閑話 ルーシーは、大迷宮を再探索する

◇ルーシーの視点◇


 ――私とアヤは、大迷宮ラビュリントス・上層に来ている。


「懐かしいわね、アヤ」

 私は大迷宮ラビュリントスの上層を歩きながら、隣の親友に話しかけた。

 が、アヤはきょろきょろと迷宮内を見回し、首を傾げている。


「私はあんまり上層には来てなかったから、この辺は見覚えないかも」 

「そっか。アヤが詳しいのは中層だもんね」

 アヤはこっちの世界に転生して、大迷宮ラビュリントスで生まれたラミア族。

 だけど、上層は人間の冒険者が多くて魔物にとっては危険だから詳しくないんだった。


「でも、この辺の魔物なら私とアヤなら余裕でしょ?」

「そうだね、ちゃっちゃと行こうー!」

 おー! とかけ声を上げ大迷宮を進む。


 地図や探索用の魔道具アイテムは、藤原商会でニナさんに準備してもらった。

 勿論、お金は支払っている。

 けど、かなり割引してくれる。


 あの人、貴族になったのに未だに世話を焼いてくれるのよねー。

 ありがたいことだ。

 私たちは、上層をのんびり散策した。


「やあ、お二人さん。女の子二人で冒険か? あんまり奥には行くなよ。今日は魔物が多い」

「この先にミノタウロスが居たわ。迂回したほうがいいわよ?」

 上層には、他の冒険者の姿も多い。

 女二人の冒険者は珍しいらしく、興味を持たれてかよく声をかけられる。


「忠告、ありがとうー」

「気を付けますね」

 私とアヤは、素直に御礼を言う。

 みんながこんな気さくな冒険者ならいいんだけど……。


「おいおい、女二人だけで冒険とか迷宮ダンジョンを舐めてるだろ?」

「なぁ、あんたら。俺たちが同行してやるよ」

「別に謝礼を要求したりしねえよ? 熟練ベテラン冒険者なら後輩の面倒みるのは当然だからなぁ」

 いかにも柄の悪い冒険者(全員男)グループがこちらに近づいて来た。

 私とアヤは、顔を見合わせた。


(はぁ……)

 さっき冒険者ギルドでも似たような輩に絡まれたのよね。

 私とアヤが、初心者の冒険者に見えるらしい。

 男の一人が、ニヤニヤしながらアヤの手を掴もうとして……。




 ――お兄さん? 触らないで貰えるかな?




 アヤの『威圧』スキルが発動した。

 冒険者ギルドで絡んできた連中は、これだけで腰を抜かしたが、今回の連中は多少肝が据わってるらしい。

 なんとか踏みとどまっている。

 身体は震えているが。


「て、てめぇ! 何だよ!」

「お、俺たちは善意でだな!」

「お前らみたいな、弱い冒険者を手伝ってやろうと……」

 嘘つけ。

 絶対、下心があるでしょ。

 私は、ため息をつきながら杖に魔力マナを込めた。




 ――火魔法・不死鳥フェニックス



 

 私の頭上に、巨大な炎の鳥が出現する。

 轟轟と燃え盛る不死鳥フェニックスは、ドラゴンほどの大きさがあった。

 それを見て、絡んできた連中の顔が引きつった。


「私、王級スキル持ちの魔法使いなんだけど、あなたたちは?」

「なっ!?」

「お、王級……だと」

「な、なんだよ、それならそうと早く言ってくれよ!」

「あばよ!」

 男たちは、足をもつれさせながら走り去っていった。 

 私は、不死鳥フェニックスの魔法を中断した。


大迷宮ラビュリントスの冒険者は相変わらずねぇ……」

 昔、マコトと二人で来た時のことを思い出した。

 沢山の冒険者が集まっているので、色んな連中が居る。

 前もあんな感じの連中に絡まれたっけ?


「るーちゃん、るーちゃん、皆がこっち見てる」

「え?」

 柄の悪い冒険者に絡まれる私たちを助けようと思ったのか、何人かの冒険者がこっちを見ていて、その後の顛末に口を大きく開けてポカンとしている。


「さっさと奥に行こっか……」

「そ、そうだね……」

 私とアヤは、急ぎ足で大迷宮の中層へ向かった。




 ◇




「今日はここで野営キャンプにするけどいい?」

「うん、いいよ!」

 私たちは、大迷宮ラビュリントスの中層に到達した。

 ちなみに、アヤの古巣である地底湖は通らないコース。

 地底湖のほうは、家族のことを思い出してしまい悲しくなるからアヤが嫌がった。

 私もそれがいいと思う。

 辛い思い出は……無理に思い出さないほうがいい。


 いま私たちが居るのは、通称『緑の洞窟』と呼ばれる植物に覆われた迷宮。

 その中を慎重に進んで、魔物が居ないエリアを見つけたので、今日はここで一泊することにした。


「私は料理を作るね、るーちゃん」

「ありがとう、アヤ。私はテントを張ったあと、魔物除けの結界魔法を使っておくわ」

「テントにも魔物除けの魔法がかかってるんじゃなかったっけ?」

「念のためよ。安全第一でしょ」

「はーい。慎重なのは高月くんみたいだね。るーちゃん」

「あいつは安全第一に見せかけて、面白そうな場所には無計画に突っ込んでいくわよ?」

「……確かにそうかも」


 私たちは顔を見合わせて、苦笑する。

 雑談しながら、野営キャンプの準備をした。

 ちなみに、テントには『防護魔法』と『認識阻害』、『魔物除け』の魔法がかかっている。

 これも藤原商会が手配してくれた一級品だ。


 野営キャンプの準備が終わるころ、アヤの手料理が完成した。

 ウサギ肉と根菜が入ったシチューだった。

 それにパンを浸して食べる。

 美味しい……。 

 ささっと作るのになんでこんな美味しいのかしら?

 結界魔法のおかげで、魔物が襲ってくる心配は少ないので安心してご飯を食べる事ができた。 


「るーちゃん、これ飲む?」

「いや、さすがに冒険中はやめておくわ……」

 葡萄酒ワインを取り出したアヤに、私は遠慮した。

 アヤは緊張感が無いのか、大物なのか……。

 流石は火の国グレイトキースの国家認定勇者ね。


「ところで、るーちゃん」

「なに?」

「るーちゃんの服装は、胸元が開き過ぎじゃないかなぁ? だから今日みたいに変な人が寄ってくるんだよ」

「そうかしら?」

「そーだよ。高月くんが居ないんだから、そんな恰好しなくていいじゃない」

「ちょっと、待ちなさい、アヤ。別に私はマコトに会う前からこの服装よ」

 マコトの気を引くための服じゃないから。

 いや、まあ……ちょっとはそれも狙ってたけど。


「アヤこそ冒険者なのに、なんでそんなヒラヒラした服装なのよ。ちゃんとした冒険者の装備にしなさいよ」

「えぇ~、冒険者の服装って可愛くないんだよねぇ」

「可愛さは要らないから。動きづらいでしょ?」

「別に動きづらくないよ?」

「むぅ」 

 そうなのだ。

 アヤは、カフェの店員さんのようなヒラヒラした格好をしているのに、魔物と戦う時には格闘技の達人のような動きをする。

 ズルいのよねー。


「るーちゃんのスカートってミニ過ぎない? これこそ冒険者じゃないよ」

「ちょっと、アヤ? スカートめくるのはやめなさい」

「別にいいじゃんー、誰も見てないし」

「そーいう問題じゃないの。だったら、こっちもアヤのスカートを……タイツはズルいわね」

「キックをしても下着が見えないもんねー」

「だからってスカートで、蹴りはどうかと思うの」

 ワイワイ言いながら、私たちは食後をまったり過ごした。

 別に急ぎの冒険ではない。

 今日は、このまま休もうということになった。


 雑談を終え、私たちはテントの中で眠りについた。

 テント内のランプの光を小さくする。

 

「るーちゃん、一緒に寝よう」

「はいはい」

 アヤが私に抱きついてくる。 

 ここ最近は、ずっとこんな感じだ。 


「ふふ、るーちゃん、温かい~」

「よしよし」

 私は妹をあやすような感じで、アヤの頭を撫でる。

 しばらく、そうしていたのだが……。


「アヤ……、何やってるの?」

 おかしな感触に気付いた。


「るーちゃん、また大きくなった?」

 アヤが私の胸を触っている。


「あのねぇ……」

 このセクハラも毎日だ。


「だいたい大きくなったならそれはアヤが毎日揉んでくる所為でしょ。ほら、アヤのを私が大きくしてあげる」

「ちょ、るーちゃん。ストップ、ストップ」

「あら? アヤの胸はどこかしら? ここかなー?」

「……るーちゃん~、どーいう意味かなぁ?」

「アヤ、目が怖い怖い」

 しばらくじゃれ合っていたが、そのうち眠りについた。




 ――数時間後


 

 私はパチっと目を覚ました。

 隣からアヤの寝息が聞こえる。

 アヤを起こさないように、ゆっくり起き上る。

 そして、テントから出ようとした時。


「……るーちゃん、また修行?」

 後ろから声が聞こえた。


「ごめん、アヤ。起こしちゃった?」

「んーん、いいよ。でも、あんまり無理しちゃダメだよ?」

「うん、わかってる」

「冒険中くらい、ゆっくり休憩を取った方がいいよ?」

「……うん。でも、千年前に行ったマコトはきっともっと頑張ってるから」

「……そっか」


 仕方ないなぁ、という顔でアヤに苦笑された。

 私も笑みで返す。

 音立てないようにテントから外に出た。

 そして、結界の範囲内で杖を構える。


 杖に僅かな魔力マナを集めた。

 沢山の《マナ》を集めすぎると、魔物に気付かれるかもしれないからほんの少しだけ。

 火属性の《マナ》を、杖に集める。


「ふぅ……」

 小さく息を吐き、私は辺りを見回した。

 ぽわん、と小さな赤い光が漂っている。


「火の精霊……」

 視えた。

 やっと私にも視えるようになった。

 マコトに教わった通り、毎日火魔法の熟練度を上げ続けた。

 その成果が、やっと実った。


 でも、火の精霊は好き勝手飛び回って私の所には来てくれない。


「XXXXXXXXXXX(ねぇ、私に力を貸して……)」 

 精霊語で話しかけても、こっちを向いてくれない。


(まだまだ、修行が足りない、のかなぁ……)

 マコトみたいになるには、程遠い。


(もっと頑張らなきゃ……)


 私はいつもマコトに頼ってばかりだった。

 マコトは、千年前の暗黒時代で頑張っている。

 私は待ってるだけ。


 だから、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと…………



「るーちゃん~、頑張り過ぎは、身体に毒だよ」

「え?」

 ぽすっと、私の背中にわずかに重みがかかった。

 アヤが後ろから抱きついていた。

 

「アヤ」

「蜂蜜入りのホットミルク、作ったよ。休憩しよ?」

「でも……」

 もっと修行しなきゃ。

 マコトなら、きっと休憩なんて。


「いいから~、るーちゃんは高月くんと違うんだからー。休憩しなきゃいけません」

 無理やり休まされた。

 小さなテーブルに二つのマグカップと、湯気の出ているホットミルクが注がれている。

 それを一口すすった。

 ほのかに甘い。

 心が落ち着く。 


「あー、るーちゃん。肩も凝ってるー。駄目だよー、身体を労わらなきゃ」

「ちょ、アヤ……あぅ」

 アヤが私の身体をマッサージしてきた。

 う、上手いわね……。


「マコトにもしてたの?」

 私が聞くと、アヤは微妙な表情をした。


「マッサージ? やってあげたかったんだけど、意味なかったんだよねー」

「何で?」

 こんなに上手なのに。


「高月くんって、何時間修行しても肩は凝らないし、しかも疲れないんだってさ」

「……どーいうこと?」

「修行は楽しいから疲れないだろ? だから肩も凝らないし、マッサージは要らないって」

 アヤが、マコトの口真似をして言った。


「何なのよ、あいつは……」

 その理屈はおかしい。

 修行は楽しいから、疲れないって……。

 そんなの、私には無理だ。


「るーちゃん」

 アヤが私に抱きついてきた。

 ちょっ、カップに入ってるホットミルクがこぼれるって!


「あ、アヤ……なによ」

「ちゃんと休みなさい! いいね!」

「う、うん……」

 私は大人しく頷いた。

 なんだか、アヤのほうが姉さんみたい。

 その日は、アヤに強引に休まされた。

 おかげで、翌日の冒険はいつもより集中することができた。

 

 ……やっぱりマコトみたいには、いかないなぁ。

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