234話 高月マコトは、邪神の使徒と出会う
「ま、魔王が! 魔王カインが来た!!!」
悲鳴のような絶叫が、迷宮の街に響き渡った。
――魔王カイン
言うまでもなく千年前のノア様の使徒だ。
邪神の使徒、黒騎士、狂英雄……さまざまな呼び名を持つ悪名高い魔王。
その魔王の最も有名な悪行が『勇者殺し』である。
絵本『勇者アベルの伝説』には、大半の勇者は
そして、現在の大迷宮には数多くの勇者が居る。
状況は悪い。
が、事態はさらに最悪の方向に進んだ。
「魔王カインっ!!」
普段とまるで違う激情を含んだ声で
そうだ、魔王カインは勇者アベルの師である『火の勇者』の仇。
怒りで、勇者アベルが我を忘れている。
これはマズイ!
「アベル! 待って!」
「俺たちも行くぞ!」
「パパ!」
「お前は他のみんなと迷宮の奥に避難するんだ」
「やだ! パパも一緒にっ!」
「ワシは勇者だ。逃げるわけにはいかん」
「帰ってくるって約束して! 明日は私の誕生日だよ!」
「ああ、帰ってきたら一緒に誕生日を祝おう」
「絶対、生きて帰ってきて……」
あの……、鉄板の死亡フラグはやめてくれませんかね?
俺は誓った。
「住民を避難させろ。女子供が優先だ。戦える者は俺と来い。魔王を追い払うぞ」
「ジョニィ様! 無茶です! 相手は
「一緒に逃げましょう!」
「勇者連中だけでは、荷が重いだろう。命知らずだけ、俺についてこい」
ジョニィ・ウォーカーさんは、混乱の中でただ一人冷静だった。
どうやら、彼らも一緒に戦ってくれるらしい。
「ま、マコト様……?」
モモがおろおろと俺の袖を掴む。
できれば住民と一緒に避難して欲しいが、ここで離れて見失うのも怖い。
何よりまたモモを連れ去られるのはゴメンだ。
「俺について来て。ただし、戦闘になったら隠れているように」
「は、はい!」
俺はモモと一緒に大迷宮の外に向かった。
◇
「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!」
大迷宮の外で、俺の耳に最初に届いたのは耳障りな笑い声だった。
「
ヴォルフさんの鎧は砕かれ、血を流して倒れている。
まさか……。
「取り乱すな、……ジュリエッタ。俺はまだ、生きてる……」
良かった。
そうだ、勇者アベルは!?
「げっ!?」
魔王カインにやられたのか、アベルも遠くのほうの地面に倒れている。
見たところ出血はしていないので、気絶しているだけだと思いたい。
「モモ! アベルさんの様子を」
「は、はい!」
俺はモモに勇者アベルの様子を見にいかせ、惨状を確認した。
他にも獣人族や、エルフの戦士が何人も血まみれで倒れている。
まだ、敵襲の知らせから数分も経ってないのに。
すでに壊滅状態のこちらを傲然と見下ろすのは
――全身漆黒の鎧を纏った騎士だった。
フルフェイス式の兜を着けており、表情はわからない。
手に持つのは、
全身から溢れ出る強大な
こいつが、魔王カイン……。
「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハ! 弱い、弱い、弱い、弱い、弱い、弱い、弱い、弱い、弱い、弱い、弱いなぁ! 聖神族の勇者ぁ!」
やかましい魔王だった。
こんな良く喋る
「勇者は殺す! 勇者以外であれば、ノア様を信仰するならば生かしてやる。今すぐ跪いてノア様を讃えろ。そうすれば、片腕を切り落とすだけで見逃してやろう。慈悲深いノア様に感謝せよ!」
そんな言葉が聞こえた。
(おいおい……)
ノア様の信者は、10年に一人しか増やせない。
それが
いくら脅しても信者は増やせないし、これじゃぁノア様の悪評が広まるだけだ。
無論、魔王カインの呼びかけに応じる者は居ない。
(精霊さん、精霊さん)
俺は水の精霊に呼びかけ、
「水魔法・
俺が魔法を放つと数十本の魔法で造った氷の槍が、魔王カインに降り注いだ。
その全てが、黒い鎧に当たり砕けた。
鎧には傷一つついていない。
(ノア様の言った通りだ……)
俺は千年前に飛ばされる直前、ノア様に教えてもらった言葉を思い出した。
◇
千年前へ跳ぶ直前。
聖母アンナ大聖堂。
すぐ近くで、
現在は、詠唱の待ち時間。
その間、俺はノア様に千年前の知識を教えてもらっていた。
「マコト。千年前に向かうにあたって、一番注意しなければならない魔王が誰かわかる?」
わざわざ女性教師姿になったノア様が、俺を指差す。
その恰好好きですね。
「やっぱ
「違うわ。大魔王は、魔大陸に浮かぶ空中庭園『エデン』から動かない。自分から会いに行かない限りは、遭遇する可能性はゼロよ」
へぇ、そうなのか。
「じゃあ、西の大陸を支配している『
「それも惜しいけど、正解は……」
「魔王カイン。ノアの使徒だ、高月マコト。やつは単独かつ神出鬼没だ。勇者と行動を共にしていれば、鉢合わせになる可能性が最も高い」
「あー、アルテナ! 先に言わないでよ!!」
会話の途中に
「魔王カイン……」
伝説の勇者殺しであり、俺の前任の使徒。
一体、どんな人物なんだろう?
その疑問に答えるように、ノア様が得意げに続けた。
「
「ちょっと待て、ノア。私は千年前は信者が少なかった所為で地上の様子をあまり把握できていなかったが、お前は使徒にそんなものを与えていたのか!?」
ノア様の言葉に、今度は
俺は、自分の腰に差してある短剣を見つめた。
蒼く輝く、魔法の短剣。
これと同じ素材か。
「ノア! おまえ……万物を切り裂く
「うっさいわよ、アルテナ! 結局は、あんたの作った『光の勇者』のほうが
「私の創った『光の勇者』は、太陽の光が無ければ決して無敵ではない! ちゃんと神界規定に沿った性能になっている。だが、お前の与えた武器は……これだから、考え無しの古い神族は!」
「はぁっ!? 誰が考え無しよ! 規定、規定うっさいのよ! 適当でいいのよ! 適当で!」
ノア様とアルテナ様が、怒鳴り合っているのを見て聖堂内の人たちが引いている。
「あの……お二方。盛り上がっている所、申し訳ないのですが。結局、魔王カインはどんな人物なんです?」
俺が質問すると、掴み合っているノア様とアルテナ様がこちらを振り向いた。
「高月マコト……、落ち着いて聞いてくれ。魔王カインが身に纏う鎧と所持する武器に使われている金属は、旧神王の武器の素材だ。つまりそれは……」
「
言い辛そうなに言葉に詰まるアルテナ様に対して、ノア様があっさりと結論を言った。
「は?」
今何て言った?
物理無効、魔法無効……だと?
それは絶対に倒せないってことじゃ、ないのか?
「ノア、正確に伝えないと駄目よ。マコくん、正しくは『聖級』以下の攻撃は無効ね」
エイル様が横から、補足をしてくれた。
けど……。
「それ、実質無敵では?」
「違うわ、神級、もしくは神級に準ずる攻撃なら通じるわ」
「例えば……『光の勇者』の攻撃とかね」
エイル様の言葉にノア様が続ける。
要は、光の勇者アベル以外で倒せないってことか。
「でも、光の勇者に会う前に魔王カインと戦うことになったらどうすれば?」
「逃げるんだ。それしかない」
太陽の女神様が断言した。
「それしか、ありませんか……」
ま、しゃーない。
そんな反則野郎とまともに戦っては駄目だということだろう。
全滅必至だ。
「んー、でも万が一『光の勇者』が居ない状態で、あの子と戦うことになった場合の対処法も伝えておくわ」
「なんだ、対処法があるんじゃないですか」
「大変よ? それは……」
ノア様は、その方法を語ってくれた。
◇
(何が万が一だ……)
この状況になることをノア様は知っていたんじゃなかろうか。
そんな考えが頭をよぎる。
(…………
さっきから何度も呼んでいるが、なかなか出てきてくれない。
最近、頼み過ぎたかなぁ。
あとでいっぱい構わないと。
こうしている間にも、戦士たちが戦いを挑みバタバタ倒れている。
「水魔法・水龍!」
俺は水の精霊の力を借りて、水魔法を放った。
だが、俺の魔法など意にも介さないのか、魔王カインはこちらを振り向きもしない。
「ぐわああっ!」
ああ!
マズイマズイマズイ!
「ぐっ……娘の七歳の誕生日を……祝いたかったぜ……」
フラグ回収が早いって!
諦めが早いよ、
「XXXXXXX!
俺が精霊語で怒鳴ると、ようやく姿を現した。
――
「XXXXXXXー!XXX!(お待たせしましたー! 我が王!)」
「……XXXXXXX(……何やってるの?)」
「XXXXXXX(こういう恰好が好きなんですよね?)」
ちらっと、水の大精霊がモモの方を見た。
ちょうど、アベルが意識を取り戻したようでモモが介抱している。
まさか、モモの真似をしていて時間がかかったのか?
「XXXXXXX……(おまえ……)」
この非常時にのん気過ぎるだろう。
「XXXXXX?XXXXXX?(お、怒ってます? 我が王?)」
その様子は、ノア様の
こいつ……。
待て、落ち着け。
この危機を乗り切るには、
精霊は気まぐれであり、気分屋であり、機嫌よくさせないといけない。
それが『精霊魔法』の基本だ。
だから、俺がここで言うべきは……。
「XXXXXXX(
「XXXXXXX!XXX!(本当ですか!? 我が王!)」
「XXXXXXX(だから力を貸してくれ)」
「XXXXXXX!(はーい☆ 頑張りますー!)」
ぽつぽつと、雨が降り始め、地面が揺れ、空気が震え、呼応するように黒雲に稲光が走った。
この世の全ての水の
――魔王カインがこちらに振り向いた。
さっきまで、一切こっちを気にしていなかった魔王が、はっきりと俺を視認した。
俺の隣に居る
魔王カインは、俺に語りかけてきた。
「お前は勇者か?」
静かに聞かれた。
「違う」
短く答えた。
国家認定勇者ではあるが、ここに水の国は無い。
だから、俺は勇者では無い。
魔王カインは、俺の回答を聞き、次の言葉を発した。
「お前は……
「…………」
俺は答えられなかった。
答えられるはずがない。
ノア様のことは、今でも信仰している。
だけど、今の俺は信者では無い。
だから、俺は何も言えない。
そして、そのことに自分でも意外なほど
「なら、死ね」
無言を拒否と判断したのか、魔王カインはこちらへ剣を振りかぶり、一瞬で距離を詰める。
速い!?
「水魔法・聖級結界」
「ハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!」
俺が発動した結界魔法を、魔王カインは紙切れのように嗤いながら切り裂いてくる。
なんだこいつ……頭おかしいのか?
仕方ない……、ここで使う羽目になるとは。
(……精霊の右手)
俺が右腕を精霊に変化させようとした時、――閃光が走った。
「む」
魔王カインが、小さく呻いた。
その光は、魔王の鎧の隙間。
針の穴を通すような攻撃だった。
「精霊魔法・
静かな声と共に、千本近い風の矢が魔王カインに降り注いだ。
そのほとんどが、魔王の鎧に防がれつつも、僅かな鎧の隙間から攻撃が通っているように見えた。
魔王の鎧に小さく血が付着している。
(凄いな……)
俺がノア様に教えてもらった、魔王カインの攻略法。
つまりは、鎧自体には攻撃が通らないためその隙間をつく。
それを理解した攻撃だった。
気が付くとその攻撃を行った主が、俺と魔王カインの前に静かに立っていた。
風に、赤銅色の長い髪がたなびいている
その男は、自分の身長よりも長いのではないかという剣を構えていた。
いや、剣じゃない。
反った刀身に波打つ刃文。
刀だ。
長い刀を構える、長髪の剣士。
その姿は侍のようにも見えた。
「ジョニィさん、ありがとうございます」
俺がお礼を言うと、ジョニィ・ウォーカーはちらりとこちらに目だけを向けて言った。
「
視えているらしい。
そうか。彼も精霊魔法の使い手だ。
「手を貸そう。いや、手を貸してくれ」
「はい。あいつを追っ払いましょう」
ジョニィさん提案に、俺は迷わず答えた。
横目で
気分屋な彼女も、本気になったようだ。
俺はジョニィ・ウォーカーと共闘して、魔王カインに挑むこととなった。
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