213話 高月マコトは、太陽の女神と出会う


 ――太陽の女神アルテナ


 言わずと知れた七大女神の長。

 この世界を支配している一柱。

 神王ユピテルの長女。

 勝利と正義を司る女神。

 そして、大陸最大宗派の信仰神である。


 そのご神体は光り輝き、はっきりとは直視できない。

 地面には降り立たず、アルテナ様の足が、俺たちの目線の位置くらいに浮いている。


 その偉大な女神様は、俺たちを静かに見下ろした。

 その威圧感たるや先ほどイラ様が降臨されたと知った時の比ではなく、その場に居る全員が膝をつき息を呑んでいる。

 ……やべ、出遅れた。


 イラ様が「あんた、頭下げなくていいの?」という顔で見ている。

 うーむ、俺ってノア様の使徒だし?

 まぁ、ええやろ。

 呆れた、という風にイラ様がため息をついた。


「さて」

 太陽の女神アルテナ様が右手を前に出した。

 何だ……?

 理由はすぐにわかった。

 

 一瞬にして、召喚術式が組み上げられ、太陽の女神アルテナ様の目の前に、一人の男が現れた。

 男がどさりと、地面に落ちる。

 男は気を失っているようで、その顔は……



 ――太陽の勇者アレクサンドルだった。



「「「!?」」」

 その場に緊張感が走る。

 特に、さーさんフリアエさんの表情が変わった。

 

 ……コイツまだ生きてたのか。

 ――『明鏡止水』100%。

 

 

「精霊の右手」

 俺は即座に、右手を精霊化し攻撃を仕掛けようとした。

 今までにないくらいスムーズに精霊化できた。

 その時。


「待ちなさい」

 右手を掴まれた。

 運命の女神の巫女イラさまだった。


「あなた正気ですか? アルテナお姉様に攻撃を仕掛けるなんて。?」 

「でも、あいつが居ると姫がっ!?」

「ま、待って! 私の騎士、私なら大丈夫だからっ!」

 フリアエさんまでが、こちらに駆け寄ってきて俺の腕にしがみついた。

 当人にまで止められると、俺もこれ以上動けなかった。



 その時、気を失っている太陽の勇者が目を覚ました。

「ん……俺様は一体……………………っ!?」

 俺と目があった。


「ひ、ひいいいいいいいいいぃぃぃぃっ!」

 アレクサンドルがばたばたと暴れだした。

 えっ!?

 めっちゃ、怯えられてる。

 この前の尊大な態度はどこいった?


「あなたの『水の精霊王』が精神的外傷トラウマになってるみたいね」

 イラ様が小声で教えてくれた。


「水の精霊王?」

 初めて聞く単語だ。

 精霊化のことだろうか?


「あー、あとで説明するわ」

「約束ですよ?」

 水の精霊王とか、強そうな名前だし。

 気になります! 

 

「た、助けて! 殺される! 殺され」

 暴れる太陽の勇者にアルテナ様が煩わしそうな視線を向けた。


「アレク、黙れ」

「っ!……っ!」

 その瞬間、物理的に口が聞けなくなったように、アレクサンドルが一切の言葉を発しなくなった。


 魔法術式は視えなかった。

 口に出した命令が、そのまま結果に反映した……のだろうか。

 魔法ではなく、女神様の奇跡なのかもしれない。


 大聖堂を静寂と緊張感が支配した。

 じろりと、太陽の女神様が皆を睥睨する。



太陽の勇者アレクサンドル……こいつは、



「「「「「!?」」」」」

 全員が衝撃を受けた。

 ノエル王女ですら、驚いている。


 唯一、平静を保っているのはイラ様だった。 

 ……知ってたなら、教えてくださいよ。


「……」

 俺の心の声を読んでか、イラ様がぷいっとそっぽを向いた。

 可愛くないですよ?

 が、俺にはこの場で聞いておかないといけないことがある。


「アルテナ様の弟だから、さーさんや姫に対して行った行為を許せということですか?」

 俺は睨みつけるように言った。


「マコト様!?」

「勇者マコト!?」

 ノエル王女とソフィア王女が、青い顔で悲鳴を上げる。

 が、ここははっきりさせないといけない。


 太陽の女神様は、俺の視線などそよ風ほどに気にしていないようで、全く表情を変えず一言だけ言った。




。許せ」

 



(なっ!?)

 何だとこの野郎!

「むぐ」

 怒鳴りつけそうになったのを、イラ様によって口を抑えられた。

(あんた、大人しくしなさい!)

 くっ! イラ様(姿はエステルさん)力が超強えぇ!

 代わりにノエル王女が口を開いた。


「…………恐れながら、お聞きします太陽の女神アルテナ様。なぜ、偉大なる弟君が地上へ降臨され、あまつさえ太陽の勇者と成っていたのでしょうか? そして、あのようなことを……」

 知らなかったのであれば、当然の疑問だろう。

 つーか、太陽の巫女なんだから教えておいて当然では?

 それに対するアルテナ様の返答は、冷淡だった。


「知る必要はない」

「っ!?…………は、はい。承知しました」

 ぴしゃりと、拒否されノエル王女が静々と引き下がる。

 おいおい、説明してくれるんじゃないのかよ。


 フリアエさんが文句を言わないか気になった。

 横顔を見ると、場の雰囲気に飲まれてか黙っている。

 ルーシーやさーさんも同じだ。


 よっし、じゃあここは俺が文句を言うしか……。

 が、すぐにイラ様に止められた。


「バカッ! やめなさい、あんたアルテナお姉様を怒らせたらどんだけ怖いか……」

「イラ、黙れ」

「んー!んー!んー!」

 俺の心の声を聞きつけたイラ様が、割って入ろうとしてアルテナ様に『発言禁止』されている。

 この女神様、妹にも容赦ねーな。


 ……仕方ない。イラ様に免じて下手したてでいくか。


「じゃあ、一体何の用なんです?」

 思ったより下手したてじゃなかった。

 でも、アルテナ様の弟が問題おこしたんだし、なんでこっちが遠慮しないといけないんだよって気分が強い。


「んー!んー!んー!んー!んー!(バカ! 口調を丁寧に! お姉様を怒らせないで!)」

 すげぇ、喋れないのに意味が伝わってくる。

 これが女神様の奇跡か……。

「んー!(違うわよ!)」

 違うらしい。



「高月マコト」



 太陽の女神アルテナ様がこちらに視線を向けた。


 うぐっ!?

 それだけで、剣先を喉元に突きつけられたような圧迫感があった。 

 こりゃ、怖い。


「なんすか?」

 それでも、こっちは被害者なのだ。

 どうしても、ぶっきらぼうに答えてしまう。


「貴様の仲間が一人、アレクによって命を落としたな」

「ええ、そうですよ。その責任は……」

「命を。確認せよ」

 事もなげに言われた。

 命を戻した……?


「さーさん?」

 俺がさーさんに呼びかけると、慌てて魂書ソウルブックを確認してくれた。


「た、高月くん! 残機が5に戻ってるよ!」

「おお……」

 すげぇな。

 増えてるじゃん!

 こんな簡単に命を増やせるのか。


「ありがとうございます! アルテナ様!」

「ああ」

 さーさんが、元気いっぱいに太陽の女神様に御礼を言った。

 ……あんたの弟が変な事しなけりゃ、さーさんは死ななかったのだが、……と思ってしまう俺は心が狭いのだろうか?

 まあ、大人しくしておこう。


「次に」

 アルテナ様が俺の隣にいる、フリアエさんに視線を向けた。

 びくっとして、フリアエさんが俺の後ろに隠れる。


「月の巫女。今回の出来事は魔人族がこの大陸で排斥されているから起きた」

「…………っ」

 なんだ、それは!?

 まるで魔人族であることが悪いみたいな言い方を!

 

「アルテナ様、そんな言い方は……」

「待って、私の騎士」

 俺は文句を言おうとしたが、フリアエさんに止められた。


「んー!んー!(そうよ! 黙りなさいよ!)」

 イラ様、うるさいですよ。


「イラ……もう喋れ」

 アルテナ様も同じだったのか『発言許可』が出た。


「ふぅ……やっと喋れたわ」

「怖い姉さんですね」

「そーなのよ……」

 ギロリと、アルテナ様に睨まれた。



太陽の女神アルテナ様……お願いがあります」

 フリアエさんが、一歩前へ出た。

 その手は震えていた。


「私は……魔人族が、仲間が平和に暮らせる場所が欲しいです……」

 フリアエさんの口から出たのは、切実な願いだった。

 そうだな……相手は世界の支配者。

 逆らって良い事なんて無い……か。


「わかった」

 アルテナ様の返答は、短い。


「「……」」

 フリアエさんが、俺の手を強く握った。

 俺も手を握り返す。

 しばしの静寂が訪れ、その場に居る全員が太陽の女神アルテナ様の次の言葉を待った。



「月の巫女フリアエ。そなたに『』の役を任せよう。大陸に散らばっている魔人族を束ね、新しく国を興すといい」


 太陽の女神アルテナ様が厳かに、ノエル王女に続く『聖女』の任命を告げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る