220話 大魔王の復活

「さ、行きますよ」

 ソフィア王女に腕を掴まれ、俺たちは聖母アンナ大聖堂へと向かっている。

 目的は、大魔王が復活したことにより、今後の方針を関係者で話し合うためだ。


 なぜ、大聖堂なのだろう?

 先の魔王襲撃の時は、ハイランド城へ集まったのに……という疑問が浮かんだ。

 そして、もう一つ気になることがある。


「あ、あの……ソフィアさん? 腕をそんなにがっちり掴まなくても」

「駄目です。あなたは、すぐに他の女にうつつを抜かしますから」

「いや、それは……」

 ソフィア王女がご立腹だ。

 俺は後ろを振り返った。


 ルーシーは口笛を吹いている。

 さーさんから、苦笑いで両手で拝まれた。

 フリアエさんは、赤くなってさっと目を逸らされた。

 こいつら……。

 誰も助けてはくれないようだ。

 ま、俺が悪いからな……。


「ソフィアさーん……」

 つん、と顔を背けられた。

 王女様のご機嫌が治るのを待つか……。


 俺は歩きながら、周りの景色を観察した。

 空は曇っており、薄暗い。

 いつもより、人通りが少ない気がする。

 大魔王の復活は、一般人にはまだ公表されていない。

 が、どうも人々の顔は精彩を欠くような印象を受けた。

 街の建物の間から、王都の入口に立っている石像――救世主アベルが剣を掲げる姿が見えた。



 ――違和感があった。



 言葉にできないが、強烈な気持ち悪さを感じた。


「ソフィア」

「何ですか、私は怒ってはいませ……」

「あの、石像ってあんな色でしたっけ?」

「? ええ……そうですよ。様の石像ですよね?」

「え?」

 俺は耳を疑った。


 異世界から来た俺やさーさんはともかくとして、ルーシーやソフィア王女は勇者アベルのことを『救世主様』と呼ぶ。

 一般的な勇者と救世主アベルは、明確に異なる位置づけだからだ。

 こちらの世界に住む人にとって、救世主様の名前は絶対だ。

 仮にも女神教会の巫女であるソフィア王女が言い間違えるはずがないのだが……。


「勇者マコト。急ぎますよ、ノエル様がお待ちですから」

「は、はい」

 結局、違和感の正体もソフィア王女の言葉についても詳しく話すことはできず、俺たちは大聖堂へと急いだ。




 ◇




 聖アンナ大聖堂には、既に多くの人が集まっていた。

 各国の王族、大貴族、勇者、巫女、名のある騎士....etc。

 知った顔もあれば、初見の人もいる。


 大聖堂正面には、演壇と太陽の女神アルテナ様の像がある。

 演壇の上には、ノエル王女とエステルさんが立っていた。


「ノエル様は、現在女神教会の教皇の立場にあります」

 こそっとソフィア王女が教えてくれた。

 なるほど、すでに前教皇は退位しているのか。

 会いたくなかったし、良いことだ。


「高月マコト!」

「ジャネットさん?」

 金色の鎧を着た女騎士が駆け寄ってきた。


「元気そうですね、あなたはどこの戦場に配置になるのですか? もし決まっていないなら、私が総長を説得して同じ場所に……」

「おそらくは光の勇者様と同じ軍に配置されます。ノエル様がそうおっしゃってましたから」

 ジャネットさんの問いに答えたのは、ソフィア王女だった。


「そうなんですか?」

 ちなみに俺は初耳だった。


「ええ、光の勇者様のご希望だと聞きました」

「光の勇者と同じ……。ユーウェイン総長が率いる主力部隊ですね。ふふっ、なら調整は簡単ですね。勇者マコト、あなたと一緒に戦いますから」

 ジャネットさんが、意味ありげに微笑んだ。


「ジャネット、勇者マコトのことを頼みますよ」

「あら?」

 ソフィア王女の言葉に、ジャネットさんが意外そうな顔をした。

 

「ソフィアは、私が高月マコトに近づいても反対しないのね」

「ええ……、私は戦場に行けませんから。この男が無茶をしないか、見張っておいてくださいね」

「そうね……この前みたいなことにならないよう、私がついておくわ! 任せて!」

 ジャネットさんが頼もしい笑顔で答えた。

 ソフィア王女が微笑み――から、意味ありげな目を俺に向けた。


「ちなみに、勇者マコトのパーティーの女性は『全員』この男に手を出されていますから、あなたが割り込むのは大変だと思いますよ」

「「!?」」

 ソフィア王女の言葉に、ジャネットさんがぎょっとした表情になった。


「あ、あなた……まさか、月の巫女フリアエにまで手を出したの……。しかも彼女は今『聖女』でしょう!?」

「勇者マコトにそんな常識は通じませんよ……。今日は一緒のベッドで寝ているのを目撃しましたから」

「なんて酷い男……。ソフィア、あなた苦労してるね……」

「ジャネット、これも王族の務めです……」

「私は貴方の味方よ」

「ふふっ、心強いですね」

 なんか、俺をダシに二人が仲良くなっている。

 


 その時。

「皆様! ご静粛に!」

 神殿騎士の一人が大きな声を上げ、大聖堂の巨大な扉が重い音を立てて施錠された。

 

「関係者は揃いましたね」

 ノエル王女の良く通る声が響いた。


 大聖堂の中は何百人と座れるスペースがあるが、今日は満席に近い。

 そして、大聖堂の壁沿いに、ずらりと護衛であろう騎士たちが警戒している。

 大聖堂の外にも、神殿騎士団が護衛を固めていたので、現時点においてここが最も重要な拠点なのだろう。 


 俺たちは、一番後ろの席に着席した。

 ちゃっかり、ジャネットさんも近くに座っている。

 バランタイン家の皆さんのほうにいなくて、良いのだろうか?


「今日、お集りいただいたのは復活した大魔王イヴリースについて、女神様から大切な話があるからです」

 ノエル王女が、隣に居るエステルさん……、いや運命の女神イラ様に目配せした。


 次の瞬間、エステルさんの身体が輝き、膨大な魔力マナが聖堂内に満ちた。

 エステルさんの背から、幾対もの光の翼が現れる。

 聖堂内にいる人々は、一人残らず、頭を垂れた。


(なんか、たった今降臨したっぽい演出しているけど最初からイラ様ですよね……?)

 周りに合わせて頭を下げつつ、ちらっとイラ様の顔を見た。

 あっ、こっち睨まれた。

 心の声を聞かれたかも。

 ……なんかイラ様、疲れた顔してるな。

 

「頭を上げなさい」

 重々しく運命の女神イラ様が、言葉を発した。

 そして、聖堂内の人間を一瞥する。


「皆へ、伝えることがあります」 

 イラ様が言葉を続けた。


「既に聞き及んでいることと思いますが、今日、大魔王が千年の時を経て復活しました」

 ざわめきが起きる。


「しかし、大魔王の力はまだ十分ではなく、魔大陸の魔王は残る二体のみ。千年前とは大きく戦況が異なります。対する我々は十分な軍備を用意している。正面から戦えば、勝利は揺るがないでしょう」

 おぉ……、と安堵の声が上がる。


 そのために、数年前から準備してきたわけだからな。

 俺たちの近くにいる貴族らしき人や、軍人さんたちから「ついにこの時が……」「大魔王を倒し真の平和を……」「腕が鳴る……」など勇ましい声が聞こえる。

 士気は高い。


 が、運命の女神イラ様の隣にいるノエル王女の顔が暗く沈んでいることが気にかかった。

 桜井くんの心配をしているのだろうか。

 桜井くんの姿を探すと、最前列のユーウェイン総長の隣に居るのが見えた。


「国力で大きく勝る人族の連合軍。魔王の一角を失い、大魔王が本来の力を取り戻していない魔王軍。攻めるのであれば、今が好機……のはずでした」

「「「「…………?」」」」

 あ、あれ?

 なんか、話の流れが変わったぞ。

 聖堂内がざわつく。

 よく見るとイラ様の表情が険しい。


「復活した大魔王もまた、無策ではなかった……。力で劣る魔王軍は、卑劣な手を打ってきました……。その影響はすでに、我々の国……いや、大陸全土へ出ている。魔王の悪しき力が、皆の命を脅かしています……」

 ちょっと、待ってイラ様!?

 さっきまでの勝戦ムードは何処に!?

 周りの人々も、いきなりのことで戸惑っている。


「はっきり申し上げましょう、このままでは我々は大魔王に勝てません……。勝負にすらならない」

「ど、どういう事ですか!?」

 太陽の国の貴族の一人が大声を上げた。


「説明します……、が、その前にお呼びしないといけない御方がいます」

 イラ様が片手をあげ、空中に巨大な魔法陣が浮かび上がった。


 虹色に輝く魔法陣。

 見覚えがある、召喚術式。

 もっとも見覚えがあっても、その魔法は人間では決して扱えない。

 イラ様の神気でなければ、発動しない神級の召喚魔法。

 そして、出てきたのは見覚えのある長身の美しい女神様。



(そんな気軽に地上に来てもいいんですか……?)



 降臨されたのは、先日お会いしたばかりの太陽の女神様だった。

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