第十章 『千年前』編

224話 高月マコトは、千年前に降り立つ


 ――ゲートをくぐると、激しい頭痛に襲われた。



 俺は頭をおさえ、次に気付いた時、真っ暗な闇の中にいた。

 前後左右、上下すらわからない奇妙な空間。

 何も見えず、何も聞こえない。

 五感全てが奪われた気がした。


 目を開いているのか、閉じているのか。

 呼吸をしているのか、していないのか。

 俺は生きているのか、死んでいるのか。

 何もわからない……。


 意識が朦朧とする。

 どれくらいの時が経っただろう。

 一瞬だったかもしれないし、長い時間が経ったかもしれない。


 俺は意識を失ったことにすら気付けなかった。

 



 ◇




 目を覚ました時、見知らぬ場所で寝ていた。

 俺の周りには、七色の結界が張られている。


(これは……運命の女神イラ様の魔法かな?)


 結界を軽く指で押すと、音もなく崩れ去った。

 俺が目を覚ますと、解除される仕組みだったようだ。


 周りを見回すと、そこはだだっ広い荒れ地だった。

 草原というほど、草は生えておらず、林というほど木も生えていない。

 手入れのされていない荒野。

 見覚えはなかった。

 ここが千年前なのだろうか……。


 俺は空を見上げた。

 空は真っ黒な雲で覆われていた。

 太陽の光は差し込まず、世界全体が灰色に見える。


暗闇くらやみの雲……)

 神殿で習った『暗黒時代』の風景が広がっていた。

 ここは間違いなく千年前だ。

 

(……ノア様)

 心の中で呼びかけるが、返事は無い。

 俺は魂書ソウルブックを広げた。

女神ノア様の使徒』の文字は消えていた。

 賜った『精霊使い』のスキルは残っている。

 それと腰の短剣だけが、俺がノア様の信者だった証だ。


(この世界に知り合いは居ない……)

 水の神殿を出て、一人旅を始めた時の記憶が蘇った。

 いや、あの時はどうしようもなければ、水の神殿に戻ることができた。

 それに水の街マッカレンにふじやんが居ることを知っていた。


 ここには、帰る場所すら無い。

 じんわりと不安が押し寄せてくる。

 ……明鏡止水スキル。

 落ち着け。


「救世主アベルを探すか……」

 前に進もう。

 ごちゃごちゃ考えるのは止そう。

 大丈夫、きっと上手くいく。




 ◇




「全然、人が居ないんだけど……」

 独り言が多くなった。

 すでに数時間は歩き回っている。

 野生動物をちらほら見かけたが、人間には全く出会わなかった。


 気が滅入る。

 つーか、街か村は無いのか?

 ここはどこだろう? 

 運命の女神イラ様は、現代の水の国ローゼス近辺に行くはずだと言ったが、記憶にあるような場所は出てこない。

 せめて水の国ローゼスの中央にある巨大なシメイ湖が見つかれば、位置関係が把握できるのだが……。


 その時だった。


「…………!?」

「…………~」

 遠くで会話が聞こえた。

 やった、人間だ!

 思わず駆け出しそうになり、思いとどまった。

 ……今は大魔王が支配する暗黒時代。

 魔族の可能性もある。

 というか、可能性が高い。



 ――『隠密』スキル



 俺は気配を消しながら、そろそろと声の方に近づいた。

 幸い荒れ地の草の背が高いので、腰を屈めれば身を隠しながら近づくことができた。

『聞き耳』スキルを用い、会話聞き取る。


「へっへ~、こいつは俺様の獲物だぜ。俺様が見つけたんだ」

「んだよ、ケチくせぇこと言うなよ。俺にも半分寄こせよ」

「…………あっ……た、助」

 聞こえてきた会話は、お世辞にも上品とは言えなかった。

 これはハズレですね。 



 ――『千里眼』スキル  



 そこに居るのは三者だった。

 一人は幼い女の子だ。

 恐怖のためか震えている。


 そして、残りは……魔物だった。

 一体はキメラで、もう一体はグリフォン。

 見た目は普通の魔物なのだが、流暢に言葉を喋っている。

 ……千年前は、魔物も喋るのか?


「じゃあ、俺は上半身な」

「あー、ずりぃなぁ。下半身は喰いづらいんだよ」

 二体の魔物は、幼女をどのように分けるかを打ち合わせ中らしい。

 女の子は、蛇に睨まれた蛙のように動けないようだ。

 その時、ふわりと空中に文字が浮かんだ。




『少女を助けますか?』

 はい←

 いいえ




 水の神殿を出て、初めてゴブリンと戦った時のことが一瞬脳裏によぎった。

 選択肢は迷わなかった。


「XXXXXXXXXXXXX(精霊さん、精霊さん、力を貸して)」

(((((((いいよー!!!)))))))

 俺が精霊語で呼びかけると、想定以上の返事が返ってきた。

 まるで待ちわびていたような。


 膨大な魔力マナが、一瞬で集まる。

 空気が震え、地面が揺れた。

 やべ、ちょっと魔力マナが集まり過ぎた!?


「なんだ、てめぇは!?」

「おいおい、人間がまさか俺たちに逆らう気か?」

 案の定、魔物たちがこっちに気付いてしまった。

 二体の魔物が凄いスピードでこちらへ向かってくる。

 

 昔のゴブリン退治みたいに、奇襲を仕掛けるつもりだったんだけどなぁ……。

 失敗した。

 ……ま、いっか。


「水魔法・氷の世界」

 俺が二体の魔物に魔法を放つ。


「脆弱な水魔法だと?」

「おまえも頭から齧って……」

 それが彼らの最後の言葉だった。

 凍らせた結果、二体の魔物の氷像が出来上がる。

 それだけでなく、辺り一面の草原や木々に至るまで凍りついている。

 ……うーん、さっきから思ったより威力が大きいなぁ。

 

 でも、細かいことはあとだ。

 俺は幼女のもとに走った。


「あ、あの…………」

「逃げよう」

 この場所に留まっては、他の魔物が来る可能性が高い。

 俺は震えている幼女の手を引き、その場から離れた。




 ◇

 



 しばらく走って、大きな木の陰が隠れられそうだったので、俺と幼女は移動をやめた。


「大丈夫?」

 俺が声をかけると女の子は、こくんと頷いた。

 年齢は10~12歳くらいだろうか。

 ぼさぼさの黒髪に、ボロボロの服を着ている。

 ただ、よく見ると整った可愛らしい顔をしていた。


「あの……どうして、……助けてくれたのですか?」

 怯えた目で、幼女はそんなことを尋ねてきた。

 特に、理由はないんだが……。

 俺が答えに困っていると、幼女が言葉を続けた。


「あなた様が倒した魔物は、魔王軍の部隊に所属している魔物です。すぐに仲間が異変に気付き、犯人探しが始まります。そうなれば私たちはなぶり殺しにされます……」

 幼女は真っ青な顔をしている。

 なるほど、魔王軍の精鋭だったってことか。


「ちなみに、他の魔物はもっと強いの?」

「部隊長を除けば同程度ですが、部隊の数は二十体以上。一斉に襲われては、人間などひとたまりも……」

「さっきのが二十体か……それなら、問題ないかな」

「え?」

 幼女がきょとんとした目で、見つめてきた。


「えっと……それは、どういう意味……」

「あの程度の魔物なら、二十体でも三十体でも問題ないよ。一撃で凍らせられる」

 俺は女の子に不安を与えないように、なるべく優しく笑顔を向けた。


 まあ、実際のところさっき程度の魔物なら、百体以上でも多分、大丈夫だ。

 ノア様曰く、戦争特化の精霊魔法。

 多勢には、めっぽう強い。


「もしや、あなた様は…………勇者様ですか?」

 先ほどまでの生気を失った顔でなく、目に光が戻った。

 頬が少し紅潮している。

 いかん、期待を上げ過ぎたか。


「いや、俺は勇者じゃないんだけど……でも、勇者を探してるんだ」

「勇者様のお仲間なんですね!」

 幼女は、勇者の仲間だと解釈したらしい。


「ところで、俺はこの辺りの土地に詳しくなくて……ここってどこなのかな?」

「え?」

 ここで幼女が不審な目を向けた。


 いったい、こいつは何を言っているんだという目だ。

 空気を読むのが苦手な俺でもわかった。

 どうやら、おかしな質問をしたらしい。


「い、いや……実は、ここに来る前に凄く強い魔物に襲われて、頭を打ったんだ。それで記憶が曖昧でさ……」

 苦しい言い訳を使った。


「はぁ……」

 信じてくれたかどうかはわからないが、それ以上は質問されなかった。 

 一応、命の恩人だからね、俺は。

 幼女は答えてくれた。



「ここは、魔王ビフロンス様のです」

「…………」

 なんか色々とツッコミはあるのだが……。



 ――どこに転移するかはわからないけど、転移先はあなたに場所になるわ



 イラ様の言葉が蘇った。


 そう言えば、以前お会いした千年前の人物(?)がいることを思い出した。

 千年後に、俺がとどめを刺した魔王。

 因縁はばっちりだろう。


 どうやら俺は『不死の王』ビフロンスさんの領地にやってきたらしい。

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