230話 高月マコトは、精霊使いである

「モモ。迎えが遅くなったお詫びに、仇を討つよ」

 俺は大賢者様モモに言った。


「えっ?」

 モモが小さく声を上げ、その頬がピンクに染まっている。

 ちょっと、カッコつけすぎただろうか?


「……聞き違いか。愚かな家畜の戯言が聞こえた気がしたが」

 魔王の腹心バラムが不愉快そうに眉を潜めた。

 俺の声が聞こえていたらしい。


「アベルさん、モモをお願いできますか?」

 俺はモモを勇者アベルに任せた。


「待ってください、マコトさん!」

「マコト様!」

 二人はまだ慌てているが、俺は豪魔バラムに向き直った。


「勇者以外は殺せ」

 魔王の腹心バラムが、端的に命令を下した。


「「「「はっ!」」」」

「「「「グオオオオオ!!!!」」」」

 魔族の軍団と、魔物たちが一斉に俺たちに飛びかかってきた。


「くっ!」

「ひぃっ!!」

 勇者アベルが悲鳴を上げるモモを護っている。

 俺は周りに呼びかけた。


「XXXXXXXXXX(精霊さん、よろしく)」

(((((((はーい!)))))))

 精霊語で、水の精霊にお願いをする。

 

 魔物の群れが俺たちを押し潰す寸前



 ――水魔法・氷の世界



 近くの魔物たちが氷漬けになった。

 が、敵の数はまだまだ多い。

「ほう……」という魔王の腹心バラムの感心するような声が聞こえた。


「死ねぇ!!」

 真っ黒な巨大な鎌を持った魔族が、飛びかかってきた。


「あれは!?」

「九血鬼将!」

 モモと勇者アベルの声が聞こえた。

 有名な魔族なのだろうか?


「XXXXXXXXXX(水の大精霊ウンディーネ、お願い)」

(はい、我が王の頼みとあらば)

 強そうな敵なので精霊語で、水の大精霊ウンディーネにお願いをした。

 ……我が王って何だ?

 あとで、確認しよう。



 ――水魔法・聖氷結界



 水の大精霊ウンディーネ魔力マナを使って聖級水魔法を放つ。


「ぐわああああああっ!」

 九血鬼将の人は、結界ごと氷漬けになった。

 なんか、さっきからワンパターンだな……。 

 ま、いっか。

 氷漬けこれが一番効率がいいんだよなぁ。


「一斉にかかれ」

 少しイライラとした口調となった魔王の腹心バラムが配下に命じた。

 

 津波のように襲いかかって来る魔族と魔物。

 俺はそれを水の精霊と水の大精霊ウンディーネ魔力マナを借りて撃退した。

 精霊の魔力は、無尽蔵だ。


 ただし、以前なら調子に乗って使い過ぎて暴走して、大賢者様に怒られたんだけど……。

 水魔法の熟練度『999』のおかげだろうか?

 どんな魔法でも、容易く扱える。


 ちらっと、勇者アベルとモモのほうを振り返った。

 二人そろって、大口を空けてポカンとしている。


 モモは、俺と目が合うと「凄いです! マコト様!」と瞳を輝かせている。

 見た目は大賢者様だから、調子が狂うなぁ……。


「貴様! どこを見ている!」

「水魔法・氷の世界」

 激昂した魔族が飛びかかってきたので、氷漬けにしておいた。

 

 まだまだ、敵の数は多い。

 油断なくいこう。




 ◇とある魔王の腹心の視点◇




 我は――豪魔将軍バラムと呼ばれ、500年に渡り魔王ビフロンス様に仕えてきた。

 これまで、魔王様を狙う愚か者共を数え切れぬほど屠ってきた。


 今回は、魔眼のセテカーが捕らえた勇者の処刑。

 愚かなガーゴイルたちが数名の勇者を逃がしてしまったが、そのうちの一人はノコノコ戻って来た。


『光の勇者』を確殺せよ。

 それが、大魔王様の命令であった。

 

 魔族太平の世となって千余年が過ぎている。

『光の勇者』なるものが歯ごたえのある敵であるなら、武人として相まみえてみたいものだ、と思っていた。

 もっとも、期待はできない。

 人族たちに、魔王様へ歯向かう気概を持った者は少ない。


 ここ百年、ましな戦士とすら出会えていない。 

 今日までは。

 次々に配下の魔物が氷漬けにされていく。


「面白い……」

 骨のある敵だ。

 不遜にも魔王ビフロンス様のお膝元で、無礼を働く輩。

 しかし、震えている『雷の勇者』と比べ、なんと堂々としたことか。


「我は豪魔のバラム! 魔王ビフロンス様第一の腹心である!」

 腰の魔剣を引き抜き、名乗った。

 人族相手に名乗りを上げるなど初めてのことだった。

 人族の魔法使いは、ちらりと我の方を見たが何も答えなかった。


「名を名乗れ!」

 怒鳴ったが、返事はなかった。


 我は失望した。

 所詮は、下等な人族。

 戦士同士の名乗りすら出来ぬとは。

 ならば、一太刀のもとに切り捨ててくれよう。


「豪剣・闇斬り」

 我の魔剣から巨大な漆黒の斬撃が放たれる。


「XXXXXXX」

 その魔法使いが聞き慣れぬ言葉を発すると、巨大な結界が斬撃を防いだ。

 氷結界か。

 大したものだが、魔力も無限ではあるまい。

 魔力が尽きた時が、おまえの最後だ。


 我は魔剣から更なる追撃を放った。

 さぁ、いつまでもつかな?




 ◇




「馬鹿な、馬鹿な、馬鹿な、馬鹿な、馬鹿な、馬鹿な、馬鹿な、馬鹿な、馬鹿な、馬鹿な、馬鹿な、馬鹿な………」

 我の放つ斬撃、突き、魔法、全てがヤツの魔法で防がれた。

 気が付くと我の配下も全滅している。

 一体、どれほどの魔法を使い続けたのだろうか。

 なぜ魔力が尽きない?

 理屈が合わぬ。


 

 やつは、その場から動いていない。

 涼しい顔をして、魔法を撃ち続けている。



「XXXXXX? XXX……」

 先ほどから聞いたことが無い、言葉で誰も居ない方向に向かって話している。

 ……いや、あれは魔王カイン様が稀に使っている精霊語か……?

 やつは、精霊使いなのか?

 しかし、それでも……。


 何を考えているかわからぬ目をこちらに向けた。

 ゆっくりと、こちらへ歩いてくる。 


「こ、こい!」

 我は代々受け継がれている魔剣を構え、全魔力を魔剣に注いだ。

 

「うおおおおおおおっ!」

 使えば寿命を縮める奥義。

 我の全力の攻撃を魔剣を通して、放った。

 どんな敵も細切れに切り裂く九十九の斬撃が奴を襲う。

 だが……、




 ――水魔法・聖氷結界




 我の奥義は、無情な氷の結界に阻まれた。

 奴の所には届かず、刃は止まった。


「くっ……」

 全力で技を放った我は、膝をついた。

 地面は、凍りついていた。

 ゆっくりと冷気が身体に這ってくる。


 そして、やつがこちらに迫る。

 魔法使いが、何故距離を詰める……?

 だが、チャンスだ。

 さ、最後の手段を……。

 武人らしからぬ、卑怯な技ではあるが……。


「いけません、マコトさん! 豪魔のバラムの眼は、恐怖の魔眼! その目を見ると恐怖で動けなくなります!」

 雷の勇者が叫ぶが、遅い。


「終わりだ!!」

 我は『恐怖の魔眼』を発動させ、奴の眼を見た。

 相手は、動けなくなる……はずだった。




 ――我は生まれて初めて、相手の目を見て恐怖した

 



「あ……ああ…………」

 喉から声が出なかった。 

 さきほどから、何度呼びかけても応えぬ訳。

 それを理解してしまった。


 名乗りも上げられぬ知能の低い家畜。

 そう見下していた。

 所詮は、武人ではない野蛮な戦士なのだと思った。

 だが、そうではなかった。



 奴の眼は、……我を見る奴の眼は、――を見る眼だった。



 もしくは、耳元を飛ぶ蚊か。

 我が『敵』と認めた相手は、こちらを路傍の石ころ程度にしか見ていなかった。

 興味が無かったのだ。

 我は……奴に敵だと思われていなかった。


 動けない。

 我の身体は、水魔法によって凍っている。

 だが、魔王ビフロンス様に血を分け与えられた我の肉体は不死身だ。


 我を殺すことは、何人たりともできはしない……はずだ。

 なのに、この感情は何だ?


 ――


 絶望的な恐怖が、襲ってくる。

 その男は、腰の短剣を引き抜き天に掲げた。 



水の女神エイル様……、あなたへ捧げます」

 


 水の女神エイル

 貴様は水の勇者か!

 しかし、水の勇者は魔王カイン様によって殺されたはず……。

 新しい勇者が生まれた?

 いくらなんでも早すぎる!


 いや、そもそも水の勇者など、いつも最初に殺される最弱の勇者。

 こいつが水の勇者のはずが……。

 貴様は……何者なのだ?

 頭は混乱したが、身体を動かすことができない。


 小さな短剣が我の身体に突き立てられた。

 次の瞬間、小さな光が周囲を取り巻いた。


(クス……クス……クス……クス……)

(キャッ! キャッ!)


 なっ!?

 突如目の前に現れた、小さな羽を生やした赤子。

 むき出しの歯を見せ、醜悪に嗤う天の使いエンジェル

 そいつらが、我の身体を

  

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」

 絶叫を上げた。

 生きたまま喰われる。

 痛みと恐怖、なにより『魂が』喰われているということを、本能が理解した。

 

 無理だ。

 たとえ、魔王様の血を分け与えられた不死身の肉体をもっても、魂を喰われれば復活できない。


「モモ、アベルさん、

 奴は後ろを振り向き仲間の元へ帰ろうとした。


「……ま、マテ! ……キサマはナニモノだ!」

 最後の力を振り絞り、我は問うた。


 返事はなかった。

 だが、振り返った。

 そして、我を不思議そうに見ていた。 


「まだ、喋れるのか」

 気の毒そうに、呟いた。


 ああ……。

 こいつは、勇者では無い。

 我が今まで相手にしてきた勇者は、正義の義憤か、虐げられた人族の恨みか、愛するものを奪われた復讐か、いずれも強い感情で動いていた。


 だが、こいつは違う。

 正義も、恨みも、復讐も、何も持っていない。

 まるでそれが『仕事』だと言わんばかりに。

 息をするように魔族を殺す。


 死神だ。

 魔族にとっての死神。

 

 お気を付けください、魔王ビフロンス様。

 忌まわしき天の神は、恐ろしい刺客をよこしてきました。

 ここで滅びる我をお許しください。



 ――家畜と見下していた人族の魔法によって、我は喰われ、滅んだ。

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