214話 月の巫女フリアエは、聖女に成る


 ――聖女


 それは西の大陸の歴史上、二人しか存在しない。


 一人目は、太陽の国ハイランドの建国者『聖女』アンナ。

 救世主アベルや大賢者様と共に、大魔王を倒した伝説の人物。

 女神教会の初代教皇としても知られている。


 二人目は、太陽の国ハイランドの第一王位継承者であるノエル王女。

 太陽の巫女であり、光の勇者桜井くんの婚約者。

 先日、『神の試練』をクリアして『聖女』となった。


 聖女は、戦乱の世を収めるために現れると言われている。

 光の勇者に並ぶ、最重要人物。


 その三人目として、フリアエさんが選ばれた。



 ◇



「月の巫女フリアエ。そなたを『聖女』に任命しよう。大陸に散らばっている魔人族を束ね、新しく国を興すといい」

「え?」

 太陽の女神アルテナ様の神託に、フリアエさんが驚きの声を上げた。


「私が……聖女に?」

「かつての王家、ラフィロイグ家の血を引き、魔人族の血が流れているあなたが適任でしょう。勿論、強制では無いから断ってもいいですよ」

 補足するように運命の女神イラ様が続けた。


「聖女になるのは『神の試練』ってのをクリアする必要があるのでは?」

 そんな話をふじやんに聞いた記憶がある。


「月の巫女の守護騎士が、半神デミゴッドである太陽の勇者アレクサンドルに勝ったのよ。それをもって『神の試練』をクリアしたとみなすことができるわ」

 俺の疑問に、イラ様が答えてくれた。

 ほうー、そーいう扱いになるのか。

 じゃあ、太陽の勇者アレクサンドルと戦ったのは無駄じゃなかったんだな。

 ……ん?


「俺って、太陽の勇者アレクサンドルに勝ったんですか? ソフィア王女に死んだって聞きましたよ?」

「あー……、その辺は複雑なのよ。あとで説明してあげるわ」

「それからノア様の短剣知りません? 見つからなくて」

「ちょっと、次々に質問しないでよ。あんた運命の女神わたしに馴れ馴れしいわね」


「イラ、高月マコト……静かにしろ」

 アルテナ様に睨まれた。


「「……はーい」」

 俺とイラ様は口を閉じた。


「月の巫女よ。どうする?」

 再び、アルテナ様が問うた。


「わたしは……」

 フリアエさんがちらりと、不安気にこちらに視線を向けた。


「姫の好きにすればいいんじゃない?」

 俺が言うと、フリアエさんがこくんと頷いた。


「聖女の任、謹んでお受けします」

「わかった」

 気付くと太陽の女神アルテナ様が、フリアエさんの間近にいた。

 手をフリアエさんの頭に載せる。

 フリアエさんの身体が一瞬、虹色に輝いた。

 


太陽の女神アルテナの加護を与えた。これより『奇跡の聖女』フリアエを名乗るとよい」



 おおー。

 フリアエさんが聖女になった!

 あれ?

 そしたら月の巫女じゃなくなったわけで、俺の月の巫女の守護騎士も自動終了?



「ちがうわ、高月マコト。あなたの月の巫女の守護騎士の契約は残ってる。巫女と聖女は、兼用できるのよ」

「へぇ」

 念のため自分の『魂書ソウルブック』を確認すると『月の巫女の守護騎士』のままだった。


 俺はフリアエさんの顔を見た。

 何やら神々しい光を放っているような……気がする。


「おめでとう、姫。いや、聖女様」

「別に姫のままで……いえ、フリアエって名前で呼んでも、いいわよ?」

 ちょっと照れたように、上目遣いで見つめられた。


「ま、今まで通り姫にするよ」

 急に呼び名を変えるのも変だし。


「あっそ。ただし! あなたは私の騎士なんだからね! 逃げるのは許さないわよ!」

「わかったよ」

 言われるまでもない。


 太陽の女神様が、俺たちを見回した。


「ノエル。人族の管理は引き続き一任する。教皇の任も引き継ぐように。現教皇の職は、今回の責を取らせ、解任せよ。面倒が起きれば、全て運命の女神イラが巻き取る。いいな? イラ」

「は、はい、かしこまりました。アルテナ様」

 ノエル王女が頷く。


「うぐぅ……」

 イラ様が隣で呻いている。


「ノエル、フリアエ。聖女として協力し合い大魔王討伐にあたるように」

「…………わかりました」

「…………はい」

 ノエル王女とフリアエさんの意味ありげな視線が交差したが、二人とも大人しく頷いた。

 この二人、相性悪そうだけど大丈夫だろうか……?


「最後に……桜井リョウスケ」

「は、はい! アルテナ様」

 太陽の女神アルテナ様が桜井くんに近づいた。


「アレクの件は済まなかったな。こいつの身柄は私のほうで一時預かる。大魔王を倒せるのは、『光の勇者』である君だけだ。期待している」

「……有り難いお言葉です」

 桜井くんがうやうやしく頭を下げた。

 今日一番、アルテナ様の表情が柔らかい。 

 ……なんか、桜井くんにだけ優しくない?


「では、さらばだ」

 太陽の女神アルテナ様とアレクサンドルの姿が消えた。

 

 ……いっちゃった。



 ◇



 その後は、大変だった。

 俺が生き返った(?)ことを聞きつけた人たちが大勢やってきた。


「マコトさんっ……」

 レオナード王子に、しばらく抱きつかれたまま泣かれた。

 

 ふじやん、ニナさんにも泣かれた。

 ジャネットさん、ジェラルドさん兄妹が会いに来てくれた。

 タリスカー将軍もやってきた。

 風樹の勇者マキシミリアンさんや、木の巫女フローナさんも来てくれた。


 ……大賢者様、来なかったな。

 むしろ、俺から行くべきか。

 でも、来てくれなかったことはちょっと寂しい。


 

 色々な人に心配をかけたことを詫び、さて、今日も水魔法の修行をするかね。

 と思っていたのだが。



「今日は修行しちゃ駄目よ! マコト」

「高月くん……ちゃんと休んでね」

「私の騎士、みんなに心配かけるのはやめなさい」

「勇者マコト、今日くらい大人しくなさい」

 仲間全員+ソフィア王女に、止められた。

 

「はーい……」

 仕方ない、寝るか。

 俺は大人しくベッドで眠りについた。

 思ったより疲労が溜まっていたらしい。

 すぐに睡魔に襲われた。




 ◇




 何もない空間。

 女神様の居る場所。


(ま、今日は呼ばれるよな……)


 なんせ唯一のノア様の信者である俺が死んでしまったのだ。

 さぞ、ご立腹であろう。


 俺がノア様の御姿を探すと……奇妙な風景があった。


(んん?)


 不機嫌そうに腕組みをしたノア様が居る。

 それは良い。


 エイル様の姿が見える。

 これも、いつも通りだ。


 イラ様が居る。

 なのだが………………なぜかをしていた。

 がっくりとうな垂れていて、表情は見えない。


 そして、イラ様の正面。

 ノア様と同じく腕組みをした、長身の女神様がいらっしゃった。


(アルテナ様も居るのかぁ……)


 罰せられたりしないかな。

 俺、結構無礼な口を聞いたし。

 おそるおそる近づいた。

 四柱もの女神様が集まっている場所に行くのは、少々勇気がいる。



「ああ、……君か。よく来たな」

 太陽の女神アルテナ様が振り向いた。


 その顔は、大聖堂の冷徹な表情とはまるで違う、実に気まずそうなものだった。

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