236話 高月マコトは、ジョニィと語る

「急いで、迷宮ダンジョンの奥に移動しろー」

「元気なやつは、怪我人に手を貸すんだぞ!」

「待て! 中層の安全地帯の確保は終わっているのか!?」

「地底湖付近の大きな洞窟に、結界を張り終えた。一時的な避難先としては十分だろ」

「あの辺は、蛇女ラミア蜘蛛女アラクネの縄張りじゃなかったか……?」

「結界を信じろ! 問題ない。……多分」

「おい」

 現在、迷宮の街の住人は引っ越しの最中だ。

 

 理由は、迷宮の街の存在が魔王カインにバレたため。

 魔王軍の追手が入らないうちに、迷宮上層の住処は引き払うそうだ。

 勿体ないなぁ……。


「モモ、俺たちも行くか」

「は、はい」

 俺とモモは所持品が少なく、ほぼ手ぶらだ。

 なので、荷物運びを手伝おうとしたが「あなたはジョニィ様と一緒に魔王を撃退してお疲れでしょう! そんな雑用はさせられません!」と拒否られた。

 あと、モモは子供という理由で荷物運びは免除。


 俺とモモが迷宮の奥に進んでも、魔物は殆ど現れなかった。

 迷宮の街の魔法使いが、道に結界を張ってくれたらしい。

 魔物にすればいい迷惑だろうが、俺たちにとっては助かる。

 俺たちは安全に中層の、地底湖近くに辿り着いた。



 轟轟と巨大な滝の水が、地底湖に絶えず降り注いでいる。

 天井には小さな割れ目があり、光が差し込んで幻想的な光景を演出している。

 懐かしい……。

 さーさんと再会したのはこの辺りだ。

 もっとも、さーさんと出会うのは今から千年後であるが。


「マコト様、どうされました?」 

 俺が感傷に浸っていると、大賢者様モモに話しかけられた。


「なんでもない。アベルさんたちと合流しようか」

 勇者たちは、率先して街の移住を手伝っている。

 そのため、別行動だ。

 あの人たちも、怪我してたはずだけど……タフだな。

 俺たちだけがのんびりしているのが、申し訳ない。


 土の勇者ヴォルフさんや、勇者アベルが重そうな荷物を運んでいる。

 まだ、時間がかかりそうだな……。

 その時だった。


「あの~、マコト様?」

「今、お時間ありますか?」

 知らない女の子たちに話しかけられた。


 一人は黒髪のエルフ。

 もう一人は、金髪の猫耳の獣人だった。

 どちらも美人な女の子だ。

 

「なんでしょう?」

 俺が返事をすると、二人の女の子がすすっと近づいてきて、俺の手を引っ張った。


「族長がお話をしたいと」

「マコト様、ご案内します」

「族長さんですか? わかりました」

 族長は、ジョニィさんのことだろう。

 彼は重要人物だ。

 俺もゆっくり話をしてみたかった。  


「あの……」

 モモが俺の後ろから背中の服を掴んでいる。


「モモも一緒に行こう。いいですよね?」

「「……はい」」

 俺の言葉に、女の子たちは少し迷うように目を見合わせた。

 が、反対はされなかった。

 なんだろう?


 大きな洞窟の奥のほうに案内された。

 魔法で造られたのか、人の居住スペースができかけている。

 俺は歩きながら、黒髪のエルフの顔を『RPGプレイヤー』の視点切替スキルで観察した。

 

(……似てる)


 黒髪のエルフの子の顔が、ルーシーと少し似ていた。

 と言っても、仲の良いエルフはルーシーしか知らない。

 エルフ族は、美人が多いから似てると感じるだけかもしれない。

 そんなことを考えるうちに、最奥の大きな石造りの部屋に辿り着いた。


「族長」

「マコト様をお連れしました」

「入ってくれ」

 扉の向こうから、ジョニィさんらしき人の声がした。


「え?」

 部屋に入るとジョニィさんが、椅子に座っていた。

 上半身裸で。


 けど、それはいい。

 問題は、その後ろ。

 大きなベッドで寝ているのは――――裸の女の人だった。

 

 隣を見ると、モモもポカンとしている。

 いかん、モモを連れてくるべきじゃなかったかも……。


「よく来てくれた、座ってくれ」

「は、はぁ……」

「失礼します……」

 俺とモモは、ジョニィさんのテーブルを挟んで正面に座った。

 すぐに、目の前に食べ物と酒が運ばれた。

 運んできてくれたのは、案内をしてくれた黒髪のエルフと金髪の猫耳の女の子だ。


「食ってくれ、ささやかだが助けて貰った礼だ」

「いえ、俺もジョニィさんが居なければ、殺されてましたし……」

「マコトはここの街の住人じゃない。なのに命を懸けて戦ってくれた。族長として感謝を伝えたい」

「はぁ……」

 ジョニィさん的には、街のために戦ってくれた恩人ということになったらしい。

 俺は『神託』で光の勇者を守らないといけなかったわけだが、これは結果的に良かったのだろう。


「魔王カイン……『勇者殺し』の魔王。立ち会ってみてわかったが、あれほど理不尽な存在だったとはな……」

 ジョニィさんが、端整な表情を僅かに陰らせた。


「いや、ほんとに反則なやつでしたね」

 もっともその原因は女神ノア様の造った神器の所為であるが。

 ノア様、前任にばっかりあんな良い武器ズルいっすよ。


「しかし、マコトの立ち回りは本当に見事だった。よく冷静に対処をできたものだ」

「はぁ、光栄です」

 ジョニィさんが、えらく褒めてくれるのが心苦しい。

 俺の場合は魔王の装備や、注意点を事前にノア様に教えてもらっていたからカンニングのようなものだ。


 事前情報の無い、初見だとまず対処できなかったと思う。

 魔王カインは、アレだな。

 初見殺しの魔王だ。

 その時だった。


「あら、ジョニィ様。そちらのかたも私たちの家族に?」

「可愛らしい顔なのにお強いのですね、勇者様」

 ベッドの上にいた裸の美女たち、に声をかけられた。


 二人もいたよ……。

 そして……少しは身体を隠してください。


 ちらっとモモを見ると、赤い顔で顔を伏せている。

 恥ずかしそうだ。

 すまん、モモ。


「客人の前だ、服を着ろ」

「「はーい」」

 ジョニィさんが注意してくれた。

 

 俺は邪念を払うように、グラスに入っている葡萄酒ワインを飲み干した。

 濃い……。 

 少しむせた。


「はい、どうぞ。マコト様」

 黒髪のエルフが、すぐにグラスに葡萄酒ワインを注いでくれた。

 注ぎながら、彼女の身体が密着する。

 そちらに目を向けると、ニッコリ微笑まれた。

 おいおい、そんなことすると童貞おとこを勘違いさせちゃいますよ……?


「マコト。その子は俺の娘なのだが、君の戦う姿に一目惚れしたらしい。もし、気に入れば貰ってやってくれないか?」

「え?」

「えええええええっ!?」

 俺とモモが、素っ頓狂な声を上げた。


「マコト様……」

 エルフの女の子に、うっとりとした視線を向けられた。


 この子が、ジョニィさんの娘さん……?

 って、ことは……ルーシーの親戚ってことか!?

 似てるはずだわ!


「ズルいです、族長パパ! 私もマコト様がいいのに!」

 黒髪のエルフさんの反対側から、金髪の猫耳女子から抱きつかれた。


「ああ、この子もマコトが好きだそうだ。選ぶ必要はない、二人とも娶ってくれていい」

 こっちも、ジョニィさんの娘さんかよ!

 ルーシーから聞いた通り、本当に子沢山だな!?


「「マコト様……」」

 二人の可愛い女の子に迫られる。

 

「二人は優秀な魔法使いと戦士だ。役には立つと思う。それに見た目も悪くないだろう?」

 ジョニィさんは、自分の娘をぐいぐい推してくる。


「いや、そーいうのは本人の気持ちが……」

「私はマコト様を慕っています」

「私もマコト様に抱かれたい……」

「だそうだ」

 いやいやいや!

 さっき初めて会話したばっかりなんですけど!?


「常々、子供たちには言っている。こんな世の中じゃ、いつ死ぬかわからない。気になる相手ができれば、迷わず思いを告げろと、な」

「は、はぁ……なるほど」 

 この考え方は、ルーシーのお母さんであるロザリーさんっぽいかも。

 ジョニィさんから、代々受け継がれていたのか。

 とはいえ。


「ま、マコト様……?」

 モモが目を潤ませて、俺の裾を引っ張る。

 そんな顔しなくても、千年前で嫁を貰ったりしないから。

 しかも、相手がルーシーのおばあちゃん世代の親戚とか。

 色々と気まずくなってしまう。


「ジョニィさん、ありがたいことですが、そーいうのは遠慮しておきます」

「む、そうか……」

「えぇ~、そんな」

「マコト様! 私まだ諦めませんから!」

 ジョニィさんや娘さんたちが、残念そうな顔をした。


「だが、手を貸してもらった礼はしたい。何か他に欲しいものはないか?」

 ジョニィさんに聞かれた。

 この人、義理堅いんだな。

 俺は少し考えて、言葉を口にした。


「今度、俺が困った時に力を貸してくれませんか? ジョニィさんが」

「俺か……?」

 ジョニィさんが怪訝な顔をした。


「はい、ジョニィさんの力を貸してください」

「まぁ、構わないが……」

「はい、じゃあ困った時に相談しますね」

「ああ、わかった」

 ジョニィさんは、頷いてくれた。


 よし!

 ジョニィさんの言質もとった!

 、これで参戦してくれるはずだ。


「……今、俺は恐ろしい約束をしてしまったような気がする」

「気のせいですよ」

 もう、取り消しはさせませんよ?

 

 両脇からは、まだ黒髪のエルフさんたちが俺にしな垂れかかって来る。

 長居はやめておこう。

 俺は、挨拶をしてその部屋を去った。 




◇モモの視点◇




「マコト様! 」

「マコト様~、お話しましょう?」

 族長さんの娘さんたちや迷宮の街の女性が、マコトさんの所にやってくる。

 みんなマコト様に媚を売っている。


 あの恐ろしい魔王カインを撃退した英雄なのだ。 

 当然だろう。

 マコト様に迫る女の人たちは、みんな美人でスタイルも良い。


 うぅ……。

 このままじゃ、マコト様はあの中からどなたかと結ばれてしまって……。 

 そうすれば、私は邪魔者だ。

 マコト様は、私を邪険に扱ったりしないだろうけど、これまで通りに過ごせないことは私だってわかる。

 私は、ぐるぐると思考がまとまらない。

 うーん、うーんと悩んでいる時だった。


「モモ、どうした?」

 マコト様が、私を気遣うように顔を覗き込んできた。


 優しい表情に、優しい声。

 なのに、私を観察するかのような冷徹な瞳。

 どんな時でも、どんな敵に襲われた時でも揺るがない氷のような視線。

 その冷たい視線に晒されると、私は……ゾクゾクする。


(マコト様、好き……)


 ずっと傍に居たい。

 永遠にこの人と一緒に過ごしたい。

 離れたくない。

 でも、どうすれば?

 どうすれば、この人と一緒に居られる?


「あの……マコト様」

「うん、なに?」

「えっと……」

 何て言えばいい?


「恋人にして」とか?

 違う。

 駄目だ。

 そんなことを言っても「じゃあ、モモが大きくなったら」とか言われるのがオチだ。

 マコト様は、私を手のかかる子供くらいにしか思ってない。

 

「マコト様! 私を……私を、マコト様の弟子にしてください!」

「へ?」

 マコト様は、珍しく大きく口を開いて驚きの声を上げた。




◇高月マコトの視点◇



 

 大賢者様が、俺の弟子になりました。

 

 嘘やろ……?


「師匠! よろしくお願いします!」

「ああ……」

 大賢者様の顔でそんなこと言われても、戸惑いしかない。

 でも、今の大賢者様の戦闘能力は高くない。

 魔法の修行をするのは、悪くない、はずだ。

 

「じゃあ、一緒に魔法の熟練度上げをするか」

「わかりました! 私も師匠と同じように水魔法の修行をしますね」

「阿呆か! 七属性最弱の水魔法なんて最後だ、最後!」

「えぇー!」

 七属性全てを使いこなせる『賢者』スキル持ちが、何で水魔法から修行するんだよ。

 水魔法なんて、趣味枠だ。


「うぅ~、師匠とおそろいがいいのに……」

「俺は水魔法、太陽魔法、運命魔法を順番に修行するから。モモは、元々使えた火魔法、土魔法から鍛えるように」

「はーい」

 しぶしぶ納得してくれたようだ。


 攻撃魔法として優秀な火魔法。

 防御魔法として優秀な土魔法。

 この二つは、とりあえず鍛えて損はない。

 あとは……確か、大賢者様って空間転移テレポートが得意だったよな?

 でも、俺は使えないからまったく教えられない。


 だれか、運命魔法の達人とか居ないかな?

 なんで、俺が大賢者様の教育内容カリキュラムを考えているんだろう?

 おかしなことになったと思いつつ、俺はモモと一緒に修行を続けた。


 おかしなことと言えば、もう一つ。


 ここ数日、迷宮の街の女の人たちにモテている。

 結構、露骨に誘惑される。

 特によく来るのが、黒髪の美人エルフの女の子(ルーシー似)。


 でもなぁ……。

 相手は、ルーシーの親戚だぞ?

 エルフの里で会った、ルーシーの祖父のお姉ちゃんだ。

 年齢は14~15歳なので、俺より年下なわけだが。

 ジョニィさんの娘さんなので、そこまで邪険にするわけにもいかず、俺は曖昧に流していた。


 現在、俺は地底湖で魚を獲りながら、水魔法の修行をしている。

 隣では、大賢者様モモも魔法の修行中だ。

 難しい顔をして、小さな火弾ファイアボールを4つまで生成している。

 上達が早い。

 流石、『賢者』スキル持ち。


 少し離れた位置で、勇者アベルが見張りをしている。

 結界が張ってあり、他の勇者も見張りをしているので魔物は警戒して出てこない。

 つまり暇そうだ。


 よし、ここで時間を無駄にするのは勿体ない。


「モモ、こっちに来て」

「は、はい」

火弾ファイアボールは使ったままな?」

「うぐぅ……」

 魔法を中断しようとしたので、それを注意する。

 いついかなる時も、魔法は止めるのは許さん。 

 ちなみに、現在の俺は水魔法で生成した水の蝶を99羽。

 のちに大陸一の魔法使いになる大賢者様モモには、とっとと同じことができるようになってもらおう。


「アベルさん」

「マコトさん、どうしました?」

 俺が声をかけると、勇者アベルが笑顔で振り向いた。

 うむ、好感度は高いな!

 ……何を言ってるんだ、俺は。


「行きたいところがあるんですが、付き合ってもらえますか?」

「ええ、かまいませんが、どちらですか?」

「え、師匠。どこに行くんですか?」

 俺は答えた。


大迷宮ラビュリントスの最深層に行きましょう」

「「は?」」

 俺の声に、勇者アベルと大賢者様モモの間の抜けた声がハモッた。

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