231話 高月マコトは、勇者アベルと語る
「……っ、ぁぁぁ!!!!」
豪魔のバラムの声にならない断末魔が耳に響いた。
うへぇ、くわばらくわばら。
……前も思ったけど、この技エグ過ぎません?
もしかしたら、
これ、ちゃんと生贄術として発動してるのかな?
俺は
今は、跡形も残っていない。
(成仏してください……)
この世界の流儀ではないが、両手を合わせておいた。
「マコト様!」
「モモ、仇を討ったよ」
「凄いです! ……マコト様、私、わたし」
ぎゅーっと、抱きしめてくるのだが吸血鬼になった
ちょっと、苦し。
「マコトさん! 長居は危険です、ここを離れましょう!」
勇者アベルが焦った声で、俺を呼んだ。
確かに魔王ビフロンスは城内に居るはずだし、魔眼のセテカーあたりに見つかったらお終いだ。
あっという間に、石化されて全滅してしまう。
俺は再び水魔法で『霧』を発生させ、『隠密』スキルを使ってこそこそとその場を離れた。
途中、何回か追手に見つかったが全て『精霊魔法』で撃退した。
俺たちは再び、魔王領『人間牧場』からの脱走に成功した。
◇勇者アベルの視点
あれから丸一日、僕たちは逃げ続けた。
前回との違い。
それはモモちゃんが『吸血鬼』であることだ。
魔物化したモモちゃんは、体力が大幅に増えているようで長時間の移動を苦としていなかった。
「ちょ、ちょっと休憩を……」
最初に力尽きたのは、マコトさんだった。
魔王の腹心をあっさりと倒すほどの凄腕の魔法使いなのに……意外だ。
しばらく歩いて、隠れられそうな洞穴で僕たちは休息を取った。
マコトさんはすぐ横になり、モモちゃんは見張り。
僕は近場で水を汲み、魚を何匹か獲ってきた。
「料理は、私にさせてください!」
モモちゃんが、料理人を買って出た。
焚火をするのかと思ったが、石を火魔法で焼いてその上で魚を焼いている。
へぇ……焚火より、煙が少ない。
いい方法だ。
魚が焼けるいい匂いが漂ってきた。
僕は手持ちの塩を、魚の身に振りかけた。
「どうぞ、できました。マコト様、起きてください」
「ありがとう、モモちゃん」
「おはよう……モモ、アベルさん」
僕とマコトさんは、脂が乗った焼き魚をかじった。
美味しい……、その味を噛みしめながら、改めて生き残ったことを実感した。
豪魔のバラムを倒すなんて……、僕はマコトさんを眺め、そして隣のモモちゃんの様子に気付いた。
「モモちゃんは、食べないのかい?」
自ら作った料理を、この子は全く食べていない。
「あの……、私は。今はお腹が空いていないので……」
青白い顔で、モモちゃんは弱々しく答えた。
あれだけ動いて空腹じゃないはずが無いんだけど……。
「ああ、そういうことか」
モモちゃんの様子を見て、マコトさんがすぐに何かを察したように言った。
「モモ、俺の血を飲んでいいよ」
「「!?」」
そ、そうか!?
モモちゃんは、吸血鬼。
だから、食事には『血』が必要なんだ。
「ま、マコト様! 違います、私はっ!」
モモちゃんが真っ青な顔をして、首をぶんぶんと振る。
吸血鬼は、血を飲まずには存在できない。
いや、魔族とはそういうものだ。
魔王軍の魔族や魔物たちにとって、人族は食料。
だから、魔族と人とは共存できない。
「私は、血を飲んだりしません! しませんから! お願いです、私を見捨てないで……」
泣きそうになりながら、必死で否定するモモちゃんを見て僕は息苦しくなった。
気付かなかった。
この子は、こんなに悩み苦しんでいたのか。
が、マコトさんは気に留めていない様子だった。
「いいから、さっさと飲めって」
マコトさんは、モモちゃんを抱き寄せ首元に口を持ってきた。
な! マコトさん、見かけより強引なんですね!?
「はぅっ、マコト様!? あのっ……? 私が血を吸っても厭わないのですか……?」
「気にしないから。飲まないと、倒れるぞ」
「は、はい……では、失礼します」
モモちゃんが、おそるおそるマコトさんの身体に乗り、首に腕を回した。
首筋に小さな口が触れ、「くっ」とマコトさんが少し痛そうなうめき声をあげた。
モモちゃんが、ぎゅっと強く身体を抱きしめ、コクコク喉が鳴った。
しばらくそれが続き「はぁ」というため息と共に、モモちゃんが口を離した。
血色が良くなり、頬はピンク色に染まり、顔は恍惚としている。
「マコト様……」
モモちゃんはうっとりとした顔で、マコトさんの身体に乗ったままだ。
可愛らしい唇が血で真っ赤に染まり、幼い顔が妖艶に感じる。
そして、その唇がマコトさんの口にゆっくりと近づき……って、えっ!?
ぺちっ
と間抜けな音がした。
「あたっ」
マコトさんが、モモちゃんの額を軽くはたいた。
ここで、モモちゃんが「はっ!?」とした顔をして、その後、真っ赤になった。
「わ、私は何てことを!?」
「あー、いや。悪いモモ。『魅了』スキルを使いっぱなしだった」
「「え?」」
マコトさんの言葉に、僕とモモちゃんは驚きの声を上げた。
「精霊魔法に必要なんだ。もうスキルを止めたから大丈夫」
「はぁ……」
「俺は休んだから、次はモモが休んで。少し休憩したらまた移動しよう」
「は、はい……。あの、マコト様。私は吸血鬼ですが……本当にご一緒してもよろしいのですか?」
「ああ、俺は気にしないよ」
その時、マコトさんが僕の方を見た。
「ぼ、僕も大丈夫。マコトさんがいいなら!」
本当は、吸血鬼になったモモちゃんが少し怖かったけど、駄目とは言えなかった。
「……嬉しいです。こんな身体になった私を……」
モモちゃんは、ほっとしたように消え入るような声で、すぐに眠ってしまった。
本当は、休みたかったのだろう。
体力は増えても、彼女はまだまだ子供なんだ。
それに気付かず、僕は……。
マコトさんが、モモちゃんの真っ白な髪を撫でている。
なんて余裕があるんだろう。
「アベルさんは、休まなくて大丈夫?」
マコトさんが、僕にも気を使って声をかけてくれた。
「僕は、大丈夫です」
「そうですか」
実際、僕は何もしていない。
何か手伝えることがあれば、と思ったけど結局何もできなかった……。
「「……」」
僕たちは、無言になった。
何もすることが無くなると、マコトさんは水魔法で生き物を作って操っている。
目の前を、キラキラ光る小さな魚の群れが通り過ぎた。
……凄い。
小さな魚の一匹一匹が信じられないくらい繊細な造形をしている。
鱗が煌めき、ヒレが揺れ、瞳が動いている。
これほど緻密な魔法、どれほど集中しているのだろう、と彼の顔を見た。
マコトさんは魔法のほうに全く視線を向けず、モモちゃんの顔を妹を見る兄のような顔で眺めていた。
駄目だ、とても敵わない。
この人は、本当に凄い。
正直、攫われたモモちゃんを助けるなんて不可能だと思っていた。
マコトさんは、無謀な行いをしようとしているのだと。
だけど、終わってみれば当然のようにモモちゃんを救い、魔王の腹心まで倒した。
まるで、勇者そのものだ。
僕の師匠が、『こうなれ』と言っていた、理想の勇者だった。
「マコトさんは……本当に、凄いですね」
「アベルさん?」
気が付くと、口に出していた。
「僕は駄目な勇者です。『雷の勇者』として太陽の女神様にスキルを頂いておきながら、使いこなすことができない……。これから向かう『大迷宮』に居る中で一番弱い勇者です。僕に目をかけてくれた師匠も魔王カインによって、僕の身代わりに殺されてしまった……」
気が付くと、ぽたりと涙があふれていた。
情けない……。
「僕なんかが生き延びたって、駄目なんだ……。師匠が、火の勇者が生き延びるべきだった……」
マコトさんの立派な行いと比べて、自分の弱さが嫌になる。
口から出るのは、泣きごとばかりだった。
その間、マコトさんは何も言わなかった。
僕が視線を上げると、こちらをじっと見つめていた。
勇者らしからぬ、情けない言葉に失望した……というわけではなさそうだ。
きょとんとしたその顔は、何を考えているのかわからなかったけど、強いて言えば『不思議そうな』顔に見えた。
僕は恥ずかしくなった。
「マコトさん、変な事を言いました。すいません。マコトさんは大迷宮で
「アベルさん、そんなことは無いですよ」
僕に気を使って、マコトさんが励ましてくれたが僕には響かなかった。
「いいんです。僕には魔王と戦うなんて、到底無理……」
「アベルさん、俺の神託を正確に伝えるよ」
僕の言葉を、マコトさんが遮った。
それなら前に教えてもらったので、覚えている。
「神託は……勇者を助ける、ですよね? だから
「違う」
マコトさんは、首を横に振った。
違う……のか。
では、一体。
――勇者アベルを助けろ
「え?」
マコトさんの言葉の意味を理解できなかった。
この人は今、何て言ったんだ?
「俺が
真っすぐ視線を向けられ僕の頭は、真っ白になった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます