215話 高月マコトは、女神たちと話す

「君へ話があって来たんだ。高月マコト」


 太陽の女神アルテナ様が、視線を迷わせながらこちらへ近づいて来た。

 あの人を殺しそうな冷徹な目は、どこに行ったのだろうか?

 大聖堂の時とは全く違う、気まずそうな表情。

 一体、何の話を……?

 身構えつつ、次の言葉を待った。





 太陽の女神アルテナ様が


「え?」

 俺は驚きで固まった。 


「アルテナ姉様!?」

「あら、随分と殊勝な態度じゃない、アルテナ」

 俺と同じく驚きの声を上げる水の女神エイル様。

 ノア様は、いつも通りだ。


「イラ、言うことがあるだろう」

 太陽の女神アルテナ様が硬い声で、イラ様を睨んだ。

 イラ様がゾンビのように、ゆっくりとこちらを向いた。


「ごの度ば、誠に申じ訳ございまぜんでじだ……私は駄目な女神でず」

「い、イラ様!?」

 涙声で土下座された!?

 な、何だこれ!

 ヘルプ、ヘルプです! ノア様!


「ま、今回の太陽の勇者アレクサンドルの暴走はイラのミスだったってことよ」

「はぁ……」

 いや、全然わからないんですけど!?


「じゃあ、順を追って説明するねー」

 水の女神エイル様がぴょんと、軽いステップでこちらにやってきた。

 ノア様が、パチンと指を鳴らすとホワイトボードが空中に浮かび上がった。


「今回の議題は! ズバリ、アレクくんについてです!」

 気が付くと、水の女神エイル様が眼鏡に白シャツ、黒スカートの女性教師スタイルになった。

 豊満なスタイルのエイル様がタイトなシャツを着ることで、身体のラインがくっきりしてかなりエロい。

 前にノア様がしてた格好だけど、随分と印象が違う。

 ふじやんに借りたエロゲーで、居たなぁ……あんな感じの美女。


「なーに、エイルをいやらしい目で見てるのかしらぁ?」

「見てません見てません」

 あっという前に、ノア様に心が読まれて後ろから羽交い締めにされた。 


「結論から言おう。アレクサンドルの存在を知ったのは、女神われわれもつい最近だったのだ」

 アルテナ様が、告げた。


 え?

 でも、イラ様が知ってたんじゃ……。

 それにあいつは、太陽の国ハイランドの国家認定勇者ですよね?


「イラちゃんがねー、黙ってたのよ。女神わたしたちに」

 エイル様が、『アレクくん(秘密)』とホワイトボードに書いた。

 それ……要ります? 


「青天の霹靂だった。まさか、我が父がこっそり下界に降りて人族と子供を作っているとは……」

 アルテナ様が頭を抱えた。

 そーいえば、千人も妻が居て、それでも飽き足らずノア様まで狙ってる女好きの神様だっけ……。


「そーそー、五十年に一回くらい子供作るわね? あの色欲魔」

 ノア様の口が悪い。

 色欲魔て。


「最近は、そこまでじゃない! ……と思っていたのだがな。あの、色ボケ親父が!」

「あ、アルテナ様!?」

 お言葉が乱れてますよ!?

 俺がツッコむと、「ん?」という顔をして、コホンと咳払いをした。


「で、ここで問題です。マコくん、アレクくんって何歳だと思う?」

「え?」

 エイル様から急に、話を振られた。

 年齢?


 体格が良く、筋肉隆々の太陽の勇者アレクサンドルの姿を思い出した。

 外見からの推定年齢は、20歳前後に見えた。

 が、この流れでいくと実際は相当若いのだろう。

 もしや、13、4歳ということもありえるのだろうか。

 年下だったのか……。


「13歳くらいですか?」

 俺は、かなり下に見積もった年齢を答えた。


「ふふふー」 

 エイル様が、意味ありげな視線を送り、眼鏡をくいっとした。

 ノア様もやってた仕草……ついでに胸元見せてくる。

 あざとい。



「気になる答えは……………………1でしたー!!!! マコくん、残念ハズレー!」



「はぁ、1歳すか………………いっさい!?」

 ちょっと待て。

 あの二メートルくらいありそうな大男が1歳なわけないだろう。

 それは、あれか。

 神様の世界の一年は、人間界の20年にあたる、みたいな意味か?


「違うわよ、マコト。エイルが言ってる1歳は、地上の民にとっての生後一年という意味よ」

「嘘でしょ……?」

 めっちゃ流暢に喋ってたし、とんでもなく強かったし、魔法もガンガン使ってた。

 一歳の定義壊れる。


 俺が驚愕している間に、エイル様が『アレクくん(1歳)』とホワイトボードに書いた。

 その記載だと、アレクくんが可愛らしい幼児のように見えてしまう。

 ガラの悪いにーちゃんやったで。

 

「一応、神王の血を引く『半神デミゴッド』だからな。一年あれば、肉体は十分に成長できる。ただし教育の時間が足りず、常識が欠如していたのだ。勿論、やったことは許されることではないが……」

 アルテナ様が苦々しい表情で続けた。

 

「その教育をイラちゃんが担当してたんだけどね~」

「うぅ……」

 エイル様の言葉に、イラ様がうな垂れる。


 俺は、初めて太陽の勇者に会った時のことを思い出した。

 確かに、あいつは運命の女神の巫女エステルの言葉に従っていた。

 中身はイラ様だったわけだが。


「でも、そしたら教育も完璧なはずでは?」

 運命の女神イラ様が直々に教育してくれるなら問題無いはずだ。

 なんたって女神様なんだから。


「それがねー、イラってば1歳になったからって、保護者を人間に譲っちゃったらしいのよねー」

「だってだって! 最近のアレクって反抗期で全然言う事聞かなくなってたし。教皇のやつはアレクを甘やかすから、すっかりおじいちゃん子になってたし! 仮にも神族の血を引いてたし、1歳になったから大丈夫かなぁーって………………」

「いや、1歳はダメでしょ」

 エイル様が、イラちゃん(×)と書いた。

 うん、×を3つくらい付けておきましょう。


 だから、今イラ様は正座をさせられている訳か。

 要するに今回の事件はイラ様による太陽の勇者の『育成失敗』が原因と……。

 なんつー、迷惑な……。


「イラ様、なんで太陽の勇者アレクサンドルのことを他の女神様に知らせなかったんですか?」

 俺は疑問を聞いた。


「大魔王との決戦を万全の状態にしたかったの……」

 イラ様が語り始めた。


 千年前。

 地上は、魔族に支配され聖神族の信仰は地に落ちた。

 地上の民は、天界の神に失望し、信仰を失っていた。

 あの時の屈辱を繰り返したくなかった…………らしい。


 イラ様の未来予知では、大魔王対人族の戦争で人族側が勝つ可能性は『五割』。

 色々と勝率を上げる方法を探ったが、決め手が無かった。

 焦ったイラ様は、巫女のエステルさんに常時降臨することで、地上を隅々まで観察。

 使えそうな人材が居ないか探した。



 ……その結果。見つかったのが、神王ちちおやの隠し子である。


 

「見つけた時は、これだわ! って思ったの……」

 流石は、世界を統べる神王だけあって浮気の隠蔽工作は、ばっちりだったらしい。

 アルテナ様や他の女神様、悪神族に至るまで、全く気付かれずに愛人と逢引きしてたとか。


「で、イラちゃんは神王パパの子を、太陽の勇者として教育することにしたのよ」

「なんで、太陽の勇者なんですか? 商業の国キャメロンの勇者でよかったんじゃ……?」

「駄目よ。そんな強い勇者をいきなり商業の国が抱えると、六国の力関係が崩れるわ。六国は、太陽の国を中心に据えておくのが平和なの。覇権国が二国もあると火種になるだけよ」

「なるほど……」

 その辺の配慮は、流石女神様だ。

 運命の女神イラ様を信仰する商業の国キャメロンさえよければ、とは考えないらしい。

 いや、結果的には大ポカをやらかしてるけど……。


「それに、光の勇者が問題なく大魔王に勝てば、アレクは神界に連れて行けばいいと思ってたのよ。ただし、大魔王側が勝った時の切り札に、アレクを予備の勇者にしておきたかったの……」

「話だけ聞くと、イラ様の計画はかなり用意周到ですね」

 なんせ、桜井くんを一撃で倒してしまう『半神』の勇者だ。

 大魔王だって敵じゃないだろう。


「ま、それもイラの管理の甘さで、計画は潰れたけどねー」

 ノア様が、俺に抱きついたまま耳元で喋る。


 息がかかる……。

 ノア様の吐息は、なにゆえ、こんなに甘いのだろう。

 にしても、ノア様の機嫌は悪くない……のかな?

 比べて、眉間にしわを寄せているのは、太陽の女神様だ。


「現状は最悪だ。今回、聖神族が地上に干渉した事を悪神側に視られた。やつらも地上に干渉してくる可能性がある……」

「でも、アルテナ姉様。今回の干渉は『精霊兵器』を止めるためだって、悪神族に説明したんでしょ? 『精霊兵器』は悪神族にとっても脅威になるから」

「ああ……だが、納得はしていまい」

「精霊兵器?」

 アルテナ様とエイル様の真剣な会話だったが、つい口を挟んでしまった。

 イラ様が言ってた『精霊王』ってのとは別口だろうか?


「同じ意味よ、マコくん。精霊兵器……精霊王、あなたが今回『成って』しまった存在よ」

 エイル様が、教えてくれた。


「俺が……精霊兵器?」

 そんな大層な魔法を使ったっけ?


「ティターン神族の使徒。それが『生贄』になることで、全ての精霊を従える存在へと変わる。それを『精霊王』と地上の民は呼んでいる」

「ちなみに、精霊王=精霊兵器の復活は神界規定違反だから、見付かったら即時に廃棄、消滅させられるんだけど、マコくんは特別に復活してあげたんだぞ☆」

 アルテナ様の言葉に、エイル様が可愛らしくフォロー……じゃなく、恐ろしいことを言ってきた。

 ……結構、危ない橋だったようだ。


「……まあ、今回の件はノアですら想定外のようだからな。そうだな、ノア?」

「当たり前でしょ!? 私の信者はマコト一人なのよ! マコトが居なくなったら、ゼロに戻っちゃうんだから!」

「ノアが凄い焦ってたもんねー。マコくんが精霊兵器になっちゃって」

「……すいません、ノア様」

 俺は後ろから抱きついているノア様に詫びた。

 表情は見えないが、きっと怒っているだろうと思い、ゆっくりと後ろを振りかえった。



 息を呑んだ。



 女神ノア様の透き通るような瞳が、俺を見つめていた。

 ノア様の微笑みはいつもと同じ。

 優しく、出来の悪い子供を見つめるような目で、慈愛の笑みを浮かべている。


 ああ……美しい。

 なんて、綺麗な女神様ひとなんだろう……。

 なのに。


「の、ノア……様?」

 なぜ、俺の声は震えているのだろうか?


「ねぇ………………マコト」

 愛しさを含んだ声。

 その声は、決して怒ってなどいなかった……のに。


 俺は、呼吸を忘れ、

 瞬きができず、

 指を動かすことすら躊躇われ、

 蛇に睨まれた蛙のように……身体が硬直した。 


 静かに、優しく、慈悲深く、女神ノア様は俺の耳元で囁いた。


「私の信者になった時の『最初の約束』、覚えてる?」


 …………やっべ、これ、怒ってるわ。

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