235話 高月マコトは、魔王と戦う

 大迷宮の外には、血まみれの勇者、戦士たちが倒れている。

 まだ立っている戦士も、魔王カインの前に戦意を失っている者が殆どだ。

 魔王カインと向かい合っているのは、俺とジョニィさんのみ。


「名前は?」

「マコトです」

 ジョニィさんに聞かれ、短く答えた。


「ジョニィだ」

「はい」

 それは知ってる。


「……風の矢ウィンドアロー

 ジョニィさんが小さく言葉を発した瞬間、何百本もの風の矢が出現する。

 その魔法は、ジョニィさん本人ではなく周りから集まった魔力マナで構成されていた。

 風の精霊魔法だ。

 こっちも負けてはいられないな。


「XXXXXXXXX……XXX(水の大精霊ウンディーネ……頼むよ)」

「XXXXXXX(はい、我が王)」

 ……ズズズ、と魔王カインの周りに、数百の水龍が出現した。

 もっとも魔王は、それを意にも介していない様子であるが。

 俺は、水の大精霊ウンディーネの右手を掴み同調シンクロした。




 ――水魔法・深海


 


 魔王カインを取り囲むように、そして周りの皆を守るように大量の水の壁を生成する。

 そして、これが魔王カインに対抗するための唯一の方法でもある。


 ノア様は言っていた。

 魔王カインの鎧は、いかなる攻撃も魔法も通じない。

 そして、魔王カインの剣は全てを切り裂く。

 だから、魔王を直接攻撃しても無駄だ。


 取るべき手段は、奴の周り。

 地形や環境を、こちらに有利に作り変える。

 水魔法で造った水龍と巨大な水の壁により、さながらそこに海が現れたかのような様相になっている。

 ……ズズズ、と巨大な水塊が魔王を取り囲む。

 魔力マナの無駄遣いこの上ないが、水の大精霊ウンディーネが居れば全て解決する。

  

 遠目に、ポカンと大きく口を開けているアベルと大賢者様モモの姿が見えた。

 勇者アベルの怪我は大したことが無さそうだ。

 一安心。



「集え、火の精霊……」

 魔王カインが呟くと、両手剣が業火に包まれた。

 火の精霊使いか……。

 魔王カインは、ぶらりと剣先を揺らし、一瞬でこちらに突っ込んできた。



風の矢ウィンドアロー

「水魔法・水龍」

 ジョニィさんと俺の魔法が、魔王カインに激突する。

 が、魔法は全て鎧に防がれた。

 それでも、多少のスピードは落ちる。


「水魔法・氷結界」

 さらに幾重もの結界を張り続ける。

 魔王は、それを鬱陶しそうに払いのけた。

 うーん、まったく通用しないなぁ……。

 知ってたけど。


「水魔法・氷塊」

 ルーシーの隕石落としメテオのように、巨大な氷の塊を次々に魔王カインにぶつける。

 ダメージは入っていないが、多少の足止めにはなっている。


「木魔法・捕縛の蔦」

 ジョニイさんの放った木魔法が、魔王の身体を絡めとった。

 魔王が、それを斬り払う。


「土魔法・石の矢ストーンアロー

 さらに数百の石の矢が、魔王に降り注ぐ。

 多才だなぁ、あの人。


「水魔法・水牢」

 俺は魔王カインを閉じ込められないかと、牢魔法を使ったがすぐに両手剣に切り裂かれた。

 あの両手剣は、俺の短剣と同じ素材。

 となると、この世に斬れないモノは無い。

 やっかいだね、まったく。


「マコト、あいつに通じそうな攻撃手段はあるか?」

 風を纏い、宙に浮いているジョニイさんが俺に問うてきた。


「あいつには、どんな攻撃も通じません。この調子で距離をとって戦いましょう」

 俺が言うと、ジョニィさんが怪訝そうに顔をしかめた。


「だが、このままでは埒が明かない。何か手があるのかと思ったのだが……」

「これが最善なんです。こちらの攻撃は通じないし、近づいてはあの剣に斬られます」

「そうか……」

 ジョニィさんは、少しがっかりしたような表情をしたが、反論もしてこなかった。


 そうか、俺が堂々としてたから何か切り札があることを期待してくれてたのかもしれない。

 少し申し訳ない気持ちになりつつ、俺はノア様との会話を思い出した。




 ◇



「それで、光の勇者が仲間に居ない場合の、魔王カインの攻略方法はどうすればいいんです? ノア様」

「ふっふー、それはね」

 俺の質問に、ノア様は笑顔で答えた。


あの子カインに近づかずに、ひたすらしなさい。飽きっぽい子だから、倒せないって思ったら帰ると思うわ」

「……それ、攻略って言うんですかね?」

 想像以上のごり押し戦法だった。 


「あとは、寝込みを襲うとか? 寝てる時は、鎧を脱いでると思うし」

「……もう、いいっす」

 魔王カインとは出会わないことを祈ろう。


「なぁ、ノア。高月マコトに、魔王カインと同じ装備を与えることはできないのか?」

 太陽の女神アルテナ様が、ナイスなアイデアを出してくれた。

 おお! それはいいですね!


「んー、マコトに与えた短剣であの金属は使い切ったの。だから無理ねー。あと、マコトの筋力だと、どの道装備できないわよ?」

「あー……、確かにそうですね」

 短剣より重い物が持てない勇者。

 俺です。

 太陽の女神アルテナ様が、頭を抱えた。


「高月マコト、魔王カインとは出会わぬよう、くれぐれも注意してくれ……」

「は、はい……」

 太陽の女神アルテナ様が、これほどしつこく言ってくるとは、一体、どんな恐ろしいやつなんだろう?

 その時の俺は正直、興味が湧いていた。




 ◇




 そして、千年前げんざい


 俺とジョニィさんの放つ『聖級』『王級』の魔法が全く通じない魔法の鎧。

 万物を切り裂く神器の大剣。


反則チート野郎め……)


 お前が大魔王でいいんじゃないのか? とすら思う。

 大魔王イヴリースというのは、もっととんでもないやつなんだろうか?

 太陽の勇者アレクサンドルみたいな、滅茶苦茶なやつだったらどうしよう。

 あんなん、勝てんぞ。


 魔王カインは、猪のように真っすぐこちらに突っ込んでくる。

 どうせ、どんな攻撃にもダメージを負わないのだからそれが一番効率的なんだろう。


水の大精霊ウンディーネ!」

「風魔法・鎌鼬かまいたち!」

 俺が水の大精霊ウンディーネと同調して、巨大な氷結界で魔王を足止めした。

 そこにジョニィさんの、風の刃が降り注ぐ。

 結果、魔王の攻撃は中断させられた。

 

 魔王カインが、舌打ちをした。

 俺たちに攻撃が当らずイラついているようだ。

 そろそろ帰ってくれないかなぁ……。


「風の精霊……」


 魔王が小さく、呟いた。

 突風によって、砂塵が舞った。

 一瞬、魔王カインの姿が見えなくなる。

 せ、せこい技をっ!?


水の大精霊ウンディーネ!」

 俺は襲撃に備え、多重結界魔法を展開した。 

 が、魔王の狙いは俺ではなかった。


 黒い影となって、ジョニィさんに迫っていた。

 さっきまでより速い!?

 これが、本気の魔王か! 


「死ね、邪教徒」

 魔王カインがジョニィさんの真正面から、燃え盛る炎剣を振り下ろした。

 あれは、避けられない!?


 赤と黒の影が、交差した。


「え?」

 俺にはジョニィさんが真っ二つになる姿が脳裏に浮かんだが、結果は簡単に魔王の攻撃を受け流すエルフの剣士の姿だった。 

 あの神器の攻撃を、刀一本で捌いた?

 ジョニィさんは、とんでもない達人だった。


「危なかったな」

 事もなげに、刀を構えるジョニィさんが居た。

 凄いな……。

 刃で受ければ、間違いなく刀ごと斬られていたはずなのに。


 魔王カインもそれを感じたのだろう。

 攻撃対象を、こちらに切り替えてきた。

 俺に殺気が向く。


「水の精霊纏い」

 俺はノア様の短剣に水の精霊の魔力を纏わせた。

 それを横一線に振るう。


 ゴオオォ…! という音をたて、巨大な水の斬撃が魔王カインを巻き込んだ。

 が、神器の鎧には傷一つつかなかった。

 代わりに、短剣から放たれた斬撃が雲を割り、その間から太陽の光が差し込んだ。


 そして、猛スピードの魔王カインが迫る。


「ハハハハハハハハッ!!」

 俺と魔王カインとの距離は、数歩で剣が届く距離だ。

 これは、いかんな。




 ――精霊の右手




 俺が片腕を『精霊化』させようとした時……



「うわああああああっ!」

 魔王カインの後ろから、飛びかかる人物がいた。

 彼が振り下ろす剣は、輝いていた。

 あれは……勇者アベル?


 魔王カインは後ろからの攻撃に気付き、俺を攻撃するかどうか、一瞬迷う素振りを見せた。

 そして、先に勇者を討ち取ることにしたようだ。

 後ろに振り向き、勇者アベルの攻撃にカウンターで斬りかかかった。


(ま、マズい!)

 勇者アベルが殺される!?

 俺とジョニィさんは、勇者アベルを助けようと魔法を放ち……


「なっ!?」

「「「「「!?」」」」」 

 驚いた声は魔王カインのものだったが、それ以上に周りの衝撃のほうが大きかった。

 勇者アベルの剣が、魔王カインの兜を

 全ての攻撃が無効の鎧だぞ!?


 カラン、カランと黒い兜が地面を転がった。


 魔王の首からドクドクと血が溢れているが、次の瞬間には眩い光を放ち傷が消えた。

 ノア様の造った神器よろいは、使用者の傷を即座に癒す魔法がかかっているらしい。

 ズルくないですかねぇ……、ノア様。


 魔王の素顔は、浅黒い肌に紫の瞳。

 そして、恐ろしいほどの美貌を持った男だった。

 ただし、今はその端正な顔を憎々しげに歪めている。


「貴様……、ノア様から賜った神器を、よくも……」


風の矢ウィンドアロー

氷の槍アイスランス

 俺とジョニィさんの放った、千を超える魔法が魔王カインのに集中する。

 よっしゃ、弱点晒してるぞ、あいつ!


「ちぃっ!」

 不利を悟ったのか、魔王カインは黒い兜を拾い宙へ飛んだ。

 あぁ! 拾われたっ!?

 

「待っていろ! 次こそは、その魂をノア様に捧げてやる!」

 そう言って魔王カインは去っていった。


(乗り切ったか……)

 危なかった。

 何度か、死にそうになった。

 俺はその場に、へたり込んだ。


「XXXXXXX(あの、我が王……?)」

「XXXXXX、XXXXXXX。XXXXXXX、XXXXXXX(ああゴメン、水の大精霊。助かったよ、ありがとう)」

「XXX!(はい!)」

 水の大精霊は、嬉しそうな笑顔を見せ消えていった。


 なんか、初めて会った時と比べて随分感情豊かになったな。

 そもそも、千年後の水の大精霊と同じ個体かどうかも不明だけど。

 それに『我が王』の意味も未だにわかっていない。


 あとは、生成した大量の水の壁や水龍も処理しないとな……。

 俺が水魔法の残処理をしていると、誰かが近づいて来た。

 ジョニィさんかな? と思ったが、違った。


「ま、マコトさん……」

「アベルさん、さっきは助かりました」

 俺の近くにフラフラしながらやって来たのは、先ほど魔王カインを斬った勇者アベルだった。

 あれは、凄かった。


「……マコトさん、回復魔法をかけます」

「別に、どこも怪我をしていませんよ?」

「駄目です! もしものことがあったらっ!?」

 俺の言葉を無視して、回復魔法をかけられた。

 かすり傷くらいで、本当にどこも痛くないんだけどな……。

 それより、勇者アベルには聞いておきたいことがある。


「アベルさん、さっき魔王カインを『斬った』技、凄かったですね。魔法剣なんですか?」

 間違いなく、あれは『光の勇者』の技だ。


「それが、夢中だったので僕自身にも……。ただ、マコトさんが斬った雲の隙間から太陽の光が差し込んできて、その時僕に力が溢れてくるような気がしました……」

「へぇ……」

 そうか! 

 千年前は『暗闇の雲』が常に地上を覆っている。

 太陽の光は、遮られている。


(こんな簡単なことだったのか……)

 俺がほっとした顔を見せた時、勇者アベルの表情がくしゃりと崩れた。


「よかった……僕は、また魔王カインに目の前で恩人が殺されるのを見ていることしかできないと……、マコトさんが無事で本当によかった……」

 勇者アベルが、俺の肩を掴み声を震わせていた。

 顔は見えなかったが、泣いているのかもしれない。


「マコト様!」

「モモ」

 こちらに大賢者様モモが、走って来た。


「大丈夫でしたか!? どこかお怪我を!?」

「いや、アベルさんが念のためってことで回復魔法をかけてくれてるだけだよ。どこも怪我してないから」

「よかった……よかったです……」

 大賢者様モモが、俺の腰に手を回してぎゅっと抱きついてきた。

 心配をかけてしまった、な。反省。


 向こうではジョニィさんが、配下のエルフ族や獣人族の戦士たちに囲まれている。

 彼の仲間も、怪我をした人が多そうだったが、みんな無事だろうか?

 あ、ジョニィさんがこっち見た。


 ジョニィさんが「助かった、礼を言う」と言うのを『聞き耳』スキルが拾った。

 いや、それは聞こえねーよ、と思ったがエルフにとっては普通なのかもしれない。

 にしてもあの人、本当に冷静クールだな。

 ルーシー、おまえの曾じいちゃんは凄く強いし、カッコいいぞ。

 ありゃ、モテるわ。


 他の人達はどうか?


 土の勇者ヴォルフさんを木の勇者ジュリエッタさんが介抱している。

 鉄の勇者デッケルさんに娘さんが抱きついて、泣いている。

 死亡フラグは回避したか……。

 他の怪我人を回復魔法を使える人たちが、介抱している。

 


 俺はここで、大きく息を吐いた。



 ……どうやら俺たちは、魔王カインの襲撃という最悪の事件イベントを乗り切ったらしい。

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