207話 高月マコトは、契約を知る
「ねぇ、私の騎士! いつの間に
フリアエさんに詰め寄られた。
いや、……記憶にないんだが。
前に自分の契約のことすら知らなかったことをソフィア王女に叱られ、俺は契約について少し勉強した。
――躯の契約
その名の通り、契約の際に肉体関係になることが条件の契約である。
ちなみに性別は
つまり、相手がレオナード王子でも大丈夫なわけで……何を言ってるんだ俺は?
「待った待った、姫。俺はルーシーとは何もしてな……いや、前に飲み過ぎて記憶無くした時か? もしくは、さーさんとルーシーに迫られたあの時……。いや、たしかあの日に、……。あっ!? そういえば一昨日の時か!?」
「あんた、どんだけ心当たりあるのよ……」
フリアエさんがドン引きしつつ、睨んできた。
うーん、でもなぁ。
ルーシーってすぐ迫って来るからなぁ。
(マコト、大賢者が言ってるのは『恋の契約』のことよ)
ノア様の声がした。
恋の契約……?
それって俺とルーシーが
(そうそう、最近は『躯の契約』って名前なのかしら?)
なるほど、契約名の違いか。
「大賢者様。俺がルーシーと結んでるのは、『恋の契約』ってやつらしいですよ」
俺がそれを伝えると、大賢者様は怪訝な顔をした。
「恋の……、精霊使いくん、それは俗称だぞ。どこぞのロマンチストがつけた契約名だ。実際は、躯の契約は相手と恋愛感情になる必要はない」
「へぇ……」
(へぇ~、そうなのね)
俺とノア様が感心した声を上げた。
てか、ノア様も知らなかったんですか。
「恋の契約なんて呼び名を使っているのは、童貞か処女だけだ。まあ、だからどうというわけではないがな」
大賢者様の言葉に、俺とノア様が押し黙る。
「……」
(……)
らしいですよ? ノア様。
(な、何よ! 身体の契約なんてやらしいのよ!)
ノア様が怒り出した。
「ねぇ、私の騎士。結局、どういうことなのよ?」
「俺の潔白は証明された!」
「そうなの……?」
フリアエさんが疑わしそうな目線を向けてくる。
「まあ、『躯の契約』の本契約は通常『婚姻』にあたるからな。仮契約ということは、『俺はまだ一人の女に縛られずに遊ぶぜ!』という意味だ。精霊使いくんは、童貞なのに遊び人だな」
「…………」
全然、潔白じゃなかった!
フリアエさんが、「やっぱりクズじゃない」という目で睨んでいる。
「まあ、我は精霊使い君にいつまでも純潔で居てもらいたいわけだから、かまわんがな。ほれ、いつものを寄こせ」
「あー、はいはい」
場所代を支払わなければ。
俺は大賢者様が寝ていたソファーに近づき隣に座った。
大賢者様が、俺の首筋に歯を立て、カプリと噛み付く……かと思ったら、小さな舌で首元を舐められた。
ひやりとした感触が走る。
ゾクリとした拍子に「ひっ」と声が出た。
「だ、大賢者様?」
「ふふふっ、精霊使いくん良いな。血が綺麗なだけでなく、身体も清潔だ。粗暴な冒険者とは思えん」
大賢者様がうっすら微笑みながら、俺の首筋を撫でた。
「はぁ……、まあ、水魔法を使って朝と夜にシャワー浴びてますからね。あとは、汗をかいてもすぐ取り除けますから」
「え、そうだったの?」
俺が大賢者様に説明すると、フリアエさんが驚いた声を上げた。
「それいいわね。今度私にもやってよ」
「前にさーさんにやってあげたら全身をまさぐられてるみたいでくすぐったい、って言われたけどいい?」
「……何か卑猥ね。やっぱりやめておくわ」
「ところで大賢者様、血は飲まな……何やってるんですか!?」
気が付くと、大賢者様が俺の上半身を脱がしにかかっていた。
「ん? いつも首からだと面白みが無いからな」
そう言いながら、小さな指が俺の胸あたりを這っていく。
大賢者様の容姿は、12歳前後くらいにしか見えないので、一見子供がじゃれているような感じだが、千年の時を超えた凄みか、言葉に表せないような妖艶な雰囲気がある。
ぱちっとした大きな赤い瞳に覗き込まれつつ、俺の頬に冷たい手が添えられた。
「さて……、人の寝ている時に勝手に忍び込んできた悪い従者にはお仕置きをせんとな」
「……従者じゃなくて、守護騎士ですよ?」
「似たようなものだ」
そうかなぁ?
そういう間にも、俺の服が剥ぎ取られていく。
大賢者様らしく、手は使っていない。
視えないナニカが、器用にボタンを外している。
……これは、空間魔法かな?
俺はその複雑な魔法術式を感心しながら視ていると――
「わ、私の騎士! 何をなされるがままになってるのよ!」
赤くなったフリアエさんに怒られた。
「大賢者様、うちの姫からNGが入りました。これ以上は駄目みたいです」
「ケチじゃな」
と言いつつも素直に、大賢者様は俺の首に手を回し首筋に噛みついた。
いや、いつも通りじゃないな。
腕だけでなく、足まで腰に回され『だいしゅきホールド』のような恰好になった。
え、なにこれ。エロい。
コクコクと俺の血を飲む音が聞こえ、最後にぺろりと首を舐められた。
手を当てると傷が消えている。
「さて、精霊使いくんの血を堪能したし、我は遠征までもうひと眠りする。部屋は好きに使って構わんぞ」
そう言うと、大賢者様はゴロンとソファーに横になった。
なんか、元気が無いような。
いつもなら、色々話してくれるのに。
(……もしかして、前の魔王戦の疲れが取れていないんじゃなかろうか?)
「大賢者様。土の国は大変じゃないですか? ちゃんと休んだ方がいいんじゃ……」
俺は大賢者様の背中越しに話しかけた。
返事が無いかもと思ったが、声が返ってきた。
「お前は自分のことを心配せよ。これからが大変であろう」
「そんなこと無いですよ。強いやつは
むしろ前回の戦いがピークだったとすら思っている。
次からは暗闇の雲にさえ気を付ければ桜井くんは、基本無敵だし。
俺は後方の部隊で楽をさせてもらおう。
勿論、桜井くんが困っていれば手伝いに行くつもりだが。
そんな考えだった。
「……違うな。精霊使いくんが大変なのは
断言するように言われた。
その言い方はまるで――
「それは未来予知ですか?」
運命魔法で未来を見通しているかのような言葉だった。
「我が運命魔法で見通せるのは『一分後』までだ。遠い未来はわからん」
「……それ結構、反則では?」
こと戦闘において、限りなく優位な情報じゃなかろうか?
「おっとこれは秘密だったな。
「あっさりと重大な秘密を暴露しますね……」
「じゃあ、我は寝る。起こすなよ」
そう言ってすぐに寝息が聞こえてきた。
寝ちゃったか。
何が大変なのか、聞きたかったけど……。
今度にするか。
俺がふっと、視線を感じてフリアエさんを見ると、じとっとした目でこちらを見ていた。
「姫?」
「……帰るわ」
「ちょっと、ちょっと」
フリアエさんが、つかつかと出口に向かって歩き始めたので、俺は慌てて追いかけた。
「どしたの?」
「何でもない」
「怒ってる?」
「怒ってない!」
怒ってるようだ。
「……」
「……」
フリアエさんが無言で、屋敷を出ていくので俺もついて行った。
「何でついて来るのよ。あんたは大賢者の守護騎士でしょ?」
「その前に姫の守護騎士だよ」
「ふんっ! どーだか! 大賢者とイチャイチャしてたくせにっ!」
「いつも通りだけど」
「いつもあんななの……」
フリアエさんが目を見開いて、こっちを振り向いた。
いや、今日はいつもより少し過激だったかも。
「ふー」
フリアエさんは、歩き疲れたのかその辺にあったベンチに腰かけた。
俺も隣に座る。
横顔を見ると、機嫌が悪いのか眉間に皺を寄せている。
「……喉が渇いたわ」
ぼそっと、フリアエさんが呟いた。
おっ、これは挽回のチャンスでは?
「ちょっと、待ってね」
俺はそう言うと、携帯している食料バックから、コップと果物を取り出した。
果物は常温で保管できる南国果物っぽい味のものだ。
――水魔法・
俺は果物の皮を氷の刃で剥き、種を取って、果肉を細切れにした。
さらに細かい氷の粒を魔法で生成して、コップの中で果肉と氷粒を混ぜ合わせる。
ストローが欲しかったな、と思いつつ俺はフリアエさんに差し出した。
「どうぞ」
「なにこれ?」
「んー異世界の
「一口もらうわ………………美味っ!」
最初、怪訝そうだったフリアエさんがすぐに勢いよく飲み始めた。
あ、……そんな勢いよく飲むと。
「あ、頭がキーンってなったわ! 呪い魔法!?」
「カキ氷をそんな勢いで食べちゃダメだって……」
俺はフリアエさんにゆっくり飲むよう伝え、一息ついた。
機嫌が幾分、回復した。
やっぱり女子にはフラペチーノだな!(偏見)
ふじやんと一緒に、こっちの世界で流行らそうとしている新メニューである。
ニナさんから、俺と同じことができる水魔法使いを雇うとめっちゃ高い値段になるって頭を抱えられたけど。
そのため実用には至っていない。
「はぁー、美味しかったわ。また作って」
「いいよ、いつでも。姫が試食第一弾だな。好評でよかった」
「私が一番なんだ……ふーん」
フリアエさんはベンチで足をブラブラ揺らしている。
あれは機嫌がいい時の癖だな。
「ねぇ、私の騎士。あなたってあの商人さんと一緒に新しい商品考えてるわよね。他に何があるの?」
「んー、俺が協力できるのは水魔法関連ばっかりだからなぁ……。ふじやんは色々考えてるみたいだけど……」
「聞かせてよ」
「じゃあ、最近のアイディアだと……」
俺たちは、しばらく雑談した。
◇
時間を潰し、俺とフリアエさんは式典に戻って来た。
「くー、くー」
「すー……」
ルーシーとさーさんが、お互いに寄りかかりながら寝ていた。
勲章の授章式は続いている。
今、壇上に居るのは
「遅かったですね」
ソフィア王女に睨まれた。
すいません、と詫びつつ元の列に戻る。
「どんな感じですか?」
「あと一時間ほどで、呼ばれますよ」
一時間かぁ……長いなぁ。
ふと壇上を見て、気になった。
「ソフィア。あの壇上で何か言うのは、俺もやらないといけなんですか?」
「当り前でしょう。……もしかして、演説文面を考えてないんですか?」
そんな宿題があったのか!?
「考えて無いです……」
「何度も伝えたのですけどね」
ソフィア王女がため息をついた。
「仕方ありませんね。私が一緒に考えます」
「はい……」
抜け出してる場合じゃなかった!
フリアエさんが、何やってんの? って目で見ている。
「……じゃあ、まずは名乗りから。あなたの役職を言ってください」
「勇者ですよね?」
「ローゼス王家付きの国家認定勇者兼
知らなかった。
そんな長い役職だったのか。
「じゃあ、始めの挨拶から……」
「えーと、じゃあ、こんな感じで……」
「もう少し長いほうがいいですね。あとは……」
ソフィア王女の助けのおかげで、ギリギリ間に合った。
本番。
何とか噛まずに言えました。
一万人近い人たちの視線が集まってる場とか、眩暈がしそうだった。
魔物一万匹だったら、余裕なんだけどなぁ。
「高月くん、落ち着いて」
後ろから桜井くんに声かけてもらえなかったら、逃げるところだった。
桜井くん、ほんとイケメン。
勲章の褒美?
なんかお金と土地と貰ったっぽい(聞いてなかった)。
◇
しかし、あと数日で、大魔王が復活するらしい。
そうなれば『勇者』は、ハイランドに集められる。
一度水の国に戻ってもいいけど、それもちょっと面倒だなぁ、とか思っていた。
そんな折、使者がやってきた。
使者は一通の手紙を運んできた。
差出人は、女神教会の『教皇』猊下。
内容は王都シンフォニア近郊に潜む、『蛇の教団』の残党討伐の要請だった。
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