221話 太陽の女神の神託


 光り輝く魔法陣から現れたのは、太陽の女神アルテナ様だった。

 高い所から、じろりと皆を睥睨する。

 なんか、機嫌が悪そうだな……。


 先ほどイラ様が降臨した時のような生温いものではなく、息苦しさを感じるほどの圧迫プレッシャー

 太陽の女神アルテナ様の視線に晒されるだけで、相手は滝のような汗が流れている。


 誰も言葉を発さない。

 大聖堂内を静寂が支配した。

 


「事態は、深刻だ……」

 アルテナ様が静かに声を発した。


「復活した大魔王は、現行の戦力では君たちに勝てないと判断したのだろう……。その状況を覆すため禁呪に手を出した」

「禁呪……ですか? それは一体どのような」

 ノエル王女が、皆を代表して質問した。



……運命魔法による過去干渉だ」



 息を呑む声が聞こえた。

 歴史の改変……?

 それは……一体。


大魔王イヴリースの魔法によってが命を落とそうとしているの。そうすると、全ての歴史が狂ってしまう……。あなたたちがいくら現代の大魔王を倒そうと、無駄になるわ……」

 イラ様が暗い表情で続けた。

 その意味を皆が理解するまでの静寂が訪れた。

 そして、聖堂内に悲鳴が上がった。


「そ、そんなことができるはずがっ!」

「それは神の御業だ!」

「不可能だ!」

 聞いたことはある。

 時に干渉する魔法。

 多くの魔法使いが追い求め、未だ実現できない神の領域。


 永遠の命、時間停止、時間転移……。

 それを成しえた魔法使いは存在しない。

 生あるものは死に、時間は止まらず、歴史は覆らない……はずだ。


「どのような方法を使ったのかは、わからない。悪神族が力を貸した可能性が高い……、がそれを言及している猶予は無い。刻一刻と、歴史の改変は進んでいる……。君たちの記憶から少しずつ勇者アベルに関するものが失われているはずだ」

 その言葉に、聖堂内の人たちが衝撃を受けたように息を呑んだ。


「ソフィア、ルーシー?」

 どう? と聞いてみた。


「そんな……なぜ私は救世主様のことを……忘れそうに」

「ま、マコト……どうしよう。救世主様のお話が正確に思い出せない……。昔、絵本で何度も読んで聞かされて全て暗記してたのに……」

 ソフィア王女とルーシーが青い顔をしている。

 本当に……歴史の書き換えが起きている?


「アルテナ様。私たちをお導きください。この危機をどのように打開すべきか……」

 ノエル王女が冷静に質問した。

 が、その声も僅かに震えている。


「アルテナ様、僕たちも同じ魔法を使うことはできないのでしょうか。敵が過去に干渉してきたのであれば、僕たちも同じ魔法を使えば……」

「無理だな……光の勇者くん」

 桜井くんの考えを否定したのは、大賢者様だった。

 土の国へ出かけると言っていたけど、戻ってきていたらしい。


「大賢者様、なぜですか?」

「人族側には使い手がおらん。我も運命魔法を多少は扱えるが……精々が少し先の未来予知ができる程度。千年前の過去に干渉する魔法など到底不可能だ……」

「………………」

 この大陸に大賢者様を超える魔法使いは居ない。

 大賢者様が、無理と言えば出来る者は居ない。


「大魔王は、歴史改変にあたって数千、いや数万の生贄を悪神王ティフォンへ捧げているはず……。あなたたちが真似できる魔法ではありません」

 イラ様の言葉に、皆の顔が絶望的になる。

 数万の生贄……。

 禁呪なわけだ。


「それでは……他に何か術はあるのでしょうか?」

 ノエル王女の声が段々と小さくなる。


 太陽の女神様は答えない。

 運命の女神様も黙っている。

 ちょっと……何か言ってくださいよ。


「あなたたちに打てる手はないわ……」

 口を開いたのは、イラ様だった。

 そんな……、という声が聞こえる。


「今回のこと……歴史の改変を見通せなかった運命の女神わたしに責任があります……。だから、私が手を貸します」

 イラ様が静かに語った。

 皆、固唾をのんでイラ様の言葉を待った。


「本来、神が直接地上に干渉することは禁止されている。神々の協定によって定められている……。神界規定を破った場合、他の神々も干渉を始め、最後には神同士の戦争が起き、世界が……滅ぶ」


「ですが、運命の女神わたしはそれを破ります……神界規定を破った罰として、私が今後地上へ降臨することは禁止されます。また、勇者や巫女のスキルを与えることもできなくなる……。信仰の失われた商業の国キャメロンは、衰退するでしょうね……。民には申し訳ないと思うわ。でも、魔王軍に敗北するよりはマシなはず……です」


 その言葉を聞いて、商業の国キャメロンの貴族や戦士たちから落胆の声が聞こえた。

 しかし、運命の女神様自身のお言葉に反対する者はいない。


「イラ様。具体的にはどのようにお力を貸していただけるのでしょう……?」

 ノエル王女が恐る恐る尋ねた。

 イラ様は聖堂内を見回し、覚悟を決めたように言った。



「神の奇跡を用い戦士を送り出します。その者に、勇者アベルが命を落とさぬよう手助けをさせるのです」



 おお! という声が上がった。

 そんなことができるのか。

 

「俺が行こう」

 すぐに名乗り出たのは『稲妻の勇者』ジェラルドさんだった。

 かっけぇな、漢だ。


「待って、私も行きます!」

 それに続いて声を上げたのは『灼熱の勇者』オルガさんだった。

 この人たち、覚悟決まってんな! 

 

「あなたたちの勇敢な申し出に感謝します。しかし、送り出せるのはたったなのです……」

 イラ様が申し訳なさそうに告げた。


「だったら、俺だな。文句はないだろう?」

 ジェラルドさんが、さらに前へ出てイラ様へ申し出た。

 彼は桜井くんに続く序列二位の勇者で、救世主アベルと同じ『雷の勇者』スキルを持つ。

 他の人々の顔を見ても、文句の無い人選に思える。


「いえ……稲妻の勇者ジェラルド。あなたは、長らく西の大陸において勇名を轟かせた名のある勇者です。それだけに、あなたを千年前に送り込めば悪神族に必ず気付かれます。それは灼熱の勇者オルガであっても同様でしょう。今回の時間転移は、運命の女神の手違いミス、という体裁を取ります。だから、送り出すのはこの世界で有名な者ではなく、なるべく最近まで無名だった者が相応しい……」

 イラ様のミスか……確かに、それならあり得そう……。

 あ、イラ様がこっちを見て睨んだ。

 にしても、ジェラさんやオルガさんが駄目なら誰がいいのだろう?


「最近まで無名だった者……、異世界転移をしてきた者……か?」

 誰かがぽつりと言った。


「そ、それはリョウスケさんの事では無いですか!?」

 悲鳴を上げたのはそれまで冷静だったノエル王女だった。

 確かに、たった一人だけ送り出す異世界出身の強い人って桜井くんしか居ないんじゃ……。


「ノエルよ、光の勇者は現代の大魔王を倒す役目がある。彼を千年前に送り出すことはできない」

 あっさりとアルテナ様が否定した。


「そ、そうですか……」

 恐らく桜井くん本人も、自分が選ばれると思っていたのか、気の抜けた声で返事をした。


「イラ様。太陽の国や火の国には、勇者でなくともオリハルコン級という勇者に匹敵する猛者もおります。彼らを呼びましょうか?」

 そう上申するのは、太陽の騎士団を束ねるユーウェイン総長だった。

 確かに、必ずしも勇者である必要はないのか。


「いえ、駄目です……。運命の女神が過去へ戦士を送り出す魔法は、可能な限り悪神族へ気付かれてはならない……」

 が、イラ様は暗い表情のまま、首を横に振った。


「千年前へ送りだすに相応しい戦士の条件を伝えます」

 イラ様がよく通る声で話す。


「勇者や巫女など、強力なスキルを持つ者を過去転移すればすぐに悪神族へ気付かれます。同様に、勇者でなくともあなたたちが『聖級』や『王級』と呼んでいるスキルを保持する者も同様です」

「大賢者様や、お母さんも駄目ってことね……」

 イラ様の言葉に、ルーシーがぽつんと言った。

 確かにロザリーさんなら、頼もしいけどイラ様の条件には当てはまらないか。


「では、具体的にはどの程度の強さの者ならよろしいのでしょうか……?」

 皆が気になることを火の国グレイトキースの軍隊の長、タリスカー将軍が尋ねた。


「人族が定める基準で言うならば……『中級』以下のスキル所持者。それが千年前へ送り出せる条件です」

「…………かなり、厳しい条件ですね」

 ユーウェイン総長が呻いた。

 確かに、いくらなんでも厳しすぎないだろうか。

 

「しかし、嘆いても仕方ありません。急ぎ、千年前へ渡る戦士を募集しましょう。『中級』のスキルを持つもので、アベル様の助けになれるような人材を探さなければ……」

 暗い空気の中で、それでもノエル王女が前向きな発言をした。

 しかし。


「それは、不要だ」

 アルテナ様が淡々と告げた。


運命の女神イラを確認させた」

「そ、そうだったのですか……?」

 驚きの声が上がった。

 マジで……?

 大陸中の全員の未来を視たのか……、イラ様?

 そりゃ、お疲れな顔しているはずだ。


「残念ながら……大陸中の女神信仰者の誰を千年前に送り込んでも『勇者アベルが命を落とす過去』を変えることはできなかった」

 アルテナ様が無情な言葉を放った。


「そ、そんな……」

 絶望の声色で、ノエル王女が呟く。

 いや、ノエル王女だけでなく大聖堂にいる全ての人間の目から光が消えていく。

 世界の支配者たる、太陽の女神様が『勇者アベルが命を落とす過去』は確定だと告げた。

 ……もうお終いだ、そんな声すら聞こえてきた。



「だが、可能性は残されている」

 


 アルテナ様の言葉に、俯いていた人たちが顔を上げた。

 そして、すがるような表情で女神様の次の言葉を待った。

 太陽の女神アルテナ様は、しばらく迷ったように視線を漂わせ、ゆっくりとこちらを向いた。


 アルテナ様の鋭い視線が、こちらへ向いている。

 太陽の女神様が、口を開いた。

 その声は、まるで他人事のように聞こえた。




 ――高月マコト。君に神託たのみがある



 

 嫌な予感がする。

 アルテナ様の次の言葉を聞きたくない。

 大聖堂の中には、静寂が満ち、全員の視線が俺の方を向いている。


「君だけ、なんだ……」

 遠慮がちに。

 海底神殿で、ノア様と一緒にいた時よりさらに申し訳なさそうにアルテナ様が言葉を続けた。


運命の女神イラですら視えない未来を持つ君しか……『勇者アベルが命を落とす過去』を変える可能性を持つ者はいない」

 隣で、ソフィア王女が息を呑んだ。

 おいおい、勘弁してくれよ……。



「高月マコト。……千年前へと時を渡り、勇者アベルを救い、……世界を、救ってくれないだろうか」



 俺には太陽の女神アルテナ様の声が、地獄の審判のように聞こえた。

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