205話 高月マコトは、絡まれる
「おい、ローゼスの勇者。なんで
おっと、マズい人と出会ってしまった。
「ジェラっち、どうしたのー?」
ひょこっと、ジェラルドさんの後ろから顔を見せたのは、見覚えのある褐色肌のエキゾチックな美女――火の女神の勇者オルガさんだった。
……変わった組み合わせだな。
「に、兄様とオルガ様。ご一緒でしたか」
ジャネットさんが少し動揺しつつも冷静に返答している。
「あら? ジャネットちゃん~、男と一緒? 隅に置けないなぁ、うりうり」
「お、オルガ様? 酔っておられます?」
「酔うのはこれからだよー☆」
オルガさん、こんなキャラだっけ?
「おい! ローゼスの勇者ぁ! 聞いてんのか!」
「あー、はい。聞いてますよー」
いかん、思考が停止してた。
「俺も混ぜろ。いいよな?」
「ど、どうぞ」
断れる感じじゃないし。
折角だから、勇者二人と親交でも深めるか。
どっちも昔、ボコボコにされた怖い人たちだけど。
ところが。
「兄様、向こうに行ってもらえますか?」
「なっ!? ジャネット?」
ジャネットさんが冷たい声で言い放ち、ジェラルドさんが戸惑ったように後ずさった。
「ジェラっち、駄目だよー。妹さんの邪魔しちゃ。じゃあねー、ジャネットちゃん、ローゼスの勇者さんー」
「お、おい」
ジェラルドさんは、オルガさんにずるずる引きずられていった。
あれ? 一緒に食事しないの?
「すいません、うちの兄が」
「一緒じゃなくていいんですか?」
「いいんです!」
「そうですか……。ところで、ジェラルドさんとオルガさんは仲が良かったんですね」
「先日の魔王軍との戦いで戦線が近かったようでそれ以来……。以前から交流はありましたが」
「へぇ」
「最近は、オルガ様が兄の部屋に入り浸っていて……」
ジャネットさんが気まずそうに言った。
「入り浸る……?」
「えーと、つまりは朝まで、ということですけど……」
察しろよ、という目でジャネットさんに睨まれた。
あー、朝チュンか!
ええええっ!?
ジェラルドさんとオルガさんってそーなの!?
知らなかったぁ……。
ちらっと、少し離れた席に座ったジェラルドさんとオルガさんを見ると、どちらかというとオルガさんが積極的に絡んでいるように感じた。
ジェラルドさんもうざったそうにしつつも、楽しそうに会話している。
戦闘狂同士、相性が良いのだろうか。
あ、ジェラさんが「ああん?」って感じでこっち睨んだ。
慌てて、目をそらす。
「高月マコト、兄様のことはいいじゃないですか。私と一緒なんですから」
そう言ってジャネットさんが手を握ってきた。
……ジェラルドさんの眼つきがより鋭くなった。
「ジャネットさん、酔ってます?」
「ふふ、そんなに飲んでいませんよ」
と言いつつ、俺の肩に頭を乗せてきた。
ああ、これは酔ってる時のルーシーと同じムーブだ。
むぅ……、ジェラルドさんの方を見るのが怖い。
といいつつ怖いもの見たさで、『RPGプレイヤー』スキルの『視点切替』で、向こうの席をこっそり見ると…………オルガさんにジェラさんが飲まされていた。
こっちは見てない。
セーフセーフ。
「高月マコト、上の空ですね」
「……そんなことはないですよ」
「私を見てください」
頬に手を添えられ、顔をジャネットさんの方に無理やり向けられた。
ジャネットさんの頭は俺の肩に寄りかかっているので、吐息がかかるくらいの至近距離になる。
艶やかな金髪が顔に当たっている。
長いまつ毛と少しつり目の綺麗な顔が、こちらを見上げている。
「今日は時間がありますよね?」
耳元で囁かれた。
「……まあ、しばらくは」
「じゃあ、付き合ってくださいね」
今日はエステルさんへの突発訪問へ無理やり付き合ってもらったわけで。
これを断るのは筋が通らないだろう。
「……いいですよ」
「ふふふ、言質を取りましたよ?」
不穏なことを言うジャネットさんに一抹の不安を覚えつつ、頬がピンク色なので普通に酒弱いだけじゃね? この子、とも思ったりしていた時。
「…………何をしてるんですか?」
雪風のように冷え冷えとした声が降ってきた。
ジャネットさんの反対側。
俺の隣席に、誰かが腰かける。
誰だ? と確認する前に俺の腕を取り身体をそちら側へ引き寄せられる。
その後、やっと振り返り顔を確認した。
「そ、ソフィア王女?」
「探しましたよ、勇者マコト」
氷のように微笑む水の巫女が、俺の腕をがしっと掴んでいる。
まさか一人で?
と思ったら、入り口に護衛の騎士が数名立ってた。
「ど、どうしてここに?」
「帰ってくるのが遅いので迎えに来ました。さあ、帰りますよ」
いや、なぜこの場所がわかったのかを聞いたんだけど。
あ、店の奥の方でニナさんが「ヤバッ!」って顔して顔を引っ込めた。
ニナさんが、密告者か。
(ルーシーとさーさんには黙っておくって言ってたけど、ソフィア王女に黙っておくとは言ってなかったもんなぁ……)
ニナさんは、ふじやんの奥さんである。
ふじやんは、水の国の貴族。
旦那の上司であるローゼス王家に質問されたら、答えざるを得ないか……。
そして、現在俺を挟んでジャネットさんとソフィア王女が睨み合っている。
「あら、ソフィア。今は私とマコトが食事をしているの。遠慮して貰えますか?」
「変な女に絡まれて、大変でしたね。さあ出ましょう、勇者マコト」
「束縛する女は、男に逃げられるわよ?」
「私の婚約者にちょっかいを出さないでくれますか?」
「あら、今日は
「!?」
ガーン! という顔でソフィア王女が俺の方を見た。
いつまでかは、約束してなかったけどなぁ。
「さ、三人で食事にしましょう!」
立場的には、俺は水の国の雇われ勇者。
しかも、ソフィア王女の婚約者であるから言う事を聞いた方がいいのだが、さっきジャネットさんに付き合いますと言った舌の根の乾かぬ内に、約束を違えるのが躊躇われた。
「勇者マコトがそう言うなら……」
「仕方ないですね……」
もっと怒られるかと思ったけど、二人とも納得してくれた。
よ、よし!
あとは、美味しいものと食べてもらおう!
「に、ニナさんー!」
「ハイ! 高月サマ!」
ずっとこっちの様子を伺っていたニナさんが飛んできた。
「ソフィアに何か飲み物を!」
「すでに用意してありマス!」
俺が飲み物を注文すると、なぜかその場で飲み物が出てきた。
「ソフィア様。いつものやつです!」
「あら、ありがとうございます」
おお!
ソフィア王女が『いつもの』注文してる!
常連だ!(違うと思うけど)
ニナさん、ソフィア王女の好みまで把握してるのか……すげーな。
「高月サマ、料理もすぐ出ますので!」
そう言ってニナさんはぴゅんと、店の奥に消えた。
……なんか、本当に申し訳ないな。
あとで謝ろう。
「ほら、高月マコト。グラスが空いてませんよ」
「勇者マコト、もっとこっちに来てください」
「ソフィア、王女がはしたないのじゃなくて?」
「ジャネットこそ、そんな色目を使って」
「なに?」
「なんですか?」
「まあまあまあ」
慌てて二人をなだめる。
……大丈夫かなぁ、これ。
俺とソフィア王女とジャネットさんという変わった面子の飲み会が始まった。
◇
「だから、勇者マコトはちっとも構ってくれないんです!」
「ソフィア、苦労してるのね。ねぇ、高月マコト? あなたも魔王討伐の功労者なんだし、そろそろ身を固めれば?」
「ジャネット、あなたを誤解してました。行き遅れなんて言ってごめんなさい……」
「いちいち、口に出さないで。さっきも父様に嫌味を言われたところなんだから……」
「誰か紹介しましょうか? ジャネット」
「……それはジェラルド兄様より強い?」
「……その条件、何とかなりませんか?」
気が付くと、ソフィア王女とジャネットさんが仲良くなっていた。
俺はというと、ちびちびと酒を飲みながら、枝豆っぽいツマミをつまんでいた。
「ジェラっちー、おーい」
遠くの席ではジェラルドさんが、潰れている。
酒弱いのか……。
よし、今度勝負を挑まれたら飲み勝負にしよう。
そっと、心に誓った。
ジェラルドさんは、オルガさんにお持ち帰りされていた。
そして、隣ではソフィア王女と、ジャネットさんの会話がさっきからループしている。
こっちもそろそろ帰したほうがいいなぁー。
「ささっ、そろそろお疲れでしょう。外に送迎の馬車を用意しておりますぞ」
戻って来たふじやんが、場を〆てくれた。
流石は、『読心』スキル持ち。
ソフィア王女が帰り際。
「何度も言ってますが、明日はあなたの勲章授与式です。忘れずにハイランド城へ来てくださいね」
「はーい、わかってますよ」
酔いが回っていた俺は、こくこく頷き手を振って馬車まで見送った。
周りには守護騎士のおっちゃんをはじめ、護衛の騎士さんたちが立っている。
「おっちゃん、ごめん。ずっと外で待ってもらって」
中に入ればと一度誘ったが、断られたのだ。
「ソフィア様は息抜きが下手な御方。たまにマコト殿に会いに行くのが一番楽しそうですからな!」
はっはっは、と笑っていた。
俺は手を振って、ソフィア王女が乗る馬車を見送った。
「ジャネット隊長、帰りますよ」
「私のペガサスはどこですか? 見当たりませんね」
「酔ってるのに、何を言ってるんですか! 飲酒騎乗で捕まりますよ!」
ジャネットさんも同じ部隊の人に連れられ、馬車で帰って行った。
つーか、飲酒してペガサスに乗っちゃダメなんだな。
そりゃそうか。
俺は席に戻り、一人で大きく伸びをした。
「あー、しんどかった」
ずるっと、椅子に深く腰掛けた時。
「それは」
「こっちのセリフなのですガ」
後ろから恨めし気な声が聞こえた。
ふじやん、ニナさん夫妻がじろりとこちらを睨んでいた。
「すんません!」
俺はふじやんとニナさんに土下座した。
その後、ふじやんが作った新メニューの『煮干しラーメン』を試食させてもらった。
「味はどうですかな? タッキー殿」
「旨過ぎる……煮干しって、どこで手に入れたの?」
「作ったんですヨ……旦那様が」
ニナさんがはぁ~と、ため息をついている。
どうやらまた赤字ラーメンらしい。
しかし、美味い。
煮干しダシの良い匂いと、程よくコシのある麺が最高に馴染む。
トッピングは
そうそう、こーゆーのでいいんだよ。
スープの一滴まで飲み干した。
宿に帰った時刻は、深夜を過ぎていた。
◇佐々木アヤの視点◇
「私の騎士、遅いわね」
本を読んでいるふーちゃんが、呟いた。
「もう三回目よ? フーリ」
るーちゃんは、杖で色んなポーズをして魔法の練習(?)をしている。
決めポーズの練習らしい。
るーちゃんの修行は見てて面白い。
高月くんの修行は、地蔵みたいに動かないからなぁ。
「ソフィーちゃんが探しに行ったから、すぐ戻って来るんじゃないかな?」
私は明日の朝ご飯の準備をしつつ、答えた。
「そのまま夜の街に消えてたりして」
「るーちゃんじゃないんだから」
「ええっ!? 私はそんなこと……するわね」
「許さないよ~、るーちゃん……」
私は包丁を研ぎながら、釘をさす。
「アヤは、包丁をこっちに向けないの。マコトが居ないとツマラナイし、今日は飲むわよー。アヤ、フーリ付きあって!」
るーちゃんが度数の高そうな火酒を取り出した。
最近、るーちゃんが豪快になってきてるなぁ。
お母さんに似てきたというか。
「仕方ないなぁ、ツマミ用意するね」
確かベーコンとチーズとクラッカーがあったはず。
私はごそごそと戸棚を漁った。
「女子会よ! ジャンジャン飲むわよ!」
「るーちゃん、夜にそんなに食べると太るよ?」
「大丈夫よ! 王級魔法を何発か撃てば、実質ゼロカロリーだから!」
その理論間違ってるって。
でも、るーちゃん全然太らないんだよなぁ。
るーちゃんが、ぶんぶん杖を振り回している。
その度に、胸が揺れている。
……なんか、前より大きくなった?
私はるーちゃんに近づいた。
「どうしたのアヤ……? 目が怖……ぎゃあ!」
私がるーちゃんの胸を鷲掴みにすると、色気のない悲鳴があがった。
そのまま揉みしだく。
「むー、やっぱりちょっと大きくなってる」
「何すんのよ! アヤ!」
「わわっ」
るーちゃんが私に覆いかぶさって、ベッドに押し倒された。
そして、私の服の中に手を入れてくる。
「ちょっと! るーちゃん、ストップストップ」
「私が揉んで大きくしてあげるわ!」
「キャー!」
私とるーちゃんがいつものようにじゃれ合っていると。
「ふぅ……私の騎士、遅いわね」
ふーちゃんが、物憂げにため息をついた。
これで、高月くんのことをつぶやくのは四回目。
「「……」」
私とるーちゃんの取っ組み合いは休止して、顔を見合わせた。
顔を近づけて、ひそひそと会話した。
(ねぇ、アヤ。フーリの様子がおかしいわ)
(……あれはもう恋する乙女だよ)
(あああ……マコトのヤツ……)
(仕方ないよ……)
(よし……こうなったら白状させるわよ!)
「フーリ! ため息ばっかりついてないで、マコトのことを話しなさい!」
「ふーちゃん、お話しようー」
「な、何の話よ!?」
私とるーちゃんに迫られ、ビクっとなるふーちゃん。
その夜、ふーちゃんから高月くんの話を聞き。
最後まで、ふーちゃんは高月くんが好きだと認めなかった。
◇
「んー……」
私はベッドで目を覚まし、大きく伸びをした。
隣のベッドに目をやると。
「あーあ、また脱いでる」
るーちゃんの寝間着が大きくはだけていた。
私はその服の乱れをそっと直した。
そのさらに奥のベッドには、綺麗な寝相のふーちゃんが……って、あれ?
「ふーちゃんが居ない?」
いつもなら遅起きなふーちゃんのベッドが空になっている。
トイレかな?
まあ、いっか。
「ん~~~~!」
私はもう一度伸びをして、ベッドから降りた。
窓の外は薄暗い。
洗面台で顔を洗って、鏡の前で身支度をする。
そして、隣の部屋をそっと開けると高月くんが、修行の途中で寝落ちしたのか、座ったまま寝ていた。
「もう……」
私は高月くんをベッドに寝かせ、毛布をかけた。
くーくー、寝息を立てている高月くんの寝顔を眺める。
「お疲れ様」
私は高月くんの額にキスをして、部屋を出た。
そして、キッチンに行って朝食の準備をする。
いつもの朝だ。
今日は、ハムと卵を焼こうかな。
パンでもいいけど、……高月くん、和食が好きだからやっぱりご飯かな。
そんなことを考えていると、普段誰も居ない早朝のキッチンに人影があった。
すらりとしたドレスに長い黒髪。
「…………おはよう、戦士さん」
「おはよう、ふーちゃん。今日は早いねー」
眠そうに挨拶された。
やっぱり朝は弱いみたい。
「私も朝食を作るのを手伝ってもいいかしら?」
「うん! 勿論。でもどうして急に?」
私が聞くと、ふーちゃんはモジモジとしながら言った。
「……私の騎士に何か、作ってあげようかと思って」
「……」
わー! 恋する乙女だー!
もういい加減認めようよー!
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