225話 高月マコトは、魔王領を探索する
「ここは、魔王ビフロンス様の人間牧場です」
「に、人間牧場……?」
耳慣れない言葉に、思わず聞き返してしまった。
「はい、魔王ビフロンス様の配下は人間を食料とする魔族が多くいます。そのため、高い壁を築いた牧場内で人間を放し飼いにしてます……。ここでは、食料は定期的に支給されますが長くは、生きられません……。若くして魔族や魔物に食べられますから……」
「……………………」
言葉を失った。
聞いたことはある。
暗黒時代に人族は、家畜のような扱いを受けたと。
だが……これは、家畜そのものじゃないか……。
状況が絶望的過ぎません?
「人間の街は、……ないのか?」
「え? は、はい……外にはあると聞いたことがありますが、私は牧場の生まれなので、行ったことはありません……」
まじか……。
牧場生まれの人間……なんてこった。
俺がカルチャーショックを受けて、ぼんやりしていると少女がぐくっと近づいてきた。
「あ、あのっ! わたし、モモと申します。あなた様のお名前を教えていただけませんか……?」
「……名前?」
名前か……。
んー、名乗っていいのか?
俺は本来、この時代に居ないはずの人間だが……。
いや、
細かいことは気にするなと。
「マコトだ」
名字は伏せた。
十分だろう。
「マコト様……」
少女は、さらに俺に近づいて来た。
細い肩だ……。
「危ない所を助けていただき、本当にありがとうございます。私はお返しできるものは何も持っていません……。お返しできるとしたら、
幼女は俺に抱きつき、囁いた。
その瞳は潤み、捨てられそうな子犬のようだった。
って、え!?
この子、今何て言った?
「貧相な身体ですが……経験はありません。初めてです。もしお気に召しましたら……私をマコト様の庇護下においていただけないでしょうか……」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
当たり前だが、そーいう目的で助けたわけではない。
単に、千年前で出会った最初の人間だっただけだ。
これは良くない。
「両親は……どうしたの?」
話題を変えようと、質問した。
「父は……三年前に死にました」
「……そっか」
「母は、三日前に死にました」
「…………」
やべぇ、何も言えない。
「私にはもう頼れる人はいません。マコト様は何の縁も無いわたしを救ってくださいました。母が死ぬ直前の言葉は『生きて』というものでした。私は生きるために、こんな浅ましいことしかできませんが……それでも、哀れな私を助けていただけないでしょうか……」
その必死な様子に、胸が締め付けられるような思いがした。
10歳くらいに見える子が、こんな言葉を……。
俺は気軽に助けたが、この世界はこれがありふれた日常なのだろう。
……なら、助けた責任は俺が負わないといけない。
「モモ」
「は、はいっ!」
俺は少女の肩を抱き、身体から離した。
「さっきも言ったけど、俺は人を探してる。勇者アベル、って人だ。聞いたことは無い?」
「……いえ、私は外の世界に詳しくないので……。聞いたことはありません。お役に立てず申し訳ありません……」
少女の顔がみるみる暗く、沈んでいった。
きっと役に立たないと判断された、と思ったのだろう。
「じゃあ、探すのを手伝ってくれないか? 俺は遠い国からやって来たばかりで、この辺に詳しくないんだ。案内を頼めるかな?」
「え?」
少女が、ぽかんと口を開けた。
俺の言った言葉が理解できないかのように。
「あ、あの……それは一体、どういう……」
「俺を案内してくれるなら、君のことを守るよ。そういう条件はどう?」
「っ!? はい! 喜んで! よろしくお願いします!」
弾けるような笑顔で、抱きつかれた。
――こうして、俺に千年前の仲間ができた。
◇
俺はモモと、三日ほど魔王ビフロンスの領地内を彷徨った。
何度か隠れ住んでいる現地の人族と出会ったが、皆生気の無い目をしていた。
ひ弱そうな俺と、幼いモモの二人組だと因縁でもつけられるかと思ったけど、皆そんな気力すらないようだ。
話しかけてみたが、誰も勇者アベルのことは知らなかった。
困ったことは、現地の人族はボロボロの服装で、明らかに旅人姿の俺は少し目立った。
なるべく簡素な服装にして、現地の恰好に合わせた。
上着は、モモに与えた。
魔王領の『人間牧場』では、定期的に食料が配給される。
まさに、人間が飼育されている……。
その時に魔族や魔物に、屠殺される可能性が高い。
だから、配給される食料を貰いに行くことはリスクが高い。
俺は川の近くを拠点にして、魚などを獲って食料にした。
料理方法だが……。
「モモ、火魔法が使えるのか?」
「はい、火魔法と土魔法を少々……」
魚をモモの火魔法を使って、焼くことにした。
調味料は携帯していた塩だけの味気ないもの。
「凄いじゃないか、それなら魔物に襲われたって戦えるんじゃないか?」
「む、無理ですっ!? 私なんかより、はるかに強い魔法やスキルを使える人も沢山います! でも、誰も魔王軍の魔物には敵いません……。もしも、運良く勝てても、魔王軍の幹部にあっという間に殺されます……」
「幹部?」
「不死の十六将や、九血鬼将。それらを束ねる最高幹部の『豪魔のバラム』『妖艶のシューリ』『魔眼のセテカー』です。最高幹部は勇者様ですら敵わないと言われている恐ろしい魔族です……」
「あー……」
最高幹部のうち二人は知ってる人だった。
そして、因縁ありまくりだった。
うん、そりゃ転移後にここに来るはずだわ。
「あの……マコト様は、いつも本を読んでますね。それは何の本なのですか?」
「ん?」
俺は千年前に来てから、合間を見ては『太陽魔法・初級』と『運命魔法・初級』の修行をしている。
水の魔法は、言わずもがな。
そして、修行をしながら『勇者アベルの伝説』を読んでいる。
モモは、それが気になったらしい。
「これは、故郷の本だよ。旅の前に大切な人から貰ったんだ」
旅立つ直前のソフィア王女の顔が浮かんだ。
「そうなのですね。私は文字が読めないので、本が読めるのは羨ましいです……」
モモがしょんぼりとした。
これが、勇者アベルの本を堂々と読める理由だ。
見られても問題が無い。
「そのうち文字も教えるよ。でも、まずは魔法の修行だな。とりあえず、無詠唱で魔法が使えるようになろうか」
「はーい……」
今はモモと一緒に居るが、ずっとというわけにはいかない。
だから、可能な限り魔法を教えようと思った。
せめて、一人でも生き延びられるくらいに……。
俺は水魔法を使いながら、絵本に視線を落とした。
勇者アベルの伝説――第一章。
それは小さな村で育った少年が、勇者の力に目覚める話。
そして、師である火の勇者と共に、成長する話。
一章の最後は、勇者アベルは、他の勇者たちと力を合わせ
そう、勇者アベルによって最初に倒される魔王は
だから、俺はここで勇者アベルが来るのを待つつもりだ。
本当は、大きな街にでも行って情報を集めようと思ったのだが……。
闇雲に探し回って無駄足になるのが怖いので、確実に出会えるポイントで張ることにした。
俺はモモに千年前の話を教えてもらい、俺はモモに魔法を教える。
魔族や魔物が、ウロウロしているが水魔法・霧で視界を邪魔して『隠密』スキルを使えば、見つかる可能性は低い。
飯が不味い点は不満だが……贅沢は言うまい。
そして、不満ではないが困ったことが起きている。
夜になるたびに、モモが
俺が修行を終えて寝ていると、旅用の小さな毛布に潜り込んでくる。
出会った時は、ボロボロの恰好だったが、身体を水魔法で洗ってやり、俺の着替えを与え、今は小奇麗になっている。
初めて見た時も思ったが、更に美少女が際立った。
それを理解してかしないでか、上目遣いで迫るモモは可愛かった。
(手は出さないけどな……)
千年前に着いて、数日で現地の幼女に手を出すとか……。
ルーシーやさーさんにバレたら殺される。
「モモ、寝ろよ。魔物がきたら俺の『危険感知』スキルで気付けるから」
「は、はい……」
今日も俺が手を出さないとわかって、しょんぼりしてモモは眠りについた。
◇
ある日、川で魚を獲っていると見知らぬ少年が話かけてきた。
モモは、さっと身を隠した。
猫みたいだ。
「よお、にーさん」
少年は馴れ馴れしく近づいて来た。
「やぁ、調子はどう?」
「全然だな」
「ふーん」
一応警戒したが、特に敵意は無さそうだ。
「……いい話なんざ全くだよ。さっきも最悪の噂を聞いたところだ」
「へぇ、どんな話?」
「ん? ……まあ、言ってもいいんだけどさぁ」
ちらちらと、俺たちが焼いてる魚を見ている。
これが狙いか。
俺は一匹、分けてやった。
「へへっ、ありがとな。なんでも、今度沢山の
投げやりな口調で、少年は去っていった。
俺は、その話を聞いて震えた。
勇者たちの処刑?
もし、その中にアベルが居たら……?
(
俺がのんびりしている間に、とんでもない状況になっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます