226話 高月マコトは、魔王城へ向かう

「あの……マコト様? こちらの方向の先は魔王城ですが……」

 モモが怯えたように俺の袖を引いた。


『人間牧場』は、魔王城の裏手にあり巨大な漆黒の城は遠目にもはっきり見える。

 魔王城の近くには、魔王の側近たちが居を構えている。

 彼らは強く、見つかれば瞬く間に喰われてしまう。


 だから、これまで俺とモモは魔王城から距離を取って過ごしてきた。 

 しかし、さっきの少年から聞いた話。


 

 ――勇者たちが処刑される。



 その中に勇者アベルが含まれていたら、神託は失敗だ。

 そして俺の予想では、その可能性が高い。

 絵本『勇者アベルの伝説』によると、アベルは後半になるほど強くなる。

 

 天空を駆る聖竜に乗り、世界中を巡って魔王を撃破し、救世主と呼ばれるようになる。

 伝説が本当なら、強くなったアベルに勝てる者はほとんど居ないはずだ。

 だから、過去改変を目論むなら勇者アベルが強者に覚醒する前を狙うだろう。


 アベルによって最初に討伐される魔王ビフロンス。

 このタイミングで、処刑されそうになっている勇者。

 ……話を聞かなかったら、危なかった。


「モモ、俺はこれから魔王城で勇者を助けようと思う」

「っ!?」

 俺の目的は伝えているので、予想はしていただろうけど、それでもモモの顔が大きく引きつった。


「ど、どうやって……ですか?」

「わからん。まずは、現地の情報収集かな」

「どなたかお仲間は……?」

「居ない。俺一人だ」

「そんな、無……」

 無理、と言いかけたのかもしれないが、モモは俯いて黙った。

 

「わ、私は……」

 そうなんだよなぁ。

 モモの魔法熟練度は、無詠唱すらできないレベル。

 戦力としては、心もとない。

 かといって、どこかに隠れておいてくれと言っても『人間牧場』に安全な場所などない。


「一緒に来る?」

「……いいんですか?」

 結局、手の届く範囲で護ることしか思いつかなかった。

 なにより、今は俺自身が焦っている。

 とにかく、処刑されそうになっている勇者の現状が知りたい。


「行こう」

「はい」

 俺とモモは手を繋ぎ、『隠密』スキルを使いながら魔王城へと急いだ。




 ◇



 

「うーん、これ以上は進めないか……」

「……難しいですね」

 現在俺たちがいるのは、魔王城のの近くにある小高い丘。

 城下町の周りは、ぐるりと堀と壁に囲まれている。

 

 もっとも城壁は外敵を防ぐ、というより『ここから先は特別な場所だ』という区別の意味合いのほうが強そうだ。

 そして、城下町の中に居るのはほとんどが魔族。

 あとは、魔族の奴隷らしき、エルフやドワーフ。

 人族の奴隷も居る。

 皆、美しい容姿をしていたり、立派な体格をしていたりと、わかりやすい特徴を備えている。

 

(俺とモモが紛れ込むのは難しいか……?)


 焦る気持ちを抑え、俺は『千里眼』と『聞き耳』で情報収集に努めた。

 魔族たちは声が大きく、『聞き耳』スキルで簡単に会話を拾えた。

 結果わかったことがある。


・現在、魔王ビフロンスは不在である

・勇者たちの処刑は、魔王ビフロンスが戻り次第、実行されるようだ

・処刑される勇者は、三名いる(名前は不明)


(魔王が不在なのは、不幸中の幸い……か)


 あと、面白い話も聞けた。

 とある魔族たちの会話だ。 


「なあ、広場で捕まってる勇者どもだけど、なんでさっさと処刑しないんだ?」

「お前、知らないのか? 勇者を殺すと、が生まれるんだよ。女神が新しい勇者にスキルを授けるからな。だから、勇者を捕らえて生かさず、殺さずが一番なんだ」

「でも、今回大魔王様が直々に『勇者を殺せ』って命令が下ったんだろう?」


「ああ、は絶対に殺さないといけないらしいんだが……どいつかわからんから、ビフロンス様が大魔王様に確認に行ってるんだとよ」

「捕らえた勇者たちを大魔王様のところに連れて行っちまえばいいんじゃ……?」

「おまえ……滅多に姿を現さない大魔王様に、下賤な勇者を連れて行くとか……。どんな怒りを買うかわからんぞ」


「おそろしやおそろしや。まあ、俺たちだって大魔王様の御姿を見たことがないからな」

「あの御声を聞いただけで、震えあがってしまうよ」

「そういえば、勇者は殺さずに生け捕りのほうがいいんだよな……?」

「ああ、さっき教えただろ」


「じゃあ、黒騎士カイン様はどうして勇者をすぐにぶち殺してしまわれるんだ?」

「おまえ……カイン様がそんな常識的な判断をされるわけがないだろう?」

「そりゃそうか。あの御方は頭のネジがぶっ飛んでるからなぁ」

「ああ……大魔王様とは違った意味で恐ろしい御方だ……」


 そんな会話だった。


(なるほど……)

 さっさと処刑を実行しないのは、そういうわけか。

 しかし、勇者たちの中にアベルが含まれているかどうかは、結局わからんなぁ。

 あと、前任のノア様の使徒の評判が悪い。

 どんなヤツなんだろう……?

 会いたいような、会いたくないような……。


「マコト様……、いかがですか?」

 モモは俺の隣で、移動中に見つけた林檎らしき果物をかじっている。

 すまんね、食べ物がそんなんしかなくて。


「今夜、乗り込もうと思う」

「こ、今夜ですか!?」

「ああ、みんな夜は寝てるみたいだから」 

 魔王城の近くに到着したのは、昨日。

 それから丸一日、魔王城と城下町を観察した。


 夜は往来の人数が少ない。

 魔法で霧でも発生させて、それに紛れよう。

 見張りは居るが、緊張感なくだらけている。

 きっと攻め込んでくる者など、居ないのだろう。


 てっきり勇者が魔王城に攻め込んだのだと思ったが、城下町にすら辿り着けてなかったらしい。

 こんなんで、魔王軍に勝てるのだろうか……?



 俺は不安に思いつつ――夜を待った。



「水魔法・霧」

 太陽も月も『暗闇の雲』によって見えない。

 多分、時刻は丑三つ時くらいだろう。


 俺は魔法を唱え、一帯を霧で覆った。

 隠密スキルを使いながら、ゆっくりと魔族の街に近づく。

 こんな時に、フリアエさんが居たら『睡魔の呪い』でもかけてもらうんだけどなぁ。

 ま、無い物ねだりだ。


 門をくぐると門番に見つかるので、堀と城壁を越えていく。

 水魔法で空中に水の道を作り、そこを水魔法・水中歩行で移動した。

 モモとは、ずっと手を繋いでいる。

 その表情は、緊張で強張っている。


(先に『冷静』スキルを覚えてもらったほうがよかったな)

 次からの反省点だ。

 そんなことを考えつつ、俺たちは街への潜入に成功した。

 

 街の中央には、霧ごしでもわかる巨大な魔王城が建っている。

 勇者の処刑は、魔王城の正面の広場だと聞いた。

 

 魔族の街の大通りは、魔法の街灯で照らされている。

 俺とモモは、なるべく裏通りを歩いた。


『索敵』スキルを使うと、敵の反応があり過ぎて怖くなってやめた。

『危険感知』スキルを頼りに、街の中央を目指す。 

 敵地に潜入したテロリストは、こんな気分なのだろうか? 


 途中、現地の魔族が歩いていたが深い霧と『隠密』スキルでやり過ごし、無事に広場らしきところに到着した。



(モモ……大丈夫か?)

(は、はい……怖いですが)

 俺たちは建物の影に隠れ、小声で会話しつつ広場の様子を伺った。

 ぎゅっと、握ってくるモモの手を握り返す。


 見張りの魔物は……約10体。

 魔物の種別はガーゴイルだ。

 厄介だな。

 そして、広場の中央には幾つかの檻が見えた。

 中に人影が見える。

 

(どうする……?)

 ガーゴイルは、広場にぽつぽつ建っている大きな柱の天辺に鎮座している。

 敵は広場全体を見渡せ、奇襲も難しそうだ。

 うーむ、慎重に行動したいけど長居もしたくない。

 どうしたものか……。




 ――『聞き耳』スキル




 ガーゴイルたちが、会話をしているので聞いてみた。


「なぁ、今日は霧が濃いな」

「ああ、嫌な日だ。身体が湿って気持ち悪いったらねぇよ」

「あー、焚火にでもあたって、身体を乾かしてぇなぁ……」

「まったくだ、ちょっと休憩しないか?」

「でもよー、怒られるぜ?」

「なあに、ほんの一時間くらい焚火にあたるだけだよ。気分もすっきりして、見張りに集中できるってもんさ」


 ……ガーゴイルって石の魔物だよな?

 湿気が嫌いだったのか。



 ――水魔法・霧



 とりあえず、相手が嫌がってるならもっとやってあげよう。


「うぉ! さらに霧が濃くなったぞ」

「やってらんねぇ! 俺は休憩するぞ!」

「あ! ずりぃな! 俺も行きたい!」

「おい! せめて誰か残れよ!」

「だったら、隊長が残ってくださいよ!」

「ふざけんな、年功序列だ!」

 

 ガーゴイルたちは行ってしまった。

 一応、一体だけ残っているようだが、大回りすれば気付かれずに檻に辿りつけそうだ。

 出遅れたガーゴイルは不満をぶつぶつ言っており、見張りに集中していない。

 職務怠慢だが、俺にとっては幸運だ。

 

 俺は深い霧の中を、ゆっくり『隠密』スキルで檻に近づいた。

 

 檻の中には、両手両足に枷がされており、身体は鎖で縛られている男が居た。

 眠っているように見えたが、俺が近づくとすぐに目を覚ました。

 男は、警戒した目を向けた。


「あんた……人族か?」

 男は怪訝な顔をした。


「助けに来た」

「!?」

 俺は簡潔に目的を述べると、男は目を見開いた。


「助かる……が、この檻は魔王の腹心『シューリ』が闇魔法で造ったもので、開けることは困難……」

 俺は、その言葉を待たずにノア様の短剣を腰から抜いた。


 

 ――シャラン、と小さな音がして短剣の刃が、檻の格子を切断した。



「は?」

 驚く男を無視して、檻に入ると身体を縛っている鎖を切断し、枷も斬った。

 音を立てないように、受け止めたら「重っ!」うっかり落としそうになって、モモに受け止めてもらった。


「大丈夫ですか? マコト様」

「助かったモモ」

「は、はい……」

 どうやら俺はモモより非力らしい。

 悲しい。


「あんたは……一体」

 呆然とする男に、俺は

「名前はマコト。太陽の女神アルテナ様の神託で、勇者を助けに来た。あんたは勇者だな?」

 と尋ねた。

 それを聞くと、すぐに真剣な表情になった。


「俺は『土の勇者』ヴォルフだ。ありがとう、助かった。他の檻に仲間が居るんだ。助けてくれ」

 アベルじゃなかった。

 が、他にも居る。

 そっちはどうだ?


「わかった。仲間も勇者か?」

「ああ、そうだ……向こうの檻に捕らえられているのは『木の勇者』ジュリエッタと『雷の勇者』だ」

「!?」

 俺は心の中で、ガッツポーズをした。



 ――救世主アベルとの接触に成功した。

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