お役に立てて光栄です」
「
「はぁ……」
ディーアは俺に向けていた笑顔から一変、興味なさげな顔に変わった。
「我が王の配下に加わることを光栄に思いなさい、トカ……」
「おい」
俺は
「わ、我が王?」
「ディーアくん?
「は、はい……申し訳ありません……」
「すいません、
――う、うむ。気にしておらぬ。あと好意ではなく脅さ……
よかった!
流石は伝説の聖竜様。
心が広い。
「改めまして白竜。私は、我が王からディーアの名を賜った
今度の
――我は古竜ヘルエムメルクだ。ところで、そこの
「ディーア!」
白竜さんが何か言おうとしたのを察し、慌てて水の大精霊へ命じる。
一瞬で、最深層が霧に包まれる。
ただの霧ではなく、精霊の
こいつを使っていつでも魔法を発動できる。
「ひぃっ!」
という古竜の悲鳴が聞こえた。
あれは、赤竜くんかな?
――い、一体どうしたのだ、マコト?
白竜さんが戸惑った声を上げた。
「XXXX、XXXXXXXXXXXXXXXX(メルさん、精霊語はわかりますか?)」
「XXXXXXXX(一応わかる)」
よかった。
流石は、一万年以上生きている古竜だ。
なんでも知ってる。
「XXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXX、XXXXX?(俺が
「XXXXXXXXXXXXXXXX(わ、わかった)」
ふぅ、危ない危ない。
口止めしてなかった。
「マコトさん?」
「師匠、どうかしましたか?」
アベルとモモが不思議そうな顔をしている。
「いや、何でもないんだ。気にしないで、アベルさん、モモ」
俺は『明鏡止水』スキルで平静を装った。
俺の言葉に、勇者アベルが一歩前に出て俺の手を摑んだ。
「あの……マコトさん……」
「な、何か?」
う、疑われてる?
魔王カインと同じ神様を信仰していることが、バレた?
いや、大丈夫のはずだ。
証拠は何もない。
『
「あの……今のこの姿の時は『アンナ』と呼んでいただけませんか?」
モジモジとしながら彼女は言った。
俺は拍子抜けした。
(なんだ……そんなことか)
よかった。
俺の信仰している神様がバレたわけじゃなかった。
「ではアンナさん、これからもよろしくお願いしますね」
「……は、はい」
俺は聖女アンナと握手をした。
なぜか、少し頬を赤らめて彼女は微笑んだ。
まだ体調悪いのかな?
「師匠~」
「どした? モモ」
「別に~」
ぷくーとほおを膨らませている大賢者様がいた。
お腹でも空いたのかな?
あとで血を飲ませておこうか。
「さて、じゃあそろそろ中層に戻りましょうか。
俺がそういうと、白竜は不思議そうに首を傾げた。
――私も一緒に行こう。そのほうが都合がいいだろう。
「え? いいんですか?」
それは助かる。
でも、大丈夫だろうか。
「
「それならば、私も一緒に!」
「我々はどうすればよいのですか!」
案の定、古竜たちが騒ぎ始めた。
――私が、久しぶりに地上に出たいだけだ。お前たちはここに残れ。大迷宮の最深層は安全だ。同行したいのであれば、マコトに言え。ただ……、先ほどの
「「「…………」」」
古竜たちが一様に押し黙る。
ついでに、アンナも何とも言えない顔をしている。
一緒に、凍っちゃったからなぁ。
白竜さんが、こちらに真剣な目を向けて言った。
――一つ問おう、マコト。そなたの目的は魔族の神イヴリースの打倒。間違いないな?
「ああ、間違いない」
俺の言葉に、古竜たちやアンナ、モモまでが動揺する。
にしても、こっちの時代じゃ大魔王って呼び名じゃないんだな。
ちょくちょく、歴史で習ったことと違いがあって混乱する。
だが、目標はゆるぎない。
光の勇者アベルと一緒に、
――魔王ではなく、その上位存在を倒す……か。普段ならば、狂人の戯言と相手にせぬのだが……
「できるはずが無い! 竜王アシュタロト様ですら彼の存在には敵わなかったのだ!」
「魔族の神を人族が倒せるはずがない!」
「イヴリースの恐ろしさを知らぬ、愚かな人族が……」
古竜たちは、大魔王を倒すという言葉が信じられないらしい。
「できるよ」
俺がまっすぐ彼らの目を見て告げると、古竜たちは押し黙った。
ま、千年前の時代では仕方がないのだろう。
だけど、未来から来た俺にとって
心配しなくても大丈夫。
なんせ、伝説のメンバーは全員無事だったのだ。
あとは、歴史通りに事を進めればいい。
ここまで
「トカゲ共……まだ我が王の力をわかっていないようですね」
「「「「…………」」」」
ズズズ……、と最深層に重苦しい空気が満ちる。
おい、すぐ
――あまり、私の
「やめろ、ディーア」
「……はーい」
白竜さんと俺の言葉に、ディーアがすぐに
「じゃ、一緒に行くのは
俺は往路の長い迷宮の道のりを思い出しながら言った。
――心配いらぬ、私が
おお! そんなことができるのか。
やったぜ。
俺はアンナとモモのほうを振り返り……気付いた。
「アンナさん、その姿のままで大丈夫ですか?」
「……できれば人族の姿に戻りたいのですが、まだ体調が本調子じゃなくて」
聖女アンナが、困った顔で答えた。
そこに白竜さんが助け舟を出してくれた。
――そこにある『生命の泉』の水を飲めば、回復するだろう
「へぇ……」
確かに白竜さんの隣の泉からは、強力な魔力が溢れ出ている。
アンナは、泉に近づきその水を口に入れた。
するとアンナの身体を光が包んだ。
「わっ、身体が回復した……」
振り返ったアンナから、先ほどまで見てとれた疲れが無くなっていた。
そして、
どうやら『生命の泉』の水は、回復薬のような効果があるらしい。
俺も泉に近づき、水を手ですくい飲んでみた。
次の瞬間、身体からカーっと熱くなった。
みるみる身体中に
す、凄い……。
もしかして、この泉の水って
「わー、私も飲んでみたいです!」
モモがパタパタ走ってくる。
モモが生命の泉に近づく。
ん?
俺は何とも言えない違和感を感じた。
その時、ふわりと空中に文字が浮かんだ。
『モモが生命の泉を飲んでもいいですか?』
はい
いいえ
こ、これは!?
「モモ! 止まれ!」
――待て! チビっ子吸血鬼!
「へ?」
俺と白竜さんが同時に怒鳴った。
モモがピタっと足を止める。
「それは飲んじゃ駄目だ!」
――生命の泉の水は、
「ひ、ひぇっ!」
モモが慌てて戻ってきて、俺にしがみ付いてきた。
あ、あぶねぇ……。
そうだよな……、
「ほら、モモは俺の血を飲みなさい」
「は、はい……」
俺はモモに腕を差し出して、少し血を与えた。
たはー、と大きく息を吐いた。
ほんと、今日は色々あって疲れた。
ゆっくり休みたい。
あと、血が足りないから肉が喰いたい。
「じゃあ、中層の地底湖へ戻りましょうか」
「あ、でもマコトさん……」
「よろしく、白竜さん」
――うむ、任せろ。
そう言うと、白竜さんと俺たちの足元に魔法陣が現れた。
「大母竜様!」
「どうか、お元気で!」
古竜たちが、名残惜しそうに手を振っている。
竜たちが手を振る姿が、なんかシュールだ。
――しばらく留守にするぞ。おまえたち。
白竜さんが、重々しく告げた。
そして、俺たちは光に包まれた。
◇
次の瞬間、景色が切り替わる。
最初に気付いたのは、轟轟という水の落ちる音だった。
「わっ!」
「きゃぁ!」
「おっと」
勇者アベルとモモが、水面の上に立てていなかったので二人の手を摑んで『水面歩行』の魔法をかけた。
周りを見回すと、間違いなく中層の地底湖だ。
おー、やっぱり
さて、じゃあ
俺の思考を遮るように、誰かの悲鳴が響いた。
「
「あ、あれは大迷宮の主じゃないのか……!」
「に、逃げろぉおおおおお!!!」
「助けてぇー!!!」
見張りをしていたであろう中層にいた住人たちが、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
――なあ、マコト。これ、大丈夫か?
…………やべ。
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