第九章 『別れ』編

198話 ルーシーの仲間は、大人しく入院ができない

◇ルーシーの視点◇



「高月くんー、林檎アップル食べますかー?」

「もう剥いてるじゃん」

「はい、あーん」

「んー」

「美味しい?」

「おいしい」

「えへへー、いっぱい食べてね」


 病院のベッドで寝ているマコトに、アヤが林檎を食べさせている。

 いいなぁー、アヤ。

 羨ましいけど、私はあんなに器用に果物を切れないからなぁ。


「ねぇ、魔法使いさん。私たちっていつまでここに居ないといけないのかしら」

「なうなう」

 病室のソファーに優雅に腰かけ、黒猫の喉をごろごろ鳴らしてるのはフーリだ。


「勲章授与式が開催されるまでって話よね? 一週間後くらいじゃないかしら」

 私も正確なところは知らないので、曖昧に答えた。


 現在、私たちは太陽の国ハイランドの王都にある国立病院の一室に集まっている。

 理由は、パーティーのリーダーであるマコトが入院したから――と言うのは建前で、先の戦争の勲章授与式をマコトが嫌がって水の国ローゼスに帰ろうとしたところを、ノエル王女とソフィア王女に捕まったのだ。

 マコトは『魔法疲労』という病名で(やや)強引に入院させられている。


 一応、魔法の使い過ぎで身体に疲労がたまっていたのは本当だ。

 なので、マコトは現在休養中。

 なのだが……。


「自由の侵害だ!」

 と言って逃げ出そうとしたマコトを、すでに十回以上アヤと私が捕まえた。

 一応、身体を休めたほうがいいって医者も言ってたんだから、きちんと休養は取ってよ。

 私もアヤも、本気で心配してるんだからね!


「もう逃げちゃ駄目だよ? 高月くん。どこにいても追いかけるから」

「隠密スキル使っても、私の耳は聞き逃さないからね?」

「……チートどもめ」

 マコトは、しょぼんとしている。

 でも、仕方ないのだ。

 


 ――光の勇者様による『魔王ザガン』の撃破。



 その知らせに大陸の国中が湧いた。

 六国連合の盟主である太陽の国の地位はより不動のものになった。


 ここで問題がおきる。

 光の勇者様が「魔王を倒したのはローゼスの勇者高月マコトのおかげだ」と言ったらしい。

 さらに大賢者様まで「あいつが居ないと倒せなかったな」と発言した。

 

 マコトは、私の故郷木の国スプリングローグでも魔王ビフロンスの討伐に一役買っている。

 その時は目撃者が居なかったので、戦果は曖昧だった。

 結果、紅蓮の魔女ママや、風樹の勇者であるマキシミリアン先輩と力を合わせて討伐した、ということになっている。

 口の悪いやつは「もともとビフロンスの滅びは時間の問題だったのだ。ローゼスの勇者は偶然、そこに居合わせた幸運なだけの男だ」なんてことも言っていたらしい。


 しかし、今回の功績。

 もはや疑う者はいない。

 異世界からやってきた『高月マコト』は光の勇者様にすら頼りにされ、大賢者様からも認められている。

 光の勇者は、ハイランド王家に婿入りすることが確定している。

 ならば、二番目に功績を上げている勇者とお近づきになりたい。

 あわよくば婚姻関係を結び、家の箔にしたい。

 ハイランドの、いや大陸中の貴族がマコトを狙っているとか。


 とりあえず、授与式が終わるまでは入院の予定だ。

 その間は、貴族連中がちょっかい出してくることもないはずだから。




 ――翌日




「ソフィア王女! 勲章授与式でマコト様との婚約を大々的に発表すべきです!」

「えぇと……クリス。やっぱりそうしたほうが良いですか?」

「絶対にすべきですな! 水面下でタッキー殿と接触を試みる貴族が既に十名以上確認できておりますぞ」

 お見舞いに来たソフィア王女と一緒に来た、ふじやんさん、クリスさんの会話だ。


「ただ……それは、私の一存では」

 ソフィア王女は、私とアヤに気遣うような視線を送った。

 一応、私とアヤもマコトの婚約者なんだっけ……?

 マコトは、全然それっぽい雰囲気だしてくれないけど。


「私はいいよー、高月くんと一緒に居られれば」

 アヤの口調は軽い。

 でも、私は知ってる。

 マコトと同じく異世界からやってきた彼女は、身寄りが無い。

 だから『高月くんと一緒』は、アヤの絶対条件だ。

 その意味は重い。

 前に「高月くんと会えなくなったら、私何するかわからないかも」って真顔で言ってたっけ。

 たまにアヤって発言が怖いのよね。


「……ルーシーさんは?」

「私も別に」

 いいわよ、と言外に伝えた。

 エルフ族を冷遇しているハイランドにマコトが取られるより、種族差別の無い水の国のほうがずっといい。

 実家のある木の国も近いし。 

 そりゃ、本音は私だけの恋人になって欲しいけど。

 あの男、モテるのよね。腹立つことに。


「こっちは気にしなくていいわよ。関係ないから」

 聞かれる前にフーリが答えている。

 ……本当に関係ないのかしら?

 気になるけど、蛇が出てきそうな藪はつつかない。


 最後に、みんなの視線がマコトに集中した。


 ん? という顔をして、マコトは水魔法の修行をしている手を止めてこちらを見返す。

 この男……。 

 誰の話をしてるのか、わかってるの?

 

「マコト、話聞いてた?」

 他人事のような態度に、さすがに呆れた私が注意した。


「も、もちろん! 聞いてたって!」

 絶対、聞いてないわこいつ。


 その時、ソフィア王女がマコトに近づき、マコトの両手を握って抱きしめるようにして言った。

 

「勇者マコト……わたくしを貰ってくださいますか?」

 頬を染め、潤んだ瞳のソフィア王女が可愛らしく迫っている。

 って、これってプロポーズじゃないの?!

 こんな人前で?!

 てか、なんで今?

 私がびっくりしていると、アヤも口を大きくあけてぽかんとしている。


「は、はい……喜んで」

 あ、マコトのやつ。

 流されたわね。

 本当に、押しに弱いんだから!

 強引に迫られると、すぐオーケーしちゃうし!


 私だって、はっきり言われたことないのに!

 どこかのタイミングで私も迫ってやろうかしら、なんてその時は考えていた。




 ――さらに翌日

 



「はーい、高月くん。上着をめくってー。汗を拭くねー」

「んー」

 今日も向こうではマコトが、アヤに言われるがままに服を脱いでいる。

 最近、少し筋肉が付いたわね。

 初めて出会った時は、私より痩せてたのに。


「わー、高月くん。中学の時よりがっしりしたねー」

「そう?」

「うんうん、この辺とか……」

「くすぐったいって、さーさん」

 アヤがマコトの身体をぺたぺた触っている。

 ずるい。

 私もしたい。

 私は気を紛らわせるように、フーリに話しかけた。


「フーリは、どこかに出かけないの?」

「私は太陽の国に、知り合いなんて居ないし。ここに居るわ」

「光の勇者様のところは?」

 フーリは、光の勇者様と『仲が良い』。

 意味合いは少し微妙なニュアンスになるが。

 私やアヤのような『友人』とは違うが、親しいはずだ。


「会えるわけないでしょ。どうせ、リョウスケの近くにはあの女が居るわ」

「ノエル王女のこと?」

「そうよ。私を監禁してた、嫌な女よ」

「そ、そっか」

 どうやら未だにノエル王女とは相性が悪いらしい。

 私には、そんな嫌な感じに思えなかったけど。



 そんな話をしていると、噂の光の勇者様が病室にやってきた。

 噂をすれば、ってやつかしら。



「高月くん! 入院したって聞いたけど、大丈夫か!?」

「お、桜井くん」

 魔王ザガンを討伐した時の人、光の勇者である桜井リョウスケ様の登場だった。

 マコトと同じ、異世界人でマコトの幼馴染み。

 マコトって本当に、彼に慕われてるわね。


「高月くん、お見舞いに来たよ」

「こんにちは、マコト様」

 後ろには横山サキっていう女騎士と、ノエル王女も居る。


「桜井くん、助けてくれ」

 光の勇者様の顔を見たマコトが、おかしなことを言った。


「助け!? 言ってくれ! 僕で出来る事なら何でもするよ!」

「ん? 今何でもって言ったね?」

 マコトがニヤリと笑う。

 あー、あれはロクな事言わないときの顔だわ。


「勲章授与式をばっくれて、マッカレンに帰りたい。つーか、冒険に行きたい」

「え?」

「病室は、もう飽きたんだよ!」

「え、えーと。うーん……」

 マコトのセリフに、光の勇者様の顔が困った表情になる。

 迷った末、ノエル王女に助けを求めたようだ。


 ばっと、ノエル王女が腕をクロスさせて『×』を作った。


「高月くん、悪いんだけど……」 

「うがー」

 マコトは、恨めしそうな顔でぷいっとベッドに寝転んでしまった。


 その不貞腐れた態度には二つ理由がある。


 数日の病室に缶詰めに飽き飽きしているのが1点。

 

 もう一つは「やっぱ魔王強いなー! もっと修行しないと!」と、次に向かうダンジョンをどこにするかワクワクとした顔で地図を見ていた。


「ルーシー、さーさん、姫。次はここに行こう!」

「んー、どこ? ……って、えええっ!? 本気なの、マコト」

「勿論、本気マジだ!」

 マコトが指さしたのは、中つの大海の中央に位置する『海底神殿』だった。

  

「私の騎士、そこって最終迷宮ラストダンジョンよ?」

 フーリも驚いた顔をしている。

 神々が創ったと言われる、最難関の迷宮。

 神からの最終試練。

 未だ、最終地点に到達できた者は居ない。

 気軽に挑戦できるダンジョンではない。 


「高月くん、それってどこにあるの?」

「ハーブン諸島って言う、中つの大海にある島々の近くだよ。ふじやんの飛空船なら行けるみたい」

「へぇ、わかったー」

 うわ、なんか行く方向になってるし。

 アヤは、基本的にマコトの意見に全く反対しない。


 フーリも「仕方ないわね」みたいな顔をしている。

 マコトは旅の準備をはじめ、ふじやんさんに色々と旅の道具を注文していた。

 そして、それがクリスさん経由でソフィア王女の耳に入った。


「お待ちなさい! これから大魔王が復活するのに勇者二人が最終迷宮ラストダンジョンに向かうのは勘弁してください!」

 ソフィア王女が飛んできて、マコトの冒険計画をストップした。

 ま、当たり前よねー。

 最終迷宮ラストダンジョンの生還率ってすっごく低いし。

 国家認定勇者の上司命令で、マコトの『海底神殿』への挑戦は却下された。


 というわけで、マコトは今も不貞腐れている。



「私の騎士ってば、元気ないの。リョウスケ、力になってよ」

 さっきまで黒猫と遊んでいたフーリが、マコトと光の勇者様に絡みに行った。


「フリアエ、久しぶりだな」

「ええ、久しぶり。元気そうね。それより私の騎士に命を助けられたんでしょ? 魔王を倒した光の勇者ならなんとでもできるんじゃないの?」

 マコトのベッドに腰かけ、光の勇者様の服をつかみながらフーリが言った。


「いや……僕の役目は大魔王を倒すことだから。大事なのはこれからだよ。好き勝手はできないよ」

「大丈夫よ、あなたなら」

 フーリが光の勇者様の手を撫でながら、妖艶に微笑む。


 ……あれ、以前フーリに聞いたけど、無意識らしいのよね。 

 なんでさり気ない仕草が、あんなに色っぽくなるのかしら。

 私やアヤですら、フーリの流し目にはドキっとする。

 無反応なのは、マコトくらいだ。


 あ、うしろのノエル王女の顔が不機嫌になってる。


「姫、あんまり桜井くんに我がまま言って困らせちゃダメだよ」

「大丈夫よ、リョウスケなら。ねぇ、あなたが乗ってる白竜ならさっと最終迷宮まで飛べるんじゃないの?」

「うーん……それは」

「大丈夫よ、こっそり。ね?」

 フーリの顔が光の勇者様と近い。

 マコトはどんな顔してるかしら……って、ノエル王女をちらちら気にしてるわね。

 つられて、私もそっちを見ると、あ……相当怒ってる。


「月の女神の巫女フリアエ、それくらいにしなさい」

 ノエル王女が間に割って入った。


「なぜ? 私は今リョウスケと話してるの。邪魔しないで」

「まず、その手を離しなさい」

 ノエル王女が強引に、フーリの手を払った。


「痛いわね、何するのよ」

「馴れ馴れしくし過ぎです。リョウスケさんは、私の婚約者です!」

「そっちの聖剣士さんもでしょ。彼女は気にしてないわよ。あなたは余裕が無いわね」

「このっ……」

 ちょっとちょっと、フーリ。

 相手はこの大陸一の大国の次期国王よ!?

 マコト、止めなきゃ! と思ってそっちを見ると。


「高月くん、調子どう?」

「暇で死ぬ」

「サキちゃんー、高月くんってすぐ病院を抜け出そうとするの」

「ダメよ、安静にしてなきゃ」

「だよねー、サキちゃん」

「えー」

 逃げたわね。

 元異世界組で談笑している。


 それを、光の勇者様が羨ましそうに見てる。

 あっちに混ざりたそうだ。

 結局、フーリとノエル王女がギスギスした会話をして、その場は終わった。

 にしてもフーリは怖い者知らずね。



 さらに数日が経った。



 ソフィア王女は、毎日マコトの顔を見にやってくる。

 愛されてるわねー。

 勝手に抜け出さないか、監視しているのかもしれないけど。


 あれから、火の国のタリスカー将軍や、風樹の勇者のマキシミリアン先輩もやってきた。

 あと稲妻の勇者ジェラルド・バランタインも。

 マコト、本当に凄いわね。

 みんなこの大陸有数の名声や権力がある人たちよ?

 ただ、マコトは早くここから出たいと訴えて、全員に困った顔をされてたけど。


 最近は、来訪者も落ち着いた。

 ただし、マコトは長い入院生活に嫌気がさしてぐてー、としている。

 アヤになされるがまま、看病されている。


「高月くん、喉渇いた?」

「んー、普通」

「はーい、じゃあ、果汁水ジュースを持ってくるね」

 アヤがパタパタと冷蔵庫にかけよった。

 ちなみに冷蔵庫は、マコトが精霊魔法で作ったものだ。

 本当に便利よね、精霊魔法。

 私も覚えようかしら。


「高月くん、口開けてー」

「んー、あとで」

 だらだらとマコトは、ベッドの上で水魔法の修行をしている。

 魔法に集中しているみたい。


「もうー、不精なんだから高月くんってば。じゃあ、私が飲ませてあげるね」

「んー、うん」

 


 ……ん?



 なんか変な会話が聞こえてきた。

 口移し?

 いやいや。聞き違いよね?



「ごくん。じゃあ、いくよー」

「「え?」」

 私と話を聞いてなかったマコトの驚いた声が重なった。

 口に果汁水ジュースを含んだ、アヤがマコトの口に顔を近づけ……


「ちょっと待ちなさい、アヤ!」

 慌てて止めに入る。

 こいつ、病室で何やってんの!

 アヤの頭をがしっと掴む。


「うん?」

 ごくん、果汁水ジュースを飲み込む音が聞こえた。

 アヤ、止めなきゃ本気でやってたわね!


「ありゃ、止められちゃった」

「何をしてるのかしらー?」

 ゴゴゴゴゴゴゴ、と腕組みをしてアヤを見下ろす。

 が、アヤは怯まずじろりと私を睨んだ。


「昨夜、病室に忍び込んで、修行とか言って高月くんに『同調キス』しようとしたのは誰だったかなぁ~」

「げ」

 なんでそれをアヤが知ってるの!?

 ぐるんと、後ろで黒猫と遊んでいるフーリのほうを見る。


「ああ、私が言いつけちゃったわ」

「ぐっ……秘密にしてって言ったのに」

「ダメよ、それじゃあ不公平だもの」

 昨夜、私がこっそりマコトのベッドに忍び込んだ時、その未来を予知したフーリに止められてしまった。

 細かい未来は、見れないんじゃなかったの!?


「るーちゃーんー?」

「うぐぐ」

 完全に立場が逆転した。


「ただの魔法の修行だもん! マコトだって嫌がってなかったし!」

「そりゃ、俺は寝てたからね」

「だったら私の『これ』もただの看病だよね!」

「看病かもしれないけど、ダメ! だいたいアヤは、ずっとマコトにベタベタしてズルいのよ!」

「いいじゃん! 口移しくらい!」

「それ看病じゃないでしょ!」

「ちょっと、二人とも静かにしなさいよ」

 私とアヤが言い争っていると、ついにフーリにまで止められた。 


「今日も騒がしいですね」

 ノックもせずにソフィア王女が、病室に入ってきた。

 すっかりこの部屋の住人ね。


「ソフィア王女!」

 マコトが飛び起き、ソフィア王女に詰め寄った。


「えっ!? は、はい。何ですか?」

「頼みがある!」


 どうやら、数日間の入院でストレスが溜まったマコトが『また』変なことを思いついたらしい。

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