219話 高月マコトは、聖女と語る

「えっと、今いいかしら?」

 薄紫のネグリジェ……って言うんだっけ?

 色っぽい寝間着のフリアエさんが、俺の部屋に入ってきた。


「ああ、勿論」

 いつもと違う雰囲気に戸惑いながら、俺は部屋の椅子を勧めようとした。

 が、フリアエさんは俺のベッドの上に座った。

 なぜ、そっちに?


 何か、真面目な話だろうか?

 ルーシーやさーさんが部屋にきた時は、修行をしながら会話をしているのだが……。

 迷った末、俺は修行を中断して椅子に腰かけた。


「…………」

「…………?」

 フリアエさんは、何もしゃべらない。


「姫?」

 何か用? と続ける前に

「隣に座って!」とベッドを叩かれた。

「わ、わかったよ」

 と言い、俺はフリアエさんの隣に腰かけた。


 そして、横から顔を覗き込む。

 目を合わしてくれない。

 ただ、何かを言おうとしている雰囲気は伝わった。

 

 言いづらい話だろうか?

 もしかして『聖女』として建国をするからパーティーを抜ける、って話かもしれない。

 フリアエさんがそっちに注力するなら、俺も手伝うつもりだ。


 あ、でも桜井くんに大魔王との戦いは手伝うって約束したっけ。

 そうなると、別行動になっちゃうかなぁ。

 それに個人的に、最終決戦には顔を出したい。

 うーん、どうしようかなぁ、なんて考えつつ、フリアエさんが口を開くのを待った。


「…………」

「…………」

 遠くの方から、街の喧噪が微かに聞こえる。

 王都シンフォニアの夜は長い。

 が、部屋の中は、静かだ。


「あ、あのっ! 私の騎士!」

「うん」

 フリアエさんが俺の手を握り、こちらを向いた。

 目が真剣だ。

 一体、何の話を……。


「この前……太陽の勇者から助けてくれて……ありがとう」

「え?」

 今頃、その話?

 てっきりこれからの話だと思ったんだけど。


「私……嬉しかったの。あなたは、私の『魅了』が通じない。なのに、私のために命をかけてくれた……」

「死んだのは想定外なんだけどね……」

 しかも、相手は水の女神エイル様。

 ノア様にこっぴどく叱られたし。

 俺は小さく、ため息をついた。

 

「ねぇ、私の騎士」

「は、はい」

 過去の反省モードに入った頭を、切り替える。

 フリアエさんに向き直った。


「私はあなたに色んなものを貰ったわ。太陽の国ハイランドで助けてもらって、色んな国に連れて行ってくれて、太陽の勇者から助けてもらって、聖女にしてくれた……」

「んー……」

 聖女になったのは、アルテナ様のおかげだけどね。

 他も、俺一人のおかげってわけじゃない。


「俺は、姫の守護騎士になって『魅了』スキルを貰えたよ。だから、おあいこだろ?」

「そんなのじゃ駄目。釣り合ってない。でも、何を返せば、何をすればあなたが喜んでくれるか、どうすればこの気持ちを伝えられるか、わからないの……」

「…………」 

 別にそんな畏まらなくても、と言う言葉はフリアエさんの目に浮かぶ涙を見て引っ込んだ。


 気が付くと、フリアエさんの華奢な身体が俺に寄りかかり、吐息がかかるほど顔が近い。

 俺を見上げる黒曜石のような瞳が潤んでいた。


「マコト……」

 フリアエさんが俺の名前を読んだ。

 記憶にある限りだと、守護騎士の契約の時以来だ。


「もう、無茶しないで……」

「姫……」

 フリアエさんの瞳は、俺の目を射抜くように真っすぐ見つめ、俺は動けなかった。


『明鏡止水』スキルは発動しているよな……?

 やけに心臓の音がうるさい。 

 


 ――フリアエさんが、静かに目を閉じた。


 

 ゆっくりと美しい顔が迫り、唇が押し当てられた。

 キスをした瞬間、ふわりと花のような香りがした。

 俺は彼女の肩を抱き、目を閉じるべきか迷っていた、その時。




「マコトー! 修行しましょう!」

「高月くんー! 夜食作ったよー!」

 バーン! と勢いよくドアが開いた。

 修行といいつつワインボトルを持ったルーシーと、お皿に軽食を盛ったさーさんが現れた。


「「「「…………」」」」

 四人の視線が絡まり合う。

 

 バッと、フリアエさんが俺から離れた。

 

「ち、違うのっ!!」

 フリアエさんが叫ぶ。

 ルーシーとさーさんは、その言葉を無視してこっちにやってきた。


「はぁ~……、マコト。とりあえず、これ飲みなさい」

 修行に来たはずのルーシーが、なぜかグラスにたっぷりのワインを注いでくる。


「肉食男子な高月くんには、骨付き肉の夜食ですよ~」

 さーさんが笑顔で、どん! と巨大な皿を置いた。

 ……俺、夜はあんまり食べない派なんですけど……。


「あ、あの……魔法使いルーシーさん? 勇者アヤさん?」

 フリアエさんの声が震えている。

 俺は、気になったことを聞いてみた。


「俺とフリアエさんの声って、聞こえてた?」

「当り前でしょ」

「筒抜けだよ」

 ルーシーとさーさんが、あっさり答えた。


「なっ!?」

 フリアエさんが驚愕してるが、エルフのルーシーは地獄耳で、ラミア女王のさーさんは、僅かな振動を音として認識できる。

 この二人にとって、同じ建物内の人間の会話は、隣で喋っているのと同義だ。


「でも、まさかキスしてるとは思わなかったわ」

「そうだよねー、ふーちゃんって結構積極的だね」

「ちょ、ちょっと待って! 全部聞かれてたの!?」

 平常運転なルーシーやさーさんの態度に、フリアエさんがあわあわしている。

 ……俺も、あんまり冷静じゃない。


 さっきのキスは一体……。


「さ、フーリ。ついにマコトへの気持ちを認めたわね」

「誤魔化しは許さないよー」

「まさか! あえて泳がされたの!?」

「いや、そういうわけじゃないんだけど……」

「なんか、聞いてる方がドキドキしちゃったよー」

「うぅ……聞かれてたなんて」

 なんか女子三人で盛り上がっている。

 ここ、俺の部屋なんだけど……。


「ほらー、マコト。こっち来て飲みなさい」

「修行は?」

「飲みながらできるでしょ!」

 今日のルーシーは、いつもより強引だ。


「高月くんー、ふーちゃんに手を出しちゃったねー」

「さ、さーさん!?」

 目が怖いんですけど!?

 隣のフリアエさんは、飲む前から顔が赤い。


 結局、そのまま宴会になってしまった。



「で? マコト。フーリと付き合うの?」

「あーあ、ふーちゃんもかぁー」

「んー……」

 ルーシーとさーさんが絡む絡む。


「ちょっと待って! そーいうんじゃないの!」

 フリアエさんが割って入ってきた。


「んー? フーリってば、あんなことしておいてまだ素直にならないのかしら?」

「これは飲み足りないみたいだねぇ、るーちゃん」

「あと! マコトも飲みなさい!」

「なんで、俺まで……」

 夕方までは優しかった二人が、怖い。


 ルーシーとさーさんに、いっぱい飲まされた。

 あと、フリアエさんも沢山飲まされていた。

 夜遅くになっても、ルーシーとさーさんに解放してもらえない。


「……今日は、ここで寝るわ!」

 フリアエさんが、俺のベッドで寝転んでしまった。

 おいおい……。


「じゃ、私もそうするわ」

「枕取ってくるねー」

 ルーシーとさーさんもここで寝るらしい。

 ……なんで?


「あなたたち、そんな気軽に私の騎士の部屋に寝泊まりしてるのに、なぜ二人ともまだなの……?」

「なっ!? そ、そんなの別にいいでしょ!」

「そ、そうだよ。毎回、るーちゃんが邪魔するからだよ!」

「私のせいにする気!? アヤこそ、私の邪魔ばっかり!」

「違うよ! るーちゃんが悪いんだよ!」

「もういいわ……。質問した私が悪かったから……眠いわ」

 なんか、三人で盛り上がってる。


 俺はベッドの端っこのほうに、横になった。

 ほどなくして、睡魔に耐えられず、眠りについた。




 ◇




 ――翌日。


 普段より、遅く目が覚めた。

 隣を見ると……フリアエさんが寝ている。

 ネグリジェの肩ひもが外れかけていたので、俺はそっと元に戻した。


 その奥に、さーさんとルーシーが抱き合って寝ている。

 君たち、仲良しやね。

 つーか、ベッドの人口密集度がヤバイ。


 俺はベッドの端に腰かけた。

 今日、大魔王イヴリースが復活する。

 何となく、街全体がざわついている気がする。

 よし、出かける準備をするか! と思いベッドから降りようとした時。


 バン!!! と、ノックも無く勢いよく扉が開いた。


「勇者マコト、大魔王が復活しました! 至急、聖母アンナ大聖堂まで来……」

 入ってきたのはソフィア王女だった。

 

「「…………」」

 ソフィア王女は俺の顔を見て、ベッドで寝ているフリアエさんに視線を向け、ルーシーとさーさんを見て、最後にもう一度、俺の顔を見た。


 俺は目を逸らした。


 ツカツカと、ソフィア王女が歩いて来た。

 背中を冷たい汗が伝う。

 ソフィア王女は俺の顔をもの凄い力で、無理やり前に向けた。

 目の前には、優しく微笑み――ながらこめかみに青筋が浮かんでいるソフィア王女の美しい顔があった。


「昨夜は、お楽しみだったようですね」

「誤解だ!」


(嘘つきー)

(嘘はダメよ)

 エイル様とノア様にツッコまれた。

 

 ソフィア王女にしばらく構いまくって、なんとか機嫌を直してもらいました。

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