199話 ソフィア王女は、勇者に振り回される

◇ソフィア王女の視点◇


「ソフィア、一緒に来てください」

「え、でも……」

 強引に勇者マコトに引っ張られる。


「はやくはやく」

「は、はい」

 彼の手が、私の手をぎゅっと掴んでいる。

 うう……顔が熱い。

『冷血』スキルで動揺を抑える。


 どこに連れて行かれるんでしょう?

 ま、まさか、二人きりになって〇〇〇なことを!?

 だ、ダメです!

 私は巫女、清い身でいなければ。


 ……でも、水の女神エイル様からは「ソフィアちゃん、マコくんと最後までヤっちゃって大丈夫よ☆ 巫女は継続でいーから!」とお告げをいただいている。

 エイル様、お告げの言葉はもう少し厳かにしてください。


 エイル様のお許しをいただいているので、かまわな……何を考えているのソフィア!

 民が大魔王の復活に怯えているという時に、そのような不埒なことを!


 でもでも、もしも勇者マコトに強引に迫られたら……。

 そ、その時は……。




 ◇




「よし、着いた」

「え?」

 私が頭の中で、ぐるぐると考え事をしているうちに目的地に到着してしまった。


 目の前には、ハイランド城の脇にある魔法で建てられた奇妙な屋敷。 

 その屋敷の素材は、キラキラと光る氷とクリスタル。

 屋敷の主は、ハイランドにおいて三番目に地位が高く、大陸一の魔法使い。

 大賢者様のお屋敷だった。

 な、なぜここに?


「じゃ、行こう」

「待ってください、勇者マコト!」

「どうしました?」

 どうしました、じゃないでしょう!

 強引に引っ張ってきて、なぜ大賢者様のところなのですか!

 もっとこう、二人きりになれる場所……ではなく!


「大賢者は人嫌いな御方。今日会うことは事前に約束をつけていますか……?」

 そもそも人嫌いで面会の許可をめったに出さないお人だ。


「いえ? アポ無しですけど?」

「は?」

「ちわー、大賢者様ー」

 彼は、勝手にドアを開け入っていく。


「ゆ、勇者マコト!?」

 えええええ!

 今、約束をしてないと言ってました!?

 相手はハイランドの最高権力者のお一人ですよ!

 無礼な態度をとって、とり潰しにあった貴族だっているという話もあるんですよ!


「ま、待ってください」

 私の手を引っ張りずんずん先に進む彼を、慌てて止める。


「ソフィア?」

「戻りましょう! 大賢者先生のお怒りを買ってしまいます!」

 私は大きい声を出し過ぎないよう注意しつつ、勇者マコトの腕を引っ張る。


「なんじゃ、誰かと思えば貴様らか」

「きゃっ!」

 気が付くと、すぐ近くにメイド姿の人形が立っていた。

 その声は、大賢者様の声だ。


「大賢者様、いま時間あります?」

「寝ていたのだが……まあ、よかろう。奥まで入れ」

「お邪魔しますー」

「……」  

 事後承諾であっさり面会の許可が降りた。

 ノエル王女から聞いてましたが、本当に大賢者様は、勇者マコトに甘い。

 ……愛人だなんて噂まであるが、あれはただの噂のはず。

 根も葉もない……ですよね?


 大賢者様の屋敷内は暗く、ぽつぽつと魔法のランタンの明かりが照らすだけ。

 ぺたぺたと大賢者様の操る、人形が先導する。

 勇者マコトと私は、そのあとをついて行った。


 進むにつれて、緊張が増してきました。

 かつて巫女としての教育を受けるため太陽の国に留学していた頃、魔法学の先生をしてくれたのが大賢者様でした。

 が……水の国にとっては、絶対に逆らってはいけない人物として幼い頃から頭に叩き込まれている。

 話すだけでも、恐れ多い御方だ。

 ノエル様ですら、同じ認識だと聞いている。

 こんなに気軽に会いに行っていいはずが……。

 私は、緊張に身を堅くしながら歩いた。



「来たか。適当にかけ……、精霊使いくんはこっちだ」

「はーい」

「お忙しいところ、恐れ入ります。大賢者様」

 私たちは、大賢者様に挨拶をしながら部屋に入った。

 勇者マコトは、大賢者様の隣の席を指定される。


「で、何の用だ?」

 頬杖をつきながら、不機嫌そうに紅い眼を光らせる大賢者様。

 ……こ、怖い。


「実は困ってるんですよ、大賢者様」

 ずいと、大賢者様に近づく、我が国の国家認定勇者。

 ああ、そんな馴れ馴れしくしては……。


「ほう、魔王討伐で功績をあげた精霊使いくん。君には無数の縁談話が来ていると聞いているぞ。ソフィアは気苦労が絶えんな」

「い、いえ……」

 口では否定したが、大賢者様の言う通りだ。


 魔王討伐で大功を上げたローゼスの勇者を狙う、太陽の国、商業の国キャメロン火の国グレイトキースの上級貴族たちが群がっている。

 みな、ローゼス王家と変わりない資産を持った貴族たち。

 もし、勇者マコトが心変わりをしてしまったら……と思うと胃が痛い。


「大賢者様、魔王討伐は桜井くんがやったことでしょう? 俺は何もやってませんよ」

「おまえなぁ……」

 勇者マコトの言葉に、大賢者様が「あほか」と返した。


 これは大賢者様の言う通りだ。

 光の勇者様が命を落とす寸前にかけつけ、大賢者様の危機を救ったという話。

 これが手柄でなくて、何なのか。


「俺は獣の王の攻撃に手も足もでませんでしたよ。正直、足手まといだったし」

「だが、君の魔法で光の勇者くんの魔力マナが復活した。十分誇れる」

「ま、そんなことはどうでもいいんです。問題は、大賢者様が俺の手柄とか言ってしまったので、俺は外に出られません。とても困ってます」

「ちょっと、なんてことをっ!」

 私は青くなった。

 昔から、権力者に対して物怖じしない人だと思ってましたが、言い過ぎです!

 私は、大賢者様が怒り出す前に止めようとして。


「ほう、我が悪いと? ではどうして欲しい?」

「なんかこう、大賢者様の権力で俺を自由にしてくれません? 病室に監禁されて許可無く出れないんですよ」

「うーむ、我の権力と言ってもな……」

 勇者マコトの無礼な言葉に、大賢者様はまったく怒った様子が無い。

 腕組みをして、悩んでいる。


 私が昔習った魔法学の授業では、無礼な輩にはキツイ仕置きがあったのですが。

 主に、受けていたのは稲妻の勇者ジェラルド様でしたが。



「そうだな、こんなのはどうだ?」

 大賢者様が、何かを閃いたように指を立てる。



「精霊使いくん、我の守護騎士になるか?」

「守護騎士?」

「え?」


 えええええっ!

 その言葉に、私が驚愕する。


 過去、千年。

 大賢者様に守護騎士がついたという話は聞いたことが無い。

 かつて仲間だった救世主アベル様、もしくは伝説の魔法弓士ジョニィ様。

 彼らに肩を並べる者など居なかったからだ。

 とてつもない名誉。


「ダメっすよ、大賢者様」

「む、そうか?」

「な、何で断るんですか!?」

 最高の栄誉をあっさり投げ捨てるのですか!?


「一応、俺って月の女神の巫女の守護騎士なんで」

「ああ、そうだったな。だが、『契約の種類』が被らなければ重複はできるぞ。今交わしている契約の種類は何だ?」

「契約の種類?」

 彼は首を捻っている。


「おまえ……、まさか自分の契約内容を把握してないのか?」

「勇者マコト……それはダメですよ」

 私と大賢者様は呆れた。

 

魂書ソウルブックを見せろ」

「は、はぁ……」

 勇者マコトが、一枚の紙を差し出す。

 ふむふむと、大賢者様が目を通す。


「ふむ、『言の葉の契約』か。まあ、だと思った」

「ソフィア、言の葉の契約って何ですか?」

「口頭による約束。契約の中で契約です」

「へぇー」

 はぁ、水魔法の修行は病的なほど行っているのに、なぜこんな初歩の知識は無いのですか……。

 

「精霊使いくん、契約には五種類がある。君が結んでいるのはそのうち二つ。我の守護騎士になるのであれば、残りの三つを使えばよい。ハイランドの大賢者の守護騎士になれば、ちょっかいを出してくる奴もおらんだろう。」

 大賢者様が、勇者マコトに説明している。


「二つ? 俺が守護騎士契約をしているのは姫だけですよ?」

「勇者マコト、契約は守護騎士とは限りません。あなたは、女神とも使徒の契約をしているでしょう?」

 私が補足をした。

 彼の女神は、そんなことをも教えてないのでしょうか?


「ノア様と……俺って契約してたんですか」

「神と民との契約は『魂の契約』。民は信仰を捧げ、神は加護を与える。常識なんだが……精霊使いくんは異世界人だからか。知らなかったか」

 こくこくと頷く勇者マコト。


「『言の葉の契約』と『魂の契約』以外は、何がありますか?」

「あとは、『血の契約』『躯の契約』『命の契約』ですよ、勇者マコト」

「我と結ぶなら……『血の契約』でいいだろう。双方が相手の血を一滴以上飲めば良い」

「じゃあ、いつも通りですね」

「そうだな、よっと」

「えっ!?」

 大賢者様が、ぴょんと勇者マコトに飛びつき、首に腕を回す。

 それを慣れた手つきで、背中から支える勇者マコト。 

 大賢者様が、かぷりと彼の首元にかじりつく。  

 コクコクと勇者マコトの血が飲まれている。


「一口でいいのでは?」

「ダメだ、我の守護騎士なんだろう? 満足させよ」

「はいはい」

 勇者マコトは、大賢者様の頭を撫でながら背中に手を回している。

 大賢者様も、両手を首にぎゅっと絡ませている。

 まるで、恋人同士のように……。


(ええ……)


 その時、私は猛烈に嫌な予感がした。


 大賢者様のような偉大なる御方が、平民とどうにかなるはずが無い。

 そう思い込んでいた。

 この二人……本当に、何もないんでしょうか?


(ソフィアちゃんー、気付くの遅すぎー)

 え、エイル様!?

 

(駄目よー、油断しちゃ。マコくん、天然ジゴロなんだから)

 じ、ジゴロ?

 何ですかそれは。

 いえ、それより今回のお声かけはどうされたのでしょうか?

 なにか緊急の事態が?


(ん? 違うよー、ノアの真似して世間話にきただけ☆)

 は、はぁ……?


(それよりマコくん、とられちゃダメよ?)

 そう言ってエイル様の声は聞こえなくなった。

 最近は、気軽に御声をいただけるようになった。


 ありがたいことだが、恐れ多くもある。

 勇者マコトの女神は、頻繁に話しかけて来るらしい。

 緊張で疲れないのでしょうか?


「ほれ、我の指を舐めろ。それで『血の契約』の成立だ」

「なんか、変な感じですね」

 気が付くと、すでに二人の契約完了間近だった。


「ふふふ、これで精霊使いくんは我の守護騎士だ。あとでノエルにでも伝えて、周知しておこう。おまえにちょっかいをだす貴族は激減するであろう」

「やったー! これで外出できる!」

 大賢者様の言葉に、万歳をしている勇者マコト。

 ああ……大賢者様の守護騎士になった栄誉を、そんな理由に使うとは……なんと贅沢なことか。

 それにしてもほとんど躊躇せずに、契約を交わしましたが『契約のリスク』はわかってるのでしょうか?

 我が国の国家認定勇者は、肝心な部分がたまに抜けているので不安ですね……。

 

 私たちは、大賢者様に御礼を言い、屋敷をあとにしました。





 ――帰り道




「あなたは、本当に非常識な人ですね」

「そう?」

 私と勇者マコトは、並んで会話しながら歩いた。

 正直、何度か心臓が止まりそうでした。

 終わってみれば、水の国と太陽の国の繋がりがより強まったと言えますが……。


「大賢者様がお優しかったものの、もし怒りを買ってしまえばどんなことになっていたか。あなたにはもう少し勇者としての自覚が……」

「ソフィア、どこか飯でも食べに行きませんか?」

「話を聞きなさ……行きます」

 本当に!

 すぐ誤魔化すんですから!


「何が食べたいですか?」

「あなたが食べたいものでいいですよ」

「よし、じゃあふじやんに教えてもらった店にしよう」

 勇者マコトが私の手を掴み、ぐいぐい引っ張る。

 こ、こんな強引な人でしたっけ?


「楽しそうですね」

「そりゃ、久しぶりの外出だし!」

「そう、でしたね」

 病院から出られなかったので、ストレスが溜まっていたのでしょう。

 私は、彼のエスコートに任せることにしました。


 連れられてやってきたのは、三区街の裏路地にある小さな酒場。

 貴族の街である三区に、このようなお店があるのですね。

 まだ客の姿は見えない。

 もしかすると営業前なのかもしれない。


 木製の机と、樽の椅子。

 冒険者たちが、愛用しそうな酒場だった。

 普段、私が使う食事処とはまったく異なる。


「こういった店に来るのは初めてです」

「平民の酒場をイメージして作ったらしいですよ」

「作った?」

 店主は勇者マコトの知り合いということでしょうか?

 その時、店の奥から誰かがやってきた。


「お客サマー。営業はもう少しあとで……そ、ソフィア様!?」

「あら、あなたは藤原卿の奥方のニナでしたか」

 ウサギ耳の獣人族。

 勇者マコトとも旧知の人物だ。

 

「ニナさん、来ましたよー」

「マコト様! ソフィア様をお連れになるなら、事前にご連絡くだサイ!」

「やー、すいません。営業まだだったんですね。出直しますね」

「王女様に何も出さずに、お帰りされては旦那様に叱られマス! すぐ用意させますネ!」

 ひゅんと、音もたてずに店の奥に戻っていった。


「悪いことしましたね」

「勇者マコト、あなたは行き当たりばったり過ぎです」

「すいません……」

 マコトがしゅんと、うな垂れた。


「そ、そこまで落ち込まなくても、次から気をつければ……」

 慌ててフォローしようとして。

「タッキー殿! ソフィア様! ようこそおいで下さいました!」

「お、ふじやん」

 また、ぱっともとの顔に戻った。

 ……反省したふり…でしたね?


「ここはハイランドの貴族様向けに、礼節を取っ払って気軽に楽しんでいただける酒場でございますぞ! どうぞ、楽しんでくだされ!」

「ふじやんのおススメで頼むよ」

「おまかせを! ………………タッキー殿、次は事前に教えてくだされ」

「……ゴメン」

 ご友人にも怒られてますね。

 当たり前です。 


 それから水の国と太陽の国の双方の特徴を取り入れたという創作料理を出され。

 とても美味しい食事でした。

 マコトといっぱい喋れて、楽しかった。

 私は満足しました。




 ◇




 食事を終えた私たちは、病室に戻った。


「遅かったわね、マコト。私たち先にご飯食べちゃったわよ」

「ねぇー、どこ行ってたの? 高月くんとソフィーちゃん」

 病室に戻ると、勇者マコトのベッドの上でルーシーさんがアヤさんに髪を結われていました。

 お二人は本当に仲良しですね。

 

 勇者マコト絡みになると、たまに険悪になるようですが。

 喧嘩ができる友人同士ということでしょうか。

 私にはそういった友人は居ない。

 少し羨ましい。


「大賢者様のところに行ってきたよ」

「勇者マコトが、大賢者様の守護騎士を拝命しました。まったく、寿命が縮みましたよ」

「へぇー」

「凄いじゃない! マコト」

 私は嘆息しながら、アヤさんとルーシーさんに何が起きたかを説明した。

 その時だった。



「え?」

 その声は、扉のほうから聞こえた。





 ――カランカラン……



 


 金属の容器が床に落ちた。

 そこには、呆然とした表情の月の女神の巫女が立っていた。

 

「シャー! なう、なう!」

 床に猫の餌らしき食べ物が散乱している。

 散らばった餌を、黒猫が怒りながら、ぱくぱく食べている。

 あら、可愛い。



「な、な、なな……、いま、何て……言ったの…………?」

 月の女神の巫女の声が震え、上手く喋れていない。

 あれほど取り乱している彼女は、初めてみますね。

 比べて、勇者マコトは彼女の様子に気付いてないのか、いつも通りの顔をしている。

 勇者マコトはいつだって冷静だ。

 ずるい男。


「ああ、姫。俺、今日から大賢者様の守護騎士に……」


「裏切り者ーーーーーーー!」


 激昂した月の女神の巫女フリアエが、勇者マコトに掴みかかった。

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