233話 高月マコトは、ジョニィと出会う

 ジョニィ・ウォーカー。


 彼は、ルーシーの曽じいちゃんであり、紅蓮の魔女『ロザリーさん』の祖父でもある。


 そう聞くと身近な人物に思えるが『勇者アベルの伝説』において、彼の描写は少ない。

『いつ仲間になったのか?』が、書かれていないのだ。

 絵本では中盤に、ふらっと登場する。

 だから、これほど早く出会えるとは思っていなかった。


(まあ、これはこれで好都合か……)


 大魔王を倒すのは『光の勇者アベル』『聖女アンナ』『大賢者』『魔弓士ジョニィ』の四人。

 水の神殿で散々習った歴史だ。

 ジョニィ・ウォーカーは、間違いなく最重要人物の一人。

 その無事が確認できた。


 すでに勇者アベルと、大賢者様は仲間になっている。 

 残るは『聖女』アンナのみ。


(これが結構、問題なんだよな……)


 一説では、勇者アベルと聖女アンナは同村生まれのらしい。

 つまり現時点で、一緒に行動していなければおかしい。

 だが、今のところ聖女アンナという名前は、土の勇者ヴォルフさん、木の勇者ジュリエッタさん、勇者アベル、誰の口からも出てこなかった。


(まさか、火の勇者さんのように亡くなっている……?)


 いやいや、その考えは早計だ。

 勇者アベルが、魔王城に囚われたなんて話は絵本に出てこないし、すでに歴史は改竄されていると思ったほうがいい。

 きっと聖女アンナも、どこかで元気にしてるはず……と信じたい。


 さり気なく木の勇者ジュリエッタさんあたりに探りを入れてもいいが……。

 あまり未来の知識を多用すると、こっちの正体を怪しまれる。

 怪しまれるくらいならいいのだが、『千年後の未来から来ました』とか言ったら、頭のおかしいやつだと思われるだろう。

 というわけで、『聖女』アンナについては保留だ。


 それよりも、先にジョニィ・ウォーカーだ。

 伝説の『魔弓士』。

 だが、見た目は剣を腰に差した剣士だ。

 弓矢を持っているようには見えない。


 彼は大勢の人に囲まれ、食事をしている。

 この街の有力者であり、大魔王討伐の『真の仲間』。

 知り合っておいた方がいい。

 挨拶でもしてこようかな。


「ちょっと、行ってきますね」

「え? マコト様?」

「マコト殿、どこへ行くんだ?」

 俺が立ち上がると、モモと土の勇者ヴォルフさんに聞かれた。


「ジョニィさんに挨拶を」

「えぇ~、マコトくんも物好きね。あいつ、愛想悪いわよ、特に男には」

「そう……なんですか?」

 でも、女好きの英雄という話だし、納得かもしれない。

 ただ、話しかけないと始まらないからなぁ。


 俺はゆっくりと、ジョニィが食事をしている大きなテーブルへ近づいた。

 彼の取り巻きには女性が多い。

 美しいエルフや猫耳、ウサギ耳の可愛らしい獣人の女の子が取り囲んでお酌をしている。

 みんな大声で談笑し、酒を交わして、盛り上がっている。


 なんか、……中学の時の桜井くんのグループを思い出した。

 あれ?

 俺って、あーいう陽キャを避けて生きてこなかったっけ?

 ついでに言うと、騒がしい集団であるが中心にいるジョニィは、酷くつまらなそうに酒を飲んでいる。

 愛想が悪い、というのも頷ける。

 あの集団に話しかけるのは、勇気がいるな……いやでも。

 しばらく悩んでいると、後ろから肩を叩かれた。


「おい、にーちゃん。あんたが、土の勇者ヴォルフ木の勇者ジュリエッタを助けてくれたんだって?」

 振り返ると体格の良い、髭の濃いおっさんが立っていた。

 身体的な特徴から恐らくドワーフと思われる。

 顔が濃いが、その身が纏う闘気オーラも濃い。 

 見たところ歴戦の戦士だ。


「マコトです。はじめまして」

「俺は『鉄の勇者』デッケルだ。よろしくな」

 おお!

 鉄の勇者!

 噂に聞く、もう一つの派閥のリーダーか。

 凄く強そうだし、身体を覆う魔力マナは多いし、とても魔王討伐を諦めるような勇者には見えないけど……。


「よ、よろしくお願いします」

 俺は、差し出された手を握り握手した。


「あんた、土の勇者ヴォルフのやつが偉く褒めてたが、そんな強そうに見えねぇな! はっ!はっ!はっ!はっ!」

「はぁ……」

 笑われた。

 まあ、弱そうに見られるのは慣れてるからいいんだけど。


「なぁ、土の勇者ヴォルフ木の勇者ジュリエッタを止めてくれよ。あいつら、もう一回魔王に挑むとか言ってんだ。正直、あんなに強かった火の勇者オルガですら歯が立たなかったんだ。魔王を倒すなんて夢物語だ」

「えーと……」

「それによ、俺には七歳になる娘がいるんだ。あいつが、大きくなるまでは俺は生きなきゃならねぇ! 無謀な戦いはやめるべきだ! そう思わないか?」 

「娘さんが……」

 そうか。

 魔王に挑まないのは、魔王を倒すのを諦めたのは、勇気が無いからじゃなく……。

 家族ができて、守る者ができたから、ってケースもあるのか。


「にーちゃんだって、幼い妹が一緒なんだろ?」

「え?」

 妹?

 俺に兄弟は居ない。

 一人っ子だ。


「マコト様?」

「こんな可愛い妹がいるじゃねーか」

 騒がしくしていたからか、モモがやって来た。

 ああ、モモが妹だと思われたのか。

 全然、似てないけどな。

 あと、妹に様付けで呼ばせねーわ。


「ちょっと、鉄の勇者デッケル。マコト君に変な事を吹き込まないでよ。私たちは勝手に魔王に挑むんだから!」

 木の勇者ジュリエッタさんまでやってきた。


「そう言うが、おまえだって今回危なかったんだろ? もうやめるべきだ」

「いやよ! 勇者が諦めたら、それこそ世界は終わりよ!」

「おいおい、鉄の勇者デッケル木の勇者ジュリエッタ。落ち着けって」 

 言い合う二人をヴォルフさんがなだめる。

 勇者アベルは、会話に参加せずこちらを見つめている。


「なぁ、魔王を倒すなんて、諦めるよな?」

「マコトくん、魔王と戦うわよね!」

 鉄の勇者デッケルさんと木の勇者ジュリエッタさんが、こちらに詰め寄る。


 ふわりと目の前に文字が浮かんだ。



『どちらに味方しますか?』

 鉄の勇者

 木の勇者

 


 選択肢だ。

 が、俺は首を捻った。

 魔王を倒す? 倒さない?

 いやいやいや、『RPGプレイヤー』さん、違うだろ?

 俺の回答は――



「魔王を倒して、それから大魔王も倒しますよ」

 


 これが正しいはずだ。

 なんせ、こっちには救世主アベルが居るんだから。

 が、俺が言った時、二人がぽかんとした顔をした。


 周りの会話も止まった。

 食堂に居た全員が、こっちを見ていた。


「いやいや、にーちゃん。いくらなんでもそれは……」

「そ、そーよ。大魔王って、相手は魔族の神よ? いくらなんでも……」

 あれ?

 大魔王を倒そうって人は居ないのか?

 どうやら、俺はズレた答えをしてしまったらしい。


「おう、人族の勇者さんよぉ。盛り上がるのは勝手だが、ここは俺たち亜人族の街だ。厄介事を引き起こす輩には出て行ってもらうぜ?」

 俺たちの会話を聞きつけたのか、数名の獣人の男がこちらへやってきた。

 ジョニィさんのテーブルに居た人だ。


「魔王と戦うなんて阿呆なことは、考えるな。人族は弱いんだから」

「だいたいよぉ、大魔王や魔王の前に、その配下の幹部一人倒せてないんだ」

「まずは、人間牧場の連中を解放してから戯言を言えってんだ」

 ジョニィさんの周りにいた、他の獣人たちもこっちにやってきた。

 身体に纏う闘気オーラから、全員が相当なやり手だと感じた。


 鉄の勇者デッケルさん、木の勇者ジュリエッタさんは、気まずそうな顔をしている。

 なんか、勇者の立場って低いのか……。

 その時、誰かが前に出てきた。


「マコトさんは、あの魔王の腹心の一人、『豪魔のバラム』を倒したんです!」

「そうです、マコト様はとっても強いんです!」

 勇者アベルとモモだった。


「「「え?」」」

 土の勇者ヴォルフさんはじめ、勇者の面々が驚いた顔をしている。


 って、それ言ってほしくなかったんだけど!

 俺は、この時代で名前売りたくない。

 ……次からは口止めしておこう。


「おまえ、『豪魔のバラム』を倒したのか……?」

「ええ、まあ。一応……」

 獣人の一人に聞かれ、しぶしぶ答えた。


「信じられんなぁっ!?」

「この優男が、本当にそんなに強いのか?」

「豪魔のバラムは魔王配下で、最も古株の幹部だぞ」

「よし、それなら俺様が腕試しをしてやろう。ジョニィ様の右腕と言われている俺様がな!」

 なんか、面倒なことになりそうな予感がしてきた。

 

「ちょっと、ちょっと。駄目よ、マコトくんは長旅で疲れてるんだから」

「魔王の腹心を倒した猛者なんだろ? 軽い運動だよ」

 木の勇者ジュリエッタさんが止めてくれるが、獣人の人はやる気になっている。

 血気盛んな獣人さん。

 なんとなく、千年後の雷の勇者ジェラルドさんを思い出した。

 つーか、この獣人さんの闘気オーラ的に凄く強そうなんだよなぁ。

 なんとか、戦闘を回避できないだろうか、と考えていた時だった。



「て、敵襲-----!」



 見張りをしていた男が、真っ青な顔で走ってきた。 


「て、敵襲! 敵襲だ! みんな早くにげろ!!」

 その声に、迷宮の街の面々がざわついた。


 土の勇者さん、木の勇者さんの表情が変わった。

 獣人の人たちや、鉄の勇者さんも同様だ。

 各人が、武器に手をかけている。


「まあ、焦るな。今は族長も居るんだ」

「何が来たんだ? 竜か? 魔族か?」

「そんな情けない顔をしないの、ジョニィ様が居るのだから……」

 エルフや獣人族の面々は、ジョニィさんへの強さへの信頼が厚いのか、多少落ち着いている。

 


 が、次の言葉で全員の顔色が変わった。



「ま、魔王が! 魔王カインが来たんだっ!!!!」

 悲鳴のような絶叫が、迷宮の街に響き渡った。

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