223話 エピローグ(九章)


「あなたが選べばいいわ。世界を救うか、世界が滅ぶか……」


 ノア様の笑みは、酷薄とすら感じた。

 俺は視線を迷わせた。

 てっきり『RPGプレイヤー』スキルの選択肢が出てくると思ったけど……。

 何も出てこない。

 代わりに『視点切替』で、仲間たちの表情を確認した。


 不機嫌そうにしているルーシー。

 涙ぐんでいるさーさん。

 何かを堪えるように、冷静な顔をしているソフィア王女。

 捨てられた猫のような顔のフリアエさん……。


 決心が揺らいだ。

 何か言おうとして、やめた。

 引き留められると、流されてしまいそうだ。

 俺はノア様に向き直った。


「ノア様」

「なあに、マコト?」

「……千年前に行きます。救世主アベルを手伝ってきますね」

 俺が答えると、聖堂内の皆がため息をつくのが聞こえた。

 見るとアルテナ様も、ほっとした顔をしている。


「いいの? 仲間たちには、もう二度と会えないのよ?」

「人の決心に水を差さないでくださいよ」

 俺は苦笑いすると、仲間たちのほうへ振り返り演壇を下りた。


「ごめん、みんな。行ってくるよ」

「高月くん……だよぉ……」

 さーさんが、俺の腕を掴み胸に顔を埋めてきた。


「私も一緒に行く……。女神様、私も高月くんと一緒に行きたい……」

「佐々木アヤ、あなたは強すぎる……。千年前に送り出すと悪神に気付かれてしまうわ……。高月マコトと一緒に行くことはできない……」

「うぅ……そんな……」

 俺は泣くさーさんの肩を抱きしめる事しかできなかった。

 その後ろから、誰かが近づいてきた。


「勇者マコト……。救世主様を助ける栄誉あるお役目。あなたの武運を祈っていま……」

「ソフィア……」

 ソフィア王女の言葉が途中で詰まった。

  

「すいません、辛いのは貴方のはずなのに……」

「……」

 ソフィア王女が俯いてしまった。

 何を言えばいいのか……。


「もうー、無理しちゃって。この子ったら」

「エイル様!?」 

 突然、エイル様が現れてソフィア王女を後ろから抱きしめた。


「いつの間に降臨されてたんです?」

「んー、海底神殿にいたらノアと一緒に召喚されちゃった」

「そんな簡単に?」

 おいおい、いいのか。

 アルテナ様を見ると、頬を掻いている。

 あー、アルテナ様も意図してなかったのか。


「はーい、ソフィアちゃん。悲しい時は泣いていいのよー」

「…………はい」

 ソフィア王女は、エイル様に任せて大丈夫そうだ。


 その後ろに居たフリアエさんと目が合った。

 普段の凛とした表情は消え、おろおろしている。


「あ……あの……私の騎士」

「姫、ゴメン。俺は守護騎士なのに側に居られなくて」

「私のことはいいの! それよりあなたは本当にいいの……? たった一人で、千年前に行かないといけないなんて。そんなの酷すぎる……」

 フリアエさんが駆け寄り、俺の手を取った。

 小さく震えている。


「他に選択肢が無さそうだから」

「でも……あなたは生き返ったばかりなのに……なんで、こんな目に……」

「ま、しょうがないよ」

「あなたは、いつもそんな風に軽く言うのね……」

「姫も国造りを頑張って」

「……うん」

 俺の決心が固いと伝わったか、フリアエさんは力なく手を離した。


 最後に、俺はさっきから黙っている赤毛のエルフの女の子の方へ顔を向けた。


「ルーシー、あのさ……」

 悪い、もう一緒に冒険ができない、という俺の言葉は遮られた。

「マコト!」

 ルーシーが睨みつけるような目で、腕組みをしている。


 この世界に来てできた最初の仲間。 

 この世界で一番長い付き合いの女の子。

 一緒に海底神殿に挑戦するという約束、守れなくなったな……。


「約束して」

「約束?」

「戻ってきなさい! 勇者アベルを助けて、大魔王を倒したら、また私たちのところに戻ってきて!」

 びしっと俺を指さし、力強く言い放った。


「ルーシー……」

 戻ってきたいのは山々だけど、さっきイラ様が戻れないと説明があったばかりだ。

 

「ルーシー・J・ウォーカー……。何度も言うけど、高月マコトが現代に戻ってくる方法は無……」

「うっさいわね! 黙りなさいよ、ポンコツ女神!」

「なっ!?」

 イラ様の言葉を、ルーシーが一蹴した。


「マコト! 戻ってきて! 約束しなさい!」

 ルーシーの言葉に反応するように、目の前に文字が浮かび上がった。

 おや?




『ルーシーと約束しますか?』


 はい

 いいえ




(ここで選択肢か……)

 ノア様からの問いかけには、反応しなかったのになぁ。

 千年前に行くかどうかでなく、戻るかどうか、……か。


「わ、私の騎士……」

 フリアエさんが、怯えるように後ずさりしている。


「高月マコトっ!? そ、それは……むぐ」

「はーい、イラ。仲間との涙のお別れを邪魔しちゃダメよ?」

 何か言いかけたイラ様の口を、ノア様が塞いだ。


 この二人には、選択肢が視えているようだ。

 が、まずはルーシーに返事をしなければ。


「ルーシー」

 俺はルーシーの燃えるような赤い目を見つめ合った

 そして『RPGプレイヤー』スキルが提示する選択肢をちらっと見た。


 そういえばルーシーが仲間になる時、一回断ったのに何回も選択肢が出てきたっけ?

 あの時は結局、『いいえ』を選択できなかったな。

 強制仲間ルートだった。

 それを思い出して、少し笑ってしまった。

 きっと今回も『いいえ』は選べないのだろう。


「何よ?」

 俺が笑ったのを不審そうに睨まれた。

 俺は一歩ルーシーの方へ近づいた。


「約束するよ。俺は戻ってくる」

『RPGプレイヤー』スキルの問いかけに『はい』を選択した。 

 

「ふん、絶対よ。破ったら許さないから!」

 ぷいっ、とルーシーが腕組みをしたままそっぽを向いた。

 約束をしたからには守らないと。


 さて、仲間たちとの挨拶は終わった。

 あとは……。


「マコト様……」

「高月くん……」

 悲しげな顔のノエル王女と、泣きそうな顔の桜井くんに名前を呼ばれた。

 ……おいおい、大魔王を倒す光の勇者なんだろ? 

 千年前は俺が頑張るから、現代は任せたよ、桜井くん。


「行ってくるよ。桜井くんをお願いしますね、ノエル王女」

 俺はぎこちなく笑って別れを告げた。


「…………」

 桜井くんの近くに、俺をじっと見つめる小さな人影――大賢者様が居た。

 そうだ、挨拶をしないと。


「大賢者様、すいません。守護騎士になったばかりなのに」

「かまわん」

 大賢者様の声は、冷淡なほどいつも通りだった。

 ちょっと、寂しい。


「アベルのことを頼む」

「はい」

 かつて世界を救ったことがある英雄からの言葉は、簡潔だった。

 簡潔だけど、重みがあった。

 大賢者様は、いつものようなニヤニヤ笑いを浮かべることも無く、無表情で俺を見つめている。


「ちなみに……大賢者様は俺と出会っていないのですよね? 千年前に」

 非常に気になるポイントだ。

 なんせ大賢者様はこの場に居る人の中で唯一、千年前にいらっしゃる人物だ。


「………………」

 返事が無い。


「大賢者様?」

「……会っていないよ、精霊使いくんとは」

「そう、ですか……」

 残念だ。

 大賢者様と一緒に行動できることがわかっていれば、相当に心強かったのだが。

 俺は千年前に、大賢者様とは再会できないらしい。


 聖堂内を見渡すと、他の皆さんの視線もこちらを向いている。


(……一人一人挨拶をして回りたいけど、時間が無いな)

 俺は、演壇の上に戻った。

 そしてノア様の前に跪いた。


「では、これから千年前に向かいます、ノア様」

「そう……。決意は固いのね。わかったわ、マコト」

 ノア様が俺の頭に、手を置いた。

 はなむけの言葉をかけていただけるのだろうか。




 ――女神ノアの名において、あなたを信者から




「は?」

 とんでもない言葉をかけられた。


「な、何するんですか!?」

 俺が声を荒げるが、ノア様は涼しい顔だった。

 慌てて魂書ソウルブックを確認すると……『女神ノア様の使徒』の文字が消えてる!?

 何をやってくれてるんだ、この女神様ひとは!

 

「千年前は、私の別の使徒がいるもの。どの道、向こうに行ったら私の信者じゃ無くなっちゃうわ。私の信者は定員一人だから」

「は、はぁ……」

 それにしても説明くらいは、してくださいよ。


「アルテナ。マコトは千年前に一人で向かうんだから、何か加護を与えなさいよ」

「む……、しかし彼の身体能力ステータスの低さでは、強いスキルは与えられないが……」

「いいから。無いよりマシでしょ」

「まあ、いいだろう」

 アルテナ様が、俺に向かって手を突き出した。




 ――太陽の女神アルテナの名において、加護を与える




 ぽわっと、小さな光が身体を覆った。

 アルテナ様が、「これで君には『太陽魔法・初級』スキルを与えた」と教えてくれた。

 おお……、ここに来て新スキルか。


「わ、私も!」

 イラ様が俺に抱きついてきた。

 ちょっ!?

 小柄なエステルさんの身体で、ぎゅーと抱きしめられた。


「高月マコト……。悪かったわ、あなたに迷惑をかけてしまって……。あなたに運命の女神の加護を与えます。あなたの旅の無事を祈っています。あなたに『運命魔法・初級』を与えるわ」

 イラ様の身体から暖かな光が流れ込んできた。

 そのまま、しばらくイラ様に抱きしめられた。


「イラ様、ありがとうございます」

「高月マコト……、千年前に行ったら私に会いに来て。私は過去と現代の記憶を共有しているから、あなたの相談に乗れるわ……。相談くらいしか乗れないけど」

「わかりました。イラ様を探しますね。千年前の巫女を探せばいいんですね」

「そうよ。巫女が殺されていなければだけど……」

 イラ様が俺を抱きしめたまま、小さな声で語った。

 あのー……、そろそろ離れてもいいですかね?


「「「「……」」」」

 なんか後ろから冷たい視線を感じるのですが。


「ほーら、イラ。離れなさいー」

 ノア様がイラ様を引っ張った。


「あんたは、さっさと時間転移の魔法を準備しなさい」

「わかってるわよ……」

 イラ様は、呪文を詠唱し始めた。

 ……運命の女神様が、詠唱を必要とするほどの魔法か。

 流石は千年前への時間転移。

 大魔法なのだろう。


「マコト。あなたに幾つか伝えておくことがあるわ……」

 ノア様から千年前の状況を幾つか教えてもらった。

 大魔王の話。

 九人の魔王の話。

 特に、ノア様の前任の使徒の話。

 そして、千年前では俺がノア様の信者では無い話

 ……気が重い。


「高月マコト、改めて言おう」

 俺とノア様の会話に、太陽の女神様が割り込んできた。


「君の使命は『千年前に向かい勇者アベルの命を救うこと』だ。を気にする必要はない」

「それ以外……?」

 気になる言い方だった。


「アルテナ、あんたは回りくどいのよ。いい? マコト。要するに『勇者アベルさえ助かれば、何してもいい』って事よ。例えば、過去のもね」

「え?」

「おい、ノア。そこまでは言っていない」

 ノア様の言葉に、アルテナ様が訂正した。

 過去の歴史を変えないために千年前に行くのに、過去を変えていい?

 というか、時間転移において歴史に手を出さない、ってのは鉄則中の鉄則では?


「駄目よ。そんなぬるい考えで、千年前は生き残れないわ。いい? 歴史の正常化なんて仕事は、運命の女神イラが、死ぬ気で残業するんだから、マコトは『勇者アベルを救う』ことだけに集中しなさい」

「ノアの言葉は乱暴だが、言ってることは正しい。君は歴史の心配をする必要はない。『勇者アベル』のことだけに集中してくれればいい。仮に君の行動によって歴史が変わっても、それはイラが調整する」

「うぅ……頑張ります」

 ノア様、アルテナ様の声にイラ様が涙声で答えた。

 ……大丈夫かな、イラ様。


 まあ、しかし理解はできた。

 少々の歴史改変はイラ様が何とかする。

 俺がやるべきは、イラ様ですら手が出せない『勇者アベルの破滅』を防ぐことだ。

 そのためには『どんな手も使え』ということだろう。


 しかし、一体千年前はどうなっているんだろう……。


「勇者マコト!」

 俺に駆け寄ってくる人がいた。

 ソフィア王女だ。


「これを、持っていってください」

「これは……」

 渡されたのは、小さな絵本だった。

 表紙には『勇者アベルの伝説』と書いてある。 


「それを読めば、千年前の勇者アベルがどこに居るかわかるわよー」

「なるほど。ありがとうございます、ソフィア。エイル様」

 エイル様の言葉に、俺は頷いた。

 確かに、元の歴史を把握するために文献は重要だ。


 他に必要なものは……。

 色々、持っていきたいものはあるけど、準備する時間はなさそうだ。


「高月マコト、準備ができたわ」

 運命の女神イラ様に呼ばれた。

 演壇には、魔法で造られた巨大な虹色の門ができ上がっていた。


「この『時空転移門』を通れば、千年前に送りだされます。どこに転移するかは、明言できないのだけど、通常はあなたに縁が深い場所になる。おそらく現在の水の国ローゼスのどこかに転移すると思うわ」

「わかりました」

 俺は頷いた。


 門をくぐる前、もう一度仲間を振り返った。

 ルーシー、さーさん、ソフィア王女、フリアエさん…………そして、ノア様。


「行ってきます」

 そう言って、俺は運命の女神イラ様が創った『時空転移門』へ足を踏み入れた。




 ――俺は千年前へと、旅立った。

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