222話 高月マコトは、選択を迫られる
「……千年前へと時を渡り、勇者アベルを救い、……世界を、救ってくれないだろうか」
が、よくよく見ればその表情に、僅かな苦悶が見てとれた。
聖堂内の全員が、一番後ろの席にいる俺を見つめている。
皆が、俺の返事を待っている。
はぁ……、行くしかないか。
俺は頭をかきながら、アルテナ様がいる演壇へと向かって歩き出した。
「勇者マコト……」
誰かに腕を掴まれた。
「ソフィア……」
「行ってしまうの……ですか……?」
泣きそうな表情で見つめられると、すぐに返事ができなかった。
「条件次第、ですかね」
俺は曖昧に笑って答えた。
聖堂内をゆっくりと歩く。
気が付くと、ルーシー、さーさん、フリアエさんもついて来ていた。
ま、いいか。
俺は演壇の前、アルテナ様の真正面に立った。
「アルテナ様、幾つか聞きたいことがあります」
「答えよう」
俺の疑問は既にわかっているだろうけど、
「俺が千年前に渡って、もう一度現代に戻って来れますか?」
まずは、これが一番重要なポイントだ。
過去を覆せるのが俺しかいないなら、俺がいくしかないのだろう。
ただ……一方通行は、いくら何でも勘弁していただきたい。
「その質問には
イラ様が、静かに告げた。
「現代は、
「そ、そんなっ!?」
さーさんが小さく悲鳴を上げる。
「つまり……」
ルーシーの声が震えている。
「高月マコト。あなたは
イラ様の言葉が重くのしかかった。
……おいおい、マジかよ。
「私の騎士! 断って。あなたがそんな目に遭う必要はないわ!」
フリアエさんが叫んだ。
確かに……、いくらなんでも理不尽だ。
世界のためにお前は犠牲になれ、と言われているようなものだ。
俺は何も言わず、太陽の女神様を真っ直ぐ見つめた。
アルテナ様は、俺の心の内などとっくに承知だろう。
「高月マコト、君の望みを叶えよう」
「俺の望み……ですか?」
金も地位も要らないですよ?
アルテナ様は、そんなことはわかっている、という顔で言葉を続けた。
「女神ノアの信者に関する『制約』、これを無くそう」
「!?」
「今後、ノアの信者を幾ら増やしても構わない」
「……なるほど」
確かにそれは大きなメリットだ。
今まで、信者は俺だけだった。
信者を一人より多く、増やすことができなかった。
とはいえ……。
「それだけ、ですか……?」
西の大陸の住人は、ほとんどが女神教会に属している。
信者を増やすこと自体が、邪神と扱われているノア様にはハードルが高い。
だからこそ、異世界人の俺が目をつけられたわけで。
「勿論、それだけではない。この大陸において、女神教会の
「へぇ……」
それは凄い。
邪神からいきなり国教になるようなものだ。
「「「「「「「なっ!?」」」」」」」
アルテナ様の言葉に反応したのは、俺よりも聖堂内にいる他の人々だった。
それはそうだろう。
生まれた時から邪神だと教わっていた存在に、明日から祈りを捧げよというのだ。
隣を見ると、ルーシーやフリアエさんが絶句している。
演壇にいるノエル王女も、衝撃を受けている様子だった。
(破格だな……)
これは間違いなく、最上の条件だ。
ただ、ここまでしてくれるのならば。
「いっそ、ノア様を海底神殿から解放してくれればいいのに……」
「それは……できない」
俺の呟きにも、アルテナ様が答えてくれた。
「なんでですか? ケチですね」
「「「「「ちょっ!?」」」」」
俺の無礼な発言にも、アルテナ様は気にした様子もなかった。
むしろ、周りの人々が後ずさっている。
アルテナ様が、すっと近づき、俺の耳元で囁いた。
「私もそう思って
「アルテナ様……言葉が乱れてますよ?」
「……すまんな」
アルテナ様がすっと離れた。
……苦労してんなー、この
「さあ、どうするの? 高月マコト」
イラ様が問うてきた。
「マコト……行っちゃうの?」
「勇者マコト……」
不安気なルーシーの声が届き、気が付くとソフィア王女が袖を掴んでいた。
さて、どうするか。
悩ましい……。
が、最終決定をするためには『一番大事な人』がこの場に居ない。
その人への相談なしに、決めることはできない。
俺はちらりと、太陽の女神様の目を見つめた。
「そうだな、あいつを呼ばなければ駄目だな」
アルテナ様が、右手を前に出すと、七色の巨大な魔法陣が現れた。
――降臨せよ、女神ノア
アルテナ様の言葉に、聖堂内がざわつく。
……邪神が降臨っ!?
……ここは聖母アンナ大聖堂だぞ
……どんな恐ろしい姿をしているのか
そんな声が聞こえた。
七色の魔法陣から光が溢れだす。
息をのむ音が、聞こえた。
「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン!」
掛け声と共に、ノア様が勢いよく飛び出した。
「「「「「…………」」」」」
邪神が出てくるという緊張感と、飛び出してきたノア様のギャップに聖堂内が微妙な空気になる。
ちょっと、ノア様?
シリアスブレイクはやめてくれませんかねぇ。
イラ様は頭を抑え、アルテナ様は無表情だ。
「滑りましたよ、ノア様」
「あら、そう?」
ノア様は気にしてないようにふふん、と髪を揺らして微笑んだ。
相も変わらずお美しい。
隣にいるルーシーやさーさんも絶句している。
はぁ……、俺が信仰する女神様に呆れてしまったんじゃなかろうか。
俺は苦笑しながら、仲間を振り返った。
「なぁ、ルーシー。ノア様はこんなだけど、普段もう少し真面目…………あれ?」
バタン、とルーシーが倒れた。
「えっ!? えっ、ルーシー! おい、しっかりしろ!」
俺は慌ててルーシーを起こし顔を確認したら、その目は焦点が合っておらず、口から涎を垂らし、気絶している。
何が起きている!?
「あ……ああっ……あ…………」
すぐ隣で、さーさんが立ったまま、虚ろな目でうめき声をあげている。
「さーさん!? 大丈夫か!?」
俺はルーシーを抱き上げたまま、どうすればいいかわからず周りを見回した。
「ううっ…………うあぁ……」
「あ……ああああああ!」
「………………キヒッ、キヒヒヒ……」
聖堂内全ての人々がおかしくなっていた。
な、何だこれは!?
「ノア!!!!!!」
鼓膜が破れそう声で、アルテナ様が怒鳴った。
「あんた、地上に真姿で降臨するなんて、何を考えてるの!? はやく真姿を隠しなさい! ここにいる全員、
イラ様が悲鳴を上げた。
えっ……発狂?
「あぁ、そういえばマコトに会う時と同じように現れちゃったわね」
ノア様はつまらなそうにつぶやくと、ふっとその姿が半透明状になった。
「ほら、これでいいでしょ?」
「全然、良くないわよ! どーすんのよ!? ここに居るのは、西の大陸の首脳陣なのよ!? 」
「ノア様……仲間を元に戻してください」
これには俺も、女神様へ苦言を呈した。
「仕方ないわね」
パチンと、ノア様が指を鳴らした。
――
辺りが虹色の光に包まれた。
一瞬、前後左右の感覚が無くなる。
空気がドロリとした粘性になったような奇妙な感覚になった。
違和感はすぐに収まり、光が消え元の状態に戻った。
「あ、あれ?」
「ん?」
ルーシーとさーさんが、キョロキョロとして首を捻っている。
「ルーシー! さーさん!」
よかった!
意識を取り戻した。
周りの人たちも、同様に復活したようだ。
「ノア、あんたねぇ……」
「なによ、文句あるの?」
「後で話がある、ノア」
イラ様とアルテナ様が、ノア様に文句を言っている。
それを聞きながら、俺は呆然としていた。
どうやったのかは全く理解できなかったが、起きた事象は把握した。
時間を戻す――神の奇跡。
所謂、
降臨するなり、なんちゅう魔法を使っているのか……。
あと、さらっと流してたけど『時の精霊』って何だ?
頭が追い付かない。
俺がまだ混乱していると、ノア様が声をかけてきた。
「ほらー、ちゃーんと、元通りでしょ? マコト」
ニコニコ手を振っているけど、ノア様がやらかしたんですよね?
ほんと、この
「ねぇねぇ、マコト。あんたが信仰してる女神様ってアレなのよね……」
ルーシーが俺の耳元で囁く。
そーいえば、みんなノア様と会うのは初めてか。
「アレとか言わない」
「高月くんが、すっごく褒めるから良い女神様をイメージしてたんだけど……」
「何だか私の騎士が、悪い
さーさんとフリアエさんまで!?
やっぱり、初手で発狂させたのが印象悪すぎなんだよなぁ……。
周りの人々も「あれが邪神……」「なんと恐ろしい……」みたいな声が聞こえてくる。
当のノア様はどこ吹く風だが。
マズいですよー、ノア様~。
みんな怯えちゃってますよー。
俺の心の声が聞こえたのか、ノア様は小首をかしげ、頬に指を当てて「んー?」と言いながら演台から少し前へ出てきた。
「みんな~、私がノアよ☆ よろしくね♡」
ぱちん、とウインクした。
次の瞬間、ふわりと爽やかな風が吹き、花のような香りが立った。
まるで花畑にいるような……って、マジで花が咲き乱れてる!?
げ、幻術か……。
「ああ……ノア様……」
「なんと、美しい……」
「あなた様へ改宗します……」
聖堂内の人々の眼がハートになっている。
うっわ、あっさり魅了してる。
「なーんか、怪しいわね……」
「胡散臭い……」
「あれは敵ね……」
ルーシー、さーさん、フリアエさんは魅了されてないようだけど。
「あら、悲しいわ。私はずっとあなたたちを視てたのに」
ノア様が、ぴょんと演壇から降りて俺たちの近くにやってきた。
「「「!?」」」
ルーシーやさーさん、フリアエさんがびくっと震える。
「ねぇ、ルーシーちゃん、アヤちゃん。仲良くしましょうねー。何なら私に改宗しない?」
「……え、えーと」
「こ、怖いよう……高月くん」
ルーシーとさーさんが、ノア様の神気に当てられて怯えている。
「ノア様、仲間にマウント取るのやめてください」
女神様を引っ張った。
何をやってんだ、この
「ええー、ただの勧誘よー」
「ルーシーやさーさんは、俺が誘いますから」
「久しぶりの地上だから、テンション上がっちゃって~☆」
「はしゃぎ過ぎですよ」
俺はずるずると、ノア様を演壇まで引っ張っていった。
当然、演壇上にはアルテナ様も居る。
「さあ、ノア。お前の使徒に命じろ。千年前へと向かうように」
アルテナ様が告げた。
「ん? 嫌よ?」
「何だと?」
ノア様はアルテナ様の言葉をあっさりと拒絶した。
「ノア様?」
女神教会の第八の女神として信仰され、地上で多くの信者を得る。
それは邪神と扱われるティターン神族の悲願のはずだ。
ノア様の信者が増えれば、ティターン神族もまた力を得ることができる。
当然のように、ノア様に命令されると思っていたんだけど……。
「マコト、自分で決めなさい」
「……」
「ノア……どういうつもりだ?」
アルテナ様の声が硬くなる。
けれどノア様はいつものように、初めて出会った時のように、ぞっとするほど優しい笑みを浮かべた。
ノア様の白く透き通った美しい手が、俺の頬に触れた。
「マコト、あなたが選べばいいわ。世界を救うか、世界が滅ぶか……」
その笑顔には一点の曇りもなく。
ノア様は俺にヘビー級の選択肢を与えてきた。
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