206話 高月マコトは、功労者勲章式へ向かう
俺は朝起きて、着替えを済ませ、
食堂に行くといつものようにさーさんが居て、あと普段は寝坊なフリアエさんも席についていた。
ルーシーは、きっとまだベッドだろう。
「おはよう、さーさん、姫」
「おはようー、高月くん」
「おはよう、私の騎士」
俺は挨拶しながら席につき、お皿に乗っている謎の物体に気付いた。
「さーさん、この黒いのは何?」
「んー、以前はベーコンだった炭かな」
「……隣の黒いのは?」
「かつて卵だった炭だよ」
「…………他に無いの?」
「なによ! 私が作ったご飯が食べられないって言うの!?」
「えっ! 姫が作ったのか!?」
料理なんてしないって言ってなかったっけ?
「私が料理しちゃ悪いっての!?」
「わ、悪くないです……」
俺は皿の上にある黒い物体を眺める。
つーか、炭なんだよな?
死にはしないか……。
俺は覚悟を決めて、箸を伸ばしたところで、さーさんがぱっと皿を取り上げた。
「はーい、こっちが今日の高月くんのご飯ね。一応、ふーちゃんが頑張って作ったっていうのを見せたかったから」
笑顔でさーさんが、まともな料理と取り換えてくれた。
「私はるーちゃんを起こしに行くねー」
さーさんがパタパタ駆けていった。
俺はフリアエさんの顔を見た。
気まずそうに視線を逸らしている。
「……次はうまくやるわ」
「あ、……うん」
どうしたんだろうね。
珍しい。
その後、眠そうにしてるルーシーが起きてきたのでみんなで朝食をとった。
◇
俺は上着に袖を通し、短剣を腰にさして、多少のお金をポケットに突っ込んだ。
さて、今日はどこにいこうかなー、と思ったらルーシーに呼び止められた。
「マコト、どこ行く気?」
「え? なんか適当にブラブラと」
「高月くん、今日何の日がわかってる?」
「……あれ? なんか約束してたっけ?」
えっと、ルーシーとさーさんとの約束は……してないよな?
「今日は、ハイランド城で
フリアエさんが黒猫を撫でながら教えてくれた。
「あー!」
そうだったそうだった。
今日だっけ?
「危なかったわ、マコトのことだから絶対夜まで戻ってこないわ」
「ソフィーちゃんに言われたでしょ~、高月くんってば、もう!」
うーん、そういえば帰り際に言われたような気がする。
仕方ない、今日は宿で過ごすか。
俺はしばらく宿で修行をしたりして、時間を潰した。
昼過ぎにソフィア王女がやってきた。
「良かった、ちゃんと居てくれましたね」
「も、勿論ですよ」
「嘘言うんじゃないの、マコト。忘れてたじゃない」
「ソフィーちゃん、高月くん、今日も出かける気だったよー」
あー! あっさりばらされた。
ソフィア王女が「もう!」という顔で俺を軽く睨んだ。
「では、向かいますよ」
俺たちはソフィア王女と一緒に、ハイランド城へ向かった。
◇
「凄い人数……」
以前参加した、桜井くんの団長就任式の時以上。
なんせ六か国の関係者が揃っている。
俺、ルーシー、さーさん、フリアエさんは水の国の関係者として参加している。
既に多くの人が集まっていたが、ハイランドの国王陛下と五聖貴族の方々を待っているらしい。
偉い人は、重役出勤でいいなぁ。
暇だ。
暇つぶしに、俺が
ソフィア王女に「静かに待ちなさい」と怒られた。
そんな騒ぎを見てか、ある一団が俺たちの席に近づいて来た。
一見、温和そうなご老人だが、その眼つきは鋭い。
服装は神官が着る祭服だが、華美さが周りと一線を画している。
ハイランド教会の教皇様だ。
後ろには
「お邪魔しますよ、
「ロマ教皇猊下。わざわざお越しいただくとは……」
ソフィア王女が慌てて挨拶をする。
「私が用事があったので、こちらから出向くべきでしょう」
教皇様はそう言うと、俺の方を向いた。
「ローゼスの勇者殿。この度は魔王討伐、感謝します」
「は、はい……」
警戒しつつ返事をする。
この人、邪神の使徒の俺を嫌っているはずだよな?
「できれば即刻
「それは……
俺の代わりにソフィア王女が返答をした。
「許す許さないではありません。私たちの日々の暮らしは、聖神様の加護のおかげ。我々はそれに感謝し、尽くす義務があります。邪神の使徒を勇者に据えるなど、あってはならない……」
「そ、それは……」
教皇様の強い口調に、ソフィア王女がたじろいでいる。
(また、その話か……)
俺がげんなりしていると
(嫌よねぇ、アルテナの信者は頭が固くって)
ノア様も話しかけてきた。
「しかし今その話はやめましょう。高月マコト殿は、本日の勲章授与式において二番目の功労者。時間をかけて説得させていただきます」
おや? 思いの他あっさりと教皇様は引き下がった。意外。
ソフィア王女がほっとした表情になった。
「問題は、そちらの月の巫女です」
教皇様は仇を見るような目を、フリアエさんに向けた。
「…………」
フリアエさんは無言だ。
「数日後には、大魔王イヴリースが復活します。なのに、千年前に人族を裏切り魔族に通じていた『厄災の魔女』の生まれ変わりである月の巫女が自由にしている。断言しましょう! 復活した大魔王イヴリースは再び月の巫女へ接触をしてきます。そうなれば、我々は獅子身中の虫を抱えることになる。月の巫女を自由にしてはいけない」
「ノエル様は月の巫女とも協力をしていくと……」
「ノエル王女にも困ったものだ……。獣人や亜人への差別撤廃はともかく、『汚れた血』にまで甘い顔をするとは……」
その言葉で、フリアエさんの表情が険しくなった。
これはいかん。
フリアエさんが、何か言う前に俺も口を挟むことにした。
「姫は王都シンフォニアで起きかけた反乱を防ぐことに協力してくれた。今更、魔族に寝返ったりしませんよ」
「姫……? そういえばあなたは月の巫女の守護騎士でしたね。なんとも愚かしい……。邪神の使徒というだけでも、恐ろしいことなのに……」
このじーちゃん、人の信仰する女神様を邪神邪神と……まあ、そうなんだけど。
「ですが、確かに過去の功績はある。以前のような地下牢ではなく、客室に軟禁させていただきます。それなら問題ないでしょう。さぁ、我々と来なさい」
「「「「「!?」」」」」
神殿騎士団が俺たちを取り囲んできた。
おいおい、強引すぎるだろ!
慌てて俺とルーシー、さーさんがフリアエさんを護るように前に出る。
水の国の騎士たちも、困惑しつつ俺たちを守るように動いてくれてた。
ハイランドの神殿騎士団と、水の国の一団が対峙するような恰好になる。
これ、どうするんだ……?
「困りましたね……強引な手段はとりたくないのですが……」
教皇が困ったような顔(多分演技だが)をして、腕組みをしている。
すでに強引な手段なんですけど……?
「なぁ、教皇のじーちゃん。そいつ攫っちまえばいいんじゃないか?」
軽薄そうな声が響いた。
誰だ? と思ったらそれは
あの顔は……
「そのような乱暴はいけませんよ、太陽の勇者アレクサンドル」
「めんどくせぇなぁ。俺が一発でこいつらを黙らせてやるよ」
ニヤニヤとした表情で、言葉を発する太陽の勇者アレク。
……こいつ、こんなキャラだっけ?
「おやめなさい、アレク。
「あーあ、命拾いしたなぁ~、おまえら」
そう言って教皇様と太陽の勇者、神殿騎士たちは去っていった。
何だったんだ……。
「あいつ、あんなだっけ……?」
「前は無口だったよね?」
ルーシーとさーさんも同じ印象を受けたようだ。
あいつ、キャラチェンジし過ぎだろ……。
「ちっ……」
フリアエさんが、忌々しそうに舌打ちをした。
「姫、大丈夫だよ」
「そうです、月の巫女。水の国はあなたの味方ですから」
「……ありがとう」
俺とソフィア王女の言葉で、フリアエさんの表情が幾分和らいだ。
それにしても焦った。
あんまりハイランドに長居は良くないかもなぁ……。
◇
「では、ハイランド宰相よりご挨拶を……」
トラブルはあったが、出席者が揃い式が開始した。
最初に宰相、次に五聖貴族やら王族たちが挨拶をしている。
そして、始まってすぐ気づいた。
……この式、凄く長い?
え? これ今日終わるの?
「ソフィア、今日の進行スケジュールってわかります?」
「式次第ですか? こちらです」
ソフィア王女に見せてもらったプログラムには、眩暈のするような長い長い予定表が書いてあった。
ちなみに俺の出番は、ほぼラスト。
それまではひたすら待機である。
俺は参加者欄にも目を向けた。
・白の大賢者様(不参加)
・紅蓮の魔女ロザリー様(不参加)
(いいなぁ、自由な人は!)
はぁ……、退屈だ。
抜けれないかなぁ……。
(ソフィア、喉が渇いたので水を飲んできます)
俺は隣のソフィア王女に小声で、相談した。
(……貴方の名前が呼ばれるまでには、戻って来てくださいよ)
しらっとした目で、釘を刺された。
サボる気なのがバレてる。
しかし、王女の許可は貰った(貰ってない)。
ちょっと、どこかで時間を潰そう。
――『隠密』スキル
皆の邪魔をしないよう、スキルを使ってそろそろと列と離れようとした。
(マコト、どこ行くの?)
(高月くん?)
(私の騎士?)
仲間全員に呼び止められた。
君たち、目ざと過ぎるよ。
(ちょっと、散歩に……)
(待ちなさい、私も行くわ)
(あ、ずるい、るーちゃん。私も私も!)
(え! 待って、私の騎士が行くなら、私も!)
うわ、大人数になりそう。
(で、どこ行くの? 高月くん)
特に行くあてがあるわけではない。
俺の名前が呼ばれるまでは数時間ある。
だけど、あまり遠くに行くのも良くないだろう。
考えた末。
(困ったら大賢者様のところだな)
(えぇ……、昼は機嫌が悪いんじゃないかしら)
(大賢者様のお屋敷って、薄暗くて落ち着かないんだよねぇ……)
さーさんとルーシーは、乗り気じゃなさそうだ。
「やっぱりやめとくわ」とルーシーが言い「私もー」とさーさんが合わせた。
(姫はどうする?)
(白の大賢者の屋敷ね……。私の騎士にちょっかい出したことを一言、言ってやるわ)
フリアエさんは、一緒に来るらしい。
俺たちは『隠密』スキルで、式典の列をこっそり離れた。
式典開催中のため、ハイランド城の敷地内を歩く騎士の数は少ない。
見張りはいるが、特に俺たちが気にされることは無かった。
問題なく、大賢者様の屋敷にやってきた。
「こんにちはー」
挨拶をして屋敷に入る。
フリアエさんは、後ろからおどおどとついて来ている。
部屋を照らす蝋燭と、『暗視』スキルを頼りに廊下を歩いた。
勝手知ったる屋敷だ。
奥の大部屋に行くと、大きなソファーで大賢者様がくーくー、寝ていた。
寝顔はただの子供だなぁ。
「寝てるわよ? 私の騎士。勝手に入ってよかったのかしら……」
「大丈夫、大丈夫。俺、守護騎士だから」
「守護騎士ってそーいうことじゃないと思うんだけど……」
「起きるまで、適当に待ってようか」
「えぇ……」
フリアエさんに呆れた顔をされた。
ま、いっか。
俺はしばらく部屋の中でも物色することにした。
……いや、泥棒はしませんよ。
見るだけ、見るだけ。
大賢者様の部屋には、沢山の本や魔道具が溢れている。
実は前から、じっくり見てみたかったんだよなー。
フリアエさんは、本棚にある古書を珍しそうにパラパラ見ている。
俺は何か面白そうな魔道具でもないかなと思って、部屋の奥にやってきた。
面白そうなものがあれば、貸してもらおう。
そんなことを考えていると。
「なんだ……これ?」
沢山の本棚の後ろに隠れるように、奇妙な空きスペースがあった。
その真ん中に巨大な、長方形の箱がある。
巨大な箱で、中に人一人が入れそうなサイズだ。
これ……
真っ黒な柩だった。
なんで部屋の中に、柩が……?
もしかすると、大賢者様は
でも今、ソファーで寝てるけどなぁ。
うーむ、なんだこれ?
流石に開けるのは駄目だろうし……俺が少し柩に近づいた時。
「おい」
「わっ!?」
びっくりした。
後ろに大賢者様が現れた。
「悪い奴だな、人の寝込みに忍び込むとは。夜這いか?」
「ええ、そうなんですよ」
「阿呆か。女連れで夜這いにくるやつがあるか。こっちにこい」
「はーい」
軽口をたたきつつ、俺は大賢者様の居た場所に戻った。
さっき見た柩については、特に触れられなかった。
「で、何の用だ? 今は式典中であろう?」
「大賢者様がお休みでしたからね。守護騎士としてはご一緒しておかないと」
俺がニヤリとしながら言うと。
「言うではないか」
ニヤリと返された。
その後、大賢者様が俺とフリアエさんに紅茶を淹れてくれた。
優しい。
俺はそれをずずっとすする。
何か言うかと思ったが、フリアエさんが大人しい。
代わりに大賢者様が口を開いた。
「そういえば、明日から我は遠出することになってな」
「そうなんですか?」
「ああ、土の国に
「え? 大変じゃないですか!?」
式典なんてやってる場合なのか!?
「おそらくただの牽制だ。もうじき大魔王が復活する。本気で攻める気は無いだろう」
「そう、ですか」
戦場が海なら、俺も活躍できそうで少し興味がある。
「話は変わるが……精霊使いくんと、月の巫女。教皇に気をつけろよ。我が精霊使いくんを守護騎士にしたことについて、苦言を呈してきた。そんなことを言ってくるからには、何か企んでいるのだろう」
大賢者様がタイムリーな話題を振ってきた。
「まさに、さっき因縁を吹っ掛けられたわ」
フリアエさんが、不快な感情まで思い出したかのように顔をしかめた。
「今代の教皇は、筋金入りの異教徒嫌いだ。理由はあるようだが……内輪揉めは、大魔王を倒してからにして欲しいものだな」
「全くですよねぇ」
大賢者様の言葉に、全面的に賛成だ。
さっきの教皇様の態度を思い出すに、難しそうだけど。
その時、ふと気になったことを質問した。
「そういえば大賢者様。教皇様と一緒に居る太陽の勇者アレクサンドルってどんなやつなんです?」
「あいつか……我もよくわからんのだ。半年ほど前に突然やってきた男でな」
大賢者様も知らないのか。
「だが、力は確かだ。あれほどの魔力と闘気を持つ勇者が、在野に眠っているとはな。西の大陸の人材は全て発掘し終えたと思ったのだが……あるいは、外の大陸から引っ張ってきたのかもしれん。異世界人の可能性も疑ったが……そうではなさそうだ」
「へぇ……」
変なやつだよなぁ。
性格も少し前と全然違ってるし。
「と、ところで!」
静かにしていたフリアエさんが、意を決したように大賢者様に向かって言った。
「ん?」
「だ、大賢者様! 私の騎士を無断で守護騎士にしないでもらえるかしら!」
「ほう?」
フリアエさんの言葉に、ニヤリと犬歯を見せた。
「妬いておるのか?」
「ち、違うけど! 何を言っているのかしら!」
「掛け持ち自体は珍しいことではあるまい。特に不都合も無いしな」
そうそう、使えるものはなんでも使わないとね!
「ただ、精霊使いくんは五大契約のうち、四つも契約を使っているのか……。我が勧めておいてなんだが、四つは多いな。血の契約は余計だったかもしれん」
「ん?」
四つ?
俺が現在、結んでいる契約は――
ノア様……魂の契約
フリアエさん……言の葉の契約
大賢者様……血の契約
「三つだけですよ?」
「何を言っておる。この前は気付かなかったが、『躯の契約』も結んでいるではないか。あの赤毛の魔法使いと。まあ、
…………はて?
赤毛の魔法使い、……間違いなくルーシーのことだろう。
俺とルーシーが、『躯の契約』?
「わ、私の騎士……あんた、いつの間に……?」
隣を見ると、フリアエさんが裏切り者を見る目で、わなわな震えていた。
いや、待て誤解だ!
……誤解だよな?
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