237話 高月マコトは、大迷宮を再探索する

 俺と大賢者様モモと勇者アベルは、大迷宮の地底湖の進んでいる。

 水魔法の『水面歩行』と『水流』を使い、水上スキーのように移動している。


「師匠ー! 速いですねー!!」

 モモは楽しそうだ。

 

「マコトさん! 後ろから魔物たちが追ってきますよ!」

「ん?」

 振り返ると確かに、大海蛇シーサーペント水棲馬ケルピーが追いかけてきている。

 どうやら、俺たちを襲おうとしているようだ。

 俺に速度スピード勝負を挑むと? 面白い。


「じゃあ、加速するんでちゃんと掴まってくださいね」

「「え?」」

 俺の言葉に、二人の声が聞こえた。



 ――水魔法・WATER JET



 俺が遊びで作ったオリジナル魔法である。

 次の瞬間、自由落下にも似た加速度が身体を襲った。

 爆発のような水しぶきが上がる。

 そして、後ろから追いかけてきている魔物たちを遥か後方に引き離した。

 大海蛇シーサーペント水棲馬ケルピーが、ポカンとしているのがちらと見えた。


「きゃあああああ!」

「うわあああああっ!」

 地底湖内にモモとアベルの悲鳴が響き渡った。




 ◇




「師匠ぉ~、振り落とされるかと思いましたよー、ヒドイです!」

「マコトさん……あんなにスピードを出す必要ありませんよね?」

「あ、はい、すいません」

 大賢者様モモと勇者アベルに怒られた。


 俺たちは現在、地底湖の端に居る。

 ここには、巨大な水没した洞窟がある。

 大迷宮の下層へ続く道であり、前回の冒険ではこれ以上進んでいない。

 というか、ここで忌まわしき竜が出てきた。

 懐かしい。


「二人は俺と手を繋いでください」

「はい、師匠」

「わかりました、マコトさん」

 俺は二人と手を握り、水魔法を使う。



 ――水魔法・水中呼吸&水流



 俺たちは、水中洞窟の中を進んだ。

『隠密』スキルで、気配も消している。

 真っ暗な洞窟の中を『暗視』スキルで、見回す。

 

 巨大な水棲の魔物が多い。

 あの10メートルくらいありそうな影は……さめの魔物だろうか?

 なんで、淡水に鮫がいるんだよ。

 他にも巨大な大海蛇や、水竜の姿も見える。

 見つからないように進もう。


「あの……マコト様? どうして急に大迷宮の最深層に行こうと思ったのですか?」

「大迷宮の奥に巣食うのは古竜たちだと聞きます。危険ですよ……?」

 モモと勇者アベルは、心細そうに俺に質問してきた。

 大迷宮の巨大な魔物に怯えているようだ。


「まあ、行けばわかるよ」

「はぁ……」

「そうですか……」

 俺は曖昧に誤魔化した。

 勿論、何の目的もなく大迷宮の最深層なんて、危険な場所に行くはずが無い。

 明確な目的がある。


 俺は、かつての記憶を掘り起こした。


 あれは、俺が異世界に来て間もない頃。

 水の神殿の図書館で、色々な書物を読み漁っていた時のことだ。




 ――『五大陸冒険記』(著:冒険家ユーサー)




 百年以上前に書かれた偉大な冒険家が記した記録書。

 異世界に来てから、周りに取り残されて一人寂しく勉強をしていた時、その本と出会った。

 俺はその本がとても気に入って、何度も繰り返し読んだ。

 そこには、この世界の様々な迷宮、秘境について書いてあった。


 無論、西の大陸最大の大迷宮ラビュリントスについてもだ。

 五大陸冒険記・西の章。

 そこにこんな一節がある。




 ――冒険家ユーサーは、大迷宮ラビュリントスを訪れた。

 目的はかつて世界を救った救世主アベルを乗せ、天空を飛翔した聖竜を一目見たいがためである。

 千年前、救世主アベルは大迷宮の最深層で、白き聖竜と出会い共に世界を救うと約束した。

 その契りの通り、救世主アベルは聖竜の背に跨り、魔王たちを打倒したのである。


 冒険家ユーサーは、伝説の聖竜との出会いを期待して、胸を躍らせた。

 伝説の竜と会えるのだ!

 しかし、大迷宮ラビュリントスの最深層に聖竜は居なかった……。

 救世主アベル同様、伝説の聖竜もまたいずこかへ去ってしまったのだ――




 こんな文章だ。

 この記述が正しければ、俺が居た千年後では大迷宮ラビュリントスを探索しても、聖竜とは出会えない。

 

 しかし、今は千年前。

 間違いなく、伝説の聖竜は居るはずだ。

 そして、俺の隣には光の勇者アベル。

 きっと力を貸してくれる!


 あと……、この時代は移動手段が徒歩だけである。

 正直、ずっと徒歩は辛い。

 早めに『足』を確保したい。

 そんな目的だった。

 当たり前だが、モモと勇者アベルには説明できない。

 俺が未来人だと、明かしていないのだから。


 ちなみに、冒険家ユーサーさんは『海底神殿』にも挑んでいる。


 というか彼は世界に三つ存在する最終迷宮ラストダンジョン、全てに挑んでいる。

 『海底神殿』に関する記述はこうだった。




 ――冒険家ユーサーは、海底神殿へと挑んだ。…………………………………………無理だ。諦めよう。




 なんでやねん、ユーサーさん。

 もうちょっと、頑張ってくださいよ。

 海底神殿が人気が無い理由に一つは、間違いなく冒険家ユーサーの記録書の所為もあると思う。

 俺だって当時、この文章を読んで海底神殿はご遠慮したいと思った。



 そんなことを思い出しながら、俺はゆっくりと大迷宮の下層を進んだ。

 水中洞窟は、長く暗い。

 永遠に続くかと思われたが、終わりは唐突に訪れた。


 水中洞窟の行き止まりにぶつかったのだ。



「……これは、道が途切れていますね」

 このルートは、外れだったようだ。


「これ以上は進めそうにないですね」

 俺の呟きに、勇者アベルも同意見のようだった。

 残念だけど今回の冒険はここまでか。

 引き返そう、と思った時だった。


「あの、師匠。あっちに何かありませんか?」

「ん?」

 モモが俺の手を掴んで、洞窟の隅を指差した。

『暗視』スキルを使っても、良く見えない。 

 俺は水魔法を使って、ゆっくりモモの指さすほうへ近づいた。


 そこには転移の魔法陣が描かれてあった。


「モモ、よく見つけたな」

「僕も全く、気付きませんでした」

 俺と勇者アベルが驚く。


「えへへ、吸血鬼ヴァンパイアになって目が良くなったみたいです」

 モモが照れたように笑みを浮かべた。

 俺は転移の魔法陣をじっくり調べた。


「飛び先は、そんなに遠くないですね。距離的に、深層への転移かな……?」

「マコトさん……、うかつに転移はしないほうが」

「これは多分、迷宮ダンジョンが造った天然の転移魔法陣ですね。大丈夫ですよ」

 迷宮ダンジョンは探索者を奥地へと誘うため、あえて行き止まりに転移魔法陣を発生させるらしい。

 お目にかかったのは、初めてだが。

 なんか迷宮ダンジョン探索って感じがするな!

 テンション上がる!


「行っていいですか?」

 俺がワクワクした顔で聞くと、勇者アベルとモモは顔を見合わせた。


「まぁ、マコトさんがそう言うなら僕は従いますが……」

「師匠の言葉は、絶対です!」

 二人とも素直だ。

 別に反対してくれてもいいんだけど……。

 まあ、ここは我を通させてもらおう。


 俺は二人と手を繋いだまま、魔法陣の上に立った。

 次の瞬間、空間転移テレポートが発動した。




 ◇




 空間転移テレポートで飛ばされた先は、水中では無かった。

 巨大な洞窟の中で、所々がぼんやりと光っている。

 光の正体を見ると、それが高純度の魔石だと気づいた。

 ここは……?



 ――大迷宮の深層。その近くには『星脈』が流れている。

 そのため、星脈からの魔力マナに当てられ、天然の巨大な魔石がゴロゴロと転がっている。

 それを売れば、ひと財産になるだろうが、はたしてそこまでする価値はあるのか?

 大迷宮の深層は『竜の巣』であり、古竜エンシェントドラゴンまでも生息している。

 生きて帰れる保証はない。  (参考文献:五大陸冒険記・西の章)




 ここは、大迷宮の深層だ。

 そして、幸いにも見える範囲には魔物は居ない。

 もっとも『索敵』スキルによって、洞窟の奥からは獰猛な魔物の気配がする。



「アベルさん、モモ。ここらで、一回休憩しましょう」

「は、はい……。マコトさん、ここは……?」

「大迷宮の深層です。この先には、今までより強い魔物がいるはずです」

「マコト様は休憩しなくて大丈夫なのですか……?」

「交代で休憩するよ。モモは先に休んでくれ」

「わかりました」

 大賢者様モモが真剣な表情で頷いた。


 俺は、二人の服を水魔法で乾かした。

 そのあと、持ってきたパンとハムで簡単な食事をとった。

 勇者アベルとモモは持ってきた毛布に包まり横になった。

 ほどなくして、寝息が聞こえる。

 二人が休んでいる間、俺は見張りだ。

 

 迷宮内は静かだ。

 薄暗い洞窟内を、輝く魔石がぼんやりと照らしている。



「ルーシー、俺は大迷宮ラビュリントスの深層まで来たぞ」



 俺は小さく呟いた。

 かつて、中層で引き返したのが、随分前のことに思える。

 ルーシーとさーさんは、今頃何をしているだろうか? と考えて気付いた。

 二人が居るのは千年後だ。

 どっちもまだ、生まれてすらいない。


 ……修行するか。

 俺は太陽魔法と運命魔法の練習をした。


 修行しつつ、これからのことを考える。

 大迷宮の深層、……思いの他あっさり到達できた。

 もう少し、何回かに分けて探索をするつもりだった。


 食料は、それほど多く持ってきていない。

 明日は、進める所まで進んで引き返すかな……、そんなことを考えた。

 その時、ぶるりと空気が蜃気楼のように揺れた。




 ――XXXX、XXXXXXXXXXX?(我が王、退屈そうですね? お話し相手になりますよ)




水の大精霊ウンディーネ……?」

 蒼い肌の美少女が隣に座っていた。

 呼んでいないが、勝手に来たらしい。

 でも、ちょうどいい。

 暇をしてたのは、確かだ。

 それに聞きたいことがあった。


「なぁ、水の大精霊ウンディーネ。どうして俺が王なんだ?」

 俺の問いに、彼女は笑みを浮かべた。


「それはあなた様が我々の王になられるからです。わたしにはそれがわかるのです……」

 うっとりとした顔で答える水の大精霊ウンディーネ

 いずれ、か。

 それは、千年後に俺が太陽の勇者アレクサンドルと戦って、精霊そのものになってしまった時のことだろうか?

 女神様は、あれを『精霊王』というのだと教えてくれた。




 ――そして、俺の魂は『ノア様の制約』によって、二度と『精霊王』に成ることはできない。




 千年前にきて、試したことがある。

 右手だけの『精霊化』は可能だったが、全身の『精霊化』をしようとすると気絶してしまうのだ。

 ノア様の信者を止めても『魂の制約』は外れないらしい。


 俺は、ニコニコしている水の大精霊ウンディーネを見つめた。

 この子は、俺が『精霊王』に成ることを期待している。

 だが、俺にはもうできない。

 まるで騙しているみたいで、気が引ける。

 俺が何とも言えない気分になってる時だった。


「ところで……我が王。お願いがあるのですが……」

 水の大精霊ウンディーネが、遠慮がちに俺に腕を絡めてきた。

 彼女の身体は、当然水で出来ているのだが、膨大な魔力マナを含んだその精霊体は体温のように温かかった。


「な、なにかな?」

 水の大精霊ウンディーネのお願い……。

 一体、何をさせられるんだ?

 

「名を呼んでいただけませんか……?」

「名前を呼ぶ?」

「はい。そうなのです……」

「えーと、じゃあ。名前を教えて?」

 なんだ、そんなことかと安堵する。


「名前はありません」

「………………はぁ?」

 意味がわからん。

 俺の疑問を解消するように、水の大精霊ウンディーネが言葉を続けた。


「我が王。どうか、わたしに名前をお付けください……」

「俺が名前を付ける……?」

 えーと、名前を呼んでってのは、名づけをしてから、名前を呼んでって意味か。

 なるほど。


 俺はもう『精霊王』には成れないが、それくらいならできる。

 何度も助けて貰っている水の大精霊ウンディーネの頼みだ。

 断る理由はない。

 ただ、急に言われてもすぐには思いつかない。


「名前、なまえか……難しいな」

「我が王がつけてくださるなら、どんな名前でも結構です」

「そう言われてもな……」

 ワクワクと目を輝かせる水の大精霊。

 水の大精霊の名前、ウンディーネ……うーむ。

 アクアマリンとか……? 嫌駄目だ。

 キラキラネームをつけるわけにはいかない……。

 そうだなぁ。


「じゃあ、ウンディーネからDディーの文字を取って、あと俺たちはティターン神族のノア様を信仰しているから……Aの文字をノア様からお借りしようか」

 恐れ多いかな? という思いが一瞬頭をよぎったが、ノア様だし「そんな細かい事気にしないわよ」って笑って許してくれそうな気がする。

 我らが女神様は寛容だ。


「決めたよ」

「はい!」

「君の名前は……」



 ――Diaディーア



「ディーア、でどうかな?」

 俺が告げると、水の大精霊ウンディーネは呆けたような顔をした。

 あれ? 気に入らなかった?


「…………、Dia……ディーア、……ディーア、何と素晴らしい名前!」

 よかった、気に入らないわけじゃなさそうだ。


 その時、水の大精霊ウンディーネの身体が突然輝いた。


「え?」

 水の大精霊ウンディーネに、いや『Diaディーア』におぞましいほどの魔力マナが集まる。

 呼応するように、大迷宮が大きく揺れた。

 Diaディーアの身体から溢れる魔力で、地面が、壁が、空気が

 って、これはマズい!


「す、ストップ! ストップだ、ディーア!」

「は、はい、申し訳ありません、我が王……。あまりの嬉しさに喜びが抑えきれませんでした」

「…………」

 水の大精霊ウンディーネが、ぺこぺこと頭を下げた。


 俺は、凍りついた深層を眺めた。

 どうやら、水の大精霊ディーアが喜んだだけで、こうなってしまったらしい。


 ……俺はとんでもないことをしてしまったのかもしれない。

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