232話 高月マコトは、大迷宮に到着する

「神託は『勇者アベルを助けろ』。だから、アベルさんを助けにきた」

 俺がそう言うと、勇者アベルはポカンと大口を空けて静止した。


「……………………え? そ、…………ぼ、僕を?」

 たっぷり十秒ほど固まった勇者アベルが口を開いた。

 が、うまく喋れていない。

 だから俺は先に言葉を重ねた。


「そーいう訳で、よろしくお願いしますね」

「…………………………は、はい。こちらこそ、よろしく……おねがいします」

 勇者アベルは、こくこくと頷いた。

 よし、言質を取った。

 勇者アベルのパーティーに入れたぞ!


 俺はちらっと、膝の上でくーくー寝ている大賢者様モモに視線を落とした。

 モモは、勇者アベルの『真の仲間』だから、一緒にいればいいはずだ。

 あとは『聖女』アンナとルーシーの曽祖父ジョニィ・ウォーカー。

 その時、ふと疑問に思った。


(俺はいつまで勇者アベルと一緒にいればいいんだろう?)


「……マコト……様」

 モモの寝言が聞こえた。

 モモを置いてどこかには、行けない。

 とりあえず、しばらくは同行かな。


 そういえば運命の女神イラ様が「私を探せ」って言ってたっけ?

 運命の女神イラ様に相談しようかな、未来視れるし。

 でも、イマイチ不安が残るからなぁ、あの女神様ひとの予知は。


 ふと見ると、勇者アベルも壁にもたれて寝息を立てている。

 疲れているようだ。


 ――明鏡止水スキル


 スキルで眠気を飛ばし、見張りを行った。

 幸い見張りをしている間、追手は来なかった。




 ◇




 それから七日間かけて、俺たちは大迷宮に辿り着いた。


(すげー、遠かった……)


 以前は、ふじやんの飛行船でひとっ飛びだったからなぁ。

 千年前では、移動手段は原則『徒歩』だ。

 勇者アベルは、勇者だけあって身体能力に優れている。

 モモも吸血鬼化したことで、体力がある。

 俺はついて行くのが精いっぱいだった。


「マコトさん、もうすぐ大迷宮の入口です」

「マコト様……、大丈夫ですか? 私がおんぶしましょうか?」

「…………」

 返事をする気力が無かった。

 遠くに、巨大な迷宮の入口が見えた。

  


 ――『大迷宮』ラビュリントス



(変わってない……)

 千年前にやってきて、何もかも違っていたけどここだけは以前に訪れた時と同じだった。

 少し感慨深い。

 もっとも、大迷宮の手前にあった冒険者の街は無いし、街道も無かった。

 雑草をかき分け、ここまでやってきた。


「ちょっと、待っていてください。ここからは見えませんが、見張りがいるんです。僕が先に行ってお二人のことを伝えてきます」

 そう言って、アベルは迷宮ダンジョンの入口へ向かった。

 俺とモモの二人きりになった。

 

「マコト様……。私は魔族ですが、本当にご一緒してもいいのでしょうか?」

「平気、平気。堂々とすれば、誰も気づかないってアベルさんが言ってたろ?」

 この大迷宮の隠れ家には、人族以外にエルフやドワーフ、獣人が居るそうだが、流石に『吸血鬼』は居ないらしい。

 だけど、みんな種族がバラバラだから細かいことは気にされないとのことだった。 

 しばらく待っていると、すぐに勇者アベルが戻って来た。


「マコトさん、モモちゃん。案内します、どうぞ」

 俺たちは、抜け道のようになっている入口から大迷宮の中に入った。



 ◇



「……わー、すごい」

 モモが感嘆の声を上げた。

 入口からは全く見えなかったが、大迷宮の上層の通路に沿って、縦長い街が広がっていた。

 

 恐らく魔法で築いたであろう、石造りの建物がずらりと並んでいる。

 住人も多くて、人族、エルフ、獣人、他にも初めて見る種族も多い。

 共通点は、全員が『戦士』か『魔法使い』であることだろうか。


 何かしらの武器を持ち、鎧かローブを着ている。

 どうやらここは戦う人の街らしい。


「マコトくんー! モモちゃんー!」

 エルフの女の人が、俺とモモに抱きついてきた。

 緑色の鎧をピシッと着込んだ姿は、最後に会った時と別人のようだが、顔は見覚えがあった。


木の勇者ジュリエッタさん、ご無事だったんですね」 

「心配してたんだからー、って、あら……モモちゃん。その姿……」

 モモの変化にすぐに気付かれた。


「ジュリエッタさん、こっちで話せますか?」

 俺は人目のつかない場所に移動して、事情を説明した。 


「えええっ! モモちゃんが、魔王の眷属になったけど、マコトくんが『因果の糸』を切った!?」

 木の勇者ジュリエッタさんが、口をおさえて驚いている。


「僕は目の前で見ても信じられませんでした。マコトさんの行動は、規格外過ぎます……」

「マコトくんって何者?」

「だから、太陽の女神様の神託でやってきた一般人ですよ」

 勇者アベルと木の勇者ジュリエッタに説明したが、疑わしそうな眼を向けられた。

 別に嘘は言ってないんだけどな。


「まあ、いいわ。土の勇者ヴォルフにもこのことは伝えておくわ。モモちゃんが吸血鬼であることは、他の人には隠しておきましょう。ところで、マコトくんとモモちゃんはこれからの予定は?」

「俺はとりあえず、休みたいです……」

 足が限界だ。


「私は、マコト様と一緒にいます」

 モモも俺と同じらしい。


「わかったわ。アベル、あなたのが空いてるわよね。そこを使ってもらうのがいいと思うんだけど、どう?」

「……えぇ、そうですね」

「ごめんなさいね、この街、場所の余裕がなくて二部屋用意できないの。マコトくんとモモちゃんは同室になっちゃうけど」

 どうやら、俺とモモは同じ部屋になるらしい。


「モモ、それでもいいか?」

「勿論です! むしろ嬉しいくらいです!」

「? わかった」

 モモは同じ部屋で問題無いみたいだ。


「マコトさん、では案内しますね」

 そう言って歩いていく勇者アベルについて行った。

 ほどなくして、石レンガでできた簡素な集合住宅に辿りついた。


「この部屋です。今は誰も居ないので、自由に使ってください」

 そう言ってアベルは去っていった。

 俺とモモは、部屋に二人きりになった。

 部屋は小さく、ベッドと簡易なテーブルがあるだけ。

 

「モモ、ベッドを使っていいよ」

 俺は部屋の中を見回し、どの辺で寝るかを考えた。

 その時、小さな手鏡が落ちているのを見つけた。

 拾って裏面を見ると


 ――オルガ


 と名前が彫ってあった。

 その名前には聞き覚えがあった。

 俺は『勇者アベルの伝説』の本を取り出した。


 勇者アベルの師『火の勇者オルガ』。

 有名人だ。

 火の国のタリスカー将軍の娘さんも、きっと千年前の伝説の勇者の師から名前を貰ったのだろう。


 そして、現時点で火の勇者は亡くなっている。

 さっき勇者アベルが少し暗い表情をしていた理由がわかった。


(そうか、この部屋は勇者アベルの師匠の部屋なのか……)

 恐れ多いな……。


「マコト様……?」

 俺が考え込んでいるのを、モモが不安そうに話しかけてきた。


「ゴメン、ゴメン。モモは先に寝ていいよ」

「あの……私だけがベッドを使わせてもらうのは恐縮なので、一緒に寝ませんか?」

 おずおずと提案された。

 が、ベッドは小さくて二人分は窮屈過ぎる。


「いいって、俺は床で寝るのが慣れてるから」

「で、でも。抱き合って寝れば、二人でも一緒にっ!」

「じゃあ、今度な」

「…………は、はい」

 俺は早く寝たかったので、床にごろんと寝転んだ。

 モモもベッドで横になっている。


 久しぶりの屋根のある部屋で、ゆっくりと眠ることができた。




 ◇




「マコト殿! モモ殿! 本当に無事でよかった!!」

「沢山は無いんだけど、二人は命の恩人だからいっぱい食べてね」

 目を覚ますと、木の勇者ジュリエッタさんに呼ばれて食堂にやってきた。

 ここは大迷宮の街、唯一の食堂らしい。

 土の勇者ヴォルフさんは、全身鎧プレートアーマーを着こんでいる。

 椅子には、巨大な戦斧が立てかけてある。

 あれが、土の勇者ヴォルフさんの武器なのだろう。


 食堂には、俺たち以外にも大勢の戦士たちで賑わっている。

 水の街の冒険者ギルドの酒場に似ているかもしれない。

 千年前に来て、ようやく活気のある場所に来ることができた。


「ところでモモちゃん。前に会った時より、随分魔力が上がってるみたいだけど、アベルに『鑑定』はしてもらった?」

「いえ、そんな余裕はなかったので」

「そう、調べたほうがいいと思うわ」

「あの……私は大したスキルは持っておりませんが……」

「モモちゃん、人族が吸血鬼になることは『生まれ変わり』のようなものなの。だから、その時に身体能力が強化されたり、スキルが変更されることがあるの」

 木の勇者ジュリエッタさんがモモに説明をしている。

 ま、モモは大賢者様だからなぁ。


「では、モモちゃんを鑑定してみます。僕の目を見てください」

「は、はい」

 勇者アベルの声に、モモが緊張気味の声で答える。


「モモちゃんの種族は、……半吸血鬼ハーフヴァンパイア。完全に、魔族になったわけでは無いようです。ステータスは、凄まじいですね。流石は魔王の眷属。スキルは……え?」

「どうした? アベル」

「ねぇ、どうだったの?」

 勇者アベルが、鑑定の途中で言葉に詰まった。


「モモちゃんは……『賢者』スキルを所持しています」

「「なっ!?」」

 ジュリエッタさんとヴォルフさんが、驚きの声を上げた。


「これって、凄いんですか?」

「凄いわよ! 百万人に一人って言われるスキルよ!」

「俺も初めて会ったな……」

「マコトさんは、驚いていないですね」

 勇者の面々が興奮気味に話す中、俺は静かにエールを飲んでいたら勇者アベルから指摘された。

 やべっ、知ってたからって冷静過ぎたか。


「いやー、凄いなぁ! やったな、モモ!」

「あの……マコト様。私の『賢者』スキルはマコト様のお役に立てますか……?」

「ん?」

 俺が白々しい演技をしていると、モモが俺の手を握って上目遣いで身を寄せてきた。

 んー……大賢者様のスキルは、俺じゃなくて勇者アベルのために使って欲しいんだけどなぁ。


「ねぇ、ところでマコトくんとモモちゃんは、これからどうするの? もし良かったら私たちと一緒に……」  

 木の勇者ジュリエッタが何かを話そうとした時、大きな声が洞窟内に響いた。


「帰って来たぞー!」

「大戦士様が、大迷宮の深層から帰還された!」

「出迎えろ!!」

「今日の獲物は大物の竜だ!」

 一人の声でなく、大勢が歓声を上げるような声だ。

 見るとエルフや獣人族たちが、集まっている。

 何かあったのだろうか?


「あー、あいつが帰って来たみたいね」

 木の勇者さんが、顔をしかめた。


「そんなに嫌わなくてもいいだろ?」

 土の勇者さんが苦笑した。


「でも、あいつは力があるのに魔王討伐に興味を示さないし。この前の戦いにだって、あいつらが協力してくれれば、火の勇者オルガさんだって死ななかったかも……」

「よせ、ジュリエッタ。終わったことを悔いても仕方ない」

「そうですよ、ジュリエッタさん。彼は勇者ではありませんから……」

 みなさんの表情が暗い。

 俺とモモが顔を見合わせていると、勇者アベルが慌てて説明をしてくれた。


「すいません、マコトさん。変な話をしてしまって……」

「いえ、できれば教えてもらえませんか?」

 どうせ、ここに住むことになるのだ。

 情報は仕入れておきたい。


「マコトさん。この大迷宮の街には、幾つか派閥があるんです。一つは僕たち『火の勇者』を中心とする派閥。僕らは魔王討伐を目的にしています。そして、それに反対する『鉄の勇者』を中心とする派閥。こちらは、魔王討伐でなく『生き延びる』ことを目的においてます。つまり魔王とは戦わない」

「……魔王と戦わない?」

「正確には、過去に魔王に挑み『勝てない』と諦めてしまった人たちです。そして、現状はそちらのほうが多数派です……」 

「……」

 諦め組のほうが、与党なのか……。

 

「そして、最後の派閥。てか、これが一番規模が大きいんだけど、この迷宮の街を作った連中。主に亜人族がそうね。私と同じエルフ、ドワーフ、獣人族……。もともとずっとこの街に住んでいるのが彼ら」

 ジュリエッタさんが、グイっとエールを飲み干した。


「我々のような人族の勇者は、ここに匿ってもらっているんだ」

「なるほど……」

 理解した。

 つーか、勇者アベルの所属するのは一番小さい集団グループなのか。

 てっきり、この隠れ家に来ればあとは一致団結して……と考えていたが違ったらしい。


(前途多難だな……)

 勇者アベルを保護したから、一安心と高をくくっていたんだが。

 まだまだ、道のりは多難だ。 


 人垣から、一人の長身の男がすっと抜け出た。

 残りの連中は、後に続いている。

 どうやら彼が、中心人物のようだ。


 赤銅色の髪をポニーテールのように、適当に結び、腰に長い剣を差している。

 周りの人々はしきりにその男に話しかけているが、その男は興味なさげにずんずんと歩いていく。

 彫刻のように整った顔は、世の中のすべてがつまらないというような冷めた表情だった。


「あいつよ。エルフの大戦士。亜人種族をまとめ上げている長ね」

「!?」

 あの人が……ジョニィ。

 

 ルーシーの曾おじいさんを発見した。

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